第二の職業 第九章
エリアマネージャー・エリア統括主任・各支店長は月に2回全国会議に出席する決まりになっていた。
当時はまだリモートがなく、社長と会長のスケジュールにあわせて秘書課が場所を決めホテルの大ホールを手配していた。
初めての参加、会場に向かう為、駅に行くとエリアマネージャーと各支店長が先に到着していた。
私「おはようございます」
皆「おはよう」
私「もしかして私を待っていてくれましたか?」
T「初参加だし、本社や他のエリアの人にも紹介したかったからね」
私「お気遣いありがとうございます。お待たせしてしまい申し訳ございません」
初参加で一番最後に駅に到着という、やらかしをやってしまった。
申し訳なさそうにしている私にエリアマネージャーは勝手に待っていただけだから気を遣うなと慰めてくれた。
会場に到着すると、挨拶まわりの為みんな一瞬で消えてしまった。
取り残され邪魔にならないように会場の隅で着席になるのを待っていたが、エリアマネージャーが戻って来て「こんな隅にいられたら見つけられないよ」と笑顔で探したと言って来た。
そして、本社や他エリアの役職者達と挨拶をさせてくれた。
支社で役職を持たず、いきなりエリア統括主任は異例の抜擢だったようで私は知らない所で有名人になっていた。
本社の方達は社員証の顔写真しか見た事なかったけど、電話で話していたイメージ通りやもっと背が高い人かと思ったなど明るく優しく受け入れてくれた。
他エリアの役職者の方はエリアマネージャーとは話せない代理店攻略法やエリア全体の売上げを上げて実績を残した方法など、かなり細かく聴取され、全てに答える前に着席時間となってしまい、途中で会話が終わってしまった。
社長と会長が会場入りすると、軍人にでもなったかの様に、規則的に同じ行動をとっていた。
会議が終わると本社の方々が自腹で後泊して、飲みに行こうと誘ってくれた。
初参加はエリアマネージャーがやんわりと断ってくれたが、私が会議になれると前泊や後泊し飲みに行けるような人間関係を築けるようになった。
社長と会長の威圧感は凄まじい物があったが、他のエリアや本社の方達との交流は貴重で勉強になる事ばかりだった。
エリアに戻るとひたすら人材育成を行った。
人材育成をしたおかげで入社1年未満の社員が私を慕ってくれるようになり、その輪が広がり慕ってくれる社員がエリア全体に広がり、より一層社員の不満や愚痴を直接聞くことが出来、改善できる部分は改善するように努めた為かより信頼度も上がっていったように思えた。
口に出して「Mさんが統括主任で良かった」と言ってくれる社員も増えた。
仕事は過酷だし大変だったが、本当にやりがいを感じられ楽しくて仕方なかった。
休みなんかいらなかった。
毎日仕事でも良いぐらい仕事に充実感を持っていた。
しかし一本の電話で私の人生がまた大きく変えられるのだ。
電話の相手は父だった。
父「お前まだ、あんなクソ会社で働いてんのか?」
私「そうだよ」
父「お前なんていてもいなくても変わらんだろ」
私「今は新人教育を任されているぐらいは仕事を出来ているよ」
父「母さんの面倒をもう見切れないんだ。問題行動ばかりとるんだ」
私「だから?休みの度に帰省しているしこれ以上は何も出来ないよ。面倒見れないなら施設か病院に預ければ良いでしょ?」
父「病院に預けようとしたけど、母さんが嫌がって入院を拒否するんだ」
私「だから何?」
父「お前なんて、いてもいなくても変わらないんだから、仕事辞めて実家に戻ってこい!!」
私「は?そんな簡単に仕事なんて辞めれる訳ないでしょ」
父「お前が辞めるって言ったら会社も喜ぶんだぞ。とっとと辞めて帰って来い!!」
私「だから仕事は急に辞められないって。これ以上巻き込まないで」
父「家族だろ!!最短で帰って来れるようにしろ!!」
私「家族?誰の事言ってんの?お父さんが言う家族って私以外の事じゃん。そっちの都合で家族呼びなんてやめてよ」
父「会社に電話したって良いんだぞ!!」
私「勝手にすれば?私は仕事を途中で放棄したりしないから。仮に会社に電話して退職になっても、実家に帰った後、誰かに聞かれれば無理矢理辞めさせられて実家に戻るよう強制されましたってまわりに伝えるけどね」
父「お前みたいな冷たい人間見た事ないわ」
私「私を作ったのは、あなた達ですけど」
父「どんな手を使っても帰って来てもらうからな!!」
私「だから勝手にしてってば!!」
ここで電話をガチャ切りされた。
嫌な予感しかしなかった私は直ぐにエリアマネージャーに電話した。
私「こんな夜遅くに申し訳ございません。急ぎお伝えしたい事がございまして」
T「常識人のMさんがこんな時間に電話してくるなんて、ただ事ではないね」
私「本当に申し訳ございません」
T「今どこにいる?」
私「〇〇支社近くの〇〇ホテルです」
T「今すぐが良いか?隣の支社にいるから明日朝一で話を聞く事も出来るぞ?」
私「内容はプライベートな事なので出来れば、他の社員に絶対聞かれない場所が良いです」
T「今すぐそっちに向かっても良いか?車の中なら誰にも聞かれないだろ」
私「こんな時間に運転は危険です。電話で構いません」
T「いや。Mさんが俺を頼るなんて相当な爆弾抱えてるんだろ?直接話しを聞かせてくれないか?」
私「お願いします。本当に申し訳ございません」
しばらく待つとエリアマネージャーからホテルに到着したと連絡が来た。
急いでホテルの正面玄関を出るとエリアマネージャーの車があったので、助手席に乗り込む。
Tは車を走らせながら「飯は食べたか?」と聞いてきて「マネージャーは?」と聞き返すと笑いながら、質問を質問で返すなよと言い俺は食べたが、食べていないなら店に入るか?と聞いてきた。
私も食事は済ませていたので、車内で話せれば良いと伝えると、かなり遠くの広い駐車場で車を止めた。
私「こんな遠くまで運転して頂かなくても…」
T「夜に男女が会っているのを他の社員に見られるのもマズいだろ?この広さなら他の車が来ても見えるし安心だ。で?何があった?」
私「本当に申し訳ございません。そしてありがとうございます。これから話すのは全て私のプライベートな事で会社に迷惑をかけてしまうかもしれない事です」
T笑いながら「聞きたくないなぁ~。でも受け止めるよ。聞こう」
私「私の家は父が絶対なんです。誰も逆らう事が出来ません。そして母は数年前から病気で介護までいかないですが、目を離せない状態なんです。実は休みの度、仕事終わりに毎回帰省し実家をサポートしていました」
T「っえ?確かご実家って〇〇地方じゃなかったか?」
私「はい。○○です。片道車で3時間です」
T「結局休日も休んでなかったって事か?」
私「そうなりますね」
T「バカなんか…なんでもっと早く相談しなかったんだ…」
私「現状維持であれば、実家の事も会社の業務も両立出来ていたんです」
T「状況が変わったって事だな?」
私「はい…」
どう話したら良いのか分からず、しばらく無言になる
私「実家は二世帯住宅で兄夫婦と両親が同居しています。母の事は父と兄に任せていたんですが介護疲れで限界だそうです。病院や施設に入れる事を勧めたのですが、病気と言っても頭はしっかりしているので母が拒絶しているみたいなんです…」
T「それで?」
私「…それで…父が…会社を辞めて実家に帰って来いと言ってきました…」
T「Mさんはどうしたいんだ?」
私「私は会社を辞めたくなくて拒否しました。しかし父の言葉は絶対です。反論した私に腹を立て、父は怒りに任せて会社に連絡して無理矢理辞めさせると言ってきました…」
T「お母さんを心配したり家族との時間を大切にするために会社を辞めたいという気持ちもあるだろ?」
私「はっきり言って両親は男である兄だけを溺愛し、女である私をないがしろにしてきました。家族という気持ちは私にはないんです」
T「いろんな家庭があるからな。Mさんは会社を辞めたくない。これは本心なのか?最低な過程を話すぞ?もしMさんが会社に残りお母さんが亡くなったとする。距離的に意識がある内に病院に駆けつけられない事も想定できる。そうなった時にMさんに後悔という気持ちが重くのしかかると思うが、それでも会社を選べるのか?」
私「それでも会社に残りたいです」
T「それがMさんの本心で良いのか?」
私「はい…」
T「言い方は非常に悪いが、俺には良い話しだったよ。聞かせてくれてありがとう」
私「良い話し…父が騒ぐって言っているんですよ…?何をしてくるのかわかりません…会社に迷惑をかけると思います…」
T「俺が本社から来たのはこの為だったのかもしれないな」
私「???」
T「この会社はブラック企業で有名だろ?」
私「そうですね」
T「Mさんだけじゃないんだよ。家族が騒ぐ事は珍しい事じゃないんだ」
私「え?私以外にも、そんな迷惑な社員がいるんですか?」
T「この会社の社員数知っているだろ?本人は給料が良い事に飛びついて家族が大反対するなんて普通にある事なんだ」
私「どうしたら良いですか?迷惑をかけるようなら退職しかないと思っています」
T「辞める意思がない社員を守るもの上司の務めだ。俺も対策は本社で経験済みだ」
私「何をするんですか?」
T「まずはご家族の連絡先と携帯番号を俺にだけで良いから開示してくれないか?」
私「わかりました。電話番号を着信拒否にするんですか?」
T「いやいや。怒っている人相手に拒否や拒絶が一番対応として悪手だと知っているだろ?」
私「はい…」
T「開示して貰った番号は支店に繋がらないようにして、お客様相談室に回線が回るようにするんだ」
私「それはお客様相談室にご迷惑では?」
T「そのために俺がいるんだ。お客様相談室の主任とは飲み仲間なんだ。主任のみに現状を伝えて全ての対応は主任にやってもらう。それで電話は問題ない」
私「父は怒ると普通が通用しないです。対応困難だと思います」
T「お客様相談室にかかってくる電話数と対応数、甘く見るなよ。それぐらいクレーマーより簡単な事だ」
私「そうなんですか……」
T「それよりも一番困難な問題は会社に乗り込んでくる可能性だな」
私「父も仕事があるし3時間も移動時間を使って、そこまでしますかね?」
T「最悪の事態を想定して対策をしておかないとな。Mさんがエリア統括主任になってエリアを転々としている事は知っているのか?ご実家に近い支社もあるよな?」
私「家族はブラック企業である会社を全否定しているので、業務内容も役職も伝えてないです。マネージャーに電話する前にかかってきた電話で新人教育をしているから、すぐに辞められないとだけ言っています」
T「それは良かった。もし訪問するとしたら勤務地の支社か本社だな」
私「本社は絶対に行かないと思います」
T「言い切れるか?」
私「田舎者は県庁所在地が都会で、それよりも都会の本社に行くって事は沖縄旅行に行くほどの体感を持っているんです」
T「その言葉を信じよう。まずはお客様相談室と連携するよ。支社の対応は、対応した事があるエリアに連絡とって対応策を決めるよ」
私「ありがとうございます。あの…私…ご迷惑ならマネージャーに動いて頂く前に退職しても大丈夫です…」
T「初めて会った時から変わらないね。退職して欲しい社員に俺の時間を使ったりしないから、その考え方変えてくれないか?Mさんが辞めるって決めたら俺はもっと話しあうぞ?」
私「辞める社員になんで時間使うんですか?」
T「辞める理由が会社にないからだ。プライベートな理由でも結婚や妊娠、旦那の転勤などいろいろあるが、今回のケースは介護だろ?うちの会社は確かにハードだ。しかし鬼ではない。プライベートを考慮した前例がいくつもある。話し合うにはじゅうぶんな理由だ」
私「親の死に目に会えると思うなと言う会長が考慮なんてしてくれるんですか?」
T「するよ。会長も人だ。その意気込みで働けって事を言いたいだけで、特に役職者には好待遇をするんだ。長い人は肺がんが見つかり無期限休暇を与えて2年後に時短勤務から復帰したケースもある。産休・育休中に妊娠し、そのまま2人目の産休・育休に入った社員もいる。役職を持っていれば、本人が望めば会社に残れるんだ」
私「そうだったんですね…マネージャーがいても良いと言ってくれるのであれば会社に残りたいです」
T「その気持ちがある限りは全力で会社に残らせてやる。だが心が折れかけたら、折れる前に俺にまた話してくれないか?」
私「わかりました」
T「ここからは現状の話しをしよう」
私「???」
T「休暇前はMさん他の社員が困らないように、残業時間も長くしていたよな?」
私「はい」
T「夜中に退勤して、そのまま帰省していたのか?」
私「退勤後、一度帰宅しシャワーを浴びて、少量の荷物を持って帰省していました」
T「それって到着する頃には朝日が昇ってくる時間になっている事もあったって事だよな?」
私「実家に到着してから少し車内で寝ていましたが、寝る時間が無い時もありましたね」
T「殆ど不眠で介護して、お昼ぐらいに戻って来ていたのか?」
私「実は実家は家族経営の農家でして、実家に到着したら母の代わりに農作業を夜までして、両親の夜ご飯を用意してから戻って来ていました」
T「農作業って農具を使う軽い作業か?それとも力作業か?」
私「力作業ですね」
T「お前なぁ~不眠で力仕事して夜中に帰って来て、2日殆ど寝ていない状態で出勤していたって事だろ?過労で倒れた時は会社が原因だと思っていたけど、実家も原因の一つか?」
私「あの時もご迷惑をおかけしてしまいましたね。過労は会社ではなく、プライベートが原因ですね」
T「そうゆう事は相談すべきだろう…休みを連休にするなど、やりようならいくらでもあったのに…」
私「わかってます。相談しなかったのは申し訳ございません。ただ、私が帰省したくなくて敢て休暇調整を行わなかったんです」
T「それでもだな…お前頑張り過ぎだぞ?」
私「大丈夫です。現状維持なら会社にご迷惑をおかけする事もないです」
T「まぁ~今日は時間も時間だホテルに送るし、お父さんの対策も明日朝一で手配するから心配しなくて良いが、休みの度に帰省している現状が問題だな。この事は後日話し合おう」
私「プライベートな事に巻き込んでしまい申し訳ないです」
T「それは別に良いんだ。今まで相談しなかった事が問題なんだけどな」
Tは少し寂しそうに笑いながらホテルに送ってくれて、自分のホテルに向かっていった。
3カ月程父は動かなかった。
お客様相談室にも連絡は来てないそうだった。
休暇前の残業は早めに切り上げるようにTから指摘されてしまい、若干睡眠時間をとれるようになったが、実家にいる間味わう苦痛は変わらなかった。
しかし遂に父が行動を起こしたのである。




