訪問
隼人たちは、春樹の家の調査を行う為、訪れる事になった。
*** 瑞希の話***
翌日の放課後、部室に集まった五人の前に、瑞希がやってきた。
「昨日の話、詳しく聞かせて」
瑞希は椅子に座ると、いつになく真剣な表情で切り出した。
隼人が、春樹から聞いた内容を、順を追って説明する。
妹の不眠。
庭に立つ人影。
近所一帯で広がる同様の噂。
そして、棚から見つかった、あの新聞の切り抜き。
瑞希は、切り抜きを手に取ると、しばらく黙って見つめていた。
「……この地区の名前」
瑞希は静かに呟いた。
「昔、師匠から聞いたことがあるの」
「師匠さんから?」
夕子が尋ねる。
「ええ」
瑞希は頷いた。
「詳しくは覚えていないけれど……その地区には、昔から、何かが『通る』という言い伝えがあるらしいの」
「通る……?」
美優が首を傾げる。
「人じゃない、何かが。決まった道を、決まった時期に」
瑞希の声は静かだったが、部室の空気を重くするのに十分だった。
「それが、今回のことと関係あるんですか」
隼人が尋ねる。
「分からない」
瑞希は正直に答えた。
「でも、無関係とも思えない。まずは実際に様子を見に行きましょう」
***春樹の家へ***
週末、隼人たちは瑞希と共に、春樹の家を訪れた。
住宅街の一角にある、ごく普通の一戸建てだった。
「よく来てくれた」
春樹が玄関で出迎える。
「両親には、話してあるのか」
隼人が尋ねる。
「ああ。母さんが対応してくれる」
春樹の案内で、リビングへ通された。
春樹の母親が、丁寧にお茶を出してくれる。
「息子から話は聞いています」
母親は少し疲れた様子で言った。
「正直、半信半疑なんですが……あの子の様子を見ていると、もう何でもいいから、力を貸してほしくて」
「できる限りのことは、します」
瑞希が静かに答えた。
「まず、娘さんに、少しお話を聞かせてもらえますか」
***妹、優花***
春樹の妹――優花は、リビングの隅で、膝を抱えるようにして座っていた。
中学二年生にしては少し幼く見える顔立ちで、目の下には、うっすらと隈が浮かんでいた。
「優花」
春樹が優しく声をかける。
「この人たち、お前のこと心配して来てくれたんだ」
優花は警戒するような目で、隼人たちを見た。
「……お兄ちゃんが、大げさに言っただけだよ」
「優花ちゃん」
美優が、優花の隣に、そっと腰を下ろした。
「無理に話さなくてもいいの。ただ、少し気になってることがあって」
「夜、誰かと話してるって聞いたんだけど」
優花の表情が、わずかに硬くなった。
「……誰とも話してない」
「本当に?」
美優が優しく、しかし真っ直ぐに、優花を見つめる。
優花は、しばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「……女の子の声が、するの」
***女の子の声***
「女の子の声……」
夕子が静かに繰り返す。
「うん」
優花は俯いたまま続けた。
「夜、寝ようとすると、窓の外から、小さな声で名前を呼ばれる」
「私の名前を」
「何て呼ばれるの?」
隼人が慎重に尋ねる。
「『ユカ』って」
優花は震える声で答えた。
「最初は気のせいかと思った。でも、毎晩聞こえるようになって……」
「その声に、応えたことは?」
瑞希が尋ねる。
優花は少し迷うように黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……一度だけ」
リビングに、緊張が走った。
「何て答えたの?」
瑞希の声は穏やかだったが、真剣だった。
「『誰なの』って聞いた」
優花は消え入りそうな声で続けた。
「そしたら――」
「そしたら?」
「『友達に、なりたい』って言われた」
***庭の気配***
「それから、庭に誰かがいる気配がするようになったの?」
美優が尋ねる。
優花は頷いた。
「窓を開けると、いなくなる。でも、閉めると、また気配がする」
「見たことは、あるの?」
隼人が尋ねる。
「一回だけ」
優花の声が震える。
「木の陰に、白いワンピースの女の子が立ってた。私と同じくらいの背の高さの」
「顔は?」
「見えなかった。髪が長くて……」
優花は両腕を、自分で抱きしめるように、身体を縮めた。
「怖かった。でも……」
「でも?」
「それ以上に……寂しそうに、見えたの」
その一言に、部屋の空気が、わずかに変わった。
***決意***
優花の話を一通り聞き終えると、瑞希は静かに皆を見渡した。
「今夜、この家の周りを調べさせてもらえますか」
「お願いします」
春樹の母親が深く頭を下げた。
「優花を助けてあげてください」
「必ず」
瑞希は力強く頷いた。
「隼人君たちも、準備を」
「はい」
五人は揃って頷いた。
窓の外は、まだ明るい午後の日差しに包まれていた。
だが、この家の庭で、夜になると、何かが少女の名を呼び続けている。
新霊体験隊の本格的な調査は――。
今夜、始まることになった。
***準備***
日が傾き始めた頃、隼人たちは春樹の家の庭に、機材を運び込んでいた。
「カメラ、二台、設置した」
隆が、庭の隅と、優花の部屋の窓が見える位置に、それぞれ三脚を立てながら言う。
「ボイスレコーダーも、動かしてる」
「結界石は、この辺りでいいかしら」
夕子が、庭の四隅を確認しながら、瑞希に尋ねる。
「ええ、そこでいいわ」
瑞希が頷いた。
「ただし、今夜は、強い結界は張らない」
「どうしてですか」
美優が、不思議そうに尋ねる。
「相手が、話をしたがっているなら」
瑞希は、静かに答えた。
「無理に締め出すより、まず、様子を見た方がいいと思うの」
「危険じゃ、ないんですか」
秀が、心配そうに言う。
「今のところ、敵意は感じない」
瑞希は、庭全体に目を向けながら続けた。
「でも、油断はしないで。何かあれば、すぐに、私の指示に従うこと」
「はい」
五人が、揃って頷いた。
***縁側にて***
夜になると、春樹の家族は、リビングで、静かに待機することになった。
優花は、少し不安そうな顔をしていたが、隼人たちが庭にいることに、いくらか安心した様子だった。
「本当に、大丈夫かな」
優花が、小さく呟く。
「大丈夫」
美優が、優花の隣で、優しく微笑んだ。
「私たち、ちゃんと、話を聞きに来たから」
隼人たちは、縁側の近く、庭が見渡せる位置に、腰を落ち着けた。
瑞希は、少し離れた場所で、静かに目を閉じ、気配を探っている。
時計の針が、夜の九時を回った頃だった。
***気配***
「……来た」
瑞希が、目を開けて、小さく呟いた。
全員の視線が、庭の奥、木の陰へと向く。
最初は、何も見えなかった。
だが、しばらくすると、木の陰から、ゆっくりと、白い影が、姿を現した。
優花が言っていた通り、白いワンピースを着た、小柄な女の子だった。
長い髪が、顔を覆うように、垂れ下がっている。
「……いる」
隆が、震える声で、カメラのレンズを向けた。
「動くなよ、みんな」
隼人が、小声で、皆を制した。
少女は、庭の中央あたりで立ち止まると、じっと、こちらを見ているようだった。
***呼びかけ***
「私が、話してみる」
瑞希が、静かに、庭へと歩み出た。
「こんばんは」
瑞希の声は、穏やかだった。
返事はない。
風だけが、木々を、揺らして、通り抜けていく。
一分ほど、誰も、動かなかった。
「あなたは、優花ちゃんを、呼んでいたの」
瑞希が、静かに、尋ねる。
少女の姿が、わずかに、揺れた。
その、数十秒後――。
ようやく、か細い声が、返ってきた。
――ユカ……
それだけだった。
「優花ちゃんと、お友達に、なりたいのよね」
瑞希が、さらに、優しく、尋ねる。
少女の輪郭が、また、わずかに、揺らいだ。
――ユカ、ト、オナジ
か細い声が、風に乗って、聞こえた。
「同じ……?」
瑞希が、聞き返す。
――ユカト、オナジ、トシ、ダッタ
「同じ年……」
夕子が、小さく呟いた。
「あなたも、中学二年生、だったの」
瑞希が、静かに、続けた。
少女は、答えなかった。
だが、その沈黙が、肯定のように、感じられた。
*** 一緒に遊びたい***
「どうして、優花ちゃんに、話しかけたの」
瑞希が、尋ねる。
――トモダチ、イナカッタ
少女の声に、寂しさが滲んでいた。
――ズット、ヒトリ、ダッタ
――ユカ、ミツケテ、ウレシカッタ
「一人だった、って……」
美優が、小さく、息を呑む。
「どのくらい、一人だったの」
瑞希が、慎重に、尋ねる。
少女は、黙っていた。
遠くで、虫の声だけが、静かに、響いていた。
やがて、ぽつりと、呟いた。
――ワカラナイ
――ズット
――ズット、マエカラ
その声に、隼人たちは、言葉を失った。
***一旦の中断***
その時、家の中から、優花の声が、聞こえてきた。
「あの子……大丈夫、なんですか」
優花が、心配そうに、窓越しに、こちらを見ている。
瑞希は、少女に向き直ると、静かに、言った。
「今夜は、これで、休んでもらえるかしら」
「私たちも、あなたのこと、もっと、知りたいの」
「でも、今すぐには、分からないことも、多くて」
少女は、しばらく、瑞希を見つめていた。
やがて、小さく、頷くような、仕草を見せると、その姿は、木の陰へと、静かに、溶けるように、消えていった。
「……行った」
秀が、詰めていた息を、大きく吐いた。
***分かったこと***
全員が、部屋へ戻ると、瑞希は、深く、息をついた。
「敵意は、なかった」
瑞希は、静かに、言った。
「あの子は、ただ、寂しかっただけ」
「でも、どうして、優花ちゃんに、目を、つけたんでしょうか」
隼人が、尋ねる。
「同じ年頃だから、かもしれない」
夕子が、答えた。
「それに、この、地域一帯で、噂になってる、ってことは……」
「他にも、同じように、目を、つけられた子が、いたのかも、しれない」
隆が、続けた。
部室に、緊張が、走った。
「明日、もう一度、地域の、古い記録を、調べてみましょう」
瑞希が、提案した。
「あの子が、いつから、そこに、いるのか。何があって、そうなったのか」
「それが、分かれば……」
隼人が、静かに、続けた。
「あの子を、助けられる、かもしれない」
その時、隆が、ノートパソコンを、開いた。
「そういえば、録画、確認、してなかった」
隆は、先ほどの、映像を、再生した。
庭の中央、白い影として、少女の姿が、確かに、映っている。
「よかった、ちゃんと、撮れて……」
隆が、そう言いかけた、瞬間、指を、止めた。
「……これ、誰だ」
「どうしたの」
夕子が、画面を、覗き込む。
少女の、後ろ――木の陰に。
一瞬だけ、背の高い、黒い、人影が、映っていた。
次の、コマでは、もう、消えている。
「今の、何……」
美優の、声が、震える。
瑞希が、画面を、じっと、見つめた。
その、表情が、わずかに、強張る。
「……この子、一人じゃ、ない」
瑞希は、低い声で、呟いた。
「誰かが、あの子の、後ろに、いる」
部室――ではなく、リビングに、重い、沈黙が、落ちた。
窓の外、夜の庭は、何事もなかったかのように、静まり返っていた。
だが、そこには、確かに、長い間、独りぼっちで、彷徨い続けてきた、小さな魂がいた。
そして、その、魂の、すぐ、背後にも――。
何かが、潜んでいた。
新霊体験隊の、調査は――。
まだ、始まったばかりだった。
購読、ありがとうございました。




