忍者小五郎
戦国時代、織田信長という型破りの武将がいた。天下統一を目指した彼の生きざまは、正に戦いの連続であった。それ故に織田の家臣団も休む間もなく、信長の道具として働かされた。そして、それについていけない者は、容赦なく切り捨てられた。
信長の怒りを買った場合、本人だけでなく一族全てに被害が及ぶ。
そんななか、信長を支えてきた有力な武将である明智光秀が、精神的に追い詰められ、京都の本能寺において信長を打ち、謀反に成功した。世に言う三日天下である。
この時、信長に招待され上方を遊覧していた徳川家康は、光秀の包囲網をかいくぐって、決死の脱出をしなければならなかった。
険しい道を歩きながら家康の心境は複雑であった。盟友信長の死は、自分にとって天下を取る為のまたとないチャンスとなる。しかし、そのチャンスを活かす為には、なんとしても光秀の包囲網をかいくぐり、生き延びねばならないのだ。
『今、自分の手勢は僅かに30名。生き延びる確率は----』、家康は頭の中で計算しながら苦虫を噛んでいた。
すると、前方の草むらから野太い声がした。
「家康殿!」
家康は反射的に「誰だ!」と叫んだ。
家康も、その家臣たちも追っ手ではないかと思い、刀を抜く者もあった。
その声の主は落ち着いていた。
「我々は味方です。服部半蔵の命を受けて馳せ参じた、伊賀の小五郎でございます。伊賀者しか知らない三河へ続く道をご案内します」
その言葉に家康はほっとした表情を見せた。
「おう、小五郎か。名は聞いておるぞ。案内せよ」
その家康の一行からさほど離れていない場所に、地元の土豪たちが報償金目当てで、家康一行を探索していた。
「棟梁、ここを見てください。真新しい足跡がありますぜ!」と、叫ぶ男がいた。
そこへ草むらを掻き分け、がっしりとした、目の鋭い髭面が現れた。
「これは間違いない。そんなに遠くはないはずだ。急ぐぞ!」
この集団は弓矢を持ち、鉄砲さえ担いでいる者もいた。
獲物が近い事を知った彼らは自然と早足になった。
暫く進むと、遠くに家康一行が見えてきた。
「よし止まれ。あの立派な姿の武将が家康だろう。待ち伏せしてやる。俺に着いてくるんだ」
彼らは棟梁の後に続き、獣道を走った。
「棟梁、この辺りでどうですか?」
「よし、良いだろう。弓と鉄砲を準備しておくんだ」
彼らは、やや小高い場所に陣取り、獲物を待った。
半時もすると、家康一行が見えてきた。
「俺が合図するまで待て!」と、棟梁がみんなに指図した。
充分に弓や鉄砲の射程圏内に入るのを待ってから、「よし、やれ」と号令した。
すると、鉄砲の大きな音が響き、また無数の矢が放たれた。
家康一行は、不意をつかれ大混乱に陥った。数名の者が矢にいぬかれたり、鉄砲の餌食にされた。
それでも家臣たちは、必死で家康の周囲を固め、なおも飛んでくる矢を刀で防いだ。だが乱れ飛ぶ矢を防ぎきれず、倒れるものも続出した。
頃合いを見て、棟梁が叫んだ。「斬りかかれ!」
形勢は土豪たちに絶対的に有利である。
手負いの家康一行は、雪崩のように襲いかかる土豪たちを見て逃げざるをえなかった。
やがて、土豪たちに追いつかれ、一人、二人と倒れていく。
勢いずく土豪たちであったが、ある所まで来ると、足に強烈な痛みが走り立往生してしまった。
地面を見ると、マキビシがまかれていた。
そこへ周囲の木の影から手裏剣が乱れ飛んだ。
更に数個の火薬玉が炸裂し、周囲は煙幕で覆われた。すると、あっちこっちで悲鳴が聞こえてきた。目に見えない敵ほど恐怖心を煽るものはない。
漸くすると煙がおさまり、辺りを見回すと、約半数の者が倒されていた。
だが、伊賀忍者も一人、胸に短剣を刺されて絶命していた。
棟梁の怒りは頂点に達した。「くそ、伊賀者が邪魔をしおって! ならば、こっちも忍を使うまでのこと。サソリ出てこい!」
樹上で、ガサっという音がしたかと思ったら、棟梁の前に三人の男が膝まずいていた。
中央にいるサソリは、冷血動物のような目をし、頬に傷のある男である。
「あの伊賀者は、お主が殺ったのであろう」
「御意」
「次は、家康の首だ」
「承知」、そう言うと、棟梁の前から一瞬の内に消え、木々の枝がガサガサ揺れた。
家康一行は、家臣たちと散り散りになってしまった。その為、家康に従う者は、僅かに2名しかいなかった。
土豪たちの襲撃で疲れはてた主従3名は、暫しの休憩を取っていた。
そこへサソリたち3人は、声を殺して忍び寄った。
「良いか、手裏剣を使って仕留めるぞ。急所を狙うんだ」
3人は同時にクナイ(短剣型の手裏剣)を放つ。
家康は、かろうじて自分の刀の柄を使い防いだが、家来2人は声も出さずに絶命した。
家康は家来の様子を見る暇もなく、逃げ出した。
3人の忍が追いかけつつ、手裏剣を放つ。
その一つが家康の背中に命中し、ドサッと倒れる。
3人が。とどめをさそうと近づいて行くと、そこには手裏剣の刺さった材木の切れ端があった。
「これは、変わり身の術だ」と、サソリが叫んだ時、樹上から一人の黒装束の男が飛び降り、一瞬にして2人を斬り倒した。
驚いたサソリが「お前は誰だ!」と睨みつけた。
「伊賀の小五郎だ。家康殿は、もうとっくに安全な所まで行っているはずだ」
「くそっ、謀ったな」、と言いつつ刀で斬りかかった。
太刀筋は鋭い。小五郎は2度、3度とかわす。サソリの剣の腕はかなりのものである。
小五郎は隙を見て、近くの木に飛び乗った。
そこへ、すかさずサソリの手裏剣が襲う。小五郎は間一髪で、それを避け、同時に次から次へと木に飛び移っていった。
それを見て、サソリもその後を追った。
小五郎は逃げながらも、反撃のチャンスを窺っている。
小五郎が次の木に飛び移ろうとした時、宙返りをしながら手裏剣を放つ。
不意を突かれたサソリは、一つは何とかかわすが、もう一つが右肩をかすめた。
サソリは、舌打ちをするが、その一瞬、集中が途切れた時、小五郎の姿を見失った。
サソリは、樹上で小五郎の気配を探る。
時間が止まったかのように、静寂が辺りを包む。
小五郎とサソリの根比べだ。
僅か数秒の時間が、永遠のように長く感じられた。
その時、サソリの後方で、カサカサという音がした。振り向き様、手裏剣を放つが、それはリスであった。
その一瞬、サソリの腹に痛みが走る。気が付くと自分の腹から血が流れていた。小五郎の剣が腹を貫いていたのである。
「家康殿には、指一本触れさせぬ」と、小五郎は、静かな口調で告げた。
こうして小五郎は、サソリを仕留めた後、家康を目指して走り始めた。
だが、背後からサソリが最後の力を振り絞り、手裏剣を放つ。
小五郎は、その気配を感じかわそうとするが、バランスを崩しそのまま谷底へ転落してしまう。転げ落ちながら自分の体が光に包まれていくような感覚に襲われ、そのまま気を失ってしまった。




