第4話「ゲンザイ」
試合が終わったあと。
僕は勝者として、簡単なインタビューを受けることになった。
学校ランキング一位を懸けた決闘だったから、当然と言えば当然だった。
決闘場の端。
簡易的に設けられたインタビュースペースで、僕はマイクを向けられていた。
「山本君、まずは勝利おめでとう」
「ありがとうございます」
「かなり激しい試合でしたね。ですが最後の発言も含めて、まだ余力を残していたように見えましたが?」
「……」
僕は一瞬だけ黙った。
余力なんてあるわけがない。
本当なら、今すぐ座り込みたいくらいだった。
けれど。
さすがに、ここで本当のことを言うのも格好が悪い。
だから。
僕は少しだけ笑って答えた。
「いやぁ……」
そして。
ほんの少し考えてから。
「本当は、引き分けでよかったんですけどね」
そう答えた。
勝ったのに。
自分から、そんなことを言った。
インタビュアーは少し驚いた顔をしていた。
けれど。
僕としては、本当にそう思っていた。
あれ以上続けていたら。
たぶん、僕は負けていた。
だから。
勝者と言われても、正直なところ実感はなかった。
その日のことはそれで終わった。
……と思っていた。
けれど。
それからだった。
涼那と、あまり話さなくなった。
最初は。
たまたまだと思っていた。
廊下ですれ違っても、軽く目が合うだけ。
教室が同じになることもあったが、以前のように話しかけてくることはない。
僕から話しかければ、普通に返事はしてくれる。
だから。
露骨に避けられているわけでもない。
でも。
どこか距離がある。
僕は、だんだん気になってきた。
もしかして。
嫌われたのかな。
あの決闘のせいだろうか。
……いや。
でも、僕からすれば負けたようなものだった。
だったら。
あのインタビューか?
「引き分けでよかった」なんて言ったのが、余計だったのかもしれない。
そんなことを考えながら。
結局、僕から深く聞くことはできなかった。
そうして。
中学を卒業した。
そして。
僕たちは同じ高校へ進学した。
世界中から異能者が集まる。
異能教育の最高峰。
異能者としての活動を目指すものからすれば世界一の名門校だ。
当然涼那もそこにいた。
同じ学校。
同じ学年。
それなのに。
高校に入ってからも、僕たちの距離はほとんど変わらなかった。
廊下ですれ違えば、挨拶くらいはする。
必要な話ならする。
けれど。
それだけ。
中学の頃から続いていた妙な距離感は、そのまま残っていた。
僕は相変わらず。
嫌われているのかな。
そんなことを、たまに考えていた。
そして二年生になった。
僕自身も、それなりに経験を積んだ。
異能者としての実力も上がった。
学校の中だけじゃない。
外での訓練や、異能犯罪への対処訓練にも参加するようになった。
そんなある日。
僕のところに、異能犯罪者の捜索任務が回ってきた。
そして。
任務の相方として指定された名前を見た時。
僕は、思わず画面を二度見した。
高嶺涼那。
……まさか。
そう思った。
中学以来。
まともに話すこともなかった相手。
それが。
今度は、仕事として組むことになった。
任務の内容を確認する。
対象は精神干渉系の異能犯罪者。
接触した人間を洗脳し、操る可能性がある。
そのため、単独行動は禁止。
二人一組での捜索。
そして。
片方が操られた場合。
もう片方が対処する。
その説明を読んだ時は。
まさか。
こんなことになるとは思っていなかった。
高嶺涼那と二人で任務に出て。
その相手が洗脳されて。
僕が。
彼女から逃げ回ることになるなんて。
「――っ!」
目の前で、氷が弾けた。
意識が現実へ引き戻される。
目の前にいるのは。
中学時代の少女ではない。
今の。
高嶺涼那だ。
その瞳には、やはり迷いがない。
今は昔を思い出している場合じゃない。
僕は一歩、後ろへ下がった。
足元の氷が軋む。
逃げなければ。
今の僕にできるのは。
それだけだった。
だが。
そんなことを考えていられたのは。
ほんの一瞬だけだった。
「……え」
目の前が。
白く染まる。
数メートルはあるだろう巨大な氷柱。
それがいつの間にか、僕の視界を埋め尽くしていた。
一本。
二本。
三本。
そんな数じゃない。
無数の氷柱が、僕を囲むように展開されている。
逃げ道なんて。
どこにもない。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。
もう。
笑うしかなかった。
左右。
前。
後ろ。
どこを見ても氷。
上に逃げようとしても。
その先まで氷が伸びている。
これ。
どうやって避けろっていうんだ。
「……参ったな」
自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。
けれど。
頭の中は、めちゃくちゃだった。
まずい。
本当にまずい。
これは無理だ。
避けられない。
今までだって、紙一重で何度も避けてきた。
でも今回は違う。
完全に囲まれている。
もう。
どうしようもない。
そして氷柱が。
一斉にこちらを向いた。
「……」
終わった。
そう思った。
次の瞬間。
無数の氷柱が、一斉に放たれた。
「――っ!」
思わず目を閉じる。
せめて。
痛いのだけは嫌だ。
そんなことを考えた。
けれど。
いつまで経っても痛みが来ない。
「……?」
おかしい。
何も起きない。
もしかして。
痛みを感じる暇もないくらい、一瞬で天国への旅行を始めてしまったのかな?
そんな馬鹿な考えが頭をよぎった。
恐る恐る目を開ける。
「……え?」
そこには。
氷の雨も、砕けた大地も。
何もなかった。
ただ目の前に、涼那が立っていた。
さっきまでの冷たい表情は消えている。
代わりに。
きょとんとした顔で、僕を見ていた。
「……?」
彼女は周囲を見回す。
そして。
自分の手を見る。
しばらくして。
困ったように首を傾げた。
「私……何を?」
「…………」
僕は。
何も言えなかった。
いや。
言えるわけがない。
さっきまで殺されかけていた。
なのに今の彼女は。
何も覚えていないような顔をしている。
「涼那……?」
恐る恐る名前を呼ぶ。
すると。
彼女がこちらを見る。
その目に。
さっきまでの殺意はなかった。
「……山本君?」
その声を聞いた瞬間。
ようやく分かった。
洗脳が解けたんだ、と。




