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俺の船

 「モスカーニャ、お前の化けの皮を剥いでやる!」

 菊王丸は、ガバっと起き上がった。全身汗で濡れている。

 ここは海岸ではない。

 蒲団の中だ。

 蝋燭に照らされたマリの顔が見える。

 「菊王丸様、菊王丸様、どうなされました!」

 「くそっ、変な夢を見た」

 「まあ、菊王丸様が、あんなにうなされるなんて、よっぽど怖い夢だったのね」

 「夢にしては、あまりにも現実的だったんでな」

 「菊王丸様らしくもないわね」

 「ところで、俺がここに来てから何日目になる?」

 「もう、しっかりしてよ。今日で4日目よ、マゼラン様が10日間程、休みをくれたと言うのは覚えてるの?」

 「そこまで耄碌はしちゃあいねえ」

 「まあ、どうかしらね」

 「ちっ、昨日酒を飲み過ぎたかな」

 「酒を飲み過ぎたなんてもんじゃあないわ。まるで、ウワバミよ。まあ自業自得ね」

 菊王丸は、照れ笑いをしながら頭を掻いた。

 「それでこの程度なんだから化け物ね」

 「いい加減で、もう終われ」

 「えへ、ちょっと調子に乗り過ぎちゃった。ごめーん」

 「分かりゃあいい」

 「は~い。ねえねえ、その、さっきから胸から何か飛び出しているわよ」

 菊王丸は、胸に手を入れて、何かを掴み出した。

 それを見て、菊王丸の顔が豹変した。

 「こ、これは羊皮紙だ。な、なぜだ?」

 「なんなのよ、それがどうかしたの?」

 「さっき見た夢の中で、これと同じ羊皮紙を渡されたんだ」

 「まあ、まだ寝ぼけてるんじゃないの?」

 「いやあ、そんなこたあねえ。いったいどうなってるんだ」

 「まあまあ、それに何が書いてあんの?」

 「ちょっと待ってろ、今見てみる」

 菊王丸が、奇妙な事があるもんだと思いながら羊皮紙を広げる。

 「うーん、こりゃあ地図だな。ここに赤い印がしてあるが、ここへ行ってみろ、という事か?」

 「どれどれ、見せて」マリが地図を見ようと顔を寄せてきた。

 「えーと、ふーん、ああ、この入江に行けって事ね。でも、ここに行くには、この密林を通って行かなければならないわねえ。ここは、ほとんど人が入った事はないんじゃあないかな、毒ヘビだって多いんだから、危険な所よ!」

 「なるほど、そんな所なら何かを隠すには好都合って分けだ」

 「あー、もう行く気になってるようね」

 「あったりめえだ。あの夢の事も気がかりだしな」

 「どうせ、止めても無駄のようね。まあ、菊王丸様だったら大丈夫だとは思うけどね。ねえねえ、それにしても、その羊皮紙は、夢の中では誰から貰ったの?」

 「モスカーニャだ」

 「あー、あの人。ちょっと不思議な人よね」

 「だから油断できねえんだよ!」

 「ところでさあ、私は貴方の夢の中には出た事ないの?」

 「ねえな」

 「ただの一度も?」

 「そうだ」

 菊王丸が、そう言いながらマリを見ると、歯をくいしばり、目が血走っている。

 「いて、いてえな。なんだこいつ、変な所抓るんじゃあねえ」

 菊王丸が、危険を感じた時には遅かった。

 「なんでモスカーニャの夢は見るのに、私の夢は見ないのよ!」

 「おいおい、それはおかど違いってもんだ。痛いんだよ、いい加減にしてくれ!」

 マリには、形無しの菊王丸であった。


 数時間後、菊王丸とマリは例の入江に向かっていた。

 「おい、そろそろ帰った方がいい。ここからは危ないぞ!」

 「嫌よ、一緒について行くわ。それに、ここから一人で帰るのだって危ないんだから」

 「だから始めっから来るなって言っただろう」

 「いいの、兎に角一緒に行きたいんだから」

 「しょうがねえな。怖い目に合っても知らんからな」

 「ああ良かった」

 マリは、この瞬間をとても幸わせに感じていた。


 ついに密林の中へ入り込む。

 突然、菊王丸が、血相を変えて叫んだ。

 「おい、お前の後ろに蜘蛛だ!」

 マリは、「キャー」と叫んで、その場を飛び退いた。

 その瞬間、菊王丸の姿を見失った。辺りをキョロキョロ見回すが何処にも見あたらない。

 「菊王丸! 何処に行ったのよー!」

 鬱蒼とした密林の中で、心細さと不安が心を包んだ。

 きみの悪い動物の鳴き声が響く。

 今にも泣き出しそうになる気持を必死に押さえながら菊王丸を探す。

 

暫くすると、上空から「はっはっは」という豪快な笑い声が聞こえてきた。

 「きっ菊王丸なの?」

 「そうだ、俺だよ」

 「そんな所で何してんのよ、早く降りて来てよ」

 「へへ、すぐ行くよ」

 そう言った途端、マリの前にニヤニヤしながら降りたった。

 「なに笑ってんのよ! まっまさか、蜘蛛ってのは嘘だったの?」

 「そうだ、お前があんまり嬉しそうだったからちょっとからかってみたくなっただけさ」

 「なっなによ、随分悪趣味なのね」そう言って頬をふくらませる。

 「まあ怒るな、これをやろう!」

 菊王丸は、胸から何かを取り出してマリの前に差し出した。

 「まあ可愛い」

 菊王丸の手の平にちょこんと座っている小さな猿を見て微笑んだ。

 「こいつは、ヒヨケザルと言うんだろ」

 マリは、その猿を受け取り抱きしめた。

 「そうよ、世界で一番小さな猿よ。フフフ」

 マリも、この猿の出現により、怒っていた事も忘れて、上機嫌になっている。

 やがて猿は、マリの腕をすり抜けて、肩に抱きついた。

 その仕草がまた可愛いくて、二人で笑った。


 密林の中は、鬱蒼としていて、じめじめしている。

 様々な鳥の声や、虫の鳴き声や羽音が聞こえて来る。

 暫く行くと、誰かの視線を感じた。

 木の上に数匹の大型の猿がいる。菊王丸の動きをじっと見つめているようだ。

 「なんだ猿か、どうせよそ者が入って来たから警戒しているんだろう」

 「ちょっと無気味よね。このちっちゃなミューちゃんに比べて!」

 「なんだ、その猿に名前を付けたのか?」

 「そうよ、気に入った?」

 「そんなこたあ、どうでもいい」

 「あらそう、案外無愛想なのね」

 「今傾分かったか!」

 「……」

 小さな湖の近くを通り過ぎる。

 「ありゃあ牛か?」水浴びをしている大型の動物を見て言った。

 「そうね、あれは水牛よ!」

 ところが、ゆっくりと水浴びをしていた水牛が急にあわただしくなった。急いで水から上がり走り去って行く。

 「あら、どうしたのかしら?」マリがその動きを見ながら不思議そうに言うが、それを言い終わらない内に、菊王丸が手を強く引っ張った。

 その反動でマリは地面に倒れてしまった。

 「なにするの!」と絶叫したが、菊王丸の方を見ると、それ以上に驚愕した。

 菊王丸の前に、巨大なワニが大きな口を開けて襲い掛かろうとしていたのだ。

 ワニの動きは素早い。

 菊王丸は、咄嗟に腰にあった刃渡り30センチ程の短剣を鞘ごと抜いて、ワニの口の中に縦に入れて、難を逃がれた。次にすぐ身を翻してワニの背中にまたがると同時に刀を突き刺した。

 それでもワニは暴れていたが、次第に動きが鈍くなってきた。

 だが、その背後からもう一匹のワニが襲いかかろうとしていた。

 それを見ていたマリが絶叫する。

 「後ろからもう一匹くるわ!」

 まさに、そのワニが襲い掛かろうとした瞬間、“バーン“という大きな音が轟いた。

 ワニは、大きな水しぶきを上げて水の中で動かなくなる。

 漸くワニから刀を抜きさり、音のした方向を見る。

 すると、武士姿の男が笑いながら、手を振っていた。

 「おう、十兵衛じゃあないか。今のはお前の鉄砲だったのか?」

 「ああそうだ。それとも助けはいらなかったかな?」

 「ちっ、俺にありがとうと言わせたいようだな」

 「そりゃあどうでも良いが、相変わらず強気だな!」

 「よう、菊王丸!」と次郎吉。

 「菊王丸、それにマリさん、とにかく無事で良かった」と、清十郎が笑った。

 「よう、みんないるな。元気そうじゃあねえか。それにしても、何で、こんな所にいるんだ?」

 「モスカーニャが教えてくれた。それに途中まで迎えに行って来いともね」と清十郎。

「なんだと、モスカーニャが、そう言ったのか? 俺はマリ以外にはここに来る事を誰にも言っちゃあいねえ」

 「ああそうなのか、しかし、モスカーニャは、全て見通しているようだ。何しろ神官の娘だから未来が見えるのかもなあ」

 「ああ確かに不思議な能カを持っているようだ。ところでモスカーニャには、よく会っているのか」

 「ああそうだ時々だがね。あの娘、色々と画策しているようだ。何が目的なのかは、はっきり言わんがね」

 「う―む、ところで入江には何がある」

 「それは、見てからのお楽しみだ」

 「そうか、それじゃあそういう事にしておこう」と、苦笑いしながら、喋っていたが、その顔が急変した。

 「次郎吉、動くな!」と、凄味のある声で叫んだ。

 「なんでえ、また俺に喧嘩でも売る気なのか!」

 菊王丸は、それには答えず、いきなり短剣を投げた。

 短剣は、次郎吉の頬をかすめて飛んでいく。

 次郎吉は、たまらず尻餅をついた。

 「貴様、何しやがる!」

 「後を見てみろ!」

 皆は、次郎吉の後にある木の幹に注目し、ハっと息をのんだ。

 そこには、短剣によって頭部を刺し抜かれたコブラがぶら下がっていたのだ。

 「なんだ、コブラか、脅かしやがって」

 「次郎吉、命拾いしたな」と十兵衛。

 こうして、菊王丸、マリそれに、清十郎、十兵衛、次郎吉の五人は、連れだって入江に向かって行く。

 マリは、内心二人きりで歩きたいと思っていたので、少しガッカリしていたが、直ぐに頭を切り替えた。


 やがて入江が近づいて来ると、密林の中に作業場と思われる場所が出現した。

 多勢の人間が働いている。

 「おい、清十郎、こりゃあ何をしてるんだ?」と、菊王丸。

 「最後の仕上げだ」

 「だから、何の仕上げなんだ?」

 「向こうを見てみろ!」清十郎は入江の方を指差している。

 菊王丸は、清十郎の指の方向を見つめる。

 「あ、あれは……」と言ったきり、次の言葉が出てこない。

 「はっはっは、さすがの菊王丸も驚いたようだな」と清十郎。

 「ガレオン船じゃあないか。どういう事だ?」

 「これは全て、モスカーニャがやった。日本人の船大工を集め、資金を提供した。それに船の設計図まで持ってきた。そしてこの船の船長は、お前に頼むと言っていたぜ」

 「何だと、本当にそう言ったのか?」

 「俺は嘘は言わん。この船は、お前の船なんだよ」

 「モスカーニャの奴、何を企んでやがる。俺の夢の中に出て来て、羊皮紙を渡し、そして、ここへ導き、船まで用意するとは」

 「菊王丸、船だけじゃあない。この船に載せる大砲まで作らせ、鉄砲も300丁用意した」

 これだけ聞くと、松浦党水軍としての血がうずいてくる。

 「くそっ、モスカーニャの術中に乗ってみるのも面白い人生になるかもなあ」

 「菊王丸様、どうするつもりなの?」

 マリは、目をギラギラと輝かせている菊王丸を見て、心配になって尋ねた。

 「アステカに行ってみるのも悪くねえかもな」

 「ねえ、本気で思ってるの?」

 「ああ、龍慶の爺さんも、そうしてみろと言っているような気がするんだ」

 「菊王丸、俺達も一緒に行くからな!」と清十郎が言い、その隣で十兵衛も次郎吉も笑っている。

 マリは、心の中で男というものは、やっかいなものだなと、思うのだった。

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