先生からの依頼
隼人は、翌日、職員室に行き尋ねる事にした。謎は深まって行く様だった。
*** 職員室での相談***
翌日の放課後。
隼人たちは、職員室を訪れていた。
「先生、少し相談したいことがあるんですが」
隼人が切り出すと、若い女性教師が顔を上げた。
松田先生。二十代の国語科の教師だ。
「あ、新聞部の人たちですね」
松田先生は快く身を乗り出した。
「昨日の窓のことなら、私も気になっていました」
五人の顔が少し緊張した。
「実は……」
隼人が慎重に言葉を選ぶ。
「夜間に学校で何か、いつもと違うことが起きていて」
五人は、昨夜のことを話し始めた。
校舎に映った人影。
割れた窓と、落ちていないガラスの破片。
モニターに映るのに、実際には誰もいないという矛盾。
そして花壇で起きたことすべて。
松田先生は、最初は少し懐疑的な表情で聞いていた。
だが、話が進むにつれ、その表情は変わっていった。
「……実は、先生からも一つお願いしたいことがあるんです」
松田先生が話を切り出した。
***古い学校新聞***
「古い学校新聞を探しているんです」
松田先生は、机の引き出しから一冊の記念誌を取り出した。
「実は、学校創立百周年の記念誌を作ることになってて」
「百周年ですか」
隆が反応する。
「ええ。そのために過去の学校の出来事を調べてるんです」
松田先生がそう言った時、少し困った表情になった。
「ところが……古い資料を調べていると、変なことに気づくんです」
「変なこと?」
美優が尋ねる。
「時期が……合わないんです」
松田先生は、手元のメモを見た。
「例えば、昔の学校新聞では『昭和四十三年の校舎改築』という記事があるんですが……」
隼人たちは身を乗り出した。
「その前後の記事で、『移築』『一時的な移転』という言葉がいくつも出てくる。でも、それ以上の詳しい説明がない」
「移転……」
夕子が呟いた。
「学校の場所が、昔と今で変わった、ってことですか」
「その可能性があるんです」
松田先生が頷いた。
「ただ、詳しい記録が残ってないんです。だから新聞部の力を借りたいんです」
「わかりました」
隼人が答えた。
「古い学校新聞を探すなら、まかせてください」
***古い校舎の写真***
数日後。
部室で、五人と松田先生は、集めた古い資料を広げていた。
昭和三十年代から四十年代の学校新聞。
その中には、校舎の写真も何枚か含まれていた。
「これ……」
隆が古い写真を拡大した。
「あれ?」
「どうした」
隼人が近づく。
「校舎の位置が……今と違う」
隆がそう言った。
写真に映る校舎。
昔の校舎は、現在の校舎よりも、明らかに南に位置していた。
そして写真の奥。
背景に映る山の形も、今と微妙に異なっているように見えた。
「この写真、いつ撮られたんですか」
秀が松田先生に聞く。
「昭和四十一年……ですね」
松田先生が資料を確認した。
「その時点では、まだ校舎移築前だったんでしょう」
そして、別の写真。
昭和四十五年撮影のもの。
その写真では、校舎はかなり北に移動していた。
ほぼ今の位置だ。
しかし。
「この写真、学校の裏側まで写ってるよね」
夕子が指摘した。
写真の奥。
現在の校舎よりも後ろに。
山がある。
昔と今で、山の輪郭が少し違っている。
あるいは、昔は別の建物があったのか。
そういう、ぼんやりとした違和感だけが残った。
「この写真、保存いいですね」
美優が呟いた。
「ええ。昔の学校新聞の付録だったので」
松田先生が答えた。
「他にも写真はありますか」
隼人が尋ねた。
「あと二、三枚は……」
松田先生が探している時。
ふと、隆が別の新聞に目を止めた。
「先生……」
隆がその新聞を指した。
「この記事、何年の?」
「あ……その新聞は昭和四十三年の『十月号』です」
松田先生が答えた。
隆が示す記事のタイトルは。
『新しい花壇がもうすぐ完成します』
***花壇の変遷***
「花壇……」
隼人がその記事を読み始めた。
『先月の校舎移築工事に伴い、庭園の位置も変更になりました。来月には、新しい花壇が完成予定です。園芸部の皆さんが手入れしてくれます』
「花壇も移動したんですか」
秀が松田先生に聞く。
「そうみたいですね」
松田先生が頷いた。
「現在の花壇の場所は、元々は違う場所にあったということなんでしょう」
五人は顔を見合わせた。
昔の花壇。
花子が「ずっと昔から」好きだと言った場所。
その場所が、学校の改築によって移動したのか。
あるいは、消えたのか。
「先生」
美優が恐る恐る尋ねた。
「その、昔の花壇があった場所って、今どこに?」
「それが……」
松田先生が写真を見つめた。
「この写真から判断すると、学校の南側で、今は校舎の敷地の外。つまり、学校の外になってしまってるんです」
***先生からの証言***
その時。
松田先生の表情が、少し真剣になった。
「実は……」
先生が小さく言った。
「私も昨日、少し気になることがあったんです」
五人が身を乗り出した。
「夜、職員室で仕事をしていたら」
松田先生が続けた。
「廊下の先に誰か立っていたんです」
「立っていた?」
隼人が聞き返す。
「ええ。最初は生徒だと思ったんですが……」
松田先生は、その時のことを思い出しているのか、少し遠い目をした。
「見に行ったら誰もいなかった」
「誰も?」
美優が確認する。
「ええ。廊下は、誰もいませんでした」
松田先生がそう言った。
その一言で、五人の心に、第四十二章の出来事が蘇った。
モニターに映るのに、実際には誰もいない。
あの矛盾と、同じ現象が先生にも起きていたのだ。
「その時……」
「その時、何ですか」
夕子が促す。
「廊下の窓から、山が見えたんです」
松田先生がそう言った。
その一言で、五人の心に花子の言葉が蘇った。
「山の方から来てる……」
隼人はそれ以上、何も聞かなかった。
松田先生も、それ以上は何も言わなかった。
ただ、部室には、薄い緊張が漂っていた。
***新たな調査への道***
「新聞部として」
松田先生が、少し気を取り直したように言った。
「学校の創立百周年に向けて、この古い資料をまとめてもらえるでしょうか」
表向きは、その依頼。
だが、五人には分かっていた。
先生も、何か違うことが学校で起きていることに気付いている。
そして、五人にそれを調べてほしいと思っている。
「もちろんです」
隼人が答えた。
「古い写真もありますし、この新聞もちゃんと整理して……」
「ああ、ありがとうございます」
松田先生は安心したように頷いた。
「では、また何か見つかったら教えてください」
そう言って、松田先生は職員室へ戻っていった。
***部室での検討***
松田先生が去った後、五人は古い写真をじっと見つめていた。
「昔の花壇……」
美優が呟いた。
「今はもう、学校の外にあるんだ」
「校舎が移築された時に、位置が変わったんでしょう」
隆が言った。
「だから花子さんが『ずっと昔から』って言ったんかな」
秀が仮説を立てる。
だが隼人は首を振った。
「まだ分からない」
「え?」
「花子さんが何を知ってるのか。この昔の花壇と関係があるのか」
隼人は写真を見つめたまま言った。
「それすら、まだ何も分からないんだ」
夕子がその言葉に頷いた。
「そっか。昔の花壇だから花子さんがいるってわけじゃないんだ」
「ああ。もしかしたら、全然別のことかもしれない」
隼人がそう言った。
そして、隆がゆっくり言った。
「でも……先生も山を見たんだ」
「ああ」
隼人が頷いた。
「花子さんの『山の方から来てる』と、つながる」
写真の奥の山。
廊下の窓から見える山。
そして、花子が言及した山。
それらがすべて同じ山を指しているのかどうか。
五人には、まだ判断できなかった。
「ただ……」
夕子が言った。
「急いで調べたら、きっと何か出てくる」
隼人は首を振った。
「いや。焦らない方がいい」
彼は古い写真を大切に整理し始めた。
「先生も『創立百周年の記念誌』という理由で調べてる。俺たちも、その枠の中で動こう」
隼人のその判断は正しかった。
今、急いで山に向かえば。
あるいは、古い資料から過去を完全に解き明かそうとすれば。
もっと大きな何かが、五人に対して襲いかかる可能性がある。
だが、部室に戻ることで、その危険から距離を取ることができた。
「新聞部として」
隼人が言った。
「少しずつ調べよう」
五人はそれに頷いた。
その夜。
学校は静かだった。
割れた校舎の窓は、既に修理されていた。
花壇では、昔の花を今の世代が育てていた。
そして、夜風は。
相変わらず、学校全体を包み込んでいた。
だが、部室だけは。
何かに守られているかのような。
そういう感覚だけは、確実に存在していた。
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