なんでも屋稼業その2 ブラックシャーク
一方ドクターの方である。
大きく頑丈そうなSUV車に乗り込み、ある湖の近くまで来ていた。後部座席には、マヤが縄に縛られたまま座っている。
「なぜ、私を連れていくの?」、マヤが困惑気味に尋ねる。
「ふん、お前はパーフェクトビクトリー社の社員だろう。全部調査済みだ。社長からは随分と重宝がられているようだしな。だから使い道がある。金にもなる」
「まあ、脅すつもりなの。なんて卑劣な!」
「何とでも言え、裏社会で生き抜くためにはどんな手段でも使う」
「あなた、最低ね!」、体は自由が利かなくても、気力だけはある。
「暫く黙っていろ」、ドクターは運転席のディスクプレイヤーの横にあるオレンジのボタンを押した。
そして、「こちらドクター、ブラックシャーク応答せよ」と話した。
するとスピーカーから「ドクターか?例のものは手に入ったか?」という声がする。
「もちろんだ、首尾よくいった。さあ早く来てくれ」
「直ぐに行く。待っていろ!」
暫くすると、湖の中央部分から、ブクブクと泡が立ちはじめ、やがて水が大きく盛り上がった。そして、その水の中から葉巻のような形をした全長10メートル程の黒い物体が現れた。
前方と思われる部分には窓が見える。
潜水艇かと思われたが、前と後ろの上部に穴が開き、そこから細長いものがニョキニョキと出てきた。
やがてそれは、蕾の花が咲くように三本の板となって、四方に花開く。
プロペラである。正に、潜水艇がヘリコプターに変身したのだ。
そのプロペラが回転し始めた。
やがて、葉巻型ヘリコプターは宙に舞った。その胴体には獰猛なサメの絵が描かれている。これがブラックシャークと呼ばれる乗り物なのだろう。
ブラックシャークは、空中で方向転換をしドクターの方へ向かう。
ドクターの無線機が吠える。
「おいお前、ネズミを一匹連れて来たな」
「ネズミだと?」
ドクターは、辺りをキョロキョロと見回す。
すると、青白い物体が急速にこちらに向かって来るのが見えた。
「分かったか、兵士を10人ほど援護に向かわせる。その隙にブラックシャークへ乗り込むんだ」
着地したブラックシャークから、ベレー帽に、カーキ色の軍服を着た兵士達が続々と降りてくる。中にはロケットランチャーを担いでいる者もいる。
同時に、ドクターがマヤを連れてブラックシャークに向かう。
兵士たちは直ぐに戦闘態勢を整え、迫りくるホバークラフトに照準を合わせる。
ついにロケットランチャーが火を吹いた。
正確に目標に向かって飛んで行く。
凄まじい爆発音と土煙で、ホバークラフトが見えなくなる。
しかし、その煙の中から無傷のホバークラフトが現れる。
それを確認すると、機関銃が唸った。
更に、2発目のロケットが飛ぶ。
それでも、ホバークラフトは器用にそれらをかわしながら、尚も突き進んで来る。
やがて、ホバークラフトから何かが空高く放出された。
それが兵士達の頭上まで来ると、“パーン”という破裂音がし、網のような物が大きく開いた。
その網は、バチバチという音を響かせながら兵士達を覆いつくすようにして落下して来る。
兵士達は、逃げようとする者もいたが、殆どがその網に呑み込まれた。
その網に触れた者は大きな悲鳴を上げながら感電し気絶した。
何とか、その網から逃れた者が機関銃を撃ってくる。
それに対し、ホバークラフトは全体が一瞬オレンジ色に変化したかと思うと、キーンという不快音を発した。
すると、機関銃を撃っていた兵士達が「ウワー!」と言う叫び声を上げる。
兵士達が持っていた、機関銃が粉々に破壊されたのである。
これがいわゆる音響兵器と呼ばれるものだ。機関銃の固有振動数に合わせた強烈な音波が機関銃を破壊したのだ。
よく、音でガラスコップを破壊するというニュースや、テレビ番組を見た人がいるだろう。それとおなじ原理である。
これは、その固有振動数に合った物しか破壊しないから、この場合人間には無害だ。
しかし、彼らはこの奇妙な武器に戦意を喪失し逃げ去った。
ホバークラフトの中で男が、周囲を確認すると、攻撃可能な兵士達はいないと判断した。
だが、既にドクターと、マヤの姿は無くブラックシャークの中に消えている。
ブラックシャークは、離陸体制を整え、プロペラが勢い良く回り始めている。
「くそっ、離陸させてたまるか!」
そう言いながら男は、コックピットにあるボタンを幾つか操作した後、発射ボタンを押した。
すると、ホバークラフトから銀色に光る球形の玉が勢い良く放出された。それが途中で数個に分裂し、回転するプロペラに取り付いたのだ。
それによって、少し浮きかけていたブラックシャークだが、次第にプロペラの回転が鈍くなり再び地面に着地し、多くの土埃をまき上げた。
暫くすると、ブラックシャークの入口ドアが開き、ドクターと縄で縛られたマヤ、それにベレー帽を被り、黒メガネをした軍服姿の男2人が出てきた。
「おいお前、他の兵士はどうした?」口髭をはやしたリーダーらしき人物が後ろにいる兵士に向かって言った。
「将軍、動ける兵士は私しか残っていません」
「どういう事だ?」
「どういう事か分かりませんが、声を掛けても動きませんでした」
「くそ、役立たずな連中だ。最後の切り札は、この人質だけか」
その時、ホバークラフトからスピーカーを使って声が流れて来た。
「将軍、情けない事になったな。もう諦めてそのナノマシーンと、マヤを返すんだな」
「ふん、お前の立場が良く分かっていないようだな。お前もパーフェクトビクトリー社の社員ではないのかな。この女は社長のお気に入りの筈だ。お前が少しでも変な事をすれば、この女は機関銃の餌食になる」
「将軍、お前の言う事はそれだけか。そんな事は、脅しにも何にもならん。こちらの音響兵器で、機関銃など木端微塵だ。だから諦めるんだな」
しかし、この男は内心焦っていた。何故なら再び音響兵器を使うにはエネルギーが足りないのだ。男の言葉は単なるハッタリである。
将軍にしても、この男を何とかしなければブラックシャークは、飛び立てない。もたもたしていれば、国際警察が動いて来るだろうと思っていた。
暫しの緊張と沈黙が続いた後、ドクターが将軍の耳に囁いた。
「将軍、大丈夫です。ブラックシャークのロケット砲の照準をあのホバークラフトに合わせました。今なら奴の不意をつけます」ドクターは、小さな装置を使って遠隔操作をしていたのだ。
ブラックシャークを見ると、側面のやや下の方からロケット弾の頭が見えている。
「お前にしては上出来だな。直ぐに実行するんだ」将軍の鋭い声が飛んだ。
ドクターは、ニヤっと笑い発射ボタンを押す。すると、轟音と共にロケット弾が放たれた。
ロケット弾は、正確にホバークラフトに向かって飛んで行き着弾した。
ホバークラフトは空中に舞い上がり反転しながら地面に落下。
土煙の中で、ホバークラフトの青白く輝いていた光が消滅した。
すると、ブラックシャークのプロペラの回転を止めていた物体が外れた。
「将軍、成功です。奴もくたばったようだ」と、得意気に将軍に顔を向けた。
だが意外にも、将軍の顔は怒りに燃えていた。
「おい、女は何処に行った。それにあの若い兵士もいないぞ。お、お前の持っているナップサックは大丈夫か?」
ドクターは、蒼白になってナップサックを調べるが中は空っぽであった。
「くそっ、あの若僧は何者だ?」
その時、ブラックシャークのドアが開き、ヨタヨタと一人の兵士が出てきた。
「将軍、やられました。兵士の中に何者かが紛れ込んでいたようです。それに、コックピットもやられました。修理には相当の時間がかかります」
「なに、たった一人の若僧にやられたというのか!」と言いながら将軍は天を仰いだ。
「おい、あれを見ろ。ドクター!」
その視線の先には、ドクターが乗ってきたSUV車が遠ざかって行くのが見えた。




