昭和五十四年の当番表
謎の解明は少しずつ、進んでいた。。。。
***花壇の記録を探す***
師匠との会話から数日後。
隼人たちは、昭和五十四年の詳細な学校記録を探すことにした。
特に、花壇に関連するすべての記録。
松田先生の力を借りて、保管庫から古い資料を引っ張り出した。
そして。
昭和五十四年の「花壇当番表」を見つけた。
古い、黄ばんだ紙。
表には。
簡潔に名前が書かれていた。
だが。
隆がそれを拡大して見ると。
「あ……」
隆が呟いた。
「これ、普通じゃありませんね」
***妙な記載***
通常の花壇当番表なら。
「月曜日 1年A組」
程度の記載である。
ところが。
昭和五十四年のこの当番表は。
それぞれの当番の欄に。
妙な記述がされていた。
「花壇周辺の確認」
「山側を見渡す」
「異常な動きがないか確認」
「職員室へ報告」
「生徒には理由を説明しない」
隼人は、その記述を読んだ。
「これ……」
隼人が呟いた。
「花壇当番じゃなくて」
「監視任務だ」
秀が言った。
だが、その一歩手前で。
隼人は踏みとどまった。
「いや」
隼人が言った。
「『監視』と決めつけるのは、まだ早い」
隆が頷いた。
「『確認』の内容は、何だったのか」
隆がそう言った。
「『異常な動き』とは何だったのか」
「『報告する』先は誰だったのかしら?」
美優が続けた。
その詳細は、この当番表には書かれていなかった。
***教師のメモ***
だが。
別の資料の中に。
昭和五十四年の教師によるメモが見つかった。
それは、ほぼ同じ時期のものだった。
メモには。
こう書かれていた。
「花壇当番の生徒には、『山に異変があったら報告するように』と指示した。
しかし、具体的な『異変』の内容は説明しない。
生徒自身が判断できる『異常』に気づけば良い。」
隼人は、このメモを読んだ。
「つまり」
隼人が言った。
「生徒たちには、理由を説明しないままに」
「山を見守るように指示していた」
「気づかないうちに」
隆が続けた。
「毎日、何かを監視していたということか」
だが。
その「何か」が、何であるのかは。
今も明らかではなかった。
***当番表の先へ***
隼人は、さらに別の記録を探した。
昭和五十四年。
その年の生徒たちの日常記録。
生徒日誌。
そして。
その中に。
昭和五十四年七月二十五日の記述を見つけた。
「花壇当番で、山側を確認するよう先生に言われました。
何か異常があれば報告するとのこと。
でも理由は教えてもらえませんでした。」
その後、数日間の記述は。
「山を見ました。異常なし」
という簡潔な報告だけだった。
だが。
昭和五十四年八月一日。
その記述が変わった。
「花壇当番中に、山に何か異常を感じたような気がしました。
先生に報告しました。
先生は真剣な顔をしていました。」
その記述の後。
その生徒の日誌には。
「花壇当番は、別の人に代わられました」
と書かれていた。
何が起きたのか
隼人は、その日誌を読んだ。
昭和五十四年八月一日。
その日に、何かが起きたのだ。
生徒が「異常を感じた」その日。
その日から。
花壇当番のルールが変わったのだ。
そして。
学校の対応が、本格的に動き始めたのだ。
隼人は、古いノートの日付を確認した。
古いノートに書かれた「『来た』」という記述。
それが昭和五十四年七月二十日だった。
つまり。
学校が『来た』ことに気づいたのは、七月二十日。
そして。
生徒が『異常を感じた』のは、八月一日。
その間、教職員たちは。
何かの対応を急いでいたのだ。
***解釈の保留***
だが。
隼人は、ここで考えを止めた。
「生徒たちが見ていたのは『監視』だったのか?」
隼人が呟いた。
「それとも、別のものだったのか?」
「『異変』とは何だったのか?」
隆が言った。
「『来た』とは何だったのか?」
秀が続けた。
「『報告される異常』とは何だったのか?」
美優が呟いた。
昭和五十四年八月一日。
その日、生徒が「異常を感じた」。
その『異常』とは。
何であったのか。
それは。
山からの『それ』なのか。
それとも。
別のものなのか。
隼人は、その判断を保留することにした。
証拠は。
段階的に出現するべきだった。
仮説は。
証拠によって、少しずつ確定されるべきだった。
***瑞希への報告***
瑞希姉さんに、すべての発見を報告した。
「花壇当番表」
「教師のメモ」
「生徒日誌」
「昭和五十四年八月一日の『異常』」
瑞希姉さんは、静かにそれらを見ていた。
「師匠に報告してみるわ」
瑞希がそう言った。
翌日。
瑞希からメッセージが届いた。
『師匠からのお言葉です:「では次に問うべきは、『あの時、生徒が感じた異常とは何だったのか?』です。その答えが、『山から下りてくるもの』についての君たちの解釈を、根本から変えるかもしれません。」』
隼人は、そのメッセージを読んだ。
「『解釈を根本から変える』」
隼人が呟いた。
つまり。
師匠は、何かを知っているのだ。
だが、その答えを直接には与えない。
代わりに。
正しい問いだけを与える。
その問いの先に。
隼人たちが自分で見つけるべき答えがある。
部室の窓から。
山が見えている。
夜の山。
その山の奥で。
昭和五十四年八月一日、何が起きたのか。
それを知ることが。
すべての謎を解く鍵になるのだ。
***八月一日の異常「感じた」ということ***
見つけた生徒日誌の記述には、
「山に何か異常を感じたような気がしました」
隼人は、その表現に注目していた。
「感じた」
それは「見た」ではない。
「異常を感じたような気がしました」
曖昧な表現だった。
だが、その曖昧さそのものが、何かを語っていた。
隼人は、昭和五十四年八月一日の記録をすべて集めることにした。
複数の生徒日誌。
教師のメモ。
その日の天気記録。
すべてを照合する。
複数の記録から
別の生徒の日誌に、こう書かれていた。
「花壇の花の様子が、いつもと違ったように見えた。
朝の当番の女子が、先生に報告に来た。
その後、先生が花壇を見に来た。
何か言っていたが、聞き取れなかった。」
隆がそれを拡大した。
「花壇の花の様子が、いつもと違った」
「どういう風に違ったんでしょう」
秀が聞いた。
その詳細は、その日誌には書かれていなかった。
だが、別の記録に、わずかな記述があった。
図書室の当番日誌に。
「昭和五十四年八月一日の午前八時。
図書室から見える花壇の方向で、
何か、いつもと違う動きがあったような気がした。
生徒たちが落ち着きを失っていた。」
隼人は、その記述を見つめた。
「午前八時」
隆がそう言った。
「朝の花壇当番の時間ですね」
***気温と音***
さらに、学校に残されていた古い気象記録から。
昭和五十四年八月一日午前七時から九時の記録が見つかった。
気温。湿度。風速。
普通の日と比べると。
午前八時に。
気温が急激に低下していた。
およそ五度。
短時間での急激な低下。
その記録の横に。
薄い字で、何か書き込みがされていた。
「北風。異常。」
筆跡から、教師による記載と見られた。
隼人は、そのデータを見ていた。
「気温が急激に低下した」
隼人が呟いた。
「そして、北風が吹いていた」
「北の方から……」
夕子が言った。
「山からの風ですね」
さらに。
教職員室の日誌に。
「午前八時三十分。
複数の生徒が『変な音がした』と訴えに来た。
教頭と確認に出た。
音の出所は不明。
だが、確かに何か音がしていたように感じた。」
隼人がそれを読んだ。
「変な音」
「何の音?」
美優が聞いた。
その詳細は、その日誌にはなかった。
ただ「変な音」とだけ書かれていた。
***教師の緊急対応***
さらに、教頭によるメモが見つかった。
それは、公式な記録ではなく。
個人的な備忘録のようなものだった。
その日、その時間の出来事が。
短く、激しく書かれていた。
「午前八時。
花壇当番の生徒から、『山の方に異常がある』との報告。
確認に向かう。
気温が異常に低い。
北側から何か音がする。
花壇の花が、すべて山側を向いている。
生徒に見せてはいけない。
校長に報告。」
隼人は、その記述を読んだ。
「花壇の花が、すべて山側を向いている」
隼人がそう言った。
「普通、花が一斉に方向を変えることはありません」
「つまり」
隆がそう言った。
「何か理由があったんだ」
「何か『力』が、花を山側へ向けた」
秀が呟いた。
だが、その「力」が何であるかは。
記録には書かれていなかった。
生徒の身体反応
別の生徒の日誌に、さらに詳しい記述があった。
「午前八時ごろ。
私は校舎の中にいました。
突然、寒気がしました。
風邪のような寒気ではなく。
何か、外から来る冷気。
体じゅうが『何かが来ている』と感じました。
先生たちが急いで移動していきました。
その後、何が起きたのか、説明してもらえませんでした。」
隼人がそれを読んだ。
「『何かが来ている』と感じた」
隼人が呟いた。
「視覚的な怪異ではなく。生徒の身体が、何かを『感じた』」
隆がそれを確認した。
「あの夜。
部室の気温が、一気に低下した。
あの『冷気』と似てないか?」
隼人は頷いた。
あの夜。
山から「下りてくる霊」が現れた夜。
部室に満ちた冷気。
そして。
昭和五十四年八月一日。
生徒たちが感じた「異常な冷気」。
それが同じものなのか。
別のものなのか。
その判断は、今もできなかった。
***教頭の最後の記述***
教頭のメモの最後には。
こう書かれていた。
「午前十時。
花壇の周辺は、通常に戻った。
気温も回復。
音も聞こえなくなった。
生徒には『気象の異常だった』と説明。
真実は、学校の記録には残さない。
これが校長の指示。」
隼人は、その一文を読んだ。
「『気象の異常だった』と説明」
隼人が呟いた。
「つまり、学校側は、生徒たちに真実を伝えなかった」
「『気象の異常』という言葉で、誤魔化した」
隆がそう言った。
だが。
気温が急激に低下し。
異常な音がして。
花が一斉に山側を向き。
生徒たちの身体が『何かが来ている』と感じた。
それが。
単なる「気象の異常」であるはずはなかった。
***謎の接続と保留***
隼人は、これまでのすべての情報を並べた。
昭和五十四年七月二十日:学校が『来た』ことに気づく
昭和五十四年八月一日午前八時:
気温が急激に低下
異常な音がする
花が山側を向く
生徒たちが『異常』を感じる
教頭が北側へ向かう
その後、すべてが通常に戻る
そして。
現在。
***あの夜***
山から「下りてくる霊」
部室の気温低下
札の浮遊
「同じ現象なんでしょうか?」
夕子が呟いた。
「それとも、別のものなんでしょうか?」
隼人は、その問いに答えることができなかった。
もし同じなら。
なぜ学校はそれを「封じた」のか?
もし別なら。
山には、いくつのものがいるのか?
その答えは。
まだ、暗闇の中にあった。
部室の札は。
静かに壁に貼られたままだった。
札が守っているもの。
札が封じているもの。
その正体は。
八月一日の「異常」の中に、隠されているのだ。
だが、その異常が何であるかは。
五人には、まだ分からなかった。
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