第5話「注意喚起」
洗脳が解けた涼那と、僕はしばらくその場で話をした。
どうやら。
完全に何も覚えていないわけではないらしい。
「……なんとなくは覚えてる」
涼那は、自分のこめかみに手を当てながら言った。
「私、山本君を追いかけてた……よね?」
「うん。まあ……そうだね」
「でも、その前後が曖昧で……」
「そっか」
僕は少しだけ考える。
洗脳されていたとはいえ。
さっきまで本気で僕を殺そうとしていた。
本人にその記憶が残っているなら。
あまり気を悪くしてほしくなかった。
だから。
僕はできるだけ軽い調子で笑った。
「いやぁ、でもいい訓練になったよ」
「……訓練?」
涼那が首を傾げる。
「うん」
「何の?」
「……逃げる訓練?」
「なんで疑問形なの?」
「いや、ほら。実戦的だったし」
「私、山本君を殺そうとしてたんだけど」
「まあ、それも含めて……」
自分で言っていて。
かなり無理のある言い訳だと思った。
涼那は少しの間、僕の顔を見つめていた。
けれど。
それ以上は追及しなかった。
「……まあ、いいけど」
そう言ってから。
ふと、周囲を見回す。
さっきまで戦闘が繰り広げられていた場所。
だが。
肝心の異能犯罪者の姿がない。
涼那は不思議そうに辺りを見渡した。
「ところで」
「ん?」
「誰が異能犯を確保してくれたのかな」
「…………」
「山本君、何か知らない?」
「……いや」
「僕も、知らないな」
「そっか」
涼那は素直に頷いた。
そして。
もう一度、周囲を見渡した。
「じゃあ……」
その視線が。
ゆっくりと僕へ戻ってくる。
「誰が倒したんだろうね?」
「…………」
それは。
僕にも分からなかった。
そんなこんなしていると。
僕と涼那の携帯端末が、同時に鳴った。
「ん?」
「メッセージ?」
僕は端末を取り出す。
「どれどれ……」
表示されたのは、情報部からの緊急連絡だった。
そこには。
あまりにも簡潔な文章が並んでいた。
『対象異能犯は逃亡先にて、偶然買い物中であった東鐘臨苛氏により確保』
「…………」
僕は。
一度、文章を読み直した。
そして。
その下に続いていた文章を読む。
『なお、これは我々情報部からの注意喚起ですが、東鐘臨苛氏は「二人もいるのに捉えられないような奴がいるのか」と激怒されていた模様』
「…………」
さらに。
『なお、その二秒後にその場から消えたそうです』
「…………」
僕と涼那は。
無言で顔を見合わせた。
その瞬間。
さっきまであれほど冷静だった涼那の顔が。
わずかに引きつった。
「……東鐘臨苛……」
その声は。
明らかに震えていた。
僕は横目で彼女を見る。
いつも冷静沈着。
何が起きても表情を崩さない。
氷の異能を操る彼女が。
今は。
明らかに怯えていた。
……当然だ。
この世にいる人間で。
その名前を聞いて平然としていられる人間が、どれだけいるというのか。
「……あはは」
僕は無理やり笑った。
震えそうになる手を、もう片方の手で押さえつける。
「まあ……でも、僕たち頑張っていたよね」
「…………」
涼那も。
うつむきがちに頷いた。
「……そう、だよね」
声が小さい。
そして。
僕たちは、ほぼ同時に同じことを考えていた。
まさか。
ここが分かるわけがない。
僕は無理やり笑みを浮かべる。
「だ、大丈夫だよ」
「……うん」
「いくらなんでも、まさかここまで来たりしないさ」
「……そうだよね」
「そもそも、僕たちがここにいるなんて分かるはずがない」
「……うん」
二人ともそう言いながら。
一歩ずつ。
ゆっくりと後ろへ下がっていた。




