真っ黒
第三章 『真っ暗』
拒絶。否定。暴力。暴言。仕方ない。仕方ない。この人たちは傷付けられて来た人だから。こうして心に入り込む人が怖いだけなんだ。大丈夫。大丈夫だから。めあちはキミたちを傷付けたい訳じゃないから。
大きな声で怒鳴られることもあった。友だちだと思ってた人からの拒絶もあった。めあち頑張るから。キミたちに教えてくれたこと。
『勝手にすれば。こっちには関係ないから』
そう……だね。うん。これはめあちが勝手に始めたことだから。うん。めあちはただみんなに笑顔で居て欲しいだけ。これはめあちの我が儘だから。一人の友人を失くせば複数人が居なくなった。居なくなっちゃった。ずっと仲良しで居ると思ってた。
仕方ないよ。人には嫌う権利がある。どれだけ気を付けようが、何をしても嫌いになる人はなる。めあちのことを嫌いな人も笑顔で居て欲しい。人を嫌いになる権利があるんだ。嫌われたくないなんて傲慢だよ。
「あんた、ズタボロじゃん」
「はは……久しぶり!」
大丈夫かな? 上手く笑えてるかな。人を笑顔にしたいって願ってるのに、めあちが笑顔じゃないと意味が無い。
「……あんたを見て笑顔になれる人、居ると思う?」
「え……? えっとね!」
「それで良いの?」
「あ……うん! めあちはみんなが……みんな――」
心が。心が……笑えない。めあちはみんなに笑顔で居て欲しい。でも、もし許されるなら……誰の眼にも付かない端っこでも良いから。めあちも一緒に笑いたい。
「なぁ。あんたにも心から信頼できるダチは居るのか?」
「居たよ!」
「………私は人と慣れ合う気なんか無い。あいつらは被害者だったら何しても良いって勘違いしてる馬鹿どもばかりだ」
「そんなことないよ。ちょっと攻撃的になってるだけだよ!」
「ダチは居るか? って聞いて『居たよ』なんて答える奴居ねえよ」
「居たもん……ずっと仲良しだった友だち。めあちが変わろうと願って初めて一緒に居られた。大事なお友だち。いっぱいお話したもん! 居たんだよ……」
「今は?」
「………居なくなっちゃった。めあちが悪いんだよ。めあちはあの子たちにとって害でしかなかった。悪だったんだよ。でもあの子たちは悪くない……」
「………」
「なに? どうしたの?」
溜息を吐きながらめあちの頭を乱雑に撫でて来る。初めて人に撫でられた。きっとこの子なりの優しさなんだと思う。すごく嬉しい。
「私はお前のダチが死ぬほど嫌いだ」
「……そっか」
「私は私自身も、何も本心を話せないお前も嫌いだ」
「そうだね。心の底から人を愛せないめあちは失格だよ」
「何が失格なんだ? 人を『人間』として見てるお前は一体なんだ?」
めあちは……人間だよ。みんなよりずっと不器用に生きて来た人間だよ。何の力も無い。何も実現出来ない。ダメな人間だよ。
「お前は誰かに見返りを求めることもしない。自分の居場所を失っても、どれだけ酷い言葉を叩きつけられても。未だにそいつらの幸せを祈ってる。マジで気持ち悪い。私はあんたを人として認めない」
「…………」
「でもな、他の奴らに比べればあんたのこと好きだよ。私はあんたを認めてる。口だけの馬鹿じゃなくて行動してるから。だから私もあんたを見習って目標が出来たんだ」
「良い事だね。どんな目標なの?」
「あんたを傷付ける奴ら。全員立ち直れない程に壊していく。私も人間を捨てて悪魔にでもなってやるよ」
「………頑張ってね。めあちはその人たちも救っていくから。それにね……」
「ん? なんだよ?」
「あなたに悪魔は無理だよ。優し過ぎるもん」
「どんな悪魔が居たって良いだろうが」
いつまで続くか分からない夜の海を泳いでる感覚。この子はお月さまだ。めあちが迷わないように道しるべになってくれる。めあちも救われる側なんだ。
「助けてくれてありがと!」
「お前が私を救うんだろ? 頑張れよな」
「うんっ!」
その子の後ろ姿に手を振る。教室の隅から聞こえて来るめあちの陰口を耳にしながら。人間って噂話が大好き。めあちの悪い噂も一気に広まって行く。真偽なんか関係ない。みんなにとって面白いから広がるんだ。
「やっほ~!」
「………」
怪訝な顔してめあちを見ている。心が少し傷んだ。でも大丈夫。大丈夫だから。
「こんなところで躓いてたらダメだよね。きっとあの子はよく頑張ったなんて言ってくれるんだろうけど」
ねぇ。ずっと近くで見てるんでしょ? めあち知ってるよ。あなたがずっとめあちを心配してるの。最期に託してくれたこと、罪悪感で苦しいんでしょ? 知ってる。あの時は素っ気なくしてごめんなさい。今ならあなたのこと分かるよ。
みんなが傷付くのは仕方ない。救えないめあちが悪いだけだから。全部。全部全部めあちが背負えないせいだ。
「……まだ流せる涙が残ってたんだ」
とめどなく溢れる涙を手で拭う。温かい。良かった。まだめあちは人として涙を流せる心があるんだ。この感情が愛おしい。きっと今のめあちは変に見えてると思う。こんなに涙が溢れて止まらないのに笑顔で居るんだから。
「めあち、おかしくなっちゃった。もう何もかも分かんないや」
心の底から笑いが止まらなかった。こんなに涙が流れて来るのに、悲しい感情が分からない。今はもう、何も分からない。
「……ダメだよ」
姿は見なくても分かるよ。後ろに立ってるんでしょ? ダメだよ。怒らなくて良いんだよ。あなたはもう怒らなくて良いんだよ。めあちはちょっと疲れちゃっただけだよ。
『ねえ、めあち』
「………」
『もう良いんだよ。充分やってくれたよ。私はそこまでやって欲しかった訳じゃない。人としてのめあちに戻って欲しい』
「………めあちはもう手放しちゃったよ。人でも何でもない」
力強く握り締めた拳が震える。大したことも出来ないくせに大口叩いためあちが悪い。傷付く人が多い現実がツラい。めあちはいくらでも傷付いて良いからさ。みんなの代わりにいくらでも傷付くから。
『めあち……』
純白の翼がめあちを包み込む。お日さまみたいにぽかぽかで温かい。すごく懐かしい感じがする。あなたの優しさ、すごく温かいよ。
「充分だよ。ありがとう。めあちはそろそろ行かなきゃだから。また逢えたら色々お話しよ!」
『…………』
「泣かないで。きっとまた逢えるよね。ばいばい」
ありがとう。優しさをくれた大事なお友だち。私に生きる目標をくれた大事なお友だち。私が誰かの為になれるきっかけをくれた大事なお友だち。
「またね。レオ」
初めて名前を呼んだ気がする。もっと早くに言えてたら。後悔ってこんなにツラいんだ。
ふらふらとした足取りで向かう。どこへ? 分からない。真っ直ぐ歩く。一歩ずつゆっくりと。冷ややかな視線と悪口の矢を受け止めながら。
「めあちは……ただ……」
分かって欲しいなんて言うつもりはない。誰かに伝えたい想いなんて無い。ただ……
「お前ら。今から私がぶん殴るからじっとしてろよ」
「………え?」
後ろから聞こえて来る悲鳴と鈍い音。人混みでしっかりと見えないけどあの子だ。あの子がみんなを殴ってるんだ。
「ダメ! ダメだよ!」
人混みを掻い潜りながら止めに行く。その間も響く悲鳴と泣き声。
「ダメ!」
やっとの思いでその子の前にたどり着いた。両手を精一杯広げてその子に立ち塞がる。
「めあちが代わりになるから……みんなを殴っちゃダメ!」
「分かった。もう殴らないよ。だからそこをどいてくれ」
すんなりと拳を下げてくれた。良かった。止めてくれるなら大丈夫だね。
「うん……」
めあちの横を通り過ぎた瞬間に響く鈍い衝撃音。再び響き渡る悲鳴を理解出来なかった。
「なんでっ!? 殴らないって言った! めあちは殴らないって言ったからどけたの!」
足元にしがみ付いて止めようとするけど、めあちの力じゃ全く止められない。めあちがみんなを守らなきゃいけないのに。
「お前らは傷付く時だけ一丁前に被害者面するよな? そのくせ存在もしねえ正当性を武器に人を傷付けるんだ。だから私もお前らを完全に壊す。私のダチを許可なく壊してんじゃねえぞ。クソども」
めあちのこと? めあちのことをお友だちって言ってくれたの? それは嬉しいけど、でも!
「………止められなかった。ごめんね、みんな」
結局めあちは足にしがみ付いて引きずられることしか出来なかった。もっとめあちに力があったら止められたのに。
「なんで……? なんでこんなことしたの!? ダメでしょ!」
「なぁ、めあち。人って生き物は学習する生き物なんだよ。転んだら痛いから転ばないように気を付ける。火に触れると火傷するから触らない。そうやって生きてる内に学ぶんだよ。でもな、イジメとかってな、された側がツラいって分かってるからやるんだよ。だから教えてやらなきゃいけない。反撃されるってことを、人の痛みを」
「…………」
「まぁつらつらと語ったけど結局はムカついたからだ! 私は私の道を行く。お前は私のダチだ。私はダチを命懸けで守ってやるって決めてんだ」
「あなたは……でもっ!」
「サク。私の名前」
「サク……めあちは分かんないよ」
「お前は何も間違ってない。それはあくまでもお前の進む道の上ではの話だ。人は無条件に救われる生き物じゃない。心でぶつかり合って行くもんだ。お前が人と対等なんて無理な話だ。人であることを捨てたお前にはな。だから私がお前と対等になるために人であることを捨てるんだ」
「どうやって?」
「知らねえよ、根性だわ。お前だって出来たんだから私にも出来る」
「…………」
「思い出したんだよ。あいつから託されたこと。信念を貫き通せって、いつかきっと私が心を開ける人間が現れる。そいつを支えてやってくれってさ」
だからって、サクがめあちみたいな目に遭うのは絶対に嫌だ。傷付くのはめあちだけで良いんだ。サクの信念は折れることなんて無いと思うけど、めあちだって嫌だ。
「なんだよ、その腑に落ちない顔は」
「だって……めあちはサクを助けるって決めたのに」
みんなが憎悪を抱いた目でサクを睨み付けている。めあちに向けられていた目なんか比じゃないくらい。
「ほら、めあち!」
両腕を大きく広げながら笑顔を浮かべている。それが意味することをめあちは知らない。
「ハグだよ! どうせ殴り合ったところでお前の信念は絶対に折れそうもない。骨はいっぱい折れるだろうけど立ち上がって来るだろうし」
「う~ん……」
腑に落ちないけど一応ハグだけしておく。すごい。なんかすっごく落ち着く。ハグってこんなにすごい力を持ってるんだ。
「あいつに教わったんだよ。ハグは優しさと感情を伝えるのに一番良いってさ」
レオ、サクにそんなこと教えてたんだ。さっき翼で包み込んでくれたのは思ってることを私に分かりやすく伝える為だったんだね。
「おいっ! お前ら私を恨めしそうに睨んでるけどなぁ! 人を傷付けるってのは自分が傷付くリスクがあることを覚えとけ! 人を殴って良いのは殴られる覚悟のある奴だけだ!」




