迎え火の神社
瑞希と合流した、隼人たちは山道を登って謎を確かめる。
*** 山道を登る***
一行は、健一を先頭に、山道を、登っていた。
昼間だというのに、木々の間は、薄暗く、湿った空気が、重く、纏わりついていた。
「ここから、少し、急になる。」
健一が、振り返る。
瑞希は、終始、無言のまま、周囲を、警戒していた。
「瑞希姉さん、大丈夫ですか。」
隼人が、声を掛ける。
「……ええ。」
瑞希の返事は、どこか、上の空だった。
彼女の目は、木々の奥、参道の、さらに先を、じっと、見つめていた。
「何か、見えるんですか。」
「まだ、はっきりとは。」
瑞希は、小さく、首を振った。
「でも、近づいてる、のは、分かる。」
「え?」
「……私たちが、じゃない。」
瑞希は、小さく、首を振った。
「向こうが、近づいて、来てる。」
***見覚えのある景色***
鳥居が、見えてきた。
健一の案内で、何度か、この場所は、通り過ぎていた。
だが、鳥居をくぐった、その瞬間――。
瑞希の足が、ぴたりと、止まった。
「……この景色。」
瑞希の声が、震えていた。
「瑞希姉さん?」
「覚えてる。」
瑞希は、鳥居を、見上げたまま、呟いた。
「ここに、立ったこと、ある。」
「昔、来たことがあるって、言ってましたよね。」
「思ったより……はっきりと、思い出す。」
瑞希は、こめかみを、押さえた。
「小さい、私が、ここに、立ってる。」
「一人で、ですか。」
「いいえ。」
瑞希は、静かに、首を振った。
「誰かと、手を、繋いでる。」
***神社の裏手***
小さな社の、裏手に、回る。
健一が言っていた、朽ちかけたロープの張られた、あの参道が、そこにあった。
だが、以前とは、明らかに、違っていた。
ロープは、切れて、地面に、垂れ下がっている。
「誰か、通った、跡だわ。」
夕子が、地面を、指差した。
湿った土の上に、複数の、足跡が、残っていた。
大人の、足跡。
そして、その隣に――。
小さな、子どもの、足跡が、続いていた。
「これ……。」
美優が、声を、震わせる。
「新しい、足跡……?」
「分からない。」
夕子が、慎重に、答えた。
「でも、少なくとも、最近のもの、だと思う。」
隼人は、その足跡を、見つめながら、ある可能性に、思い至った。
「もしかして……昨夜、あの部屋にいた、何かが……。」
誰も、その先を、言葉にしなかった。
***参道の奥***
「行きましょう。」
瑞希が、静かに、言った。
「奥まで。」
「危なくないんですか。」
健一が、心配そうに、尋ねる。
「分からない。」
瑞希は、正直に、答えた。
「でも、ここまで来て、引き返す方が、もっと、危険な気がする。」
一行は、朽ちた参道を、慎重に、進み始めた。
木々の間から差し込む光が、少しずつ、弱くなっていく。
空気が、じっとりと、重くなっていった。
しばらく歩くと、開けた場所に、出た。
そこには――。
古い、石の祠が、一つ、佇んでいた。
祠の前には、何かを、燃やした跡のような、黒い染みが、地面に、広がっていた。
「これが……。」
健一が、声を、震わせる。
「迎え火を、焚いていた、場所だ。」
瑞希は、祠に、ゆっくりと、近づいた。
祠の表面には、かすれた文字が、刻まれていた。
風化して、ほとんど、読めない。
だが、瑞希は、その文字を、指でなぞりながら、一文字ずつ、読み上げていった。
「――迎え火、五ツニ満ツ。」
「――満チシ時、一人、還ラズ。」
「――還ラザル者、永久ニ、此ノ地ニ、留マル。」
最後の一文を、読み終えた、瞬間だった。
祠の奥、黒い染みの中心から――。
小さな、白い、何かが、ゆっくりと、姿を、現し始めた。
それは、人影よりも、小さかった。
だが、誰も、その場から、一歩も、動くことが、できなかった。
***距離***
♢動かないもの♢
白い、何かは、祠の前に、佇んだまま、動かなかった。
背丈は、子どもほど。
だが、顔の部分だけが、逆光のように、暗く、見えなかった。
「……何、あれ。」
美優が、隼人の腕を、強く、掴んだ。
誰も、答えられなかった。
風が、木々を、揺らす。
だが、その白いものだけは、髪の一筋さえ、揺れなかった。
「動いて、ない……よな。」
秀が、震える声で、確認するように、言う。
「ああ。」
隼人も、頷いた。
確かに、動いていない。
両足は、地面に、根を張ったように、静止していた。
***それでも、近づいてくる***
「……離れましょう。」
夕子が、静かに、言った。
一行は、じりじりと、後ずさりを、始めた。
白いものは、依然として、動かない。
だが。
「――待って。」
夕子の声が、鋭くなった。
「近い。」
「え?」
「さっきより、近い。」
隼人は、白いものへ、目を、凝らした。
確かに――。
最初に見た時よりも、明らかに、距離が、縮まっていた。
だが、その動きは、誰の目にも、見えなかった。
「一歩も、動いてないのに……。」
美優の声が、震えていた。
「近づいて、来てる……?」
瑞希は、その様子を、じっと、見つめていた。
「……瞬きの、間だけ。」
「え?」
「私たちが、瞬きした、瞬間だけ、動いてるんだと思う。」
瑞希の声には、隠しきれない、緊張が、あった。
「見ている間は、動けない。でも、目を閉じた、一瞬に――。」
誰も、それ以上、何も、言えなかった。
***足音のない歩み***
誰も、瞬きを、しないように、努めた。
だが、それは、不可能だった。
人は、瞬きを、止められない。
そして、瞬きの、たびに――。
白いものは、また、少しだけ、近づいていた。
しかも、足音は、一切、しなかった。
地面を、踏む音も、草を、擦る音も、何も、聞こえない。
まるで、この世界の、法則から、外れた場所を、移動しているようだった。
「瑞希姉さん、どうすれば……。」
隼人の声が、掠れる。
瑞希は、素早く、思考を巡らせている様子だった。
「話しかけて、みる。」
「え?」
「向こうは、『カゾエテ』って、言ってた。」
瑞希は、震える声を、抑えながら、続けた。
「なら――何かを、伝えようと、しているのかもしれない。」
***声をかける***
瑞希が、一歩、前へ、出た。
「……あなたは、誰?」
白いものは、答えなかった。
だが、その、逆光の中の、顔の部分が――。
わずかに、瑞希の方へ、向いた、気がした。
「私に、何か、伝えたいことが、あるの?」
沈黙。
長い、長い、沈黙が、続いた。
そして、ようやく――。
あの、声が、聞こえた。
――ミズキ。
瑞希の、名前を、呼ぶ、声だった。
瑞希の顔が、大きく、強張った。
「……その名前を、知ってるの?」
――ミズキ。オボエテ、イル?
「覚えて、るかって……。」
瑞希の声が、震える。
「何を……。」
その時、白いものが、初めて、瞬きの合間ではなく、目の前で――。
すっと、一歩、踏み出した。
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