最後の音
誰もいないはずの音楽室から聞こえる、不思議なピアノの音。
調査を進めるうちに、新霊体験隊は一人の少女――田中由美という、かつてこの学校に通っていた生徒の存在へとたどり着いた。
音楽祭を目前に病に倒れ、夢半ばでピアノを弾けなくなった少女。
その心残りが、今も旧校舎に残っているのだろうか。
健一の紹介で学校の用務員・田島から当時の話を聞いた隼人たちは、ついに旧音楽室の鍵を預かることになる。
閉ざされていた扉の向こうで、彼らを待っているものとは何なのか。
静まり返った音楽室で、新霊体験隊は由美の想いと向き合うための第一歩を踏み出す。
*** 現れる姿***
夕日が廊下の奥まで差し込む時間になった。
ぽつんと一音、ピアノが鳴る。
今日はもう隠れることなく、五人はピアノのすぐそばに立っていた。
「……いる」
美優が小さく呟く。
鍵盤の前、誰も座っていないはずの椅子の上に――。
うっすらと少女の輪郭が浮かび上がってきた。
セーラー服を着た、幼さの残る顔立ちの少女だった。
その手が鍵盤の上を、ゆっくりとなぞっている。
「田中由美さん、ですか」
隼人が静かに声をかけた。
少女はびくりと肩を震わせた。
驚いたように隼人たちを見る。
――ミエル、ノ……?
か細い声が初めてはっきりと聞こえた。
***対話***
「うん、見えるよ」
隼人が優しく頷いた。
「君のこと、色々調べさせてもらった」
由美はしばらく戸惑うように皆を見比べていた。
やがて視線を、譜面台の楽譜に落とす。
――ソレ……
「これ、君のだよね」
夕子がそっと楽譜を掲げて見せた。
「『エリーゼのために』」
由美の輪郭がわずかに揺れた。
――ヒケナカッタ
その声は悔しさと悲しさが入り混じっていた。
――オンガクサイ……デラレナカッタ
「音楽祭に出られなかったんだよね」
美優が静かに言った。
「用務員の田島さんから聞いたよ」
由美は俯いた。
――ズット、コノキョク、ヒキタカッタ
――サイゴマデ、ヒケナカッタ
*** 破れたページ***
「最後のページが破れてるみたいなんだけど」
隼人が楽譜を見せながら尋ねた。
「これ、どうしたのか分かる?」
由美はしばらく黙っていた。
――ビョウキニ、ナッタトキ
――クヤシクテ……ヤブイタ
「悔しくて破いちゃったのか」
秀が静かに呟いた。
由美は小さく頷いた。
――イマデモ……サイゴマデ、ヒキタイ
――デモ、ガクフガ、ナイ
その言葉に、音楽室に静かな沈黙が流れた。
*** 覚えている旋律***
「大丈夫」
隼人が意を決したように言った。
「その曲なら、俺も少しだけ知ってる」
「本当に?」
美優が驚いたように隼人を見る。
「昔、ピアノ教室通ってたことがあって……最後まで弾けるか分からないけど」
隼人は由美に向き直った。
「一緒に弾いてみないか」
由美は驚いたように目を見開いた。
――イッショニ……?
「うん」
隼人が頷いた。
「俺が弾くから、君は一緒に鍵盤に触れてて」
由美はしばらく迷うように視線を彷徨わせていた。
やがて小さく頷いた。
***二重奏***
隼人はピアノの前にそっと座った。
鍵盤に指を乗せる。
隣には透けた由美の手が同じように重なった。
隼人はゆっくりと鍵盤を押していった。
最初の旋律。
途中までは覚えているはずだった。
だが途中で指が止まる。
「……ここから先が」
隼人の額に汗が滲んだ。
その時だった。
由美の手が、そっと隼人の指に重なるように動いた。
まるで導くように。
残りの旋律が、ゆっくりと鍵盤から紡がれていく。
誰も声を出さなかった。
ただその音色に耳を澄ませていた。
***最後の音***
曲が終わりに近づいていく。
由美の輪郭が少しずつ光を帯び始めていた。
「もうすぐだよ」
隼人が囁くように言った。
最後の一音を――。
隼人と由美の手が、同時に押した。
澄んだ音が音楽室いっぱいに響き渡る。
その余韻が消えていく中で――。
――ヤット……
由美の声が静かに響いた。
――サイゴマデ、ヒケタ
その声には、これまでにない安堵と喜びが滲んでいた。
「ありがとう」
由美は皆を見渡しながら微笑んだ。
その笑顔は、写真で見たあのぎこちない笑顔とは、まるで違っていた。
***見送り***
「もう大丈夫なのか」
秀がそっと尋ねる。
由美は頷いた。
――ズット、ヤリノコシタコトガ、キニナッテ
――デモ、モウ、ダイジョウブ
「これから、どうするの」
美優が尋ねる。
由美は少し考えるように宙を見上げた。
――オンガクサイニ……イッテミル
「音楽祭、出られなかった代わりに?」
隼人が尋ねる。
由美は小さく頷いた。
その輪郭が次第に淡い光へと変わっていく。
「また、いつかピアノの音、聞かせてね」
美優が涙ぐみながら言った。
――ウン
最後にそう答えると、由美の姿は光の中に溶けるように消えていった。
音楽室に静けさが戻る。
窓の外では夕日が最後の輝きを放っていた。
***静かな余韻***
「終わったのか」
隆がそっと呟いた。
「うん」
隼人がピアノの鍵盤に、そっと触れながら答えた。
「彼女、ちゃんと最後まで弾けたんだな」
「それに――」
夕子が続けた。
「今回は瑞希さんに頼らずに、ここまで来られた」
「本当だな」
秀が少し誇らしげに笑った。
「俺たち、成長してるのかも」
美優が涙を拭いながら微笑んだ。
五人は静かに音楽室を後にした。
鍵を田島に返しに行く道すがら。
夕焼けの空を見上げながら、隼人は小さく呟いた。
「今度は、どんな依頼が来るかな」
誰もその答えを知らなかった。
だが、それぞれの胸には――。
確かな手応えと、次への期待が静かに残っていた。
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