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私の話  作者: M
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中学生時代 第二章

夕食を食べる時は全国ニュースを見る決まりとなっていた。

ニュースで未成年、学校の教室で首つり自殺、学校はイジメとの関係性はないとしたと取り上げた。

父がこのニュースを見て長男の事を思い出したのだと思う、家族全員に向かって

「この自殺した子、相当イジメたヤツを恨んでるぞ。そうじゃなきゃ、わざわざ学校まで行かないぞ」と言った。

皆黙り込んでいた。

私は最後に爪痕残して頑張ったなぁと思っていた。


家でも学校でも人格否定をされ、私は壊れそうになっていた所にやってきたニュース。

私はやっぱり首つりが正解なのかな?じゃあ場所はどこにしようか。

と考えるようになった。

ニュースにならないよう、そっと消えたい。そっと消えるためにはどうしたら良いだろうか。

遺体は発見されやすい場所と絶対に発見されない場所どちらが良いだろうか。

テレビか何かで「生きていれば必ず良い事がある」と言っていたが私は何もないじゃん。と悪態をついていた。

ようやくできた同級生からは受け入れてもらえず、家族からは嘘つきと思われ扱いも奴隷のような現状に、なんで小学1年生で消えなかったのだろう。生きれば生きるほど辛い事が増えていくばっかりだよ…そう思うようになっていた。


学校では「早く消えろ」

家では「お前みたいな人間社会に出てもなんの役にも立たない。やっていけるわけない。クソ人間」

と言われ私は社会人になる事をあきらめていた。


この頃からテレビで自殺や孤独死のニュースが頻繁に報道されるようになり、私も絶対に消えると決心した。

夜に母だけになった居間に話をしようと思い体を引きずりながら向かった。


私「Mが死ぬとしたらどうやって消えて欲しい?」

母は私の方を一切見ずテレビだけを見つめていた。

私はいつもの無視か。話すだけ無駄だった。部屋に戻ろう。そう思った時だった。初めて母が私と真剣に話してくれたと思う。相変わらずテレビのみに視線を向けていたが


母「保険金が一番高いのは事故死だから、車に轢かれて」


私は自分が消えた後の事を考えた事がなかった。そして私に保険がかかっている事もこの時初めて知った。そっか…消えるならお金残さないといけないのか…


私「車に轢かれても轢いた人に迷惑をかけるよ。他の事故死はないの?」

母「他の事故死は保険金のみしかもらえない。車に轢かれれば車の持ち主からお金を別で包んでもらえる。一番お金が入る」

私「その辺を走っている車なら何でもいいの?トラックとか大型車の方がいいの?」

母「本当に頭悪いね。車はお金を持っていそうな高級車を選べ。年金暮らしのようなお金のない人が乗っている軽自動車になんて轢かれても意味ないんだよ。トラックとか営業車も同じだ。保険会社と会社から規定の金額しか出ないから。絶対にお金持ちの高級車を選べ。それ以外は馬鹿がやる事だ」

私「高級車はどうやって見分けるの?」

母「馬鹿じゃなきゃ高級車ぐらいわかる」

私「そっか…」


目を合わせてくれなかったが、初めて母と普通に会話出来た日になった。

私は首つりしか考えていなかったので、車に轢かれるという選択肢が増え、部屋に戻った。

一人になった部屋で、高級車ってどうやって見つければ良いのだろう…

人に迷惑をかけずそっと消えたいのに、轢いた人に一生の傷をつけてしまう…

どうしたら良いんだろう…

答えが出ないまま、その日は眠った。


翌日から私は休み時間になると道路を見つめ高級車と呼ばれる車を見つける作業をした。

アイドルも知らない私には大型車と普通車の違いぐらいしかわからなかった。

ある日行事があったのか覚えていないが、学校が早く終わる日があった。

私は親に頼み込んで貰ったお金を持ち、学校帰りにノートを買いに文房具屋に向かった。

必要な文房具を買って、バス停でバスを待つか学校に一度戻り時間を潰してバス停に向かうか考えながら、中学校に向かっていた。

その時、小さな路地から田舎の為、気が抜けたのか一時停止を無視してパトカーが横断中の私に向かって突っ込んできた。

私はぶつかる!!と思って足が動かなく向かってくるパトカーを見つめる事しか出来なかった。

何故か時間がゆっくりになったように、車がスローモーションで見えた。

少しずつ近づいてきて、私の制服のスカートに当たっただけで車は急停止してしまった。

私は残念で仕方なかった。

もう少しスピード出してくれれば事故死になったのに。

パトカーは私に声もかけず、逃げるように見回りに行ってしまった。


夜母に再度話してみる

私「今日文房具を買った帰りにパトカーに轢かれそうになった。ギリギリで止まってしまったから、事故死にならなかったよ」

母「馬鹿か。お前は。パトカーに轢かれても揉み消されて、ただの事故死にしかならないだろが」

私「そっか。轢かれなくて良かったね」

私は営業車も公務員車両もダメなのか…と思いながら部屋に戻った。


高級車を見つける事が出来ないまま、秋を迎え冬に近づいてきた頃の休日、農作業も終え父が出稼ぎに行く用意を進める為に、家族全員が珍しく家に揃っていた。

朝から腹痛があり、我慢をしていた。

昼食を食べ終わり、洗い物を終えた頃には自分の部屋に行くことも出来ず、居間の隣の和室に寝転がり冷や汗が止まらずお腹を抱えてうずくまっていた。

父が「盲腸だったら破裂して死ぬから月曜になっても痛がっていたら、病院に連れていけ」と母に言っていた。

母は頷いたのか返事は聞こえてこなかった。

私は吐き気も出てきたので、トイレに行った。


人生で初めての生理が来ていた。


学校で教わったようにしたいが、私が使用して良い生理用品がなかった為、母にそっと耳打ちした。

母は病院に連れて行かなくてよくなったのでホッとしたのか、馬鹿にするような高笑いをした。そして部屋に行くように言ってきたので、言われた通りにした。

部屋で横になっていると、母が生理用品と生理用パンツと痛み止めを箱で渡してくれた。

使い方などの説明はなかったので、生理用品のパッケージに書いてある通りにあっているのか正解が分からないまま使用し、痛み止めを飲んで横になっていた。


少しして父の笑い声が居間から聞こえてきて、母が兄達を2階から下りてくるように呼んだ。

おそらく、私に生理がきた事を伝えていたのだと思う。

その日の夕方、次男が私の部屋に来て、血の生臭さが加わって気持ち悪い。血が止まるまで部屋から出てくるなと言ってきた。

私は腹痛が収まらず、うずくまるだけで、頷く事も出来なかった。

学校が始まる時には一番痛い日が終わっていたようで、痛み止めで普通に学校生活をおくる事が出来た。


長男は私に生理が始まったなら、用済み。もう2階には来るなといい、私への性的いたずらが終わった。

この時期に長男に彼女が出来ていたのもあると思う。


生理が始まった事により私の日常生活が大きく変わった。

ある程度時間がたつと定期的になるはずの生理が一向に定期的にならず、多い時は10日ごと、少ない時は3カ月来なかったりと生理不順が治らなかった。

そして、生理が始まってから私は家や学校、外でも頻繁に貧血を起こし倒れるようになってしまったのだ。

ある日、私は学校で生理用品が足りなくなってしまい貰う為に保健室へ向かっていた。

途中で貧血が来てしまい、上の学年の階で倒れてしまった。

意識が戻ると保健室に運ばれた後で上の学年の男子生徒が運んでくれたと保健室の先生から聞かされ、学校で最近何度も倒れているが、家でも貧血を起こしているのか聞かれたので、家でも倒れると答えると保健室の先生は一度病院にかかるよう保護者に連絡しておくと言われてしまった。

私はそんな連絡が入れば、また怒られると思ったが高級車を見つければ終わるしどうでもいいかと思った。


親に連絡が入り、農作業の作業場でも倒れていた為、父が病院に連れて行くように母に言ったようで怒られる事はなく、病院にも文句を言われず連れて行ってもらえた。

検査をし医師に

「心臓が血液を送る為のポンプ役を上手く出来ていないか、血液を作っている骨髄どちらかに原因がある。ここまでしかこの病院では調べられないので、すぐに紹介状を書くから大きな病院か大学病院どちらが良いですか?」

と聞かれた。

母は

「片道3時間もかかる場所まで行かないといけないじゃないですか。共働きで私も働いているので、そんな時間はありません。今回の結果はカルテにも残さないで下さい。」

とまた、わがままを言った。医師は

「心臓も骨髄もどちらも何かあった時に命に関わる臓器ですよ。本当に検査されないのですか?」

と驚いたように聞き返していたが、母は譲らず私の検査結果は隠されてしまった。


私は心の中で先天性の物ではなく、成長期に受けた暴力によって後天性で発症したのではないだろうかと思っていた。


その頃、長男は高校卒業後、進学するのか農業を継ぐのかを選択する時期になっていた。

父は母に任せると言っていた為、母は私より長男の事で頭がいっぱいだったのだと思う。

長男は小さい頃から後を継ぐなら勉強なんてできなくて良いが、継がないなら勉強をしっかりするよう言われていて、長男は勉強するぐらいなら後を継ぐと言い、妹から見ても長男の成績は悪かった。

長男はもう勉強をしたくないから、高校を卒業したら後を継ぐために家に入ると言っていたが、母は継いでしまったら一生農作業から離れられなくなる。

だから、勉強しに行くのではなく、遊ぶ為に短大に行って2年間死ぬほど遊んで欲しいと願った。

長男は自分の成績で受かる大学なんてないと言い、進学を嫌がったが、母は遠くの大学でも良いから受かる大学を見つける。

受かる大学を見つければ進学するか?と毎日のように話しあっていた。

母は長男の担任に電話をし推薦枠をもらえる大学はないかと聞き、1校あるが既に推薦枠の生徒は決まっていると聞かされた。

母は長男の為なら黙って引き下がる人間ではない。

長男に大学名を伝え誰が推薦枠を貰っているのか、生徒に聞き仲のいい子なら推薦枠を譲るようお願いしてきて欲しい。と長男に言っていた。

そして、本人が譲らないと言ったら、菓子折り持ってお母さんが親御さんにお願いしに行くから心配しないでと伝えていた。


私は自分の事で精いっぱいだったので、どうしたのかわからないが、長男は無事に推薦枠を譲って貰ったようで受験せずに大学進学が決まった。

母は2年間遊びに行くのだから、勉強なんてしなくて良い。単位が足りないなら、2年間遊んで退学すれば良いと言いご機嫌だった。


その頃私は小学生の時に診断を受けた喘息がかなり悪くなっていて、呼吸が出来なく苦しい時や咳が突発的に出て止まらず嗚咽しながら咳をしたり、貧血で倒れた際に頭を強打してしまったりと、毎日なんでこんなに苦しいのに死ねないんだろうと思っていた。

もちろん私は診断を受けても通院なんてしてもらえず、吸入器もなかった。

そして、スーパーなどでも突発的に咳き込み涙を流しながら嗚咽まじりの咳をするようになった為、荷物持ちにも使えないのかよと言われ外出の頻度が更に減っていった。

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