春樹の相談
部室の改装を終えた隼人たちは、さっそく活動に励んでいた。そんな時、春樹からある相談を持ち込まれる事になった。
*** 修行の日々***
部室の改装が終わってから、一週間ほどが過ぎた。
カフェのように生まれ変わった部室で、五人はそれぞれの勉強に励んでいた。
「――『臨兵闘者皆陣列在前』これが九字よ」
瑞希が隼人に、護符の書き方を教えている。
「一画ずつ丁寧に書くこと。焦ると効果が薄れるわ」
「はい」
隼人は真剣な表情で筆を動かした。
美優は部屋の隅で、祝詞をそらんじる練習をしていた。
「――かけまくもかしこき……」
小さな声で繰り返す美優の隣で、夕子は分厚い妖怪辞典をめくっていた。
「へぇ……座敷童子にも、色々種類があるのね」
隆は新しく揃えたボイスレコーダーの使い方を説明書と睨めっこしながら確認している。
「これ、感度調整、結構難しいな」
秀は部室の外で、瑞希から教わったロープの結び方を練習していた。
「もやい結び、これであってるか?」
「いい感じよ」
瑞希が外から声を掛ける。
誰かが怪異に遭遇したわけでもない。
だが五人は、それぞれ確かな手応えを感じながら日々を過ごしていた。
***春樹の来訪***
そんなある日の放課後。
部室の扉が控えめにノックされた。
コン、コン。
「お邪魔するよ」
顔を覗かせたのは大井春樹だった。
「春樹!」
隼人が明るく迎える。
「久しぶり。工事の後、体調とか大丈夫か?」
「ああ、平気平気」
春樹は軽く答えたが、その表情にはどこか硬さがあった。
「今日は、部室の様子見に来ただけじゃなくて……」
春樹は少し言いにくそうに続けた。
「正直、こんな話をしても笑われると思ってた」
春樹は苦笑しながら俯いた。
「でも、部室を一緒に作ってもらって……ここなら話せる気がしたんだ」
「実は……相談したいことがあるんだ」
部室の空気がわずかに変わった。
「相談……?」
隼人が椅子を勧める。
「座って、ゆっくり話してくれ」
***妹のこと***
春樹は椅子に腰を下ろすと、しばらく言葉を選ぶように黙っていた。
「実は……俺の妹のことなんだ」
「妹さん……」
美優が静かに繰り返す。
「中学二年生の」
春樹は頷いた。
「最近、様子がおかしくて」
「おかしい、って……」
夕子が尋ねる。
「夜、眠れないっていうんだ」
春樹は静かに続けた。
「理由を聞いても、はっきりとは言わない。でも最近は、部屋の電気をつけたまま寝てる」
「それだけなら……」
秀が慎重に言う。
「悪夢とか、そういうのかもしれないだろ」
「俺も最初はそう思ったんだ」
春樹は首を振った。
「でも――家でも近所でも変なことが続いてて」
「変なこと?」
隼人が身を乗り出す。
***家と近所の異変***
「うちの庭に、時々誰かが立ってる気配がする」
春樹は一つずつ確かめるように話し始めた。
「夜中、窓の外に人影が見える気がして、カーテン開けても誰もいない」
「それは……」
美優が小さく息を飲む。
「近所でも似たような話、出てるんだ」
春樹は続けた。
「向かいの家のおばあちゃんも『最近、庭に誰か立ってる気がする』って言ってたし」
「一軒だけじゃないのか」
隼人が眉を寄せる。
「うん。」
春樹は頷いた。
「町内会でも、ちょっとした噂になってる。うちの近所一帯なんだ」
「特定の一箇所じゃなくて、地域全体……」
夕子が腕を組んで考え込んだ。
「これは……なかなか珍しいパターンね」
そこまで言いかけて、夕子ははっと目を見開いた。
「……あっ!」
「どうした?」
隼人が驚いたように夕子を見る。
「そういえば、この前、本棚を整理してた時……」
夕子は慌てて席を立ち、棚からあの妖怪辞典を取り出した。
挟んでおいた古い新聞の切り抜きを、そっと引き抜く。
「これ、見て」
夕子は皆に、その切り抜きを見せた。
『○○地区で、夜ごと人影を目撃』
『原因は不明。住民の間では、夜間の外出を控える動きが広がっている』
「これって……」
美優が息を飲んだ。
「春樹君の近所の地区、名前と……」
「同じはず」
夕子が頷いた。
「棚にしまってあった、古い本に挟まってたの。誰のものかは、分からないけど」
「昔にも……同じことが、あったのか?」
隼人が記事を覗き込む。
記事には日付が印刷されていたが、色あせて、はっきりとは読み取れなかった。
「これ、いつの新聞だ?」
秀が目を凝らす。
「何年前かは、分からないけど……」
夕子が慎重に続けた。
「少なくとも、今回が初めてじゃないってこと」
春樹は驚いた様子で、その切り抜きを見つめていた。
「そんな昔から……」
部室に緊張が走った。
「妹さんは、その庭の気配について、何か言ってるのか?」
隼人が尋ねる。
春樹は少し辛そうな表情になった。
「……妹、最近、誰かと話してるみたいなんだ」
「話してる……?」
「夜、部屋から小さな声が聞こえてくる。一人のはずなのに」
春樹の声がわずかに震えた。
「聞いても、『誰とも話してない』って言うんだ。でも……」
部室に重い沈黙が落ちた。
***引き受ける***
「分かった」
隼人が静かに、しかしはっきりと言った。
「話を聞かせてくれて、ありがとう。俺たちで調べさせてくれ」
「本当にいいのか」
春樹が少し驚いたように隼人を見た。
「妹のことだから……その変なこと、頼んでいいのか、迷ってたんだ」
「当たり前だろ」
秀が笑った。
「お前には、部室のこと、世話になったんだ。今度は俺たちの番だ」
「それに――」
夕子が静かに続けた。
「地域全体に及んでる話なら、なおさら放っておけないわ」
美優も頷く。
「妹さんが心配なのも当然よ。夜、眠れないなんて……」
「ありがとう……本当に」
春樹は深く頭を下げた。
「うちの親にも話しておく。今度の休みにでも見に来てもらえるか」
「もちろん」
隼人が頷いた。
「瑞希姉さんにも相談してみる」
その夜、隼人は携帯電話を取り出し、瑞希へ短く事情を伝えた。
『……そう』
電話の向こうで、瑞希は少しだけ沈黙した。
『その地区の名前……聞いた覚えがあるわ』
瑞希の声が、わずかに低くなる。
『もし、私の記憶どおりなら……少し厄介かもしれない』
隼人は思わず息をのんだ。
「どういうことですか?」
『詳しい話は、明日にしましょう。電話でする話ではないわ』
その一言だけで、隼人の表情が引き締まる。
「瑞希姉さん、知ってるんですか」
瑞希の声は、いつもより、少しだけ、硬かった。
窓の外、夕暮れの光が、カフェ風に生まれ変わった部室を静かに照らしていた。
新霊体験隊の次の調査は――。
仲間の家族のもとへ向かうことになった。
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