静かになった島
長い夏の夜は、ようやく終わりを迎えた。
山に響いていた鐘は静まり、島には穏やかな風が吹いている。
失われた命は戻らない。
それでも、人は想いを受け継ぎ、少しずつ前へ歩いていくことができる。
これは、恐怖の物語ではなく、一つの別れと、新しい始まりの物語である。
***静かになった島***
あの夜から、三日が過ぎた。
新霊体験隊の五人は、予定通り、汐鳴島での、残りの休暇を、過ごしていた。
「今日も、いい天気だな。」
秀が、砂浜で、大きく、伸びをする。
「本当に。」
美優も、眩しそうに、空を、見上げた。
あの日以来、島の空気は、明らかに、変わっていた。
集落を歩けば、島民たちは、以前より、ずっと、穏やかな、表情を、していた。
「最近、夜が、静かになったねぇ。」
店先で、老婆が、そう、話しているのを、隼人は、耳にした。
「ああ、そういえば。」
連れの、老人が、頷く。
「よく、眠れるように、なった気がする。」
島全体が、長年の、緊張から、解き放たれたような――そんな、空気が、確かに、あった。
***健一の花***
最終日の朝、隼人たちは、ペンションを、出る前に、健一と共に、もう一度、神社を、訪れていた。
祠の前には、小さな、花束が、供えられていた。
「毎朝、供えることに、したんだ。」
健一が、少し、照れくさそうに、言った。
「あの子の、ためにか?」
秀が、尋ねる。
「ああ。」
健一は、静かに、頷いた。
「誰かが、覚えていてやらないと、いけない、気がしてな。」
祠の周りの、地面には、あの、小さな、若草が、しっかりと、根を、張っていた。
瑞希は、その、若草を、しばらく、見つめていた。
「……ありがとう。」
瑞希は、誰に、言うでもなく、静かに、呟いた。
「ゆっくり、休んでね。」
風が、優しく、木々を、揺らした。
それは、もう、恐ろしいものでは、なかった。
ただの、夏の、涼しい風だった。
***最後の夜***
その夜、隼人たちは、瑞希と、健一を、交えて、最後の、夕食を、囲んでいた。
「本当に、ありがとうございました。」
隼人が、頭を、下げる。
「瑞希姉さんが、いなかったら、俺たち、どうなってたか……。」
「私こそ。」
瑞希は、静かに、首を振った。
「みんなが、いなかったら、私は、あの子のことを、思い出せなかった。」
瑞希は、少し、微笑んだ。
「ありがとう、みんな。」
「瑞希ちゃん。」
健一が、口を、開いた。
「また、いつでも、来てくれ。今度は、瑞希ちゃんも、ちゃんと、休暇として。」
「ええ、必ず。」
瑞希は、頷いた。
「また、この島に、来たいから。」
「今度は、安心して、この景色を、見たいの。」
美優が、ふと、思い出したように、言った。
「そういえば、瑞希さん、島に来る前に言ってましたよね。」
「何を?」
「『この話、私自身に関係があるような気がする』って。」
瑞希は、少し、驚いたように、目を、見開いた。
「よく、覚えてるわね。」
「まさか、こんな結末に、なるとは、思いませんでした。」
瑞希は、静かに、微笑んだ。
「私も、思わなかった。」
***港にて***
翌朝、新霊体験隊の五人は、フェリー乗り場に、立っていた。
瑞希と、健一が、見送りに、来ている。
「また、来てね。」
瑞希が、五人を、順に、抱きしめる。
「今度は、私も、一緒に、ゆっくり、遊びましょう。」
「はい!」
美優が、明るく、答えた。
フェリーが、汽笛を、鳴らす。
「行ってきます。」
隼人が、健一と、瑞希に、手を、振った。
健一が、ふと、思い出したように、口を、開いた。
「……もう、迎え火の、儀式は、やらない。」
健一の声は、静かだったが、はっきりとしていた。
「来年からは、ただ、花を、供えるだけにする。それで、十分な、気がするんだ。」
瑞希は、静かに、微笑んだ。
「それが、いいと思う。」
フェリーが、ゆっくりと、港を、離れていく。
振り返ると、夏の、柔らかな、朝日を、受けた、島の、緑の山が、静かに、輝いていた。
その、稜線の、向こう。
小さく、神社の、鳥居が、見えた。
ただ、それだけだった。
もう、そこには、白い影も、不思議な、出来事も、ない。
夏の、朝日に、照らされた、ごく、普通の、小さな、神社。
それでも、隼人は、不思議と、誰かに、見送られているような、温かさを、感じた。
それは、霊の気配ではなく――この島で過ごした、夏の記憶が、そう、感じさせたのかもしれない。
「終わったな……。」
秀が、ぽつりと、呟く。
「腹、減ったな。」
場を、和ませるように、続けた。
美優は、何も、言わず、そっと、目元を、拭った。
「今度は、本当に、ただの、旅行に、来たいわね。」
夕子が、静かに、島の方角を、見つめたまま、言った。
隆が、最後に、もう一枚だけ、カメラを、島の方へ、向けた。
誰も、写らないと、分かっていても、それでも、撮っておきたかった。
シャッターを、切る。
その、写真には――。
美しい、朝日と、緑の島、そして、小さな、鳥居だけが、写っていた。
他には、何も、写っていなかった。
新霊体験隊の、離島編は、こうして、幕を、閉じた。
夏休みは、まだ、半分ほど、残っている。
夏は、まだ、終わらない。
そして――。
この夏も、きっと、誰かが、助けを、待っている。
最後まで『離島編』をお読みいただき、ありがとうございました。
今回の物語は、シリーズの中でも「恐怖」だけではなく、「救済」と「鎮魂」をテーマに描きました。
五時の鐘、迎え火、そして島に残された幼い魂――。怪異には必ず理由があり、その背景には、人の悲しみや想いがあるのではないか。そんなことを考えながら、この物語を書き進めました。
新霊体験隊は、怪異を倒すためだけの存在ではありません。時には、誰にも知られず取り残された想いに寄り添い、その最後を見届けることも、彼らの大切な役目だと思っています。
離島での出来事は終わりましたが、彼らの夏休みは、まだ終わっていません。
この先も、どこかで助けを待つ誰かがいる限り、新霊体験隊の物語は続いていきます。
また次の物語で、お会いできることを願っています。




