脱出
1時間後、神田橋が走ってやって来た。
「おい、待たせたな。お前たちを出してやる」と言いながら、ポケットから鍵を取り出している。
「神田橋さん、大丈夫なんですか?」
「大丈夫であるはずがなかろう。憲兵隊の隊長に交渉してみたが許可を得るには早くても1日はかかると言っていた。それでは世界が滅ぶぞと脅しても、頑として首を縦に振らなかった。それで仕方なく鍵の保管場所へ行き、隙を見て拝借してきた」
「ええ、本当ですか。軍の規律を破ったら大変でしょうに」
「有事の時に役に立たんような規律じゃあしようがないだろう。法律も規律も人間や国家があってこそのものだろう。軍人の最高の任務は国家や国民を守ることだ。それを優先したに過ぎない」
「いやあ、その言葉最高ですね」持丸は、喜々として言った。
「それも、お前達の言葉が出鱈目なら切腹ものだがな」
「それは承知しています。最善を尽くしますよ」持丸は、自分たちの責任の重さを十分に感じながら言った。
「さあ開いた。行くぞ!」
「神田橋さん、もちろんエッグの所まで連れて行ってくれるんでしょうね」
「そうだ、任してくれ」
神田橋を先頭に3人は、牢から周囲を気にしながら、ソロソロと出ていく。
通路を走っていくとT字路がある。その角の向こうから靴音がしてくる。
「いいか、全て俺に任せろ。君たちは、一言も喋るんじゃないぞ」と、神田橋は後ろの3人に命じた。
「神田橋さん、俺達は消えますから大丈夫ですよ」と持丸が囁く。
神田橋は、意味を理解できず「何だって?」と聞き直す。
だが、その時には角から兵士二人が出てきて神田橋に会釈してきた。
「神田橋中尉、大変な事になりましたね」
「スーパプルームのことか?」
「そうです、上層部は有効な対応策を打てるんですかね?」
「今のところ対策と言っても、火口付近から遠くへ行くことだけだ。その後の事は分からん。何もその他の対策が無ければ滅ぶしかないだろう」
「そっそうですか」
「お前、新婚だったな。そんな暗い顔をするな。特に女房の前ではするなよ。たとえ最悪の状況でも男はどっしりと構えているべきなんだ」
「はっ、大変勉強になりました」
「よしっ、分かったら行け。俺も急ぐんでな」
「分りました」兵士はお辞儀をして、その場を立ち去った。
実は、神田橋は、冷や汗をかいていた。後ろの3人に不信を持たれないかと、はらはらしていたのである。
神田橋は、ホッとして後ろを振り向いた。
ところがいない。音も立てずに消えた。
「ど、何処へ行った」と、思わず大きな声を出してしまった。この状況で大きな声はまずい。それだけ神田橋は、動揺しているのである。
暫くキョロキョロしていたが、どうしても見つからない。
そこへ、思わぬ方向から声がしてくる。
「神田橋さん、こっちこっち、上ですよ」
はっとして上を見ると、3人はヤモリのように天井に張り付いていた。
「ど、どうしてそんな所に!」
「へへ、これが俺たちの世界のテクノロジーですよ。ダークエネルギーによって重力を自由に操れるんです」
「ダークエネルギー? そんなもんで重力を自由に操れるのか? うーん、お前たちが異世界から来たというのも本当らしいな」
「分かってくれて嬉しいですよ」
「まあいい、それより早く降りて来い。そのままじゃ移動できないだろう」
「大丈夫ですよ、宙に浮いたまま移動できますから。その方が見つからずに済みますからね」
「そうか分かった。それじゃ上から付いてきてくれ」
こうして神田橋は、エッグの置かれているヘリポートへ急いだ。その後も何人かの人とすれ違ったが、誰にも疑われる事は無かった。
そして、ついにヘリポートまで辿り着いた。
神田橋と3人は、ヘリポートの大きな敷地の片隅に半透明のエッグが置かれていて、その周りを科学者と2人の助手が囲んでいるのを確認した。
このヘリポートは、天井が高く出来ているため、中途半端な高さに浮かんでいると見つかる可能性が高い。
また、このヘリポートでは、何人かの整備士が忙しそうにヘリコプターを点検している。その他に兵士も数人いた。
神田橋は、それらの人に感づかれないように一つのヘリコプターの影に隠れた。そして、宙に浮いている3人に降りてくるようにジェスチャーをした。
「おい、静かにしろ。簡単に打ち合わせをしたい」神田橋は、降りてきた3人に向かって、小さな声で喋った。
「私は、ヘリに乗ってここを出る。ヘリには天井の出入口の開閉のスイッチがあるからな。それに続いて、エッグがついて来れればいい。問題はどうやって君たちがエッグに乗るかだ」
「エッグから10メートル以内にいれば、俺の持っているリモコンで操縦できる。それを使えば何とかなるんじゃあないかな。俺達は空中でエッグに飛び乗る」
持丸は、頭の中でシミュレーションを描きながら言った。
「そうか、リモコンで操縦できるんだな。それでやってみるしかなさそうだな」
持丸は頷き、羽柴と、明智をみる。二人とも緊張しているようだが、OKのサインを出した。
そして神田橋は、連絡用にとトランシーバーを手渡した。
「よし、それじゃあ私は、このヘリを操縦するぞ」
「アイアイサー」持丸は、みんなの気持ちをほぐすように、やや戯けて言った。
神田橋は、ヘリに乗り込んだ。
プロペラが回り始める。
周囲の人間が、突然動き出したヘリコプターに驚き振り向いた。
ヘリポートのスタッフが駆け寄ってくる。
「おーい、飛行許可は出ていないぞ。止めるんだ」
神田橋は、早く飛び上がろうとするが回転速度が十分に上がらない。
「何をやっている。お前は誰だ!」再び、スタッフが叫ぶ。いよいよヘリに近づく。
「悪いな、急な用事が出来たんだ」神田橋は、そう言いながら、銃の引き金を引いた。
銃口から、殺虫剤のような霧が吹き出した。
「ウワー、きさまー、何をする!」
スタッフは目を押さえながら悶えている。
「催涙ガスだ。30分もすれば元に戻るよ。すまんな」
神田橋は、漸く飛び上がる事が出来た。
持丸、羽柴、明智の3人は、重力制御装置を使って一緒に飛び上がった。
10メートル付近まで近づくと、持丸はリモコンを操作し始めた。
すると、何の音もなくエッグが動き出す。
周囲にいた科学者と助手たちは驚いた。エッグの上で、調べていた助手は突然の事に振り落とされてしまった。
この異変に気づいた兵士たちが大勢集まってきて、その内の何人かが空中に浮かんでいるエッグやヘリに向かって発砲してくる。
その鉄砲の雨の中で、3人は何とかエッグの中へ入り込んだ。
持丸は急いで、操縦席に座った。他の二人も所定の位置につく。
「さあ行くぞ!」
遂にヘリが天井のドアを開けて、外へ飛び出す。
それを見て、ヘリポート管理室ではドアの緊急ボタンを押して閉じようとした。
「おお、天井のドアが閉まっていくぞ」
「分かっている。トップスピードへ持っていくぞ!」持丸の額に汗が滲む。
急速に狭まっていくドアに向かって、エッグが飛んで行く。
スレスレのところで、エッグもまた脱出に成功した。
エッグは、火山噴火予定地に向かっていくヘリの後を追う。
持丸は、後ろを見て何か追ってこないか確認をした。しかし今のところ、そのような気配は無かった。
横にいる明智に向かって、Vサインをしようとしたが、はっとした。
「おい、腕から血が出ているぞ。大丈夫か?」
「これは、かすり傷だ。何でもない」
「そうか、それならいいが、そこに救急箱があるから薬でも塗っておいた方がいいだろう」
「分かった。それより俺達の研究室へ連絡を取った方がいいんじゃないか」
「分かっている。これからするところだ」
持丸は、コックピットにある、送受信装置を使って研究室を呼び出す。
「こちら、エッグ1号。研究室応答願います」
持丸が、何度か呼び出していると、漸く返事が帰ってきた。
「おお、持丸か、心配していたぞ。みんな大丈夫か?」
「神藤先生ですか。みんな大丈夫ですよ。しかし今、----」
持丸は、これまでの経緯をかいつまんで話した。
「何だって、スーパプルームによる大噴火だって本当なのか」
「本当です。それで----」
「それが本当なら、早くそこから転送してあげよう」
「いやそれが、この世界の人たちを救ってあげたいんです」
「救うと言ったって、何ができるというんだね」
「神藤博士、噴火物を何処か異世界へ飛ばす事が出来れば、その後の気候変動を抑える事が出来ないでしょうか。そうすれば、この世界は助かる事が出来るはずです」
「持丸君、その噴火物を飛ばすといったって、どれだけ大きな異世界への穴を作らなければならないと思っているんだね。それには莫大なエネルギーが必要になるんだ」
「しかし、この世界の人たちを救うには、そうするしか無いと思うんですが」
「うーん、だがそうする事でどれだけの負担がこの転送装置にかかると思っているんだね。悪くすれば、転送装置が壊れるだろう。それは君たちをこちらの世界に戻せなくなるという事なんだぞ」
「俺たち三人は、その覚悟が出来ています」
「本当にそれでいいのか?」
「これが異世界ではなく、自分たちの世界なら、どんなにリスクがあってもやってみるんじゃあないですか」
「うーん、そこまで言うか。ならやって見るか。しかし私は、どんな事があろうとも君たちを見捨てることはないからな」
「ありがとうございます、博士」
「持丸、お前も成長したな。ところで、その噴火物を何処へ転送させるか考えてあるのか?」
「いやあ、それは----」
「おまえなあ、詰めが甘いぞ。だったらこちらの太陽へ転送させてみよう。巨大な太陽なら、それだけの噴火物でもびくともしないだろう」
「ああ太陽ですか、いいですねえ」
「ところで、その噴火口までどれくらいかかるんだ?」
「そうですね、後30分ぐらいでしょうか」
その時、神田橋から貰ったトランシーバーが唸った。




