第二の職業 第八章
人事発令の前日、エリアマネージャーと業務について詳細に話し合った。
私の席は各支店の営業課でエリアマネージャーの隣に設置すると決まっていたようで、全支店配置済みだった。
次に売上が良い支店から順番に回り、売上げが悪い支店や人材不足で悩んでいる支店に数日滞在し、エリアマネージャーと現状の把握を擦り合わせし、どのように動くか決めていくと決まった。
初日の出勤が怖かった。
初日はOHがいる営業課に出勤し、そこで人事発令が出るのを待つ。
前日から不安と恐怖が私に襲い掛かっていた。
そこから家を数日空ける事になる。
夜Yには明日から人事異動でエリアの新人教育になった為、今後は出張ばかりになると伝えた。
Y「女が出張なんて聞いた事ねぇよ」
私「会社の決定だから逆らえない。疑うなら会社に聞くなり自分で行動して確認すれば?」
と家族と一緒で外面だけ良くしたい小心者のYに出来ない事をわざと言った。
もちろんYは会社に行く事も電話する事もなかった。
その為Yに昇進した事を知られずに済んだ。
そして迎えた人事発令日。
出勤し営業課に向かう。
エリアマネージャーの席の隣に座る。
朝早く出勤する癖が抜けず一番乗りになってしまった。
次々と営業課の社員が揃いだし、私を良く思ってくれている社員はニコニコで挨拶を交わしてくれた。
エリアマネージャーも早めに出勤してくれ他の社員が野次などを言わないように守ってくれているようだった。
OHはギリギリに出勤する為、一番最後に出勤してきた。
私と席を見た瞬間に不満と怒りをあからさまに態度に出した。
そして10時頃全社員に人事発令が発表される。
私を良く思っている人は拍手と共に昇進おめでとうやMさんの頑張りが認められたねなど、大げさな程祝福してくれた。
目立つ事が苦手な私は「今まで通りよろしくお願い致します」と言い場を沈めた。
突然OHが机を両手で大きく叩きながら立ち上がりエリアマネージャーに嚙みついた。
OH「私は本社勤務だったんですよ!!降格ではなく望んで支社勤務になったんです。Mさんは確かに仕事を頑張っているかもしれません。しかし私の方が圧倒的に業務内容もわかっているし、何よりも先輩です!!私が昇進すべき人間ですよね?」
T「自分は後輩や新人、先輩達と人間関係を円滑にする努力をしていたと胸を張って言えるのか?」
OH「私の知識をしっかりと伝え、私のやり方で作業効率化出来た社員が多くいると思います」
T「業務内容の話しをしているんじゃない。人間関係をしっかりと築けていたのか聞いているんだ」
OH「Mさんよりは絶対に出来ていると思います」
T「後輩に業務を押し付けていた過去は消えないぞ?役職がつけば今より業務内容が増える。絶対にこなせるのか?」
OH「過去は過去です。絶対に出来ます」
T「OHに与えられるのは出来ても、この支店の営業課主任だ。しかし営業課全員の賛成を得られなければ話しにならないよ。それが出来るのか?」
OH「なんでMさんはエリア統括主任で私が営業課主任何ですか!!納得できません!!」
T「俺は単独で役職を与えてない。社員から多くの声が集まったから動いただけだ。OHさんを役職者にという声は俺に来ていない」
OH「みんな口にしてないだけです。聞き取りをしたら私の方が適任だという声が多いです」
T「ずいぶん自信過剰に言い切るんだね」
エリアマネージャーTのこの言葉でOHは悔しそうに少し黙った。
そこで営業課社員が助け舟を出してくれた。
社員「エリアマネージャーすみません。僕たちも口を挟んで宜しいでしょうか?」
T「なんだ?ここにはエリアマネージャーとエリア統括主任に支店長が揃っている。言葉に気を付けて発言するようにな」
社員「はい。皆さんお揃いだから発言させて頂きたいです」
T「わかった。話せ」
社員「Mさんが営業課からいなくなって、すぐにOHさんは後輩に仕事を押し付けている事が判明しました。判明後のOHさんは、どのくらいの期間押し付けていたのか、わかりませんが自分で自分の業務をこなす事で手一杯になり周囲への配慮が一切なくなりました。大人であれば自分の機嫌は自分でとるものだと考えております。しかしOHさんは感情のコントロールが出来ず自分のイライラを周囲にぶつける姿が毎日見受けられました。今のOHさんに役職がついても誰もついていけないです」
社員「Mさんは違いました。毎朝早く来て、誰に言われた訳でもないのに社員全員のコーヒーを用意してくれていて、出勤しデスクに着くと挨拶と共にコーヒーを渡してくれ、何気ない会話からその日の体調などを読み取りとても気遣ってくれました。この過酷な職場でMさんのちょっとした気遣いや声掛けは、自分を見てくれていると、嬉しい気持ちと自己肯定感につながり仕事へのやる気にも繋がりました」
社員「皆が自分の仕事でヒーヒー言っている中、Mさんは毎日仕事をきっちり終わらせ、指示された訳でもないのに仕事を終わらせられない社員のサポートをしていました」
社員「はっきり言ってMさんが営業課からいなくなってしまって、営業課の雰囲気は悪くなりましたし、内勤が外勤をサポートするという社内環境も崩壊しているように思えます。今の営業課は内勤と外勤で大きな壁を感じ、今まで業務に支障が出ず、売上げも落とさなかった事が不思議に思える程、働きにくい環境です」
OH「Mさんに甘やかされていたのが、なくなって文句が出ただけでしょ!!」
OH「体調管理は自分でするものだし、業務を終わらせなれないのも自分の実力でしょ。Mさんにサポートして貰ったって甘えてただけでしょ!!自分の業務は自分でやるものでしょうが!!」
T「今社員が言っている大きなポイントはMさんは自分の業務を毎日終わらせていた事。終われば帰っても問題ないのに指示された訳でも泣きつかれた訳でもないのに自発的にサポートに回っていた事。社員の声や表情を汲み取って自発的に内勤が出来る最大限のサポート業務をしていた事だ。OHさんに出来るのか?」
OH「業務が終わっても帰らないのは残業代が欲しいだけですよ」
T「話しにならないね。Mさんは影で全力で業務をサポートし、退勤後には社員のメンタルケアもしていた。そして何よりもMさんは、その事を周囲に一切言わず影に徹した。だから社員も安心して、今さら聞けない業務の事・不満や愚痴をMさんに言う事が出来た。それは社内環境を整える上でMさんが出来る最大限の行動をしてくれていたと評価に値する。それだけの事だ」
T「これ以上貴重な時間をOHさんの為に割くことはできない。人事に不満があるなら、このエリア外に転勤して貰って構わない」
この言葉を最後に全員業務に戻った。
言い争いが出来ない私は皆のやり取りを見つめる事しか出来なかった。
エリアマネージャーが用意が出来たら言ってくれと笑顔で言って来たので、ロッカー室に行き出張用の荷物を取りにいき、準備出来たので行って参りますと告げたが、最初の挨拶は全支社俺も付き添うよと言ってくれ、エリアマネージャーの社用車で移動となった。
エリアマネージャーは小声でパートTに「後は頼んだ。報告よろしく」と言い支社を出た。
後から聞いた話しによるとOHの怒りは収まらず、物に当たり、人に当たり凄まじかったようだ。
移動中の車内でエリアマネージャーは大笑いをしていたが、私は笑えず1支社ですら、こんな事になるんですよ。他の支社に行くの怖いですと訴えていたが、エリアマネージャーはOHは勝手に潰れる人間だから大丈夫だ。気にするな。と言っていた。
他の支社とはイベントを合流でやっていたいので、各支社も社員とも交流があり、業務は普通に行えていたし、初めて会う人がいなかったので対人に対する不安はなかった。
エリア内最大売上げを誇る支社に到着した。
複数の代理店店長が顧客を連れて来店し賑わっていた。
営業課から全ての課を回り挨拶をした。
挨拶が終わり営業課に戻ると、古くから代理店をしていて売上げも多く正社員も強く言えない代理店店長が営業課に乗り込んできた。
代理店店長「おかしいだろ!!この店舗がエリアで一番の売上げだろ!!なんで、ここの営業課主任がエリア統括主任にならないんだ!!違う店舗の人がなるにしても営業課主任の実績を積んでからエリア主任だろ!!いきなりMさんがエリア主任なんて納得できるわけないだろ!!」
T「ここは正社員のみが入って良い場所ですよ。そして代理店が正社員の役職に口を出す事も許されない。自分の立場をわきまえて下さい」
店長「だから代理店の売上げあっての店舗売上げだろ!!俺たち代理店を無視するって言うのか!!」
T「それ以上は言い過ぎですよ。社長と会長に報告せざる負えない状況を自分で招いている事に気付けませんか?」
店長「俺たちを脅す気か?」
T「あなたが言っているのは今までよりも、もっと自分達の好きに社員を使えるような状況を作りたいだけですよね?知らないとでもお思いですか?あなた方が本来自分でやらなくてはならない、業務を経費削減の為、正社員を代理店社員と同じ扱いで、好き放題に扱っているのはわかっているんですよ?この行為だけでじゅうぶん報告案件なんですよ?それをわかっていて、あえて目を瞑ってあげている状況なんです。報告したらどうなるかお分かりですよね?」
店長「こんだけ売上げを上げているんだから社長も会長も俺たちは切れないはずだ!!」
T「ご存じ無い訳ないですよね?過去に常にトップの売上げを出していた代理店も同じような事が浮き彫りなった時、どうなったか。同じ代理店です。情報は入っていますよね?」
店長「俺たちを切る気か?」
T「代理店として立場をわきまえ売上げを上げて頂いている内は何もする気はありませんが、これ以上目立つようであれば報告をせざる負えませんね」
代理店店長は怒りが収まらないが退場するしかなく大人しく部署から出て行ってくれた。
売上げが多く代理店が幅を利かせている支店では同じような事が起きたが、全てエリアマネージャーが盾となり私を守ってくれた。
私よりも社歴が長い社員、主任などの役職持ち、皆さんが代理店の扱いに困っていた。
売上げが大きい代理店と絡みが少ないMさんがエリア統括主任になってくれて本当に良かった。
幅を利かせている代理店の支社からエリア統括主任が出たら、代理店同士の領域を荒らして大変な事になった可能性が高かった。
と代理店への懸念から、全ての社員が私を温かく迎え入れてくれた。
各支店に顔を出すと初日に大々的に歓迎会を開いてくれて、想像していたよりも100倍温かく業務がしやすかった。
売上げが高い店舗には、指導というより、まずは各支店独自にやっている代理店の管理方法、売上げ、顧客の管理方法など各々のやり方を教えて貰った。
全てノートにまとめ、良い点・悪い点を表にした。
売上げが伸び悩んでいる店舗では、エリアマネージャーに営業と同行してお客様対応を査定して貰い、支社内の業務の事は徹底して私が見た。
このような店舗では、外勤と内勤の連携が取れていない事が多く、組織として動くのではなく、個人が各々動き独自の考え方のみで働いている事が浮き彫りになった。
人材不足で悩んでいる店舗では、連携が全くなく支店長が率先して統率する指示も出さず、新人が入って来ても教育係を誰もやりたがらず、そもそも教育担当をつけて貰えず、自分の力のみで頑張ってきた社員が多かったので、教育方法が分からないというのが、現状だった。
半月の出張から戻り、エリアマネージャーと1日話し合いをした。
・売上げが多い支社が独自で行っている管理方法
・内勤と外勤の連携をしっかりとれるようにする事
・教育担当がつかなかった社員
・これからの新入社員の対応
問題は山積みだった。
まずは、売上げが多い支社が独自で行っている管理方法から取り掛かった。
独自で管理しているのはエクセルデータが多い為、誤入力やデータ破損の恐れがある事、各々の店舗データを元に情報システム部に社内ツールで管理システムの作成依頼を出した。
内勤と外勤の連携をしっかりとれるようにする事
内勤の業務効率化を促し、外勤のサポート態勢を充実させる事を目標にした。
教育担当がつかなかった社員
教育を受けていない社員は後輩を育てる力が備わっていない。私がいる支社から教育担当として2名、3カ月業務支援という形で行かせる事にした。
これからの新入社員の対応
緊張している新入社員のサポートが出来ないと、3カ月で辞めてしまう。
現状すぐに私自身が動けない為、各支社の新入社員には他支社で研修という形で3カ月間新人教育を受けて貰う事にした。
エリアマネージャーと打ち合わせをし、報告書や決裁書など書類に埋もれるぐらい2人で書類作成に没頭した。
人を動かすには経費が掛かる。
マンスリーマンションの手配や移動に関わる人材の了承など方針が決まってからも業務が終わる事はなかった。
半月ぶりに帰った自宅は想像通りゴミ屋敷だった。
溜息と共に次の出張の用意・洗濯・家事・帰省の用意。
家に帰る事が苦痛でならなかった。
次の出張から帰った時に家の有様が同じなら、出て行ってもらうとYに告げると、出張に行く度実家に帰るようにしたらしく、出張から戻る日も休暇も教ず、顔を合わせる事を少なくする事に成功した。
仕事は順調だった。
エリアの各支社は皆取り組みと社内環境改善に歓喜し、賞賛してくれた。
エリア全体の売上げも向上した。
私は月の3分の2を人材不足や新人教育終了後サポートが必要な人材がいる支社に行き、業務を一緒にこなし相談に乗ったりしながら各社員の性格にあわせて仕事のやり方を指導し育て上げた。
そんな中一本の連絡が入る。
母方の祖父が亡くなったのだ。
エリアマネージャーに了承を得て2日だけ休みを貰った。
涙が止まらなかった。
何もしてあげられなかった。
祖父が亡くなり詳細を聞いた。
祖父は最後全く構って貰えず、病院に預けられ誰にも見送られずたった一人で最期を迎えたようだった。
母の父親だ。
母はなんで意識がある内に連絡をしなかったのか、なぜ一人で最期を迎えさせたのかと長女と祖母をずっと責めていた。
私はまた何もできなかった…
祖父はきっと寂しい…悲しい…辛い…そんな思いを抱えながら一人で最期を迎えたんだと思うと後悔と自分がまた選択を間違えたと反省・懺悔の気持ちしかわかなかった。
最後のお別れ「支えてくれて本当にありがとう。ごめんしか言えなくてごめん。もう体は辛くないかな?心は苦しくないかな?ごめんね。どうか…どうか天国では五体満足で幸せな気持ちで過ごせますように」と祈らずにはいられなかった。
祖父が亡くなり、二世帯住宅を新築で建てたにも関わらずかなりの資産が残っていたようで、熾烈な相続争いが勃発したようだった。
一緒に同居していた長女が祖父の金目の物は先に取り上げ現金化していたようで、形見分けの時には何もないような状況だったらしい。
貰える事はないが、私は祖父の写真を1枚だけ譲って欲しかったが口に出す事は出来なかった。
相続関係が完了する頃には姉妹の縁が切れたようだった。
エリア統括主任になって1年半程でエリアの状況は改善できる部分は改善し、まだまだこれからという時だった。
私の人生に順調という言葉は存在しないようだった。
一本の電話。
また私の人生を変える電話であった。




