忍者の里
翌日の昼、忍者の里で大勢の観光客の歓声が聞こえてくる。
そこでは、黒装束に身を包んだ忍者達が演武を披露していた。
彼らは月光、影丸、飛影、龍虎の四名で、リーダーは月光が務めている。
この舞台は大規模に出来ており、城の石垣を模したもの、そしてその回りには濠が巡らされていた。更に、十畳敷きの屋敷と、その前には広大な日本庭園があった。
また、要所要所にはカメラが設置してあり、それを移動式の大型スクリーンで映し出す事も出来た。
そして、この場所を使って手裏剣の実演、チャンバラ、石垣を軽々と登っていったり、あるいは変わり身の術なども披露した。
この演出が評判となり、毎年動員客が増えていった。
しかし悩みもある。この演出が毎年高度になって行き、怪我をするものが続出した。その結果、最初10人いた忍者も今では4人にまで激減してしまったのである。
それで、ここ忍者の里では、これを補うべく優秀な人材を募集していたのである。
さて、様々な忍術の実演の最後に最も危険な術を紹介する時間を迎えた。
そこで、リーダーの月光が舞台の中央にマイクを持って立った。
「さあ、皆さん。お待ちかねの時間がやってきました。さて、忍者は暗闇で活躍するものです。漆黒の闇の中では、目はほとんど役に立ちません。視覚以外の感覚を研ぎ澄ませなければなりません。その優劣が生死を決する事になります」
月光は、少し間をおき観客の様子を窺った。
「影丸、こっちに来てください」
影丸が、駆け足で舞台中央まで来て、観客に丁寧にお辞儀をした。
観客席から、"ガンバレー"とか、"待ってました"という声が飛ぶ。
「さて、この舞台を暗くすると、皆さんには何も見えなくなってしまいます。お客さんに見えなければ意味がありませんので、その代わりに影丸には目隠しをしてもらいます。種も仕掛けもありませんよ。ああ、あなた、疑っているでしょう」
月光は、観客席にいる、やや強面の男性客を指差して言った。
「そうそう、貴方です。さあどうぞ、こちらへ来て確かめて下さい」
その男は、人相に似合わずペコペコと頭を下げながら、舞台中央へやって来た。
「えー、宜しかったら名前を教えて頂けますか?」
「南郷だ」、男は頭を掻きながら答えた。
「それでは南郷さん、目隠しにする布を調べて下さい」
南郷は、その布を丹念に調べ、また自分で目隠しをしてみてから、手でOKのサインをしてみせた。
「宜しいですか、南郷さん。それでは南郷さん、影丸に目隠しをしてみて下さい。強く縛って下さいね!」
南郷は神妙な顔つきになり、影丸の背後に回り目隠しをし、再び手でOKのサインをする。
「さあ、南郷さんからOKのサインを頂きました。これで影丸は目が見えなくなりました。南郷さん、どうもありがとうございました。席に戻って下さい。南郷さんに拍手をお願いします」
南郷は、やや照れながら拍手の中を小走りで席へ戻った。
「それでは、影丸には所定の位置に立ってもらいます」
月光は、影丸の手を引き、衝立の前に立たせた。そしてそこから10メートル程離れた場所に、影丸に向かい合う形で飛影が立った。
「さてこれからウォーミングアップをしてもらいます。飛影が影丸に向かって、白いボールを3つ投げます。それを目が見えない影丸がキャッチします」
場内は、シーンと静まりかえり、二人の動きをじっと見つめた。
飛影が、懐にある3つのボールを取り出す。場内からは咳払い一つ聞こえてこない。
影丸は、やや両足を広げ、心持ち腰を低くして身構えた。
その時、飛影の右腕が素早く動き、3つのボールが影丸に向かって飛んでいった。
影丸は、その気配を感じ、右手、左手にボールを一つずつ掴み、ややジャンプして口で最後のボールをくわえた。
その様子を大型スクリーンが捉え、場内から割れんばかりの拍手がわき起こった。
月光はそれを見て、内心ホッとしていた。実は連日の忍者ショーの疲労が祟って、影丸は40度近い熱を出し、食事も満足に取れるような状況では無かったのである。今朝になって熱はおさまったものの、病み上がりの体でこの危険な仕事は務まらない。
しかし影丸は、遠方からはるばる来てくれる客に申し訳ないから、どうしてもやると言って、きかなかったのである。
月光は渋々承知したが、心配でならなかったのである。ところが、この演武を見てやや安心した。
月光は再びマイクを持った。
「皆さん静粛に! これからが本番です。今度はボールではありません。10枚の手裏剣と、一本の矢を使います。今度は命懸けです」
今度は飛影に加えて、龍虎が影丸と対峙した。飛影が手裏剣を、龍虎は弓矢を持って構えた。
再び静寂が場内を包んだ。スクリーンには、影丸の姿が大きく映し出され、額にやや汗が滲んでいるのがわかる。
緊張の時間が静かに流れる。
そしてついに飛影が、手裏剣を放つ。一つ、二つ、三つ・・・・。
影丸は、背中の刀を目にも止まらぬ早さで抜き、二つの手裏剣をはね飛ばし、3つめの手裏剣をやや身を屈めて避けた。
その手裏剣が背後にある衝立に突き刺さると、場内から大きな拍手が沸き上がった。
「皆さん、ありがとうございます。うまくいったようです。しかし手裏剣は残り7枚、そして矢が一本残っています。今度は、これが一挙に影丸を襲う事になります」
再び場内に緊張が走る。スクリーンに大写しにされた影丸の姿を見ると、いくぶん呼吸が荒くなっているように見える。
次にカメラが飛影の姿を捉えると、素早い動作で手裏剣を投じ始めた。
影丸は、次々と襲ってくる手裏剣を刀で弾き返したり、避けたりしていた。
しかし、9枚目の手裏剣が影丸の頬をかすめ、10枚目の手裏剣をかろうじて跳ね返したものの、足がもつれてよろけてしまった。
そこへ龍虎の放った矢が飛んで来ていた。これでは避けきれそうもなく、場内から悲鳴があがる。
絶体絶命と思われた瞬間、何処からともなく何か影の様なものが影丸の前をすっと通り抜けたように感じた。それと同時に矢が二つに割れて地面に落ちた。
場内では何が起きたのか分からず、誰もが舞台を凝視していた。
すると、先程までは無かった場所に何やら黒いものが存在している事に気付き始めた。
その黒いものがやがて動き出し、観客に対し背中を向けた形で立ち上がった。
その男が、観客に対して向き直り不敵な顔を現した。
観客は、これも一つの演出だと思ったのか割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がった。
この男、小五郎である。
月光が、このハプニングに驚き、急いで小五郎に近づいて行った。
「あなたは誰ですか?」
「俺を雇え。名は小五郎という」
「何だって、いきなり!」
「詳しい事は後だ、俺の腕は確かだぞ!」
「うむ・・・・」、月光は大歓声を上げて喜んでいる観客をみた。
『この男のいう通りだな』
月光は小五郎に向かって笑った。
「あんたが居れば、俺も助かる」
「分かってもらえたかな!」、そう言ってから小五郎は月光の耳に口を近づけて囁いた。
その言葉に月光はやや躊躇したが、「分かった、それで良いんだな。ただし無理はするな!」と言った。
小五郎は、返事をする代わりに、ニヤリとした。
月光は観客に向き直った。
「皆さん、楽しんで頂けましたか? さあ、皆さんに新しい仲間を紹介しましょう。小五郎といいます」
スクリーンに小五郎の精悍な顔が映し出された。
観客は更に盛り上がり、"小五郎いいぞ"、"カッコイイ"という言葉がアッチコッチで飛び交った。
「さて皆さん、今度は小五郎が目隠しをします。そして、3本の矢が小五郎を襲います」
影丸に代わり、目隠しをした小五郎が衝立の前に立つ。
矢は、飛影、龍虎そして月光が横一列に並んで射ることになる。
再び静寂が訪れ、観客は固唾を飲んで舞台を見つめた。
そして、3本の矢が小五郎に静かに向けられた。小五郎に焦った様子は無い。衝立を背にして、自然体で立っている。
月光が小声で「やれ!」と言った。
その瞬間、3本の矢がほぼ同時に放たれた。
ところが、その矢が3本とも途中で失速して地面に転がった。
小五郎は、特に何も動いていないように見えた。
観客は、訳が分からずざわめいた。
しかし、月光は落ち着いている。
「さて皆さん、魔法を使ったのでしょうか? 皆さんと一緒に真相を調べて見ましょう。スローモーションで再生してみます」
観客も、この謎を解くためにスクリーンに見いった。
そのスクリーンには、矢がゆっくりと飛んで行く様子が映し出された。
一方、小五郎は、素早い動作で何かを投げ飛ばす仕草が映し出されている。よく見るとそれは3枚の手裏剣であった。それが見事に空中で3本の矢に当たっていたのである。
神業でである。
場内は一瞬息を飲み、その後大歓声が沸き上がった。
小五郎は、目隠しを取り、その大歓声に応えた。
月光も、この様子を見て満足した。
スーパースターの誕生である。
小五郎は思っていた。突然自分の知らない世界に迷いこみ、どうしたら良いか分からなかった。
この山や風景は、自分の世界のものと同じように見えたが、住んでいる人間がまるで違う。
いずれ自分の住んでいた世界に戻ろうと思うが、その方法が分からない。まずは、この世界の事を知らなければどうにもならないと思った。
そう思いながら、忍者の里で彼等の演武を見ていた時、ここならば自分の特技を活かしながら、この世界の事を調べられると思ったのだ。
こうして、小五郎と月光の利害が一致した。
小五郎は、忍者の里のスーパースターとなり、また忍者志願者に対して指導も行った。
そして、時間のある時には、この世界の歴史、文化等を学んだり、また自分がこの世界に迷いこんだ場所を探索することもあった。
そうした作業を進めて行く内に、小五郎は驚いた。この世界の歴史を調べると、家康がいたのである。そして彼は天下人となっていたのだ。ただし、400年以上も前の事だという。
小五郎は悲嘆に暮れた。
『時間を飛び越えたのだろうか? もしそれが事実ならば、二度と再び自分の妻子には会えないではないか・・・・・』
それから5年後、小五郎はB29の事件に遭遇したのである。




