昭和何年?
謎を解明しようとする程、謎は深まって行くようだった。
***時間軸の逆算***
師匠の指示に従い。
五人は学校の歴史資料を逆算して調べることにした。
『札』が貼られ始めたのはいつなのか。
『立入制限』が公式に始まったのはいつなのか。
『記録の欠落』が起き始めたのはいつなのか。
複数の角度から。
『『それ』がここからいなくなった時期』を探ること。
隆が学校の施設台帳をさかのぼった。
松田先生の力を借りて、最も古い記録まで遡った。
「これ……」
隆が呟いた。
「昭和二十八年の記録です」
「学校創立の年ですね」
隼人が確認した。
そこから。
隆は一年ずつ、記録を調べていった。
***札の痕跡***
昭和二十年代から三十年代にかけての学校新聞を調べた。
ほとんどは、通常の学校記事だった。
だが。
昭和三十年代の中盤。
昭和三十七年の学校新聞に。
短い記事があった。
「『校舎の維持管理について。特に北側施設については、定期的な確認が必要です』」
その記事の後。
昭和三十八年。
「『校舎周辺の安全性について。山側の立入制限を徹底するよう、全生徒に周知いたします』」
という記事が出ていた。
「昭和三十八年」
隼人が呟いた。
「札が増やされたのは、この年の前後ですか」
隆が学校の資料を確認した。
「施設台帳を見ると。昭和三十七年から三十八年にかけて。複数の『修繕工事』が記載されています」
「修繕?」
「北側施設について。詳細は書かれていませんが」
隆がそう言った。
***記録の消失***
さらに調べていくと。
昭和三十八年から昭和四十年代にかけて。
学校日誌や教職員会議の記録に。
小さな欠落が増え始めていることに気づいた。
昭和三十八年七月。
「北側施設に関する重要な報告。詳細は別紙」
という記載だけで。
その『別紙』は、どこにも見当たらなかった。
昭和三十九年。
昭和四十年。
同じパターンの欠落が繰り返されていた。
「これは……」
秀が言った。
「昭和三十八年から、記録が『意図的に隠され始めた』ってことですか」
隼人は頷いた。
「その通りです」
***立入制限の公式化***
さらに、学校の公式文書を探すと。
昭和三十八年の校長指示書が見つかった。
それには。
「山側および北西角への生徒の立入を厳格に制限する。
理由は『学校の安全管理上』とし、それ以上の説明は不要。
教職員間での情報共有も、最小限に留めること。」
と書かれていた。
隼人は、その指示書を見つめた。
「昭和三十八年」
隼人が繰り返した。
「その年に、急に『立入制限』が公式化された」
「そして、記録が消され始めた」
隆が言った。
「複数の証拠が、昭和三十八年に集中している」
『それ』と学校の時系列
隼人は、これまでに見つけたすべての『年号』を整理した。
学校創立:昭和二十八年
昭和三十七年:北側施設について、初めて公式な記述
昭和三十八年:
北側施設の『修繕工事』が複数記載
『山側立入制限』が公式に
記録の欠落が始まる
昭和五十四年:
『それ』が『帰ろう』とする
学校が『それ』を『留める』決断
札が増やされる
「つまり」
隼人が言った。
「『それ』はここから『いなくなった』のが、昭和三十八年前後」
「そして」
秀が続けた。
「昭和五十四年に『帰ろう』とした」
***昭和三十八年の謎***
花子を呼ぶことにした。
その夜。花子が部室に現れた。
隼人は、昭和三十八年の資料を見せた。
花子はそれを見つめた。
「うん」
花子が小さく呟いた。
「その年だ」
「その年に、何が?」
隼人が聞いた。
花子は答えなかった。
ただ、窓から山を見つめた。
「『あいつ』がここからいなくなった。昭和三十八年。ここからいなくなった」
花子がぽつりと言った。
「でも、ずっと山の中にいたんです」
「山の中に?」
「うん」
花子が頷いた。
「ずっと。昭和三十八年から。ずっと」
隼人は、その言葉の重さを感じた。
昭和三十八年。
『それ』がここからいなくなった年。
その年に。
何が起きたのか。
何があって。
『それ』は山へ去ったのか。
***新しい問い***
隼人たちは。
新しい問いを前にしていた。
『昭和三十八年に、ここで何が起きたのか』
その問いが。
『昭和五十四年に何が起きたのか』という問いよりも。
はるかに古く。
はるかに根源的な。
『この学校の秘密そのもの』へ向かっていた。
部室の札は。
昭和五十四年に昭和三十八年の『決断』を引き継ぐために。
貼られたのだろう。
『それ』がここからいなくなった日から。
どれほどの年月が流れても。
学校は『それ』が帰らないようにしていたのだ。
なぜなのか。
何が昭和三十八年に起きたのか。
その答えは。
昭和三十八年という、遠い過去の中に。
隠されていた。
***昭和三十八年への集中***
師匠の言葉と花子の証言により。
昭和三十八年が『特別な年』であることが確認された。
隼人たちは、その年の記録を重点的に調べることにした。
特に、昭和三十八年の学校新聞と校務日誌。
松田先生の協力で、昭和三十八年のすべての記録を集めた。
隆がそれらを拡大して調べていった。
「北側施設の修繕」
昭和三十八年の施設台帳に。
「北側施設の修繕工事」という記載があった。
だが、その詳細は書かれていなかった。
工期。工事内容。施工業者。
すべてが空白だった。
「これは……」
隆が呟いた。
「通常の修繕記録と違います」
「どういう風に」
秀が聞いた。
「普通なら、業者名とか工事期間とか。そういう詳細が書かれるはずなんです」
隆がそう言った。
「でも、ここには何も書かれていない」
「意図的に隠されているんですか」
美優が言った。
隆は頷いた。
「その可能性が高い」
***妙に短い記事***
昭和三十八年の学校新聞を調べた時。
秀が気づいた。
「これ……」
秀が指さした。
昭和三十八年七月号の学校新聞。
「『校舎周辺の安全管理について』という記事があります」
その記事は。
タイトルは立派だが。
本文は、ほぼ空白だった。
数行の簡潔な文章だけ。
「『今月より、校舎周辺の安全管理のため、一部の施設の利用を制限いたします。詳細については、別紙をご覧ください』」
ただ、その『別紙』は、どこにも見当たらなかった。
「別紙がない」
隼人が呟いた。
「つまり、詳細は記録に残さないようにされたんだ」
教職員会議録の欠落
教職員会議録を調べた時。
もう一つのパターンが見えた。
昭和三十八年七月の会議録には。
「北側施設について、重要な報告がありました」
という記載があった。
ただ。
その『重要な報告』の内容は。
次のページ以降、完全に削除されていた。
「ページが抜き取られていますね」
夕子が指摘した。
隆がページ番号を確認した。
「昭和三十八年七月二十五日の会議。ページ十から十二が、完全に欠落しています」
意図的に。
その部分だけが削除されていたのだ。
***松田先生への確認***
当然ながら。
松田先生も、昭和三十八年の直接的な記憶はなかった。
「昭和三十八年……」
松田先生が考えた。
「その時代なら、私はまだ生まれていませんね」
「そうですね」
隼人が答えた。
「では、当時この学校にいた人で、今も連絡がつく方はいますか」
松田先生は首を振った。
「申し訳ありませんが。昭和三十八年に勤務していた教員で、現在も連絡がつく方は……」
松田先生は間を置いた。
「恐らく、いないと思います」
その事実も。
また別の『隠蔽』の証拠に見えた。
昭和三十八年の出来事を知る人間が。
意図的に少なくされているのではないか。
そんな疑いすら浮かんだ。
***地域の記録***
昭和三十八年の出来事を知るために。
隼人たちは、学校以外の記録を探すことにした。
地域の広報。
市町村の記録。
学校の記念誌。
そうした資料を調べていくと。
昭和三十八年のある『出来事』が。
複数の資料から浮かび上がり始めた。
それは。
直接的には記述されていなかった。
だが。
「北側施設の撤去」
「校舎周辺の立入制限」
「安全管理の強化」
という言葉が。
昭和三十八年という年に集中していたのだ。
隆が複数の資料を並べた。
「すべてが昭和三十八年に集中している」
隆がそう言った。
「何か大きなことが起きた」
「その時期に」
秀が付け足した。
校長指示書の追記
そして。
隼人が見つけたのが。
昭和三十八年の校長指示書だった。
それには。
公式に印刷された文章の下に。
当時の校長による手書きの追記があった。
「北側施設については、今後これを使用しないこと」
その公式な文章の下に。
小さな文字で。
校長の走り書きがされていた。
『児童には知らせないこと』
隼人は、その一文を見つめた。
わざわざ『児童には知らせないこと』と明記する必要がある。
その裏には。
何か。
児童たちに知られてはいけない『何か』が。
あったのだ。
***謎の深化***
昭和三十八年。
その年に。
学校の北側で。
何かが起きた。
その『何か』は。
児童たちに隠されるべき『何か』だった。
そして。
その『何か』の後で。
学校は『北側施設を使用しないこと』と決定した。
その決定は。
昭和五十四年にも引き継がれた。
札が貼られ。
立入が厳格に制限され。
記録が隠された。
昭和三十八年から。
昭和五十四年。
そして現在まで。
学校は『何か』を守り続けているのだ。
だが。
その『何か』が何であるのか。
五人には。
まだ分からなかった。
部室の壁には。
二枚の札が貼られている。
その札が守っているもの。
それは。
昭和三十八年の『秘密』だったのか。
それとも。
別のものだったのか。
答えは。
まだ、昭和三十八年という過去の中に。
隠されたままだった。
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