4.
解答場所の前には、戻ってきた班から順に人が溜まり始めていた。
四階の廊下は広くはない。そこへ班ごとに立ち止まると、さっきまで空いていた空間がすぐに窮屈になる。
誰も楽しそうではない。
五ポイント問題は、ただ校舎を歩かされるだけの探索だったはずなのに、戻ってきた顔は昼休みの後みたいには見えなかった。
歩き疲れたというより、神経を使いすぎた顔だ。
勝ち組・甲班のすぐ横に、負け組・乙班が戻ってきた。
九条が開口一番、悪態をつく。
「意味わかんねえって。三階の掲示板とか、あんなの残してる方がおかしいだろ」
「見つけたんでしょ」
由良が言う。
「だから戻ってきたんじゃないの」
「うるさ。こっちは地図ないの」
九条の声は、いつもの軽さを無理に戻そうとしている感じだった。
コンビニパンの昼食が効いているのだろう。言葉の端に棘がある。
横の戸川は何も言わない。
その代わり、九条の肩の向こうを見ていた。まるで、同じ班の人間にこれ以上喋らせても意味はないと興味を失っている顔で。
少し遅れて、愚か者班・甲班も戻ってきた。
雫の顔色はまだ冴えないが、答えを見つけて戻ってきた分だけ、さっきよりは息が入っている。
鷹宮は不機嫌なまま、廊下の壁へ肩を預けた。
柏木は汗ばんだ額を袖で軽く押さえ、成瀬は何か言いたそうで言わない顔をしている。
「さっきの音」
白峰が、雫たちの方へ向いて言った。
何気ない声に聞こえるが、訊き方には少しだけ探るものがある。
「そっち?」
成瀬がすぐに首を振る。
「知らない」
「うちらじゃないし」
鷹宮がぶっきらぼうに言う。
「掲示板見てただけ」
では誰なのか。
その問いが廊下の空気へ残った時、今度は生き残り班・甲班が戻ってきた。
天津が先に見えた。
その後ろに神代、坂井、一条。
四人の並びを見た瞬間、悠人はなんとなく察した。
あの音は、たぶんこの班だ。
「遅かったね」
九条が言う。
「何してたわけ」
「扉が固かった」
神代が先に答えた。
声は低く、必要なことだけを言う調子だった。
「研究棟の一階。視聴覚準備室の隣」
「扉?」
由良が聞き返す。
神代は頷く。
「問題が、中等部時代に使われてた視聴覚機材の保管札を見つけて、旧式プロジェクターの導入年を答えろってやつで。札がある部屋の前の扉が、最初ちゃんと開かなくて」
「で、天津が蹴った」
坂井が淡々と言った。
天津が、すぐに顔をしかめる。
「蹴ってねえよ」
「足で押した」
「同じじゃん」
一条が小さく言う。
そのやり取りで、音の正体はだいたい分かった。
探索中の班が、開きにくい扉を乱暴に扱っただけ。
それだけのことだ。
それだけのことなのに、旧校舎の中ではあんなに大きく聞こえる。
校舎が静かすぎるからだろう。
それとも、さっきから全員の神経が尖っているせいかもしれない。
「紛らわしい」
白峰が言う。
ほっとしたような顔は見せない。むしろ、そんな音一つで立ち止まった自分を認めたくないみたいに、声だけが少しきつい。
堂島は、その説明を聞いても反応を変えなかった。
壁にもたれたまま、天津の顔を一度見て、それで終わりにする。
天津は一瞬だけ視線を逸らした。
堂島は、何も言わなくてもそういう圧がある。褒めないし、咎めもしない。ただ見られるだけで、軽薄な人間ほど自分の動きが急に安っぽく見える。
その時、榊原が前へ出た。
「全班、揃いましたね」
よく通る声だった。
だが、授業中に聞くような明るさはない。
短く、はっきりしていて、それ以上の反応を挟ませない声だった。
廊下に散っていた班のざわめきが、そこで少しずつ止まる。
戻ってきたばかりの生徒たちは、汗ばんだ額や乱れた呼吸を隠しきれないまま、解答場所の前へ集められた。
誰も楽しそうではない。
五ポイント問題は探索だったはずなのに、校外学習の後みたいな顔はどこにもなかった。
「順に解答を確認します」
長机の上へ、班ごとの解答用紙が置かれていく。
勝ち組・甲班はすでに答えを出している。
次に負け組・乙班。
愚か者班・甲班。
生き残り班・甲班。
班名が呼ばれるたび、廊下の空気が少しずつ上下する。
正解か不正解か。それだけなのに、みんな自分の夕食の皿をすでに頭のどこかで計っている。
「負け組・乙班、正解」
榊原が言った。
九条が小さく息を吐いた。
戸川は肩の力を落としただけで、声は出さない。
同じ班でも、安心の出方が違う。
「愚か者班・甲班、正解」
雫の肩がそこでようやく少し下がった。
鷹宮は「だろ」とだけ言うが、その声は余裕というより、結果が悪くなくてよかったという安堵を乱暴に隠した響きに近い。
柏木は小さく咳払いをし、成瀬は誰にも視線をやらない。
「生き残り班・甲班、正解」
天津がすぐに笑った。
「だから言ったじゃん」
「何も言ってない」
坂井が返す。
その一言で、班の中で誰が実際に考えていたのかが少しだけ見えた。
他の班も順に解答を終え、大きな失敗班は出ないまま、初日午後の五ポイント問題は一通り終わった。
それなのに、空気はまるで軽くならない。
答えを出したことで安心するより先に、次があるのではないかという顔が増えていた。
新庄が廊下の奥から歩いてくる。
足音は静かだ。
静かなのに、生徒たちは自然と道を空けた。
昼の食堂で黒沢の手首を押さえた時の手つきが、まだ目に残っているのだろう。
「これで午後前半の問題は終了です」
新庄が言う。
「このあと、同フロアの教室へ移動します」
「は?」
九条がすぐに声を上げる。
「まだあんの?」
「はい」
新庄はそこで一拍も置かない。
「あります」
その返答の速さが、反抗の兆しを塞いだ。
九条は口を開きかけたまま、結局それ以上は続けられない。
廊下の何人かが小さく舌打ちする。
午後の探索が終わったら、少しは休憩だと思っていた者もいたのだろう。
だがそんな甘い見通しは、すぐに潰された。
「修学旅行っていうか、普通に試験じゃん」
由良が低く言う。
その言葉に、誰も反論できなかった。
先生だけは何も言わない。
廊下の向こうで待っている姿は、やはり生徒たちの疲れや不満とは別の場所に立っているように見えた。
移動先は、四階の外国語教室だった。
長机ではなく、ふつうの個別机が並んでいる。
窓は白く塞がれたまま。
夕方にはまだ早いのに、外から入る光はどこか鈍い。
その白い明るさのせいで、教室の中だけが余計に閉じて見えた。
生徒たちは班の並びのまま席につかされる。
だが今度は、さっきまでのように顔を見合わせて相談する余裕はない。
机と椅子と問題用紙。
そこへ座ると、もう「イベント」ではなくなる。
ただの試験室になる。
伊吹が前へ出て、無言のまま問題用紙を配り始めた。
足音もない。
紙を置く手つきまで静かだ。
あの副担任は、こういう時の方がいっそう気味が悪い。いるのに気配が薄く、いないと思うとすぐ近くに立っている。
配られた紙の上部には、こう印字されていた。
第一日目・午後筆記問題
一ポイント問題 一問
三ポイント問題 二問
各自で解答すること
私語禁止
九条が紙を見た瞬間、机へ額が落ちそうなほど大げさに肩を落とした。
「マジでまだやんの……」
小声だったが、十分聞こえる。
「静かに」
先生が言う。
大きな声ではない。
それでも教室の中はすぐに静まった。
教室での「静かに」と、旧校舎でのそれは、同じ言葉なのに別物に聞こえる。
「それでは始めます」
時計の秒針だけが、短く音を刻んでいた。




