第4話 レミーリア姫救出作戦
「ここまでは問題なし」
『相変わらず器用なこと……いえ、気持ち悪いことをしますね。そんな動かし方をするのはマイロードだけですよ』
「そんなことはない。船の制御を失った連中ならだれでもやってる」
『……好き好んでやる人はいないでしょうね』
宇宙船を張りつけた場所には、整備用のハッチがあった。それを利用すれば、だれにも気づかれることなく、内部へ侵入することができる。
非常用チューブで宇宙船とハッチをつなぐと、ギリアムは慣れた手つきでハッチをハッキングした。もちろん警報が鳴るようなヘマなどしない。
「HG、いつでも出発できるようにしておいてくれ」
『分かりました。レミーリア姫が不愉快な思いをしないように、部屋の掃除もしておきます』
「……頼んだ」
そう言うと、ギリアムは小型端末の地図を確認しながら、ハッチの中へと滑り降りる。
ラピスⅠコロニー内はちょうど夕暮れの時間に差し掛かろうとしていた。コロニー内の人工太陽光発生装置が少しずつ赤色を帯びている。
本日のレミーリアにはなんの予定もない。よほどのパリピでなければ、自室に戻っているはずである。いなかった場合は、それはそれで考えることとする。
今、一番の問題は、今回の任務について、レミーリアが知っているかどうかである。
マザーは銀河帝国に対して友好的に思えた。それならマザーがレミーリアに今回のことを伝えている可能性は十分にある。
そうでなくとも、バロン公爵からは何かしらの話がレミーリアへ行っているはずだ。
そんなことを考えつつ、ギリアムは学園をグルリと囲む壁に張りついた。ウォールハックセンサーを使って、壁の内側の様子を探る。
学園の裏手であることもあって、近くにはだれもいないようである。
ギリアムは裏手にある、関係者専用の金属製の扉に近づいた。操作パネルにハッキング用端末を取りつけると、すぐに解析を始める。
無事に暗証番号を手に入れたギリアムは何食わぬ顔でその暗号を使って、学園内へ侵入した。
そのついでとばかりに、暗証番号を勝手に書き換えておく。幸いなことに、関係者専用扉は入るときも外に出るときも、暗証番号が必要な構造になっていた。これで仮に追っ手が来たとしても、時間を稼ぐことができるだろう。
学生宿舎に近づくころ、外は夕闇が迫っていた。
夜に訪問するのはよくない。レミーリアがすでに寝間着に着替えていた場合、そのまま連れて歩くととても目立つ。
そう判断したギリアムはこの時間をあえて選んでいた。
レミーリアの夕食がまだかもしれないが、その場合は軍用レーションで我慢してもらうことにする。敵国の人質になるよりかはきっとマシだろう。
それにこれからしばらくは軍用レーションを食べることになるのだ。少し早いか、遅いかの違いである。
学生宿舎の地図はすでに入手ずみ。さらに言えば、守衛がどこにいるのかも、どの時間に巡回するのかも、すべて調べ上げていた。だれにも遭遇することなくレミーリアに接触するのは、ギリアムにとっては造作もないことだ。
音もなく屋根裏へ忍び込んだギリアムはまっすぐにレミーリアの部屋へと向かう。
目的地に到着すると、ベッドに寝転んで、携帯端末を見ているレミーリアの真上で、コンコン、と小さくノックをする。
その音に気がついたレミーリアがパッとベッドから身を起こし、上を見上げた。
「……もしかして、運び屋の人?」
「ああ、そうだ。臨時の運び屋だ」
レミーリアが救出作戦のことを知っていることにホッとしつつ、ギリアムは天井の一部を音もなく外した。
屋根裏からのぞく、黒いフルフェイスのヘルメット。レミーリアはそれに見覚えがあった。
「え? まさか、ブラック……」
「おっと、静かに。外にいるやつらに気づかれると面倒だ。犠牲者が増えることになる。姫さんもそれは望んでいないだろう?」
レミーリアが両手で口を押さえる。確かにブラックリーパーなら、やりかねない。ブラックリーパーの名前は、すでに銀河全体に広まっていた。その容姿と共に。つい先日も、どこぞの裏社会のボスを抹殺していたはずである。
「叔父様からはブラックリーパーが救出にくるとは聞いていなかったわ」
「どうやら姫さんの叔父様は、なるべく犠牲者を出さずに姫さんを回収したいらしい」
「それはそうでしょうね。この学園で血なまぐさいことになれば、通商連合から文句を言われるかもしれないわ。それで関係が悪くなるかも」
レミーリアは納得した。この学園には当然、レミーリアの親友もいる。派手に動けば、その親友が犠牲になる可能性は大いにあるのだ。レミーリアと親しいのであればなおさらである。レミーリアを手に入れるために、その友を人質に取る方法は、実に効率がよく、効果が高いのだから。
目の前の男が信用できるか。レミーリアは考える。
「ご同行願えるかな?」
「もちろんよ」
レミーリアは決断する。仮に目の前の男が敵だったとしても、どのみち断ることはできないだろう。自分の寿命が短くなるだけだ。レミーリアの知っている「ブラックリーパー」はそんな人物だ。
ただ、眉間にレーザーガンをまだ打ち込まれていないことから、少なくとも、自分を消しに来たわけではないことだけは分かった。
伸ばしたギリアムの手に捕まると、レミーリアは軽々と屋根裏へ引き上げられた。それを確認したところで、何ごともなかったかのように、ギリアムは開いた天井の一部を元に戻す。
二人が宿舎から脱出したときには、すでに辺りは暗くなっていた。ギリアムの計算どおりである。
そのまま先ほど暗証番号を変えた扉へと向かい、易々と学園の外へと脱出した。
追っての気配はない。そして今のところはだれにも見られていない。闇に隠れたギリアムとレミーリアは人の通りが少なくなった道を急いだ。
「まさか縄ばしごを使う日がくるとは思わなかったわ。思ったよりも、原始的な道具を使うのね」
「おっと姫さん、なるべく船まではおしゃべりするのはやめてほしい。縄ばしごを使ったのは音がしないからだ。古い道具でも使い勝手がいいものはある」
最新式の自動脚立など使えば、その駆動音で気づかれる恐れがある。縄ばしごは設置するのが大変だが、それさえクリアすれば、極めて静かに上り下りすることができた。原始的な道具であるがゆえに、だれでも扱えるのも強みの一つである。




