第二の職業 第一章
転職先の職場環境はまさにブラック企業を絵に描いたような会社だった。
会長は
「この会社で働くなら親の死に目に会えると思うな」
「自分が働いていた頃は寝る時間なく働いたものだ」
「給料はしっかり出してやるからお前らも寝ずに働け」
という内容を壇上でマイク越しに社員に言い、顧問弁護士集団が頭を抱える、昭和で時が止まっている、ほぼ家族経営で大きくした会社だった。
会長の会社方針にしたがい月の残業時間は平均100時間だった。
営業日は年中無休を掲げ、世間の休日や連休、年末年始も関係なかった。
毎日夜になると時計を見て、そろそろ出前を頼むか弁当配達を頼まないと夕食逃すねと話し、外食するような時間はなかった為、夜は弁当を頼んでいた。
終電という概念はなく、22時を過ぎると社員で何時に帰る?
1時には帰りたいよね。
今日は3時くらいまで会社に残るわ。
さすがに体持たないから今日は終電で帰る。
という内容が日常だった。
功績をあげ社歴も長くなると役職が就いたり、本社勤務になったりで栄転する為、残業がどんどん減る。
支店長は会社にいても何もせず、社員の売り上げを横取りしていくだけなので、退勤時間になると、すぐに帰ったり、酷い時には退勤時間前に帰宅していた。
会社に残っている社員は私が一番年下で上は40代前半までだった。
その為、社員同士の年齢が近く、男女関係なく人間関係はとても良かった。
支店長がいなくなった社内は雰囲気が明るくなり、仕事は忙しいし終わらないが、社員同士で冗談を言い合ったりして和気あいあいとしていた。
しかし事務員OHが本社から転勤してきた事によって雰囲気が少し変わってしまった。
事務員OHは元水商売を本業にしていた過去があり、自分はキレイだと自信たっぷりで自分勝手な部分があり、いつでも自分が一番でないと気に入らない人だった。
本社勤務だった事をはなにかけ、本社全ての課とつながっていると脅すような言動があり、難癖ありな支店長までも言い負かしていた。
私は3カ月で契約終了にするか、正社員になるのかを決めなければならず、残業しながら毎日悩んでいた。
頑張れば売り上げをあげられるようになれ、健康な体であれば悩まず正社員になる。
しかし私の体は欠陥だらけだ。
貧血・喘息・アレルギー・心疾患の可能性
どれも営業をするには不利すぎる。
お客様を同乗させ車を運転するのも危険だし、お客様の所に伺えば気づかずにアレルゲンを食べてしまったり、動物アレルギーのせいで動物を飼っているお客様と接触すれば、喘息の症状が出てしまう。
会社に残るのであれば、事務員OHがきた事により営業部に配属が決定してしまう。
毎日悩みを抱えながら仕事をこなしていると営業Sさんが話があると言って仕事中に外で会う事になった。
S「支店長にMさんを内勤に配属させないと辞めると思う。Mさんは営業を続ける気が無い。試用期間が終わる前に内勤に配属する事を約束しないと契約更新しないと思うと伝えておいたから」
私「えっ????」
S「OHさんが来た日から様子を気にしていたけど、ずっと悩んでいたでしょ?」
S「OHさんと一緒に仕事できそう?無理なら契約更新しない方が良いと思うよ」
私「営業部以外に選択肢あるんですか?」
S「あるよ。雇用契約書の転勤有無に転勤を受け入れないって記載した?」
私「会社の経費でいろんな土地に行けるなんて魅力的なので転勤OKにしました」
S「転勤OKにしないと役職つかないから皆そうするでしょ?」
S「このエリアにいくつ支店があると思っているの?」
S「今いる社員を近くのエリアの支店か本人が希望する支店に転勤させれば良いんだよ」
私「私が違う支社に行くって事ですか?」
S「Mさんは正社員じゃないから転勤に当てはまらないの。今いる事務職員を移動させるの」
私「それって私のわがままで他の人に迷惑をかけてしまう事になりますよね?」
S「1人ね。ヤバい人がいるの。みんな扱いに困っているの。仕事さぼって定時に帰宅するし、注意してもキレて言い返してきて仕事を覚える気もなくて、本人が辞めるって言うのを待っているだけの人がいるんだ」
私「こんな残業の多い会社でそんな人がいるなんて気づきませんでした」
私「皆話す事を嫌がるのに、私の為にわざわざ支店長と話をしてくれたんですか?」
S「OHさん以外のみんなで話し合ったんだけど、全員Mさんに残って欲しいって話でまとまったから私が代表して支店長と話しただけだよ」
私「私迷惑ばっかりかけてますよね…申し訳ないです…」
S「支店長があんなのだから私の意見を聞く気ないかもしれないけど、もうすぐ3カ月でしょ?面談の際にきちんと話した方がいいよ」
私「わかりました」
私「お礼を言っても足りないです。気にかけて頂き本当にありがとうございます」
S「いいの。いいの。私も先輩にこうして育てられたから。私には憧れの先輩がいて先輩みたいになりたいって思って生きているの。目標だし先輩に追いつける事はないけど、先輩に近づけるように私なりに頑張っているだけ。自分の為だよ」
私「私はSさんを手本と目標にして頑張りたいと思います」
S「目標低すぎるよ。もっと長く社会人をしていたら憧れる先輩に出会えるよ。その時に素直に憧れと敬意を持って接する事が出来る人間か、他の意見は聞けない人間になっているかでMさんの人生は変わってくると思うよ」
そんな名言を残して先輩Sはゲラゲラ笑っていた。
先輩Sに背中を押され私は正社員になる方針で考えていた。
会社が大きい為、営業部や人事部、総務、営業課(内勤)など様々な部署に異動する事は覚悟していた。しかし、営業部のみに配属は受け入れがたい。
考えているうちに数日がたち、契約終了前の面談が始まった。
支店長「3カ月働いて見てどうだった?」
私「先輩達も優しくとても働きやすい職場で業務も楽しめました」
支店長「俺はMさんは営業に向いていると思うから営業部にしたいと思っているけど、内勤が良いの?営業の方がノルマ達成したらインセンティブが奨励金として毎月給料に上乗せで出るから営業の方が、やりがいもあるよ?」
私「たまにですが貧血の症状が出たりするので、車の運転を避けたいですし、お客様を同乗させて運転するのにも不安がありますので、安全面を考え内勤で配属して頂きたいです」
支店長「すごい残念だよ。正社員になったら、営業事務に配属させるよ」
私「現状、営業事務の人数に空きがありませんよね?どこの支店に行けばいいですか?」
支店長「今いる○○さんに転勤か退職を選んでもらう。あいつ俺が雇ってやったのに仕事覚えないし、定時で帰るし、朝もギリギリに出勤してくるし、土日は休みにしろって要求ばっかりだし、邪魔だったんだよ」
私「それは私に言って良い内容ではないと思います」
私「契約更新時に営業事務配属をお約束頂けるという事で宜しいでしょうか?」
支店長「そうだ。内勤なら契約更新で良いか?」
私「よろしくお願い致します」
そうして営業事務で正社員になれる事が決定し、先輩Sさんには2人の時に、OH以外の社員にはOHがいない時にお礼と、これからよろしくお願いします。と伝えた。
朝礼で私が正社員になった事が言われたので、再度全員に挨拶をした。
正社員になり内勤で働くようになったら、毎日座っている時間が長くなった為か貧血の症状が出ても倒れず耐えれるようになったし、腰痛にも悩まされることなく働けていた。
OHと一緒に働く事は、上から目線・命令口調で話してくるので良い気持ちはしなかったが、こうゆう人と受け入れれば私には問題ない関係を築けた。
正社員になり独自システムの使用法など業務を懸命に覚え、営業の先輩達にも認められ頼られる事も増えていき、毎日過酷な残業を除けば、仕事は楽しかった。
OHはかなり嫌われていた為、余計に私を可愛がってくれていたのもあると思う。
仕事帰りに営業の先輩から1杯だけ愚痴に付き合ってと言われ、早めに残業を切り上げ、他の社員にバレないように、いろんな人と毎日のように飲みに行き愚痴を聞いていた。
愚痴を聞くことは、人の気持ちを理解できない私にとっては、個々の考えを直接聞くことができ勉強になる事ばかりで新鮮だった。
仕事は順調でYの借金返済をしても貯金が貯まり、毎日が充実していた。
ところが、夜に1本の電話が入った。
母「母方のおじいちゃんがお風呂で転び頭を打ったのが原因で脳梗塞になってしまった。長時間お風呂場に放置されていたのもあり、命に関わる」
運が良い事に翌日はシフトで休みだった。
シャワーを浴び、深夜にも関わらず、すぐに車を走らせた。
走りなれた道だ。
オービスの場所も一般道でどこに警察が張っているかも、わかっている。
平日の夜中に田舎に向かう道は貸し切りだった。
速度170キロ以上で地元に戻った。
病院につき夜間窓口に行ったが面会時間が過ぎている為、入れて貰えなかった。
面会時間まで車で寝て待ち、朝一で祖父の顔を見た。
祖父の意識は奇跡的に戻っていた。
話すのが辛いようだったので、何も言わなくて良いと言い、身の回りを整理し祖父の手を握って医師が来るのを待った。
朝の巡回で医師が来た際に、発見が遅かった為、後遺症が残ってしまうと言われた。
私「後遺症の症状はどのようなものですか?」
医師「リハビリでどこまで回復するか次第だが、現状は体の左半分が麻痺している。歩けるようになるかは本人次第です」
私「リハビリを頑張れば海外一周旅行に行く事は可能ですか?」
医師「現状ではなんとも言えません」
私「そうですか…」
祖父の手を握りながら涙が止まらなかった。
海外一周旅行を目標に質素な生活をして夢の為に頑張って生きてきたのに、どうして祖父にこのような仕打ちがあるのか、不幸なら全て私に集めればいいのに。
祖父の気持ちを考えると、涙が止まらなく、そんな私に祖父は腕を伸ばし麻痺のせいか震える手でそっと頭を撫でてくれていた。
生きていればいい事がある
ないじゃん。
おじいちゃんが何をした?
ベットに横たわる祖父が絞り出すように「お母さんにも顔を見せてから帰りなさい」と言ってきた。
実家には私の帰りを喜ぶ人はいないよ。Mはおじいちゃんに会いに来ただけだから行かないよと伝えたが、祖父は子が思っている以上に親は子の顔を見たいものだと言われ承諾した。
暗い気持ちで行きたくもない実家に向かう。
実家につくと、父の弟である叔父も来ていて、義姉と長男の子供だけ大喜びで迎え入れてくれた。
その頃の実家は周りの農家と比べ群を抜いていた。
跡継ぎ問題に苦しむ周りの農家と比べ、
・長男が後を継ぎ、嫁もいる
・次の跡継ぎになる息子が生まれ、控えとなる次男も誕生していた
・新築2世帯もある
・長男に新たにファミリーカーを新車で親が買い与える
・新築で新たに倉庫を2つ作る
・跡継ぎがいない農家の土地を買い取り、地方で一番大きな農地を保有する
・次男は出会い系で出会った人と結婚し、息子が2人誕生
・結婚を節目に次男への仕送りは止め、キャッシュカードやクレジットカードは取り上げていた
・次男にもファミリーカーを新車で買い与える
・娘である私にも彼氏ができ、結婚するだけ
まわりから見れば全てが順調な家庭に見えていた。
実家に着き、義姉と甥っ子が温かく迎えたあと、義姉と子供は自分の世帯に戻るように父が言い、叔父を含めた家族のみになった。
静寂が訪れた後、父の怒号が響いた。
父「せっかく大金かけて専門出してやったのに、国家資格捨ててブラック企業なんて底辺に転職しやがって」
父「お前の学費が一番かかったんだぞ!!何考えてんだ!!」
Yのヤツ…なんでいつも、いつも私を裏切ってばかりなんだろう…そう思いながら黙って罵声を聞いていた。
母「お前みたいな人間が家族なんて恥ずかしくて周りに言いたくない」
長男「お前みたいな金食い虫見た事ないわ」
叔父「他の人に胸張って言える企業なら、まだしもブラック企業はないだろ」
長男「そういえば、体のこの部分この症状が出ているけど、病院いった方が良いと思うか?どんな病状だと思う?」
私「検査してみないと何もわからないけど、病気なら〇〇か〇〇を疑うね」
長男「ちょっと知識持っただけで医者でもないのに、気取って何知ったかぶりしてんだよ」
長男「嘘つきは健在だなぁ~」
父「こんなヤツだから会社勤めも、まともに出来なくてブラック企業なんて底辺に落ちぶれるんだろうな」
私「おじいちゃんに進展があったら連絡して。明日も出勤だから帰る」
帰りの車内
・何が一番学費かかっただよ。
・長男なんて結婚式も車も家も与えられて、生活費も親持ちだ。
・行きたくもないのに無理やり専門学校に行かせて、就職もしたのに、知ったかぶりとか、なんで馬鹿にされないといけないんだ
・なんで医療系を辞めたか理由も知らないくせに
・学生時代、兄達にはバイトなんてさせずに遊びまわる事を容認していたくせに
・私は一人暮らしの家具家電も自分で用意した
・免許も車も自分で用意した
・兄達には一切求めないくせに、私は社会人1年目からずっと返金している
なんなんだよ。
なんなんだよ。
なんなんだよ。
そんな気持ちとYへの怒りでいっぱいだった。
帰宅しYは「おじいちゃんどうだった?」と聞いてきたが、無視して人生で初めて人にビンタをした。
私「医療系辞める事、親には言わない約束だったよね?もういい加減にしてよ。別れて。今すぐ出て行って。これは普段と違う。本気。今すぐ荷物まとめて。早く!!」
私がブチ切れている事にYは焦り
Y「俺口滑らしちゃってごめん。本当にごめん」
私「早く別れて出て行って!!今すぐ荷物まとめて!!今すぐ動いて!!」
Y「俺に死ねって言ってるの?別れるなら俺死ぬって言ってるよね?」
私「私が死にたいよ。そう思わせているのがYなんだよ。別れて」
Y「俺が死んでも良いんだ?」
私「関係ない。出て行って」
Y「また時間置いたら、話し合ってくれる?」
私「一線を越えた。もう別れる以外選択肢はない」
今度はYが逆ギレし、服で隠れる部分以外の顔なども殴ってきた。
Y「二度と別れるなんて言うな」
私「明日も仕事あるのに顔を殴るなんて信じられない。別れる以外ないでしょ。顔を殴ったんだよ」
Y「二度と顔は殴らない。親に話したのは俺が悪かったけど、そんなに怒る意味が分からない。俺は絶対に別れないし、出ても行かないから」
金銭的に余裕が出たので、引っ越しやDVシェルターを真剣に探した。
当時DVシェルターに入るには、相手に知られている情報は全て消さなければならなかった。その為、職場を知られている以上、退職が絶対条件だった。
せっかく正社員になったばかりの私はDVシェルターをあきらめ、残業だらけの中、合間を見て部屋探しをする事にし、見学を申し込んだりしていた。
全てはYの前から消える為だ。
しかし全て職場の住所にしていたのに、不動産から物件情報が、何故か自宅のポストに届いてしまい、Yに黙って引っ越しをしようとしていた事がバレてしまった。
Yは激怒しながら「俺も変わる努力するから、黙ってこうゆう事しないで」と言ってきた。
私「これ以外に離れられる方法を教えてよ。どうしたら別れてくれるの?お願いだから、もう一人にして。Yと一緒にいるの辛いの」
Y「俺も変わる努力するって言ってるんだから、Mも変わる努力してよ」
私「もう2人で居たくないの。別れたいの」
Y「俺にもMにも別れる選択肢はないから」
家族が言う通りバカな私は結局Yと別れる交渉方法がわからず、別れられなかった。
その頃、私というサンドバッグを失った実家にも変化が起きていた。




