小五郎の疑問
どれだけの時間が経過しただろうか、小五郎はようやく目覚めた。
小五郎の意識の中には家康が無事かどうかということだけであった。
自分の体を調べたが特に異常は無さそうだった。
ただ、何となく違和感を感じる。空気や風がどことなく異質な感じがするのだ。この妙な不安感や恐れに対して小五郎の鋭い五感が警鐘を鳴らしていた。
『嫌な予感がする。何かは分からないが、とにかく家康殿に追いつかねばならない』
彼は雑念を追い払い、谷底から這い上がった。
這い上がった後、周囲を見回すと何かがおかしいと思った。
その周囲の景観が違うように思われた。しかもサソリの姿が見えない。
『あいつは致命傷を負い、手裏剣を放つのがやっとだった。死んでいるか、生きていても虫の息のはずだ。しかし、奴の遺体も、血の痕も無いのは何故なんだ? 奴の仲間が痕跡も残さずに連れ去ったのだろうか?』
詮索すればするほど、迷路に迷い混んでいくばかりだ。小五郎は仕方なく思考をストップし家康を追うことにした。
だが暫くすると、灰色の道に出くわした。石畳かとも思ったが、そうでもない。しかも道の中央には白線がずっと描かれていた。
彼は道の中央にしゃがみ、よく観察した。
その時である、何やら"ゴー"という音が響いてきた。それがだんだん大きくなってきた。
小五郎は、立ち上がり音のする方向をみつめた。すると何やら大型の動物のようなものが、物凄い勢いで向かってきていた。更に近づいてくると、それは動物ではなく箱のような形をしていて、窓があり、しかもその中には人らしき者が乗っているようだった。
すると突然、その箱から"ブー"という大きな音が鳴り響いた。
さすがに小五郎も危険を感じ、寸でのところで跳躍をしてかわした。
すれ違いざま、箱の中の人間が「ばかやろう、気を付けろ」と怒鳴っていった。
小五郎は、動揺していた。
『なんだったんだ今のは? あいつの服装は、今まで見たことも無いものだ。俺はお伽の国にでも迷いこんでしまったのか。ただし、言葉だけは通じるようなのだが』
彼は、山道をさ迷った。暫くすると、遠くの方から声が聞こえてきた。かなりの人数のようだった。
ここがどういった場所なのかを知るためにも、その声のする方を目指した。
やや小高いところから、その方向を見る。
そこには、三角形や、ドーム型の布で出来た小屋の様なものが点在していた。更に、何ヵ所かで火が炊かれ、料理をしている姿が見えた。
彼らはみんな、異様な服を着ている。下半身は二本に別れた筒に足を通し、腰の部分に細長くした皮のようなものを巻いている。
女性も似たような物を履いているが、中には、腰の部分を布で丸く覆っている者もいる。その丈も色々だが、膝上のものを履いて、素足を見せている者が多かった。
また上半身は色々だ。背中には、様々な模様であったり、猫や犬等が描かれたものもあった。
小五郎は、その服装に度肝を抜かれた。ただ、彼らは武器のようなものは持っていないようなので、その点は安心した。
また、看板のようなものがあった。小五郎は、それを目を凝らして読んでみた。それには、"岩倉峡公園キャンプ場"と書いてある。
『ここは、拙者のいた世界とは違うようだ。どうしたら元の世界に戻れるのだろうか?』
そんな事を考えながら、思い悩んでいると、足音がしてきた。
彼は様子を見るため、近くの木に飛び乗った。男女二人がたわいもない話をしながら歩いて来ている。
「ここんところ良い天気が続いて良かったわね」
「ああそうだな。無理して来た甲斐があったよ」
「あんたちょっと忙しすぎよ。もう少しのんびりした方が良いわよ。もっともっと色んな所に旅行に行きましょうよ。年を取ってからじゃあ遅いわよ」
「お前は気楽で良いよな!」
その時、上方から男の声がした。
「おい!」、小五郎である。
二人はビックリして声のした方向へ視線を向けた。
女が上を向きながら「誰なの、何処にいるの!」と叫んだ。
目を凝らして見るが分からない。
すると、彼等のすぐ後ろから「何処を見ている。俺はここだ」という鋭い声がした。
二人が驚いて後ろを振り向くと、黒装束の男が立っている。
「あら、忍者なのね。素敵!」、女は驚く様子もなく、小五郎に向かってにっこりした。
これには小五郎がビックリした。
「何だと、忍者を知っているのか?」
「もちろんよ、昨日忍者の里へ行ってきたんだから」
「忍者の里だって!」
「そうよ、おじさんも忍者の里の人なんでしょ!」
「うーん---」
「ああそうか、忍者の里で人を募集しているっていう話を聞いたけど、ひょっとしてあんたも志願者じゃあないの? えーと、ここに忍者の里のパンフレットがあるのよ。これあげるわ。もし場所が分からないんだったら、ここに地図もあるからね」
そう言いながら、小五郎へパンフレットを手渡した。
小五郎は、渡された一枚の紙を見て驚いた。そこには精巧に描かれた絵があった。まるで自分の目で実際に見たように描かれている。
しかも、その紙は普段使いなれている和紙では無かった。その表面には艶がありスベスベしていたのだ。
「ねえ、おじさん頑張ってね。おじさんは見たところ、相当逞しそうだからきっと立派な忍者になれるよ!」
「忍者の里か、面白そうじゃのう!」
しかし、そのやり取りを黙って見ていた男は、小五郎を訝しそうに見ていた。
「ところで、あんたの背中にある刀は本物なのか?」と、胡散臭そうに言った。
「この刀か? ならば見せてやろう」
小五郎は、鋭い目つきで虚空を見つめた。
その、小五郎の迫力に男は圧倒される思いがした。
その時である、空気を切り裂くような音と、一瞬の煌めきがあった後、刀が鞘に収まる"カチ"っという音がした。
二人は、何が起きたのか理解する事が出来なかった。
「な、何をしたんだ!」
「今にわかる!」、小五郎はニヤリとした。
すると、なにか黄色いものが落ちてきた。地面に落ちたものを凝視すると、それは大きなスズメバチであった。暫くすると、そのスズメバチが二つに割れた。
二人は、ぎょっとして顔を上げると、すでに小五郎の姿はかき消えていた。
二人は、"もののけ"でも見たのかと思い、ガタガタと震えだした。




