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ガレオン船

 菊王丸が、ここに来てから3日が経った。

 体の方も徐々に回復し、寝床から起き上がって散歩も出来るようになった。

 この日本人街を歩いていると、自分の故郷に帰ってきたような気分になる。

 言葉も日本語で充分に会話できる。彼らは主に農業をやったり、魚業をやって生計を立てているようだ。

 また、松浦党が母体となって出来た町であるため、武士の格好をした者達も闊歩している。

 「ねえねえ、あんた、浜辺に打ち上げられていた人でしょ。元気になったねえ」

 どこかの見しらぬ女が、にこにこしながら親しく話しかけて来る。

 「あんがとうよ、おばちゃん」

 「また今度、うちにおいでよ。良い物食べさせてやるよ」

 「おおそうかい。その内に行かしてもらうぜ」

 こんな会話を楽しみながらブラブラと歩いて行く。

 すると、前方から武士のような格好をした3人の若者が歩いて来る。

 「よう、お前あまり見かけない顔だが、何者だ」

 その中の一人が声をかけてきた。

 「俺の事かな?」

 「おうそうじゃ、おめえしかいねえだろう」

 「俺の名を聞きたいのなら、お前から名乗るのが本筋だろう!」

 「おや、生意気な奴だな、少し痛い目に合わせてやろう」

 そう言いながら、この男、腰にある刀の鯉ロを切った。

 「おいおい、やめろ、次郎吉!」

 隣にいた男が、諫める。

 「うるせえ、ちょっくら遊ぶだけだ」

 この、次郎吉と呼ばれた男は、ついに刀を抜き、上段に構えた。口元は、笑っている。

 対する菊王丸は、『面倒な事になったな』と思いながらも、顔には出さず無表情のまま、相手の出方を探っている。

 次郎吉は、ヘラヘラ笑いながら一歩踏み込み袈裟切りに、斬ってきた。

 菊王丸は、それを体をやや斜めにし、少し反ってかわした。

 次に次郎吉は、刀を、左から右へ横薙ぎに斬ってくる。

 菊王丸は、これをバク転して避けた。

 これを見守っていた、2人の男が「おお!」という驚きの声を上げる。

 焦った次郎吉は、乱暴に刀を振り回す。さっきまでのヘラヘラした顔は、何処かへ吹き飛んだ。

 逆に菊王丸には、余裕の笑みが浮かんでいる。

 次郎吉の刀は、空を切るだけで、次第に息が上がって来る。

 最後に、次郎吉は刀を上段に構え、踏み込みながら、ふり降ろした。

 “ガツ”という大きな音と火花が散る。

 菊王丸は、懐から短剣を取り出し刀を受け止めていたのだ。そうしながら素早く右足で次郎吉の腹を蹴りあげた。

 次郎吉は、たまらず後へ飛ばされ仰向けに転がった。

 「勝負あり」と、言いながら次郎吉の仲間が二人の間へ割り込んだ。

 「次郎吉、お前の負けだ」

 「ちっくそ」次郎吉は、なんとか立ち上がり悔しそうに汗を拭う。もう、やり返す気力も失せたようだ。末だに呼吸が整わない。

 「拙者、栗原清十郎という者だ。中々良い腕を持っておるようじゃのう。それにしても大変迷惑をかけてしもうた。あの次郎吉も根は良い男じゃが短気でのう、許してやってくれ。ほれ、ここにいるもう一人の男は、十兵衛という宜しくな」

 「わしは、菊王丸という。以後宜しく」

 清十郎の態度に菊王丸の機嫌も、直ったようである。

 「ところで十兵衛さんが肩からかけている物は何じゃ?」菊王丸は、それが気になってしようがないようだ。

 「おお、これか。持って見るか?」

 十兵衛は、それを肩から降ろし菊王丸へ渡す。

 「おっと、随分と重いもんじゃ。こりゃあ何に使うんじゃ?」

 「これは鉄炮というものよ」

 「鉄炮じゃと….」、そう言いながら、それを持ち上げて見たり、筒の中を覗いたりしている。

 「そりゃあ武器じゃ。その内に刀なんぞ時代遅れになるぞ」漸く体力を回復した次郎吉が言った。

 「なに、これが武器か?」

 「おおそうじゃ、菊王丸さんも、来んか? 今から試し撃ちをするんじゃが」

 「そうか、そりゃあおもしれえ!」

 「ようし、それなら、ー緒に行こう」

 こうして4人の男たちは、山へ向かって行った。

 道すがら清十郎が、話しかけてきた。

 「菊王丸さん、あんた日本から来たんじゃろ。日本はどうなっておる?」

 「日本か、日本は今、乱世よ。下剋上で誰もが浮き足だっておる。野望のある者は、町民でも、農民でも一国一城の主になれるからよ」

 「ほう、そりゃあ面白そうじゃ」

 「なら、日本に行ってみるか」

 「そうよのう、行けるもんなら行ってみたいのう。お主はどうなんじゃ、野望はあるのかい?」

 「ふん、俺か。俺は日本なんぞには、いたくはない。もっと世界を見たいと思っちょる」

 「なるほど、威勢の良い奴じゃ。ならば、ポルトガル人に会うのがいい。お前より、遥かに世界の事を知っているからのう」

 「おう、あの目の青い奴らか? それなら心配せんでもいい。近い内に会う事になっちょる」


 そんな話をしている内に、いつの間にか山道に入っている。

 すると、“キキー“という、獣の声が聞こえて来た。

 「なんじゃ、猿か?」

 「そうよ、猿じゃ。どうやら上手くいきそうじゃ」

 「なんだ、猿をやろうってのかい?」

 「そうじゃあねえ。上を見てみな!」

 「上だと?」

 そう言いながら、菊王丸は、生い茂った枝の隙間から、空を見上げる。

 「おう、鳥か! でかいな」

 大きな鳥が空を旋回している。

 「あいつはな、サルクイワシと言ってな、猿を食うんじゃ。翼を広げりゃあ、人の身長を遥かに越える」

 「ほう、そんなにでかいのか」

 「十兵衛! 鉄炮の準備をしろ!」

 十兵衛は、肩から鉄炮を降ろし、銃口へ発射薬を入れ、弾丸を装填した。次に火皿に、点火薬を入れ火蓋を閉じ、着火した火縄の先を火鋏に鋏む。

 鮮やかな手つきである。

 こうして、何時でも撃てる準備が整った。

 「菊王丸さんよ、でっけえ音がするから気を付けな!」

 次郎吉が、ニヤニヤしながら菊王丸に耳打ちする。

 菊王丸は、次郎吉の方を見る事もなく「そうか」と一言だけ言う。

 「清十郎さん、あのサルクイワシは、あそこへ降りて来るのかえ?」菊王丸が小声で問う。

 「ああ来るとも、あの子猿を襲うだろう」清十郎は、顎をしゃくりながら答えた。

 『おもしれえ、何が起こるか見とどけてやろう』

 暫くは、猿の鳴き声や、枝葉の音だけが聞こえてくる。

 やがて、清十郎は何かを感じたのだろう「十兵衛、来るぞ!」と、注意を喚起した。

 十兵衛も、それに応じて身構える。

 すると突然サルクイワシが、急降下をはじめた。

 物凄い勢いで、子猿目がけて突進して来る。

 漸く、親猿も危険を感じたのだろう、“キキー”と、大きな声を発する。

 だが、時既に遅く、子猿は鷲掴みにされ、今、飛びたとうとしているところだ。

 万事休すと思われた瞬間、“バーン”という大きな音が響く。

 すると、サルクイワシは、猿を掴んだまま、地面に落下して行く。

 ワシはまだ翼をバタつかせているが、飛び立つ力は無かった。

 「次郎吉、とどめを指して来い」

 「あいよ」次郎吉は、そう言うと、サルクイワシ目掛けて走った。

 バタバタともがいているサルクイワシに、刀を突き刺す。

 いや、突き刺そうとしたその刹那、「ギャー」という次郎吉の悲鳴が轟いた。

 何と、何処から舞い降りたのか、もう一匹のサルクイワシが次郎吉を襲う。

 次郎吉の手から刀が飛ばされ、ワシの鋭い嘴が、足の爪が襲ってくる。

 次郎吉は、防戦一方となり、顔から腕から血が吹き出る。

 もうダメかと思った時、おびただしい血が顔にふり掛かってくる。

 次郎吉が顔にふり掛かった血を拭い、霞んだ目で前方を見ると、目の前の巨大なワシが真二つに切り裂かれて地面に転っている。

 その血飛沫の中から、おもむろに立ち上がった人物がいる。

 「おい、次郎吉、大丈夫か?」と、その人物が笑っている。

 「お、お前は菊王丸か!」

 「おう、そうさ。お前歩けるか?」

 そう言いながら、次郎吉に手を差し伸べる。

 「いいや、歩けるぜ。おめえ中々やるじゃあねえか」

 清十郎や十兵衛も近くまで、やってきた。

 「菊王丸、お前、俺の刀をいつの間にか抜き取ったな」十兵衛が驚きながら言う。

 「へへ、わりいなあ、急な事だったんでな!」

 「まあ、そんな事はどうでもいいが、素早い収だな」

 「ふん、まだ鉄炮の時代が来るのは、早すぎるようだな、弾を込める時間が問題のようじゃ」と、菊王丸が、刀を返しながら言う。

 それに対し、十兵衛が反論する。「そりゃあどうかな、鉄炮も、使い方次第という事さ」

 「その通り、指揮官が、ボンクラじゃあどうしようもない」と、今度は清十郎が、穏やかに笑いながら、言った。

 「まあ、そういう事にしておこう」と、菊王丸が、うそぶく。実際には、鉄炮の一発の威力を充分に感じとってはいたのだが。

 こうして、暫く鉄炮談議で、好きな事を言い合った。

 半時ほど過ぎた傾、いつの間にか、その場から消えていた次郎吉の大きな声が聞こえてくる。

 「おーい菊王丸、ポルトガル船が通るぞ。見てみな」

 次郎吉は、木々が疎らになった所から海を見ていた。

 ポルトガル船と聞いて、菊王丸がやおら立ち上がり、次郎吉の隣に立つ。

 「なに、あれがポルトガル船か。で、でっけえ!」

 何を見ても、さほど驚きの表情を見せない菊王丸も、この時ばかりは、絶句した。

 『こりゃあ、でかいぞ。俺が乗ってきた船も、でかいと思っていたが、こいつは桁違いだ。乗って見てえもんだ』

 菊王丸は、嬉々としてその船を眺めている。

 「菊王丸、あれがガレオン船だ。世界最強の船だ。それにあの船の中には胆が座っている人物がいる。いずれその男は出世するだろうよ」

 菊王丸の後ろから肩を叩きながら清十郎が言った。

 「そいつの名はなんと言う」

 「マゼランだ。奴は下級貴族出身で、今は代理士官という身分だがな」

 「分かった。マゼランとガレオン船か、ようく覚えておこう」

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