第1話 黒い死神(ブラックリーパー)
赤色の閃光が走り、ターゲットが音もなく倒れた。
眉間に空いた穴を確認し、二度、生命反応を確認する。
反応なし。
それを確認したギリアムは、今し方入って来た扉をくぐり抜け、近くにあるダストシュートへと音もなく飛び込んだ。
扉の近くには眉間に穴の空いた、物言わぬ骸が二つ。どちらも目と口を大きく開けていた。
ピピピ、と音がして、落ちていた無線通信からノイズが走る。
『応答しろ。ボスの部屋の扉が開いたままになっているぞ。……おい、聞こえていないのか? 応答しろ!』
『どうした?』
『返事がない。まったく、トイレにでも行っているのか? あとでボスに報告だな』
船内の管理室にいた兵士が異変に気づき、その部屋へと向かう。そしてすぐに、何か異様な気配を感じとる。
通路の先には開いた扉が見えた。その前には人が倒れている。レーザーガンを構え、警戒しつつ、ジリジリと仲間の元へと向かう。
「おい、これってもしかして……」
「きれいに眉間へ打ち込まれている。……こっちもだ」
「まさか……ブラックリーパーの仕業か?」
「ボス、無事ですか!? ボス!」
そのころ、宇宙の暗闇に溶け込むかのように、黒い宇宙船が大型宇宙船から飛び去っていた。
それに気がついた者はだれもいなかった。
その日、銀河のあちこちで祝杯が上がった。
違法薬物を影で格安で売りつけ、数千万人もの人々を廃人にしていた組織の、トップの男が消されたのだ。
それと同時に、その組織は後継者争いにより、内部紛争を始めた。
だれもが口々にウワサする。
グランガレオン銀河帝国が介入するのも時間の問題だろう。あの組織はもう終わりだ。
ある者は涙を流し、ある者は笑い、ある者は拳を天高く突き上げている。
だがそのだれもが、男が消えたことを喜んでいた。
その男は傭兵ギルドの自動ドアをくぐり抜ける前から目立っていた。
黒いフルフェイスのヘルメットを被り、身につけている服はすべて黒。腰にはレーザーガンが一つだけぶら下がっている。
だれも彼の方を見ない。見れば消されると思っているからだ。
そう思われていることは、もちろんギリアムも知っている。だが、その方が都合がいいため、特に訂正するつもりなどなかった。
時々、ギリアムの格好を真似する愚か者が現れるのだが、いつの間にか姿を消していた。
もちろんギリアムが消したわけではない。消したのはどこかのだれかである。
「ギルドマスターを呼んでほしい」
「話はギルドマスターから聞いております。最上階へどうぞ」
受付に礼を言うと、ギリアムはエレベーターに乗り最上階へと向かう。窓からは湾曲した都市の姿が見える。
時刻は昼。人工太陽がその都市を容赦なく照らしていた。
「俺に指名の依頼があると聞いた」
ギルドマスターの部屋に入りながらそう告げた。ギリアムの視線の先、タブレットを見ていた女性の視線が上がる。
ギリアムの姿を見て、タブレットをデスクに置きつつ、ため息をついた。
「ギル、その格好、暑くないの?」
「余計なお世話だ。心配はいらない。ちゃんと空調が効くようになっている。その辺のやつらより、よっぽど涼しい。そんなことを言うために、わざわざ俺をここへ呼んだのか?」
「そんなに暇じゃないわよ。あなたに依頼が来ているわ。人質の救出作戦よ」
そう言ってギルドマスターのヒルダがタブレットを机越しにギリアムの方へ滑らせた。
手元に滑ってきたタブレットをチラリと見ると、ギリアムは腕を組んだ。
「ヒルダ、俺の仕事を知らないのか?」
「知っているわ。ターゲットを消すのが仕事でしょう?」
「分かっているなら結構。この人物を消せばいいんだな?」
「違うわ。今回は救出作戦よ。あなたの力が必要なの、ギル。だれにも気がつかれることなく、ターゲットを消すことができる、あなたの力がね」
タブレットを手に取り、その内容を確認する。そこにはグランガレオン銀河帝国の姫、レミーリア・グランガレオンの姿が映っていた。
冗談だろう。頭を押さえつつ、ギリアムは続きを読んだ。
中立国家、アルバート通商連合に留学中のレミーリア・グランガレオンが、グランガレオン銀河帝国に敵対する、ザザン共和国の手に渡りそうになっている。
速やかにレミーリア・グランガレオンを救出して、バロン公爵の船まで送り届けるように。
「バロン公爵と言えば、皇帝の親戚筋だったな?」
「ええ、そうよ。前からお姫様の留学には反対していたみたいね。危険だって」
「それが現実になったわけか。それなら堂々と迎えに行けばいいじゃないか。その方が早いし、安全だ」
「向こうの理由なんて知らないわよ。私たちは依頼に忠実であればいいだけ。分かるわね?」
ギリアムももう、傭兵としてベテランと言ってもいい年齢に到達している。深く事情を聞かなくても、何か理由があることくらいは分かる。
今回はだれにも気づかれずにお姫様を救出する必要があるらしい。つまり、だれかに気づかれると危険だと判断しているということだ。
だれに? もちろん銀河帝国の敵対国である、ザザン共和国だろう。
厄介なことになった。ギリアムは考え込む。傭兵であるがゆえに、銀河帝国との関係性は薄い。銀河帝国内で活動するのに支障が出れば、別のところへ行けばいいだけなのだ。
救出作戦という、慣れない仕事を無理して引き受ける必要はない。他にも適任者はいるだろう。
「俺以外にも適任者はいるはずだぞ」
「そうね。いると言えばいるわね。でも、ギル以外だと安全性が保証できないわ」
「お前、俺をなんだと……」
「お金にしか興味のない、つまらない男ね」
即答したヒルダがギリアムをジロリと見た。
それ以上、ヒルダと口論するのは得策ではない。ギリアムの直感がそう語りかける。
危険信号を知らせる直感には素直に従っておいた方がいい。ギリアムが傭兵になってから二十年、何度もそれで命を救われてきたのだ。
「……報酬は期待していいんだな?」
「これが今回の成功報酬よ」
ヒルダが別の端末に金額を表示する。さすがは銀河帝国の姫の救出作戦とだけあって、破格の値段がそこには表示されていた。
慣れない仕事ではあるが、そのリターンは大きい。ギリアムはそう判断する。
「引き受けよう」
冒険者ギルドの本部がある、メロリアコロニーから、黒い宇宙船が宇宙空間へと飛び出して行く。それを見届けながら、ヒルダはつぶやく。
「ああ、そういえば、奥手で甲斐性無しでもあったわね」
そのつぶやきがギリアムに届くことはなかった。




