日直のいない日
隼人たちは、また、日常の学校生活へと戻りつつあった。
*** 奇妙な噂***
昼休み、廊下で一年生たちの話し声が聞こえてきた。
「昨日って日直だったっけ?」
「あれ? 誰もやってなかったよね」
「先生も何も言わなかったし……」
夕子はその会話に、ふと足を止めた。
「日直がいなかった……?」
夕子はしばらく、その場に立ち止まって考えていた。
放課後、夕子は部室に戻ると、すぐに皆へそのことを伝えた。
「どうも、日直が存在しない日があるみたいです」
「日直がいない……?」
隼人が聞き返す。
「単純にサボっただけじゃないのか」
秀が首を傾げる。
「それが違うみたいで」
夕子は真剣な表情で続けた。
「先生も気づいてなかったって言うの。誰も指摘しなかったってこと」
***調査***
その日から新霊体験隊は学校の日誌と掲示板を調べ始めた。
「これ、見て」
隆が古い学級日誌を指差した。
「この日だけ日直の名前欄が空欄」
「当番表も……」
美優が教室の掲示物を確認しながら言う。
「同じ日、白紙のまま」
「誰か覚えてる人、いないか聞いてみよう」
隼人が提案した。
だがクラスメイトたちに尋ねても、誰一人その日の記憶がはっきりしなかった。
「そういえば、そんな日あったかも」
「言われてみれば、変な感じはしたけど」
誰も決定的な証言はできなかった。
「偶然かな……」
美優が呟く。
「かもしれないわね」
夕子も慎重に答えた。
「でも念のため、今度同じ曜日パターンが来たら注意して見ておきましょう」
***部室待機***
数日後、夕子が割り出した次の該当日。
新霊体験隊は放課後、部室で待機することにした。
「今日、何か起きるかな」
秀がそわそわしながら言う。
「分からない」
隼人が答えた。
「でも念のため、記録はしておこう」
隆がカメラとボイスレコーダーを準備する。
時間は静かに過ぎていった。
放課後の校舎はいつも通り静かで、特に変わった様子はなかった。
夜になっても何も起こらなかった。
「今回は……空振りかな」
秀が大きく伸びをしながら言った。
「そうみたいね」
夕子も少し拍子抜けした様子だった。
「まあ、そういう日もあるさ」
隼人が苦笑した。
「無理に何かを見つけようとしても仕方ない」
***庭***
片付けを始めた頃だった。
様子を見に来た春樹が、部室の外を見て言った。
「部室の前、草だらけだな」
「言われてみれば……」
隼人が外を覗く。
魔除けの庭は以前植えたハーブたちが育っている一方で、その周りの雑草もかなり伸びていた。
「手入れしてなかったもんな」
秀が頭をかく。
「花壇でも作ろうか」
美優が提案した。
「せっかく育ててるハーブたちも、もっと綺麗に見えるように」
「園芸部に相談してみる?」
夕子が続けた。
「前に話した園芸部の子、いたでしょう」
「そうだな」
隼人が頷いた。
「今度、聞いてみよう」
***新しい出会い***
翌日の放課後。
隼人たちは隣接する園芸部の花壇へと向かった。
「あの……すみません」
隼人が声をかけると、水やりをしていた女子生徒が振り返った。
「あ、隣の部室の……」
「以前、庭を褒めてくれた方ですよね」
美優が笑顔で言う。
「森下です。森下 葵です」
その生徒、葵は丁寧に頭を下げた。
「今日は、どうしたんですか」
「実は、うちの庭をもう少し綺麗にしたくて」
隼人が説明する。
「花壇を作りたいんですが、相談に乗ってもらえますか」
葵は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔を見せた。
「もちろんです!」
葵は嬉しそうに答えた。
「フェンスの向こうの庭、いつも気になってたんです。手伝わせてください」
こうして新霊体験隊は園芸部の葵と共に庭づくりを始めることになった。
***誰も気づかない***
その頃、職員室では――。
若い先生が学級日誌を閉じようとしながら、ふと手を止めていた。
「……あれ?」
今日の日直欄にも名前が書かれていない。
「おかしいな」
先生はペンを持ったまま少しの間、考え込んだ。
だが次の瞬間。
「……まあ、いいか」
先生はそう呟くと、そのまま日誌を棚へ戻した。
先生が職員室を出ていったあと。
棚の中の学級日誌が――一冊だけ、少しだけ、前へ、滑り出していた。
開かれたページには今日の日付。
そして日直欄だけが白いままだった。
誰にも触れられていないのに――。
学級日誌のページが、ゆっくりと一枚だけめくれた。
次のページも。
その次のページも。
どの日も日直欄だけが白いままだった。
誰も気づかなかった。
いや、正確には――。
気づいても、すぐに忘れてしまうのだった。
その白い空欄を埋める者は、まだ誰もいない。
だが、この時、誰も知らなかった。
あの「日直がいない日」が――。
単なる偶然ではなかったことを。
***庭づくりの計画会議***
放課後、部室に園芸部の葵を招き庭づくりの相談が始まった。
「まずは、雑草を抜くところからですね」
葵は庭を見渡しながら穏やかに言った。
「今あるハーブは、そのまま活かしましょう。その周りに花壇を作ると、まとまりが出ますよ」
「花壇、いいですね!」
美優が目を輝かせる。
「何を植えたらいいかな?」
「初心者なら、マリーゴールドやペチュニアがおすすめです」
葵は持参した園芸雑誌を開いた。
「どちらも丈夫で育てやすいですし、マリーゴールドは虫除けにもなります」
夕子が感心したように頷く。
「本当に詳しいのね」
「園芸部ですから」
葵は照れくさそうに笑った。
「植物って手を掛けた分だけ応えてくれるんです」
その言葉に、隼人は庭を見つめた。
「……それって、俺たちにも言えるかもしれないな」
仲間たちは静かに頷いた。
作業開始
週末。
新霊体験隊の五人は、葵の指導を受けながら庭づくりを始めた。
「まずは雑草抜きです」
葵が軍手を配る。
「根っこから抜かないと、また生えてきますよ」
「了解!」
秀が勢いよく草を引き抜いた。
「痛っ!」
突然、声を上げる。
「あっ!」
葵が慌てて駆け寄った。
「その草、棘があります!」
「先に言ってくれよ……」
秀は指先を押さえながら苦笑する。
その姿を見て皆が思わず笑った。
重かった空気が、一気に和らいだ。
しばらくすると校務員が冷たい麦茶を差し入れてくれた。
「頑張ってるな」
「ありがとうございます!」
五人は声を揃えて頭を下げた。
冷たい麦茶が夏の暑さで火照った体に染み渡る。
***花壇づくり***
雑草を抜き終えると、次はレンガを並べて花壇を作る作業だった。
「ここは、まっすぐ並べると綺麗ですよ」
葵が見本を見せる。
隼人と春樹がレンガを運び慎重に並べていく。
「春樹、曲がってないか?」
「うん、大丈夫」
水平器で確認しながら春樹が答えた。
「工作部の腕前、見せてもらうよ」
秀が笑う。
「任せろ」
完成した花壇は、思っていた以上に立派だった。
「秘密基地らしくなってきたな」
隼人が満足そうに呟いた。
***苗植え***
午後になると、いよいよ苗植えが始まった。
「根を崩さないように優しく植えてください」
葵が一本ずつ苗を配る。
美優は丁寧に土を掘り苗をそっと植えた。
「こんな感じですか?」
「はい、とても上手です」
葵が優しく微笑む。
「植物にも、その人の性格が出るんですよ」
「えっ、本当?」
美優は少し照れたように笑った。
夕子は真剣な表情で苗を植えている。
「植物って思ったより繊細なのね」
「でも、その分、花が咲いた時の喜びは大きいですよ」
風が吹き、以前植えたラベンダーとセージが優しく揺れた。
爽やかな香りが庭いっぱいに広がる。
「いい香り……」
美優が嬉しそうに深呼吸した。
***完成***
夕方。
作業を終えた庭は、見違えるほど美しくなっていた。
色とりどりの花壇。
ラベンダーやセージが風に揺れ、優しい香りが部室まで届いている。
誰も、しばらく言葉を発さなかった。
静かな風が吹き抜け、植えたばかりの苗が小さく揺れる。
「……なんだか、この部室、本当に俺たちの居場所になったな」
隼人がぽつりと呟く。
「はい」
美優が嬉しそうに頷いた。
「ここなら、安心できます」
「私も、また手伝いに来ますね」
葵が笑顔で言う。
「怪談は苦手ですけど、植物のことなら力になれます」
「十分だよ」
隼人が笑った。
「この庭は、みんなで育てよう」
葵も嬉しそうに頷いた。
***新しい日常***
それから葵は、時々部室を訪れるようになった。
「今日は水やりに来ました」
「あっ、このマリーゴールド、蕾ができてます!」
美優が嬉しそうに駆け寄る。
小さな蕾は、夏の終わりの陽射しを浴びながら、ゆっくりと育っていた。
花も。
ハーブも。
そして、新霊体験隊も。
少しずつ時間をかけて成長していく。
庭は、ただ植物を育てる場所ではなかった。
仲間との絆を育てる場所にもなっていたのだ。
しかし、その穏やかな時間の裏で――。
夕暮れに染まる旧校舎の二階。
誰もいないはずの音楽室から、小さく、かすかなピアノの音が流れ始める。
その音に気付いた者は、まだ誰もいなかった。
新たな怪異は、静かに、その幕を開けようとしていた。
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