モスカーニャの秘密
菊王丸が、マゼランの側近になってから2年以上の歳月が流れた。
その間、マゼランと共に幾多の死地を乗り越えてきた。そして、何度もマゼランの窮地を救ってきた。
また、菊玉丸の働きに対し、マゼランも自分の知っている限りの航海術を教えた。
そんなマゼランに対し、人ととしての魅力を感じるようにもなった。
約束の二年が経過したが、菊王丸は、そのままマゼランについていくか、それとも新たな道を模索するか将来の自分の行く道を考えるようになった。
『さてどうする。このままマゼランの側近でいても面白そうだが….。う一ん、だがガレオン船ー隻が俺のものだったらどうだろうか』
そうは思っても、船を手に入れる方策が無かった。
この日、菊王丸は、自分の行く末を考えながら昼下がりの浜辺をゆっくり歩いていた。
風が、そして波の寄せては返す音が心地良い。
風任せ、波任せの自由な生き方も面白いなあと思った。
その時何か声が聞こえたような気がした。
耳をすませてみる。
遠くの方で海鳥が飛んでいる。
『ちっ、気のせいか!』と思った。
再び歩き出す。
だが何か気になる。
何かの気配を感じて後を振り向く。
しかし誰もいない。
再び前を向き歩き出そうとしたその瞬間、そこに女が立っていた。
「お、お前、モスカーニャではないか!」
「菊王丸殿、お待ちしておりました」妖艶な雰囲気を漂わせながら、微笑んでいる。
「いつの間に、そこにいたんだ!」
「気配を消していましたから」
「俺も武士だ、不覚だった」
「菊王丸殿は、物思いに耽っておいででした。だからでしょう」
「それにしても、お前は恐ろしい女よのう」
「菊王丸殿、私は貴方が思っているような女ではありませんよ」
「ほう、それはどういう意味じゃ?」
「私は、貴方に会えるのを何年間も待っていたんですよ」
「異な事を言う。俺の頭でも分かるように言ってくれ」
「私はアステカ帝国の神官の娘です」
「何だと、アステカだと。そんな国は聞いた事もないが」
「はい、アステカは遥か遠くの国ですから。ポルトガル人やスペイン人が近年その場所を発見したんです。彼等は、その場所をアメリカ大陸と呼んでいます」
「それが俺と何の関係があるというんじゃ」
「アステカの神官は、太陽や星などの天体を見て、占いをし政策を決定して行きます。それが極めて不吉なお告げがあったんです。10年以内にアステカに存亡の危機が訪れるという….」
「なるほど、お前にとってみれば大変な事だな」
「そうです。それでその危機をどうしたら乗り越える事が出来るかを模索しました。それである霊能者が神からのお告げを夢で見たんです」
「それがどんなお告げだったというんだ?」
「はい、それはある人物を探せと言う事です。そして、その人物を見つける為に遥か遠く、海の向こうに行ける頑丈な船を確保しなければならないと言われました。そして、その船は白い肌を持つ人間が持っていると」
「白い肌に頑丈な船ね。なるほど、読めてきたぞ。マゼランの事だな?」
「ふふふ、マゼラン様は、まだまだ後の話し。その時は毎日、海岸線に多くの監視隊を出したわ。そして、数ヶ月後ついに沖を走る大きな船を発見したのよ。そして、その船の停泊した場所をつきとめた者が私の父に報告してきたの。それを聞いた父は、私に行けと命じた」
そこまで言って、モスカーニャは、怪しげに微笑しながら、菊王丸の表情を読み取っている。
「なるほどな、さっき霊能者と言っていたが、それはお前の事ではないのか?」
モスカーニャは、否定も肯定もせず、微かな笑みを浮かべているだけだ。
「やはり、お前だな」菊王丸は、断言した。
「フフフ」
モスカーニャは、菊王丸の表情の変化を楽しんでいるように笑った。
「ふん、それでどうなった」菊王丸は、まるで自分がたぶらかされているようで、少し不満顔になっている。
「私はその船の船長に会ったわ。彼はもちろん私を通訳として乗船する事を許可してくれた」
モスカーニャは、再び意味ありげな笑いを浮かべ、菊王丸の目を見つめる。
「お前は白人の言葉がなぜ分かる?」
「私にはアステカの神がついているのよ。初めて聞くような言葉でも必要であれば理解できるように作用してくれます。私はその時、白人の喋る言葉が理解できました。だからアステカの存亡に対して必要な人だという事が分かりました」
「なるほどアステカの神ねえ!」
「それでその白人の通訳をしながら数ヶ月が過ぎた傾、彼等は本国へ戻ることになったんです。その傾には、その白人も私の言う事を素直に受け入れるようになっていたので、私も彼等とともに、彼等の国へ行く事になりました」
「お前の不思議な能カを使って、その男の心を自由に操ったな」
「私は、国を救う為ならば何でもやるわ。彼の国はスペインという国よ、そこへ行ってある時パーティーが開かれたわ。そこに野心に満ちた顔をした男がいたの。その人が気になって見ていると、あるビジョンが浮かんできたのよ」
「ほほう、漸くマゼランが出て来たな」
モスカーニャは、その言葉を聞いてニンマリと笑った。
「フフフ、そうよマゼラン様よ。そのマゼラン様に付いて行けば、目標の人物に会えると神が教えてくれたのよ。それでマゼラン様に暗示をかけて、私を通訳として雇うようにしむけたのよ」
「その目標の人物と言うのが俺だと言うのか?」
「その人物は剣技に優れ、黄金の生物とともに現われると……」
「黄金の生物だと、うーん、そうか、黄金の龍の事を言っているのか?」
「そうよ、貴方が海岸にうちあげられていた時、何枚かの黄金の鱗が一緒にありました。その報告を受けた時、もしやと思ったんです。それでマゼラン様に会うように助言したんです」
「マゼランが、俺に会おうとしたのは、お前がそうさせたというのか?」
モスカーニャは、返事をする代わりに、ゆっくりと頷いた。
「私が貴方を間近に見て、神が示した男かを確かめる必要があった。そして貴方から出ているオーラを感じ、この人物こそアステカを救えると直感したわ!」
「ハッハッハ、この俺がか。馬鹿げてるぜ、アステカの神も大したこたあねえな。俺のような乱暴者に、目を付けるたあな、絶対にありえん」
菊王丸は、大声で笑い続けた。
「菊王丸殿、菊王丸殿、貴方は自分の価置を良く分かっていない。貴方はマゼランの側近でいるような男ではない。大将軍の器を持つ者」
「買いかぶりすぎだ。お前の役には立ちそうも無いぜ。諦めな」
「私の目に間違いはありません。これを貴方にやります」
モスカーニャは、羊皮紙を取り出し菊王丸に渡す。
「何だこれは?」
「見れば分かる」モスカーニャは、妖艶に笑っている。
すると、モスカーニャの姿が次第に消えていく。
「お前、何者だ」菊王丸は、鯉ロを切りその刹那、抜刀して、消えゆくモスカーニャをー刀両断した。
しかし、手応えが無い。
その姿は、菊王丸の前から完全に消え去った。
「フフフ、フフフ、フフフ、フフフ!」
上空からモスカーニャの笑い声が聞こえてくる。
「モスカーニャ! モスカーニャ!」




