痕跡
少しずつであったが、確実に謎の手掛かりへと進んでいた。
***昭和五十四年の日誌***
昭和五十四年への謎が集中していることが分かった後。
隼人たちは、さらに詳細な記録を探すことにした。
松田先生の協力により、昭和五十四年の学校日誌の完全版を借りることができた。
前に見つけた欠落部分の前後を、丁寧に調べた。
昭和五十四年七月。
通常の日誌の記載。
授業のこと。行事のこと。
だが。
七月二十日の欄に。
「北側施設に関する確認。教職員会議で報告あり」
と記載されていた。
その翌日。
「北側についての市教委との協議。結果は別途報告」
さらに数日後。
「北側施設の撤去日程について、学校長より指示あり。詳細は記録しない」
「記録しない……」
隆が呟いた。
「つまり、わざと書かなかったんですか」
「いや」
隼人が言った。
「『詳細は記録しない』と書いてある。つまり、誰かが『書くな』と指示したんだ」
その指示を受けて、日誌には、それ以上詳しい内容が記載されなかった。
***当時の生徒記録***
昭和五十四年度の卒業生の記録を探すことにした。
生徒指導簿。健康診断票。出席簿。
すべての基本的な記録は存在していた。
だが。
「これ、おかしい」
秀が気づいた。
「何ですか」
「昭和五十四年七月から八月にかけて」
秀が指さした。
「この期間の記録が、極端に少ない」
確認してみると。
その時期の学校日誌。生徒指導関連の記録。
それらが、意図的に減らされていたように見えた。
夏休み前だから記録が少ないのか。
それとも、意図的に削除されたのか。
判断がつかなかった。
***工事業者の痕跡***
次に、昭和五十四年から五十五年の工事に関する記録を探した。
施工業者。工期。工事内容。
学校の施設台帳に、そうした記録があるはずだった。
だが。
松田先生に尋ねると。
「ごめんなさい。昭和五十年代の工事記録は、かなり不完全なんです」
「不完全、ですか」
「ええ。昭和五十四年から五十五年にかけての工事について、業者名や工期の記録が見当たらない」
隆がパソコンで学校の古い施設台帳を調べた。
すると。
昭和五十四年八月の欄に。
「北側施設撤去工事」
という一行だけあった。
だが、業者名。工期。工事金額。
そのすべてが空白だった。
「誰が撤去したのか。どの期間で撤去したのか。幾らかかったのか」
隼人が呟いた。
「すべてが記録されていない」
何らかの事故
隼人は別の角度から調べることにした。
市の教育委員会に、昭和五十四年の学校関連の事故報告書がないか、尋ねることにしたのだ。
松田先生の紹介で、教育委員会の事務職員に電話をした。
隼人が丁寧に尋ねた。
「昭和五十四年ごろ、この学校で何か事故があったかどうか、記録に残っていないでしょうか」
電話の向こうは、しばらく沈黙していた。
やがて。
「申し訳ありません。昭和五十四年付近の事故報告書については、かなり古い記録で、保管状況が不明なんです」
「保管状況が不明……」
「ええ。通常は永続保管するはずなんですが、その期間の書類のいくつかが、どこに保管されているのか確認できていない状況で……」
その返答自体が、多くのことを語っていた。
何かがあった。
そして、その記録は。
意図的に、隠されているのではないか。
そういう疑いが、五人の心に生まれた。
***複数の欠落***
部室に戻った五人は、これまでに見つけた「欠落」をすべて並べた。
学校日誌:詳細の記載がない
生徒記録:その時期の記録が極端に少ない
施設台帳:工事の詳細が記載されていない
教育委員会:事故報告書の保管状況が不明
学校新聞:記事が簡潔に終わっている
「これは……」
美優が言った。
「誰かが、意図的に隠した、ってことですか」
「可能性がある」
隼人が答えた。
「ただ、『誰が』『なぜ』隠したのか。それはまだ分からない」
夕子が呟いた。
「でも、確実に。昭和五十四年に何かが起きて。その後、複数の記録が消されたんだ」
隆がパソコンの画面を見つめた。
昭和五十四年。
昭和五十五年。
その間の数ヶ月。
その期間に、学校で何が起きたのか。
五人の疑問は、一層深まっていた。
***師匠への報告***
その週の金曜日。
瑞希姉さんが部室に現れた。
隼人たちは、これまでに見つけたすべての情報を、瑞希姉さんに報告した。
「複数の記録が欠落しているんです」
「そして、昭和五十四年が、すべての謎の中心だった」
瑞希姉さんは、静かに聞いていた。
「師匠にお伝えさせていただきます」
瑞希がそう言った。
数日後。瑞希からメッセージが届いた。
『師匠からのお言葉です:「記録の欠落そのものが、記録です。隠されたものを見つけるには、何が隠されたのかではなく、誰が何を隠そうとしたのかを考えなさい。」』
隼人は、そのメッセージを何度も読んだ。
「誰が何を隠そうとしたのか」
その問いが、新しい視点を与えていた。
記録を隠した人物がいる。
その人物は、昭和五十四年に何が起きたのかを知っている。
そして、その人物は、現在も、この学校と関わっているのかもしれない。
部室の窓から、山が見えている。
夜の山。
その山の背後に。
昭和五十四年のすべてが、隠されているかのようだった。
山からの来訪
花子の再登場
翌週の金曜日。
調査が進むにつれ、ある晩のこと。
隼人は部室で古い資料を整理していた。
その時だった。
部室の気温が、ふっと下がった。
窓を見ても、夜風は吹いていない。
だが、確実に冷気が満ちていた。
「あの夜と同じ……」
隼人が呟いた。
そして。
視界の隅に、白い影が見えた。
花子だった。
「隼人くん」
花子が小さく呼びかけた。
「久しぶりですね」
確かに、第42章の夜以来、花子との直接的な接触はなかった。
「花子さん」
隼人が立ち上がった。
「何か、あるんですか」
花子は部室の窓から外を見た。
山の方角を見つめていた。
「そろそろ……来ます」
「来る?」
「山から」
花子が静かに言った。
「昔からいるもの。ずっと山にいるもの。それが、降りてくる」
隼人は身を固くした。
昭和五十四年の調査で感じていた「何か」が、ここに名前を得た。
「それは、危険なんですか」
「危険……というより」
花子が振り返った。
「昔、何かがあった。学校は、それを『守った』んです。あの札で。あの建物で」
「その『何か』が、今……」
隼人が聞いた。
「近づいてきてるんですか」
「あなたたちが、調べ始めたから」
花子がそう言った。
「昭和五十四年のことを。山のことを。札のことを。そうしたら、山のやつが、気づいちゃった」
「気づいた?」
「外に誰かいると。そして、学校の『守り』を、確かめに来るんです」
瑞希への相談
翌日の放課後。
隼人は瑞希姉さんに、花子から聞いた話をすべて伝えた。
「山から『下りてくる霊』があるんです」
「下りてくる……」
瑞希姉さんは沈黙した。
「師匠に相談させていただきたいんですが」
隼人が言った。
瑞希姉さんは頷いた。
「分かりました。私が師匠に連絡します」
その夜。
瑞希からメッセージが届いた。
『山の麓にカメラを設置してください。何が下りてくるのかを、まず確認することが大切です。部室で映像を監視してください。』
カメラ設置
土曜日の夕方。
隼人たちは、学校の裏山の麓にカメラを設置した。
山へ向かう古い柵の前。
そこに小型のカメラを固定した。
「これで、山から何が下りてくるのか見えるはずです」
隆が言った。
「映像は部室のモニターに送信されます」
「何も起きないといいですけど」
美優が呟いた。
だが、誰もが感じていた。
何か起きるだろうということを。
部室での待機
日曜日の夜。
五人は部室に集まった。
モニターには、山の麓の映像が映っていた。
古い柵。その向こうの暗い山。
夜の景色は、暗くて不気味だった。
「瑞希姉さんは」
秀が聞いた。
「別の用事で今夜は来られません」
隼人が答えた。
「でも、何かあったらメッセージできます」
五人は、モニターを見つめた。
夜明けまで、ずっと監視するつもりだった。
時間が経った。
午後十時。
午後十一時。
何も起きていない。
だが。
真夜中の十二時過ぎ。
隆が声を上げた。
「あ……」
モニターに、動きが見えた。
山から。
ゆっくりと。
何かが下りてくるように見えた。
白い。
人間のような形をした。
だが、その輪郭は、不確かだった。
「何ですか、あれ」
美優が震える声で言った。
「分かりません」
隼人が答えた。
その「何か」は、柵の前で止まった。
そして。
動かなくなった。
***モニターに映る白い影***
それは、柵の前で、学校の方を見つめているかのようだった。
部室での異変
その時だった。
部室の気温が、一気に低下した。
「寒い……」
秀が言った。
そして。
壁に貼られた札が。
ふわりと浮き上がった。
いや。
引き上げられるように。
札が、壁から剥がされていった。
「あ……」
隆が声を上げた。
壁から剥がされた札が、宙を漂い始めた。
複数の札が。
一枚、また一枚と。
「何が起きてるんですか」
美優が悲鳴を上げた。
隼人は必死に考えた。
瑞希姉さんはいない。
師匠にも連絡がつかない。
五人だけだ。
この状況を、なんとかしなければならない。
***五人の対応***
隼人が叫んだ。
「札を守れ」
隆が札に手を伸ばしたが、触ることができない。
札は宙を漂ったまま、少しずつ部室の窓の方へ流れていった。
「窓を閉めろ」
隼人が指示した。
秀が素早く窓を閉める。
だが。
札はすり抜けるように、窓の向こうへ消えていった。
夕子が部室の奥を見た。
「もう一つの札は」
夕子が言った。
「まだ壁に貼られている」
隼人は、その札に走った。
床に落ちないように、自分の身体で札を守った。
「この札は、絶対に失うな」
隼人が言った。
モニターを見ると。
山から下りてきた白い影は、相変わらず柵の前で静止していた。
だが。
その影の周りに、別の小さな影たちが集まり始めていた。
複数の、小さな光のような影。
「何あれ」
隆が呟いた。
「分かりません」
隼人が答えた。
瑞希への連絡
隼人は、すぐに瑞希姉さんにメッセージを送った。
『札が浮かんでいます。山から下りてきたものが、柵の前で止まっています。』
返信は、すぐに来た。
『動かないでください。札を失うな。その札がなくなれば、学校の『守り』が弱くなります。』
『どうしたらいいですか』
隼人が送信した。
『夜明けまで持ちこたえてください。朝になれば、それは山へ戻ります。』
その返信を見て。
隼人は覚悟を決めた。
五人だけで。
夜明けまで。
この部屋を守るのだ。
夜明けまで
午前一時。
札の浮遊は続いていた。
だが、徐々に下降していた。
床に落ちることはなかったが、確実に力が弱くなっているように見えた。
午前二時。
モニターの白い影は、まだ柵の前に立っていた。
その周りの小さな影たちも、消えていなかった。
だが、その動きが、鈍くなっているように見えた。
午前三時。
部室の冷気が、徐々に薄れ始めた。
午前四時。
浮いていた札が、ゆっくりと壁に戻っていった。
そして。
午前五時。
モニターの白い影が、動いた。
ゆっくりと、山へ向かって登り始めた。
その周りの小さな影たちも、消えていった。
そして。
朝日が差し込む頃。
モニターには、何もいなくなっていた。
部室に戻された札は、元の位置に貼られていた。
五人は、疲れ切った表情で、互いに顔を見つめた。
「終わった……」
秀が呟いた。
隼人は、瑞希姉さんにメッセージを送った。
『夜明けました。山のものは帰ったようです。』
返信が来た。
『よくやりました。今から向かいます。』
部室の窓から、朝日の中の山が見えていた。
山は、いつもと変わらない姿だった。
だが、五人は知っていた。
その山の奥に。
何かが、隠されていることを。
そして、それは。
昭和五十四年から、ずっとそこにいたのだ。
ありがとうございました。




