帰還
隼人たちは、真相の究明へと深めて行った。。。。
***古い手紙の発見***
複数の記録から昭和五十四年八月一日の「異常」を具体化した後。
隼人たちは、さらに別の記録を探すことにした。
松田先生に相談すると。
「そういえば」
松田先生が言った。
「当時の校長が退職する時に、個人的な書類をいくつか残していったんです」
「書類ですか」
「ええ。学校に寄付するという形で。ただ、内容は見ていません」
松田先生が、古いファイルボックスを持ってきた。
昭和五十年代のもの。
埃をかぶっていた。
隆が丁寧に開いた。
その中には。
当時の校長による、個人的なメモや手紙が入っていた。
そして。
隼人が一枚の手紙を見つけた。
差出人欄には。
「昭和五十四年八月一日 当時の校長より」
そう書かれていた。
校長の決意
その手紙には。
こう書かれていた。
「本日、『それ』が帰ってこようとした。
花壇から山へ向かおうとする気配を感じた。
当番の生徒が、その『帰還』を感じ取ったのだと思う。
我々は、決断した。
『それ』を、この場所に留める。
『それ』が帰るのを、阻止する。
なぜなら。
『それ』が山へ帰れば。
昭和五十四年に起きたことが、再び起きるかもしれない。
我々は、それを恐れた。
だから。
『それ』を封じることにした。
いや。
『それ』を、この場所に『守る』ことにした。
『守る』という言い方が正しいのか。
『囚う』という言い方が正しいのか。
それは、時間が証明するだろう。
ただ、我々がしたことは。
『それ』を外に出さないようにすること。
『それ』が帰るのを止めること。
それだけだ。」
隼人は、その手紙を読んだ。
「『帰る』」
隼人が呟いた。
「『それ』は、学校を『襲う』ために来たのではなく」
「『帰る』ために来たのか」
隆が言った。
***花子の證言***
その夜。
花子が部室に現れた。
隼人は、校長の手紙を見せた。
花子はそれを見つめた。
「うん」
花子が小さく頷いた。
「あの時のことですね」
「花子さん、昭和五十四年の八月一日に、何が起きたんですか」
隼人が聞いた。
花子は、しばらく黙っていた。
やがて。
「『あいつ』は……」
花子がぽつりと言った。
「ずっと山にいたんです」
「ずっと?」
「うん」
花子が頷いた。
「昔からいる。山の中に。『あいつ』が何なのか。私も、詳しくは知りません」
「でも」
隼人が聞いた。
「『あいつ』は、昭和五十四年に何かをしかけてきた」
「してきた、というより」
花子が言った。
「『帰ろう』としたの」
「帰ろう?」
「うん」
花子が頷いた。
「昔は……ここに……いたんだと思う」
「ここに?」
隼人が確認した。
「学校に。昔から、ずっと」
***「昔からいた」の意味***
花子の言葉は。
新しい層を物語に加えていた。
「『あいつ』は、昔から山にいたのではなく」
隆が呟いた。
「昔は、ここに『いた』」
「そして」
秀が続けた。
「昭和五十四年に、『帰ろう』とした」
隼人は、その言葉の重さを感じた。
つまり。
学校が「『それ』を封じた」というのは。
『悪いものを隔離した』というのではなく。
『『それ』が帰るのを止めた』ということなのだ。
もし『それ』が昔から『ここに』いたのだとしたら。
『それ』は『ここを自分の場所だと思っていた』はずだ。
そして『帰ろう』とすることは『自分の場所へ戻ろう』とすることだ。
だから。
学校が『それ』を止めたのは。
『悪いものを防ぐ』のではなく。
『何かを留める』ことだったのだ。
***師匠への報告と問い***
瑞希姉さんを通じて。
校長の手紙と花子の証言を師匠に報告した。
翌日。
師匠は部室を訪れた。
校長の手紙を読んだ師匠は。
「ああ」
と呟いた。
「やはり、そうだったのか」
「先生、何か分かったんですか」
隼人が聞いた。
師匠は、その手紙を丁寧に折った。
「昭和五十四年に」
師匠がゆっくり言った。
「学校が『選んだ』決断。それは」
師匠は間を置いた。
「『悪いものを封じる』という決断ではなく」
「『失ったものを、再び失うまいとする』決断だったのだろう」
隼人は、その言葉を受け止めた。
『失ったもの』
『昔から、ここにいたもの』
『昭和五十四年に帰ろうとしたもの』
それらが何なのか。
なぜ『失った』のか。
なぜ『帰ることを止める必要があった』のか。
その答えは。
まだ、示されていなかった。
師匠は静かに言った。
「では、問いを変えなさい」
「問いを?」
「ああ」
師匠がそう言った。
「『昭和五十四年に何が起きたのか』ではなく」
「『昭和何年に、『それ』はここからいなくなったのか』を問いなさい」
***時間軸の逆転***
師匠の言葉で。
五人の視点が逆転した。
『『それ』はいつここにいたのか?』
その視点から。
隼人たちは、学校の歴史を見直すことにした。
いつから『札』が必要だったのか。
いつから『立入制限』が始まったのか。
いつから『記録』が消され始めたのか。
逆算して。
『『それ』がここからいなくなった時期』を探ること。
それが、次のステップだった。
部室の壁には。
二枚の札が、静かに貼られている。
その札が『守っている』もの。
その札が『留めている』もの。
それは。
昭和五十四年に学校が『選んだ』決断の、証拠だった。
そして。
現在。
山から『下りてくる』ものは。
『帰ろう』としている『それ』なのか。
それとも。
別のものなのか。
その答えは。
昭和何年に。
『それ』がここからいなくなったのか。
その時間軸を辿ることで。
初めて見えてくるのだ。
***昭和何年 時間軸の逆算***
師匠の指示に従い。
五人は学校の歴史資料を逆算して調べることにした。
『札』が貼られ始めたのはいつなのか。
『立入制限』が公式に始まったのはいつなのか。
『記録の欠落』が起き始めたのはいつなのか。
複数の角度から。
『『それ』がここからいなくなった時期』を探ること。
隆が学校の施設台帳をさかのぼった。
松田先生の力を借りて、最も古い記録まで遡った。
「これ……」
隆が呟いた。
「昭和二十八年の記録です」
「学校創立の年ですね」
隼人が確認した。
そこから。
隆は一年ずつ、記録を調べていった。
***札の痕跡***
昭和二十年代から三十年代にかけての学校新聞を調べた。
ほとんどは、通常の学校記事だった。
だが。
昭和三十年代の中盤。
昭和三十七年の学校新聞に。
短い記事があった。
「『校舎の維持管理について。特に北側施設については、定期的な確認が必要です』」
その記事の後。
昭和三十八年。
「『校舎周辺の安全性について。山側の立入制限を徹底するよう、全生徒に周知いたします』」
という記事が出ていた。
「昭和三十八年」
隼人が呟いた。
「札が増やされたのは、この年の前後ですか」
隆が学校の資料を確認した。
「施設台帳を見ると。昭和三十七年から三十八年にかけて。複数の『修繕工事』が記載されています」
「修繕?」
「北側施設について。詳細は書かれていませんが」
隆がそう言った。
***記録の消失***
さらに調べていくと。
昭和三十八年から昭和四十年代にかけて。
学校日誌や教職員会議の記録に。
小さな欠落が増え始めていることに気づいた。
昭和三十八年七月。
「北側施設に関する重要な報告。詳細は別紙」
という記載だけで。
その『別紙』は、どこにも見当たらなかった。
昭和三十九年。
昭和四十年。
同じパターンの欠落が繰り返されていた。
「これは……」
秀が言った。
「昭和三十八年から、記録が『意図的に隠され始めた』ってことか?」
隼人は頷いた。
「その通りだ」
***立入制限の公式化***
さらに、学校の公式文書を探すと。
昭和三十八年の校長指示書が見つかった。
それには。
「山側および北西角への生徒の立入を厳格に制限する。
理由は『学校の安全管理上』とし、それ以上の説明は不要。
教職員間での情報共有も、最小限に留めること。」
と書かれていた。
隼人は、その指示書を見つめた。
「昭和三十八年」
隼人が繰り返した。
「その年に、急に『立入制限』が公式化された」
「そして、記録が消され始めた」
隆が言った。
「複数の証拠が、昭和三十八年に集中している」
***『それ』と学校の時系列***
隼人は、これまでに見つけたすべての『年号』を整理した。
学校創立:昭和二十八年
昭和三十七年:北側施設について、初めて公式な記述
昭和三十八年:
北側施設の『修繕工事』が複数記載
『山側立入制限』が公式に
記録の欠落が始まる
昭和五十四年:
『それ』が『帰ろう』とする
学校が『それ』を『留める』決断
札が増やされる
「つまり」
隼人が言った。
「『それ』はここから『いなくなった』のが、昭和三十八年前後」
「そして」
秀が続けた。
「昭和五十四年に『帰ろう』とした」
***昭和三十八年の謎***
花子を呼ぶことにした。
その夜。花子が部室に現れた。
隼人は、昭和三十八年の資料を見せた。
花子はそれを見つめた。
「うん」
花子が小さく呟いた。
「その年だ」
「その年に、何が?」
隼人が聞いた。
花子は答えなかった。
ただ、窓から山を見つめた。
「『あいつ』がここからいなくなった。昭和三十八年。ここからいなくなった」
花子がぽつりと言った。
「でも、ずっと山の中にいたんです」
「山の中に?」
「うん」
花子が頷いた。
「ずっと。昭和三十八年から。ずっと」
隼人は、その言葉の重さを感じた。
昭和三十八年。
『それ』がここからいなくなった年。
その年に。
何が起きたのか。
何があって。
『それ』は山へ去ったのか。
新しい問い
隼人たちは。
新しい問いを前にしていた。
『昭和三十八年に、ここで何が起きたのか』
その問いが。
『昭和五十四年に何が起きたのか』という問いよりも。
はるかに古く。
はるかに根源的な。
『この学校の秘密そのもの』へ向かっていた。
部室の札は。
昭和五十四年に昭和三十八年の『決断』を引き継ぐために。
貼られたのだろう。
『それ』がここからいなくなった日から。
どれほどの年月が流れても。
学校は『それ』が帰らないようにしていたのだ。
なぜなのか。
何が昭和三十八年に起きたのか。
その答えは。
昭和三十八年という、遠い過去の中に。
隠されていた。
ありがとうございました。




