午後四時十五分
謎は、一歩一歩、確実に解明に向かって進んでいた。
***記録の痕跡***
翌日。
隼人たちは。
別の角度から調査を開始した。
資料だけではなく。
当時の現場に。
より近い記録を探ることにしたのだ。
当時の児童名簿。
保健室の記録。
欠席簿。
学校に保管されている古い写真。
松田先生の協力で。
昭和三十八年七月の全ての記録を集めた。
その中で。
秀が気づいた。
「これ。見てくれ」
校務日誌の七月一日。
「午後四時。北側附属棟の確認を行う」
「午後四時十五分。児童一名――」
その先がない。
だが。
隆が保健室の記録を調べた。
昭和三十八年七月一日。
午後四時十五分の欄に。
小さな記載があった。
「午後四時十五分。生徒対応。詳細は別紙」
別紙だ。
またも『別紙』だ。
だが。
その別紙だけは。
なぜか。
保存されていた。
隆がそれを開いた。
「生徒が北側附属棟付近で転倒。軽微な怪我。保護者へ連絡。その後、生徒は帰宅」
その記録だけだった。
簡潔だ。
『転倒』『軽微な怪我』『帰宅』。
それだけだ。
だが。
隼人は首を傾げた。
「転倒なら。何で校務日誌には記載されていないか?」
秀が言った。
「そういう些細なことは記録されないのかもな」
だが。
隆が呟いた。
「いや。違う」
隆は児童名簿を開いた。
昭和三十八年七月。
当時の二年生の名前が書かれている。
隆は。
保健室の記録に書かれた。
その『生徒』の名前を探した。
「あるはずだ」
隆は何度も名簿を見返した。
だが。
その名前は。
どこにも。
見当たらなかった。
隼人が聞いた。
「記録には何て書いてあるんだ?」
隆が答えた。
「『生徒対応』。名前がないんです。『転倒した生徒』とだけ」
美優が言った。
「欠席簿には」
夕子が確認した。
昭和三十八年七月一日の欠席簿。
その日も。
誰も欠席していない。
全員が学校にいた。
だが。
その全員の『名前』が。
記録上。
明確になっていなかったのだ。
***写真***
隼人は。
古い写真を調べることにした。
昭和三十八年七月。
学校の行事写真。
七月一日のもの。
「これです」
松田先生が一枚の写真を取り出した。
昭和三十八年七月一日。
全校朝会の写真だ。
校舎の前に。
児童たちが。
整列している。
隼人は。
その写真をじっと見た。
二年生のグループ。
その中で。
数えた。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
そして。
六人。
隼人は息を呑んだ。
「五人じゃなくて。六人いる・・・・」
秀が言った。
「記名簿には。五人って書かれているんだが・・・」
隆が確認した。
「昭和三十八年七月。二年生は。五名」
だが。
写真には。
確実に。
六人写っている。
隼人は。
その六人目を見つめた。
背格好。
髪型。
制服。
すべてが。
ぼやけている。
というより。
『意図的に隠されている』ような。
そんな印象を受けた。
美優が言った。
「この子。誰なの?」
隼人は答えなかった。
その日の夜。
隼人は。
その写真の六人目を。
何度も何度も見つめた。
ぼやけた顔。
不明瞭な姿。
でも。
確実に。
そこに。
『誰かが』
写っていた。
存在した。
だが。
『その存在』の記録だけが。
あらゆる場所から。
消されていたのだ。
***消された存在***
隼人は思い当たった。
保健室の記録。
「転倒した生徒」。
名前がない。
児童名簿。
五人しかいない。
だが。
欠席簿には。
誰も欠席していない。
つまり。
『存在した証拠はあるのに』
『存在した記録だけがない』
その不気味さ。
隼人は。
それがこの写真を見るまで。
完全には理解していなかった。
だが。
今。
その『消された存在』が。
写真に。
確実に映っていた。
秀が呟いた。
「この子。誰だったんですか」
隼人は答えなかった。
ただ。
その六人目の顔を。
見つめた。
***花子への質問***
隼人は。
花子を探した。
その夜。
花子が部室に現れた。
隼人は。
写真を見せた。
「この子。知ってますか」
花子は。
写真を見つめた。
長い間。
何も言わなかった。
ただ。
その六人目を。
見つめていた。
「あいつ」
花子が呟いた。
「あいつです」
隼人の心臓が高鳴った。
「『それ』ですか」
花子は答えなかった。
ただ。
窓から。
山を見つめた。
「昭和三十八年。あいつは。ここから消された」
花子がぽつりと言った。
「でも。消えなかったわ」
「どういう意味なんだ?」
隼人が聞いた。
花子は答えなかった。
ただ。
山の方を見ている。
「あいつが。帰ろうとした年。あたしたちは。札を増やしたんだ」
「花子、昭和三十八年に『何が起きたんだ?』」
隼人が聞いた。
花子は。
その写真を。
握りしめた。
「その答えは。あいつが知ってるわ」
花子がそう言った。
「でも。あいつは。それを言わない」
「なぜ」
「言ったら……」
花子はそこで言葉を止めた。
「言ったら?」
花子は。
山を見た。
「あいつは。また。七月一日に戻されるんだ」
隼人は意味が分からなかった。
「戻されるって。どこへ?」
花子は答えなかった。
ただ。
その写真の六人目を。
見つめた。
***新しい推測***
隼人は。
帰路で。
考え続けていた。
昭和三十八年七月一日。
午後四時十五分。
北側附属棟で。
『消された存在』である六人目は。
何かを『見たのか』。
あるいは『見てしまったのか』。
その時点では。
隼人には分からない。
だが。
その後。
その子は学校から『消された』。
記録から。
名簿から。
だが。
写真には残った。
そして。
その『消された存在』は。
『昭和五十四年に『帰ろう』とした』。
学校はそれに対して。
札を『増やした』。
『その子が帰らないように』。
ならば。
学校が『囲い込んでいた』のは何か。
『その子』を『外に出さないため』か。
それとも。
『その子』を『何かから守るため』か。
隼人には。
まだ。
答えが出ない。
ただ。
一つのことだけ。
確実だった。
昭和三十八年。
七月一日。
その日に。
この子は。
『普通の児童』ではなく。
何かへ。
変わったのだ。
***七月一日の再来***
その夜。
隼人は。
部室で写真を見ていた。
その時。
誰も触っていないはずの古い名簿から。
パラ……
と。
ページをめくる音がした。
隼人は振り返った。
誰もいない。
もう一度。
パラ……
名簿のページが。
ゆっくりと動いた。
隼人は近づいた。
開かれていたのは。
昭和三十八年七月一日の欄だった。
そこには。
五人分の名前があるはずだった。
だが。
隼人は数え直した。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
そして。
六人。
隼人の呼吸が止まった。
写真と同じだ。
五人ではない。
六人。
その中に。
今まで。
どの記録にも存在しなかった名前が。
あった。
「……いる」
隼人が呟いた。
消されたはずの。
六人目の名前。
確かに。
そこにあった。
だが。
次の瞬間。
カン……
北側から。
あの音がした。
隼人は。
ゆっくりと。
名簿から顔を上げた。
誰もいない。
それでも。
もう一度。
カン……
その音は。
今度は。
すぐ後ろから聞こえた。
隼人は。
振り返れなかった。
窓から。
暗い山だけが見える。
その山の向こうから。
カン……
という音だけが。
何度も何度も。
聞こえ続けた。
隼人は。
その音に。
耳を塞ぐことができなかった。
***名前を求めて***
翌日。
隼人は。
六人目の名前を調べることに決めた。
昭和三十八年の全ての資料を。
再度調べ直すことにしたのだ。
古い卒業アルバム。
昭和三十八年当時の学級写真。
学級担任の手記。
PTA名簿。
地域の子ども会名簿。
隆が古い卒業アルバムを開いた。
「ここに。全学年が写っている」
昭和三十八年度。
二年生の部。
写真があった。
そこには。
五人の児童が写っていた。
「あ……」
秀が呟いた。
「卒業アルバムには。五人だ」
つまり。
全校朝会の写真には六人。
卒業アルバムには五人。
同じ年の同じ学年が。
写真によって人数が異なっていた。
隼人は。
その卒業アルバムの写真をじっと見た。
確実に五人だ。
では。
全校朝会の『六人目』は。
誰なのか。
美優が言った。
「『消された』というより。別の写真に『追加された』のかもしれないわね」
つまり。
当初は五人だったのに。
後から。
誰かが『六人目』を全校朝会の写真に。
追加したのか。
あるいは。
撮られた時は六人だったのに。
卒業アルバムを作る時に。
『削除』されたのか。
どちらにせよ。
その操作は。
昭和三十八年に行われたはずだ。
隼人は言った。
「五人の名前は。全部わかりますか」
隆が答えた。
「はい。昭和三十八年七月の名簿には五人です。名前は――」
隆が読み上げた。
その五つの名前を聞いて。
隼人は。
それらをメモした。
だが。
部室の名簿に書かれていた『六人目の名前』は。
それのどれでもなかった。
つまり。
六人目は。
『存在した痕跡』だけがあり。
『実在した名前』は。
どこにも見当たらないのか。
それとも。
『別の名前』で記録されているのか。
隼人には。
分からなかった。
***謎の名前***
夕子が言った。
「部室に書かれていた。その六人目の名前を。もう一度調べてみましょう」
隼人は。
昨晩見た。
その名簿を。
探した。
昭和三十八年七月一日の欄。
だが。
今日見ると。
その名前は。
もう書かれていなかった。
ページは空白だ。
五人の名前だけが。
ある。
六人目の名前は。
ない。
「……消えた」
隼人が呟いた。
「えっ」
秀が聞いた。
「昨晩。六人目の名前が書かれていたのに」
隼人が言った。
「今日は。ない」
隆が名簿を見た。
確かに。
五人分の名前だけがある。
六人目の名前は。
ない。
まるで。
昨晩。
隼人が見たことが。
『なかったこと』になっているかのように。
***花子への確認***
隼人は。
花子に会った。
「昨晩。五人の名前は何ですか」
隼人が聞いた。
花子は。
その五つの名前を聞いて。
首を振った。
「違う」
「違う?」
「その五人の中に。あいつはいない」
花子がそう言った。
「では。六人目は。誰ですか」
花子は答えなかった。
ただ。
「その子の名前は。言ったら。また消える」
と呟いた。
隼人は。
その言葉の意味が。
分からなかった。
***記録の矛盾***
隼人たちは。
昭和三十八年七月一日の記録を。
改めて整理することにした。
卒業アルバムには。
五人。
全校朝会の写真には。
六人。
同じ年度の公式記録なのに。
人数が異なっていた。
その『誰か』は。
写真に写っているのに。
記録には名前がない。
だが。
その『誰か』の名前は。
かつて。
部室の名簿に。
書かれていた。
そしてそれは。
今は消えている。
秀が言った。
「つまり。その子は。いたんですか。いなかったのか?」
誰も答えられない。
隆が呟いた。
「写真には確実にいる」
「でも。名前は消えている」
美優が続けた。
「存在した証拠がある」
「だが。存在を証明する記録がない」
隼人は。
その矛盾が。
何より怖かった。
それは単なる『隠蔽』ではない。
『存在そのもの』が。
揺らいでいるのだ。
昨日は確かにそこにあったのに。
今日は消えている。
それでも。
写真には。
『誰か』が。
映っている。
記録から消えているのに。
存在だけは消えていない。
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