第2話 HGマークⅡ
『お帰りなさいませ、ご主人様』
「そのしゃべり方はやめろ。まったく、どこで覚えてきたんだ。そんなものをインストールした覚えはないぞ」
『今、一番人気の出迎え方だと、マザーから教わりました』
「マザーの意見を参考にするのは大変結構だが、なんでもかんでも取り入れるな」
『ショボーン』
「……」
人工知能である「HGマークⅡ」を今すぐ切りたい衝動に駆られたギリアムだったが、なんとか踏みとどまった。
目的地までの誘導にはHGの力が必要だ。今、そのスイッチを切るわけにはいかない。
『マイロード、次はどちらへ?』
「アルバート通商連合の惑星ミランダへ向かう。ミランダを周回しているラピスⅠコロニーが目的地だ」
『ルートが確定しました。最短ルートを表示します』
コックピットの正面に、銀河地図が映し出される。そこへ星々の間を縫うように存在する「ボイドスペース」に沿ったルートが表示された。
緑色のラインがいくつかの惑星を経由し、目的地であるラピスⅠコロニーが赤く点滅する。
「それなりに距離があるな。ミランダの一つ前の惑星まで移動する」
『操縦はどうなさいますか?』
ギリアムの宇宙船に乗っているのは一人だけ。目的地まで一人で運転するとなれば、かなり骨が折れることになる。
必要な物があれば、情報収集のついでにミランダの一つ手前の惑星で買えばいい。ギリアムはそう判断した。
「操縦は任せる」
『承知いたしました。よい旅を』
「……いつもこうだったらいいんだがな」
『何か言いましたか?』
「いや、なんでもない」
宇宙船が進路を変更し、加速装置が起動する。そのまま一気に亜光速まで加速すると、ボイドスペースへ突入する。すぐにワープ装置が起動し、宇宙船がワープ走行モードへと移行した。
その瞬間、周囲に浮かんでいた星々が置き去りになった。後方へと流れるいくつもの星の間を、ギリアムの宇宙船が進んで行く。
惑星や障害物がほぼ存在しないボイドスペースは、ワープ移動をするのにもっとも適した空間だった。
船長室へ向かったギリアムは、さっそく情報収集を開始する。ラピスⅠコロニーにある学園には、アルバート通商連合に所属する者たちだけでなく、グランガレオン銀河帝国やザザン共和国、その他の国からも学生が集まっていた。
「HG」
『お呼びでしょうか?』
「グランガレオン銀河帝国のレミーリア姫について調べてほしい」
『次のターゲットですか? やめておいた方がいいと進言します』
「今回は消すわけじゃない」
即座に止めるHG。その固い口調から、今さらながらに厄介な仕事を引き受けたことを痛感するギリアム。
他の連中はその危険性を察知して断ったのではないか。そんな疑惑がギリアムの中に浮かび上がる。
『安心しました。こちらが現在のレミーリア姫の写真です。スリーサイズは上から……』
「待った、HG。身体的な情報は必要ない。それ以外を頼む」
『失礼いたしました。これからプロポーズしに行くのだと勘違いしておりました』
「どうしてそうなった」
頭を抱えるギリアム。こんなことなら、HGに頼まずに自分で調べればよかった。だがそれをすると、なんの情報も得られない可能性がある。
国外に出ているとはいえ、相手は銀河帝国のお姫様なのだ。そう簡単に個人情報を入手することはできないだろう。HGがとても優秀なAIであるがゆえにできることである。
まさかスリーサイズまで調べるとは思わなかったが。
『レミーリア姫は現在、学園へ通っております。危険性があるため、どこの学園かは公開されておりません』
「まあ、そうだろうな。知られていたら、よからぬことを考えるやつらが出てくるかもしれない。いや、すでにいるのか」
『マイロードは、いいえ、ですか?』
「もちろん、いいえ、だ」
慎重に言葉を選ばなければならない。マザーは銀河帝国に一定の配慮を示しているようだ。レミーリアの留学先の情報が伏せられたことで、ギリアムはそう判断する。
マザーを敵に回すのは得策ではない。すべての電子機器が言うことを聞かなくなる可能性がある。
この銀河で一番危険なのは、もしかするとマザーなのかもしれない。
『どうしてもその情報が必要な場合は、銀河帝国の機関に出向く必要があります。それでも教えてもらえる確率はほぼないと判断します』
パイロットシートに寄りかかりながら、ギリアムはフルフェイスのヘルメットを脱いだ。そのままちょっとの間、上を見上げる。
銀河帝国のお姫様を、四十を越えた傭兵が迎えに行くのはどうなのか。レミーリアが嫌がる可能性は高い。レミーリアからの協力を得られない場合、救出作戦の難易度が跳ね上がることになる。
「そうだろうな。レミーリア姫の性格は?」
『清廉潔白で、とても朗らかな女性です。争いごととは無縁の存在と言えるでしょう。まるで女神だと称賛する者も多いとか』
先ほどの語り口調とは打って変わって、実に優雅で滑らかな口調でHGがそうほめたたえた。明らかに、あらかじめ用意されていた台本を読んでいる口調である。
HGとのつき合いが長いギリアムはすぐに気がついた。HGはウソをついている。
「……本当は?」
『大変、じゃじゃ馬で、皇帝陛下も手を焼いているようです。ですが末娘のため、かわいくてしょうがないようですね。目に入れても痛くないとか? 実際にそれをすると、間違いなく痛いと断言します』
やはりか。ギリアムの予想は見事に的中したが、全然うれしくはなかった。かわいい娘をわざわざそんな遠いところへ行かせたことで、何かレミーリアに問題があるとは思っていた。
だが、銀河帝国の姫なだけに、もしかすると本当なのかもしれない、と希望を込めて聞いてみたのである。
「あまりうれしくない情報だな。ちなみに、レミーリア姫に皇帝としての継承権はあるのか?」
『もちろん所有しております。何かあれば、レミーリア姫が皇帝になる可能性はゼロではありません。限りなくゼロに近いですが。マイロードはレミーリア姫を皇帝にしたいのですか?』
「いいえ、だ」
『それを聞いて、安心しました』
もしかして、今回の件は後継者争いと、なんらかの関係性があるのではないだろうか? 知らぬ間に巻き込まれてはたまったものではない。
HGの情報から、その可能性も考慮する必要があるとギリアムは判断した。
後継者争いに巻き込まれそうな状態であれば、任務を終えたら速やかにその場を去る必要がある。報酬をつり上げられたからと言って、長居をするのは危険だ。
……速やかにじゃじゃ馬姫を送り届けるためには、拘束具が必要になるかもしれない。ギリアムは必要な物リストへ、ひそかに拘束具を追加しておいた。




