当時を知る人たちへ
隼人達の調査は地道ながら1歩ずつ確実に進んで行った。
***複数の証言を求めて***
用務員の証言は貴重だったが、不完全だった。
「普通の倉庫ではない」という言葉だけでは、答えにならない。
隼人たちは、当時の教員を探すことにした。
松田先生の力を借りて、昭和五十年代に勤務していた複数の教員の連絡先を得た。
多くは既に定年を迎えていたが、数人は連絡がつきました。
元教員Aへの聞き取り
最初に話を聞いたのは、昭和五十年代に教頭を務めていた男性だった。
現在は別の市に住んでいたが、電話での聞き取りに応じてくれた。
「あの時代の学校の山側について、覚えていらっしゃいますか」
隼人が尋ねた。
「山側……ああ」
電話の向こうから、少し間があった。
「近づかないようにしていた場所ですね」
「はい。その理由についてですが……」
「それは」
元教員は答えた。
「『学校の方針として、そのようになっている』と聞かされていただけなんです」
「方針?」
「ええ。詳しい理由は聞かされていません。ただ、生徒にも教職員にも、『あちらには行かないように』と」
隼人は、その言葉を記録した。
情報が、何かの理由で制限されていたのだ。
元教員Bへの聞き取り
別の元教員は、別の角度から証言した。
この方は、昭和五十年代の後半に教務主任だったという。
「あの時代、校舎の北西角に何かあったことについて、ご存知ですか」
隆が写真を見せながら聞いた。
「ああ……」
元教員が答えた。
「あそこ。ありましたね」
「何か、起きたんですか」
「起きたというより」
元教員は慎重に言葉を選んだ。
「あの建物を撤去した理由は、聞かされていません。ただ、昭和五十四年から五十五年の間に、急に取り壊されたんです」
「急に、ですか」
「ええ。何の告知もなく。そして、その直後から」
元教員は間を置いた。
「山側への立入制限が、以前より厳しくなりました」
五人は顔を見合わせた。
撤去と立入制限。
二つの出来事が時間的に重なっていたのだ。
当時を知る別の人物
さらに、松田先生の伝手で、別の人物に話を聞くことができた。
昭和五十年代に学校の事務職員だったという女性だ。
「あの時代、学校で何か特別なことがあったかどうか、記憶していらっしゃいますか」
隼人が慎重に聞いた。
女性は沈黙した。
長い沈黙の後。
「あの年は……」
女性がようやく答えた。
「学校で少し変わったことがありました」
「変わったこと、というのは」
「詳しくは……」
女性は言葉を止めた。
「申し訳ありません。詳しくは、私も知らされていないんです」
その返答そのものが、すべてを物語っていた。
情報は、何らかの理由で分散されていたのかもしれない。
***証言の並列***
部室に戻った五人は、すべての証言を並べてみた。
元用務員:「普通の倉庫ではなかった」
元教員A:「理由は聞かされていない。ただ『学校の方針』と言われていた」
元教員B:「撤去後、山側への立入制限が厳しくなった」
事務職員:「あの年は学校で変わったことがあった。しかし詳しくは知らされていない」
「誰も、全体像を知らない」
秀が呟いた。
「誰かは知っていたのかもしれないけど……」
「情報が、意図的に分散されていたのかもしれません」
隆が言った。
隼人は、古い図面を見つめた。
昭和五十年代の「□」。
その正体は、依然として謎のままだった。
だが、確実に。
何か重要なものが、この場所にあったのだ。
そして、それは。
何らかの理由で、撤去され、記録から消されたのだ。
誰が。なぜ。その答えは、まだ得られていなかった。
***小さな違和感***
隆がもう一度、別の元教員に電話をかけた。
女性の元教員で、昭和五十年代に低学年の担任をしていたという。
「そういえば」
その教員が言った。
「あの建物がなくなった頃から、花壇の奥には子どもを近づけないようになったんですよ」
隼人は、その言葉に反応した。
「花壇の奥、ですか」
「ええ。理由は聞かされていませんでしたが、校舎の裏側の花壇だけ、何か特別扱いされていました」
電話を切った後。
隼人は黙っていた。
花壇。
自分たちが最初に出会った場所。
そして、謎の「□」。
その二つが、初めて同じ線の上に並んだような気がした。
だが、それが何を意味するのかは、まだ分からなかった。
五人は、その夜も部室で古い図面を眺めていた。
昭和五十年代。
昭和五十五年。
そして現在。
複数の時間軸が、少しずつ繋がり始めていた。
だが、その繋がりの全体像は、まだ暗闇の中にあった。
***昭和五十四年の記録 一次資料への回帰***
当時を知る人たちからの証言は、多くの疑問を生み出していた。
だが、同時に一つの方針を示していた。
隼人は隆に言った。
「では、実際に当時の資料には何が残っているのか。それを調べよう」
卒業アルバム。
学校新聞。
地域の広報。
五人は、昭和五十年代の資料をひとつひとつ調べることにした。
卒業アルバムの比較
まず着手したのは、卒業アルバムだった。
昭和五十四年と昭和五十五年の卒業アルバムを並べた。
「見てください」
隆が指さした。
昭和五十四年のアルバムには、校舎全景の写真が複数枚あった。
そして、その中には、校舎北西角の構造物も写っていた。
だが。
昭和五十五年のアルバムでは。
同じ角度から撮った校舎全景の写真に、その構造物が写っていなかった。
「消えている」
夕子が呟いた。
「昭和五十四年には写っていたものが、昭和五十五年には消えている」
さらに、二つのアルバムの花壇の写真を比較した。
昭和五十四年:花壇全体が写っている。生徒たちが花に水をやっている。
昭和五十五年:花壇は写っているが、その周辺には柵が立っている。
「柵が増えた」
秀が言った。
「昭和五十五年からは、花壇にアクセスしにくくなった、ってことか」
視覚的な証拠が、一つひとつ積み重なっていた。
学校新聞の違和感
次に調べたのは、学校新聞だった。
昭和五十四年の学校新聞を、月ごとに確認していった。
ほとんどは、通常の学校行事についての記事だった。
だが。
昭和五十四年七月号を見た時。
隆が眉をひそめた。
「これ……」
隆が見出しを指さした。
「『北側施設の改修について』」
記事のタイトルだけはあった。
だが、本文は、ほぼ空白だった。
数行、非常に簡潔な文章があるだけで、詳しい説明がない。
「普通、改修についての記事なら、もっと詳しく書きますよね」
隼人が言った。
「工事期間とか。何を改修するのかとか」
「ああ」
隆が頷いた。
「だけど、この記事は……」
隆がさらに読んだ。
「『北側施設について、学校の指導に基づき、適切に対応いたします』」
「それだけ?」
秀が確認した。
「それだけです」
その簡潔さそのものが、違和感だった。
何かを隠そうとしているかのような。
そういう印象を与えていた。
***地域の広報を探す***
さらに、隼人たちは市の広報誌や地域新聞を調べることにした。
昭和五十四年から五十五年の記事を探した。
そして。
市の広報誌の昭和五十四年八月号に、小さな記事を見つけた。
「『学校周辺の安全対策について』」
記事の内容は、学校周辺の環境改善についてだった。
その中に。
「校舎裏側の安全性を高めるため、一部の施設を撤去し、周辺を整備いたします」
という一文があった。
「安全性……」
美優が呟いた。
「つまり、何かが『安全上の理由』で撤去されたんですか」
だが、その「安全上の理由」が、具体的には書かれていなかった。
どういう危険があったのか。
なぜ撤去が必要だったのか。
そのすべてが曖昧だった。
昭和五十四年への集中
複数の資料を並べてみると。
あることが明らかになってきた。
卒業アルバム:昭和五十四年と五十五年で大きく異なる
学校新聞:昭和五十四年七月号に違和感のある記事
地域広報:昭和五十四年八月号に「施設撤去」の記録
「すべてが、昭和五十四年に集中している」
隼人が呟いた。
札があったのも。
謎の建物が撤去されたのも。
山側への立入制限が厳しくなったのも。
記録の一部が消えたのも。
すべてが。
昭和五十四年前後なのだ。
***最後の確認***
隼人は、昭和五十四年の資料をもう一度見つめた。
昭和五十四年。
その年の学校新聞。
その年の卒業アルバム。
その年の地域広報。
そして、当時の教員たちの証言。
「昭和五十四年……」
隼人が、その年を何度も見つめた。
札があった。
謎の建物もあった。
山側への立入制限もあった。
そして、記録の一部が消えている。
「この年に、何かあったんだ」
隼人が言った。
誰も、答えなかった。
だが、五人の考えは、初めて同じ方向を向いていた。
昭和五十四年。
その一年が、すべての謎の起点だったのだ。
部室の窓から、山が見えている。
夜の山。
その山の向こうに。
昭和五十四年に何が起きたのか。
五人は、ようやく調査の入口に立ったのだった。
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