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私の話  作者: M
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専門学校 そして社会人へ 最終章

就職活動が始まった。

求人票を見て私は愕然とした。

どこも給料が12万程度だったのだ。

そこから厚生年金などの控除額が引かれる。

家賃・光熱費・生活費を引いたらとても生活できる金額ではない。

当時ニュースで国公立大学の新卒の給料が手取り10万下回ると報じられていた。

就職したら親への返金が始まる。

生活して返金したらマイナスだ。

どうしよう…

まわりに聞いたら今の状況だと就職するよりバイトを掛け持ちした方が倍以上稼げるから就職はしないという子もいた。

実家暮らしだからとりあえず就職するという子もいた。


この頃Yにメールをした。

「やっぱり無理。別れよう」


その日の夜、インターホンが鳴った。

カメラを見るとYだった。

しばらく無視したが何度もインターホンを押される。

仕方なく「もう別れるから来ないで。残った荷物は着払いで送るから住所メールしといて」と応答した。

Yはインターホン越しに「きちんと話し合いがしたい」と喚き散らし「ここで騒ぐと近隣の迷惑になるから部屋に入れて欲しい」と訴えてきた。

私は判断をまた間違える。この時点で警察を呼ぶべきだったのだ。

しかし10代の私にはそんな知識はなく、確かに周りに迷惑をかけるのは違うと思い部屋に招いてしまったのだ。

そしてYに別れず関係を修復していこうと言いくるめられてしまい、再度同棲生活が始まったのだ。

Yは部屋を汚部屋にする事はしなくなった。

だらしないのと生活費を節約する事、生活費を出す事はなく、汚部屋にする以外は変わらなかった。


Yへのストレスと求人の給料の安さ、求人の少なさ。全てが私の心を削っていった。


仕方なく求人を出している医療系の面接を受けて採用を貰った。


採用を貰った学生は国家試験に向け、勉強のみの生活になる。

私も例外ではなく、とにかく勉強・バイト・勉強と勉強に時間を費やした。


Yの実家には数年前に離婚し2人の子供を連れ、出戻ったYの姉がいた。

この姉もYと同じように理解できない性格だった。

全く就職やパートを探さず、旦那から自由になった事により養育費のみで子供は母親に預けて遊びまわっていた。

別れた旦那さんの親が富裕層だったらしく、お金が無くなると元義両親の所に行き、子供にお金がかかると言って毎月援助してもらっているようだった。

Yは子供に父親がいないから、自分が父親代わりになってやらないといけないと言い、姉にせがまれると借金を増やして、いくらでも物を買い与えた。

私には一切のプレゼントはなかった。

私よりもお姉さんを優先させるなら、別れて家族で仲良く暮らせばいいと何度も言ったが、家族と彼女は違うと意味の分からない主張をして別れてくれなかった。

Yが借金を増やす事が嫌で、お姉さんにも友達にも借金を増やしてお金を出すのは辞めて欲しい。本当に2人の事を考えているのなら、借金をなくして2人で安定した生活をできるように考えて欲しいと何度も訴えた。

ある日Yから「ブラックリストに載ったから借金が出来なくなった」と言われた。

私「合計でいくらの借金があるの?」

Y「支払いは全て姉ちゃんに任せているから知らない」

私「お姉さんが中抜きしてないって言えるの?」

Y「結婚したら家族になる相手を悪く言うな!!金融会社だけじゃなくて姉ちゃんや親戚にも借金しているから、支払がたくさんあるんだ」

私「お姉さんに借金の合計額聞いてきて」

Y「わかった」


後日

Y「姉ちゃんに聞いたけど計算するのめんどくさいって言われて教えて貰えなかった」

私「支払い金額も支払完了予定日もわからずこんな生活はできない。私が直接お姉さんに聞くから、お姉さんに私が行くまで金額出すように伝えておいて」


私「Yの借金合計金額と毎月の支払明細を教えて下さい。生活費を出して貰えなくて苦しい生活をしているんです」

Y姉「数百万はあるけど、合計金額も面倒で出してないし、明細も面倒だから出してない」

私「Yから出して欲しいって伝わってますよね?なんで教えて貰えないんですか?」

Y姉「私も忙しいから、Yのみに構ってられないの」

私「先が見えない借金生活を強いられるなら、Yとは別れます」

Y姉「私には関係ないから好きにすれば?」


Y姉と話して理解した。

この人は自分が良ければそれで良いんだ。

本当は給料の全額支払いに消えていないんだと確信した。


Yに自分の借金ぐらい自分で管理できないの?と尋ねると姉ちゃんがいないと何もできないと情けない返答が帰ってきた。

何度も別れて欲しいと言ったが、その度言いくるめられ別れられずにいた。


そしてYは「金、金うるせえ女だな」と言い暴力をふるうようになった。

親や兄弟とは違う建築現場で働く職人の一発は私の体を壊す威力があった。

太ももを殴られれば、肉離れのような症状になり1週間以上痛みが引かないなど、Yの暴力は数日で痛みが引くことはなく1週間以上長引く暴力ばかりだった。


この時に相談できる頼れる人がいれば、私は被害届を出して別れる事ができた。


しかし、暴力を受けて育った私はYの暴力を受け入れてしまっていた。

完全に別れるタイミングを自分で失ってしまっていたのだ。


夜に母から電話が来て、一方的な暴言を聞いている最中、Yがくしゃみをした。母は家に誰かいるのかと聞いてきたが、誰もいないテレビの音じゃない?とごまかしたが感が働いたのか、家に連れてこいと命令された。


Yに母が家に来いって言っているけど?と聞くと嬉しそうに結婚が近づくね。すぐ行こう。バイトいつ休めるの?とウキウキだった。

バイトのシフト変更をし休日1泊で実家に帰省する事になった。

実家までの道のりは長距離だ。車内で

私「うちの家族は外面だけ良くて、本当に腐っているから騙されないでね」

私「Yの前だけで良い顔するけど、Yがいなくなったら信じられない行動と言葉を言われるから、言動には気を付けた方がいい」

と何度も念押しをした。

しかし、実家につき家族の外面の良さにYはコロッと騙された。

いつも私の言葉よりお姉さん、私の言葉より友人と私を下に見ていたYらしい行動だった。

家族に馴染んできたぐらいに父親が笑いながら軽く私をけなした。

Yは大爆笑しながら一緒になって私をけなした。

この行動をきっかけに家族とYが私をけなしたり暴力をふるったりが始まった。

帰りの車内Yは「Mは捻くれているよ。親も家族もとってもいい人だったじゃん」と絶望的な事を言ってきた。

私は騙されやがってと腹を立てたが、無言を貫いた。


帰宅後、母から大笑いしながら連絡があり

「バカYすっかり騙されてたね」

「この世にお前の見方になる人間なんていないんだよ」

「さっさと別れろ」

などと言われた。

家族はYの事をYがいない時、聞こえない時は「バカY」と呼ぶようになった。

そして、浮気性な母はYを自分の男にしようと、よく田舎から出てきてYと2人だけで出かけるようになり、その度Yに服や作業着などを買い与えた。

Yは「金、金言ってくるけど親金持ってるじゃん。何かあったら頼れる親がいるんだから、俺に求めないでよ。俺には姉ちゃん達もいる。親も離婚して金がない。Mは困ったら親に言いなよ」と衝撃的は発言をするようになった。

私「親は私を助けてくれないし、就職したら学費の返金が始まる。しかも就職氷河期で給料が最低賃金で生活が今よりもっと苦しくなる。まだ一緒に住む気なら本当に生活費を出して欲しい。」

Y「あんなに良い人達が学費返せなんて言うとは思えない。Mが勝手に返そうとしているだけじゃないの?」

私は留守番電話に残った母の暴言を聞かせた。

Y「たまたま虫の居所が悪かっただけでしょ。そんな人には見えない」

私「Yはいつも私の言葉より他の人の言葉を優先するし、私よりも他人を優先するよね。私って何なの?」

Y「彼女でしょ」

私「彼女って何?ないがしろにする事なの?大切にする事じゃないの?」

Y「ごちゃごちゃうるせーな」

私の実家に帰省した事とこの会話をきっかけにYは私を言葉でも攻めるようになりパチスロも再開した。

料理を作ればまずいと言い、Yが汚したのに綺麗にしろってMが言うくせに掃除しないなどと言い始め、Y母の前で「お前料理下手なんだから母親に教えて貰えよ」とYの家族全員に聞こえるように言ってきた。

今考えれば10代の子相手にYは何を言っているのか、本当に最低な人間だと思う。


私は美味しくないなら食べなくて良いと言いYに料理を作らなくなった。


バイトから帰ってきても部屋にYはおらず、毎日パチ屋に通っているようだった。


就職先も決まり私はバイト以外は毎日勉強していた。

休みの日は朝から夜まで勉強していた。

なのに日曜になると「どっか行こう」攻撃は止まらなかった。

出かけるのはいつでも行けるけど国家試験は年に1回しかないの。勉強させてとお願いしたが無理やり外出させられた。


国家試験が目前に迫った時にYが関節が痛いと言い出した。

熱を測ると38℃あり、夜間病院に連れて行った。

インフルエンザだった。

当時やっとインフルエンザが世間に知られタミフルの処方が始まったばかりだった。

私にうつると期間的に国家試験と被るから、実家に戻るなりビジネスホテルに行くなりして私にうつらないように対策して欲しいとお願いした。

しかしYは実家に行けば姉ちゃんの子供も受験生でうつれば、子供の人生変えてしまうから行けないし、だるくて動きたくないから、ここにいる。てか彼女なら看病してよ。

と言われ、私の人生の事は何も考えてくれない人だと心底思った。



無事に国家試験を受け、問題用紙に回答を写し学校に提出するよう言われていたので、提出し後日登校した。

私は合格点だった。

合格点に満たなかった生徒は個別に呼び出されていたので、聞かなくても不合格な生徒はわかる雰囲気だった。


国家試験の合否は卒業式が終わって働きだす頃に通知が郵送で来るようになっていた。


就職先も決まり、国家試験も終わり気が抜けたのか私は40℃の熱を出した。

一人でトイレに行くのも平行感覚を失いフラフラしながらようやくという感じだった。

Yにメールしても返信が来る事もなく、ポカリ1本買って来てくれる事もなかった。

仕方なく友人経由で友人のお父さんに夜間病院へ連れて行って貰った。

診断は過労でインフルではないという事だった。

診断を聞いた友人の父は怒っていた。Yと同棲している事を知っていたからだ。

パチ屋が閉店時間になり、ようやくYから連絡がきた。

私は点滴を受けていたので、友人のお父さんに対応して貰った。

点滴が終わり会計待ちの間にYが病院にやってきた。

友人父「Mちゃんからメールもいっているのに、今まで何をしていたんだ!!」

ロビーに優しかった友人父の怒鳴り声が響いた。

Y「パチ屋にいました」

友人父「なんでメールの返信1つしなんだ!!」

Y「パチ屋で携帯を触ると不正行為を疑われるので、パチ屋にいる時は携帯を触らないので」

私は高熱で体力がなかったのもあり、我慢できずに大号泣してしまった。

友人父はどうした?点滴だけじゃまだ辛いよね?と聞いてきたが、

国家試験前にYがインフルになって看病しろと言ってきた事、私の事は毎回ないがしろにされる事、私の言葉はYに届かない事を話した。

友人父「Yくん。彼女を最優先で大切に出来ないのであれば、お互いが幸せになれない。変わる努力をするか、Mちゃんの為に別れるのか年上で社会人のYくんがしっかり考えなさい」と言った。

YはとりあえずMを家に連れて帰ります。ありがとうございましたと言って私を車に乗せた。

まっすぐ家に帰ろうとするYに「ポカリぐらい買わせて」と言ってスーパーに寄って買い物を済ませた。


Yは私の面倒を一切見てくれなかった。

私はどうしたら別れてくれるのか、毎日悩んでいた。


そんな時、母から成人式どうするの?と珍しく普通の声で電話がきた。

地元に帰らないから行かないよと伝えると、振袖来て写真だけは取りなさいと言われたが、金銭的に余裕がないからスーツで撮るよと伝えると、着物が大好きな母は、母の振袖とパンフレットを持ってわざわざ田舎から出てきて、成人式用の貸出・販売をしているお店に連れて行かれた。

スーツで良いと何度も言ったが、母は写真を欲しがる祖父母がスーツで満足するわけないでしょ。考えろよ。と言ってきた。

仕方なくレンタルで受付をした。

母は購入したら一生自分の物に出来るんだよ?と言ってきたが、着物の管理なんてできないし、着る事ないからいらないと断った。

母が持参した着物を最初に見たが、陰キャな私には絶対に似合わないピンクだったため断った。母は残念そうにしていたが、着物が好きな為、他の着物を見れることに浮かれていた。

私は店員さんに一番安いコーナーはどこですか?と尋ね、全て最低価格の物を揃えた。店員さんは「普通は高いのを見たお子さんが高いのを着たがり、金銭的に安くするように親が言って喧嘩になる事が多いのですが、お子さんから一番安いもので揃えるお客様は初めてです」と笑っていた。

そのまま写真だけ取って祖父母に郵送の手配をして終わった。


卒業式後、謝恩会がありドレスが必要だった。

友人に安いお店を教えて貰い、一緒に買いに行き一式揃えた。


そうして、就職氷河期の中、新社会人を迎えるのだ。

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