数えられないもの
瑞希も島に到着する知らせを聞いた隼人たちは、安堵した。謎は解明するのだろうか?
*** 港にて***
その日の昼過ぎ、フェリーが、港へ、到着した。
「瑞希姉さん!」
隼人が、真っ先に、駆け寄る。
「みんな、無事……。」
瑞希は、五人の顔を、一人一人、確かめるように、見た。
その表情には、隠しきれない、安堵と、緊張が、入り混じっていた。
「本当に、無事で、よかった。」
瑞希は、隼人を、強く、抱きしめた。
「瑞希姉さん、来てくれて……。」
「遅くなって、ごめんなさい。」
瑞希は、そう言って、五人の背後に立つ、健一へと、視線を、移した。
「健一さん、久しぶり。」
「瑞希ちゃん……大きくなったな。」
健一の声は、どこか、感慨深げだった。
「積もる話は、後でしましょう。今は――。」
瑞希の表情が、一瞬で、引き締まった。
「昨夜のこと、詳しく聞かせて。」
***数えるという行為***
ペンションの食堂に、全員が、集まった。
隼人たちは、順を追って、昨夜の出来事を、話した。
「カゾエテ……。」
瑞希は、その言葉を、繰り返し、呟いた。
「ヒトリ、タリナイ……。」
瑞希の顔から、みるみる、血の気が引いていく。
「瑞希姉さん?」
「……ちょっと、待って。」
瑞希は、テーブルに、両手をつき、深呼吸を、した。
「確認させて。」
瑞希は、静かな声で、続けた。
「今、この部屋に、何人、いる?」
「え?」
隼人が、聞き返す。
「数えてみて。」
その声には、有無を言わせない、緊張が、あった。
隼人は、素直に、部屋を、見渡した。
「俺、美優、夕子、隆、秀、瑞希姉さん、健一さん……七人、です。」
瑞希は、小さく、頷いた。
「私も、七人だと思う。」
***ずれる視線***
「でも、念のため、それぞれ、指を差してみて。」
瑞希の指示に、全員が、戸惑いながらも、従った。
「私から、始めるわ。」
瑞希が、一人ずつ、指を差していく。
「隼人君、美優さん、夕子さん、隆君、秀君、健一さん――。」
瑞希の指先が、最後に、もう一人を、指す。
「そして、そこの――。」
全員が、瑞希の、指の先を、見た。
窓際。
そこには、誰も、いなかった。
「……瑞希姉さん、そこには、誰も……。」
隼人が、恐る恐る、言う。
瑞希は、驚いたように、目を見開いた。
「見えないの……?」
「見えません。」
「私には、確かに、見える。」
瑞希の声が、震えていた。
「小柄な、誰か……。」
その時、美優が、震える声で、言った。
「私には……廊下の方に、見える。」
全員が、美優を、見る。
「廊下に、誰かが、立ってる……。」
美優が、廊下へ続く扉を、指差した。
だが、隼人にも、夕子にも、隆にも、秀にも、そこには、何も、見えなかった。
「俺には……。」
隆が、掠れた声で、言った。
「健一さんの、後ろに、見える。」
健一が、驚いて、振り返る。
だが、そこにも、隆以外の、誰の目にも、何も映っていなかった。
***誰も、同じものを見ていない***
部屋に、恐怖に近い、沈黙が、落ちた。
「みんな、違う場所に、見えてる……?」
美優が、震える声で、言う。
「一人じゃ、ない、ってこと……?」
瑞希は、何度も、窓際と、廊下を、見比べた。
「……おかしい。」
誰も、返事をしなかった。
「同じものを、見ているはずなのに……。」
瑞希は、小さく、首を振った。
「違う場所に、いるように、見える。」
しばらく、沈黙が、続いた。
そして、瑞希は、慎重に、言葉を、選ぶように、続けた。
「……まだ、形が、定まっていないの、かもしれない。」
「形を、持てていない……?」
隼人が、聞き返す。
「分からない。あくまで、私の、推測よ。」
瑞希は、そう、前置きしてから、続けた。
「でも、もし、そうだとしたら――。」
瑞希は、もう一度、全員の顔を、見回した。
「隼人君、美優さん、夕子さん、隆君、秀君、健一さん……私。」
瑞希は、小さく、頷いた。
「七人。」
誰も、ほっと、息をついた。
その時だった。
「……もう一度。」
瑞希は、もう一度、数え始めた。
「一、二、三、四、五、六――。」
言葉が、止まる。
「……あれ?」
誰も、動かなかった。
「七人、いるはずなのに……。」
瑞希の顔から、血の気が、引いていく。
「どうして……六人しか、数えられないの?」
隼人たちも、慌てて、数え始めた。
「俺は、七人いる。」
「私も。」
「俺も、七人だ。」
だが、瑞希だけは、何度、数え直しても、六人しか、数えられなかった。
その瞬間。
耳元で、小さな、囁きが、聞こえた。
――ヒトリ、カゾエラレタ。
誰も、それが、何を、意味するのか、分からなかった。
瑞希の顔から、血の気が、引いていく。
「……そんな。」
小さく、漏れた、その一言は、誰にも、届かなかった。
瑞希だけは、その言葉の、意味に、心当たりが、あった。
「数えられた」のでは、ない。
「向こうに、記録された」のだ。
だが、その続きを、瑞希は、口に、できなかった。
口にした瞬間、それが、現実になってしまう気が、したからだ。
窓の外、山の稜線が、今日も、静かに、島を、見下ろしていた。
午後五時――その刻限は、今日もまた、確実に、近づいていた。
そして、今夜こそ、真実に、辿り着かなければ、ならなかった。
***数えてはいけない理由***
♢瑞希の沈黙♢
「瑞希姉さん。」
隼人が、静かに、尋ねた。
「さっきの言葉、何か、知ってるんですか。」
瑞希は、しばらく、答えなかった。
やがて、テーブルに、視線を、落としたまま、口を、開いた。
「昔、師匠から、一度だけ、聞いたことがあるの。」
「どんな、話ですか。」
「――数を数えるという行為には、力がある、って。」
瑞希は、そこまで、言って、口を、閉じた。
「本当は……話しては、いけない話、なの。」
部屋の空気が、さらに、重くなる。
「でも、もう、隠している場合じゃ、ないわね。」
瑞希は、慎重に、言葉を、選びながら、続けた。
「師匠に、言われたことが、あるの。」
「夜の神社で、人数を、数えてはいけない。」
「橋の上で、人数を、数えてはいけない。」
「山で、『全部で、何人?』と、聞かれても、答えては、いけない。」
瑞希は、静かに、続けた。
「理由は、誰も、知らない。でも、昔から、それだけは、絶対に守れ、と。」
「人は、無意識に、物や、人を、数えることで、その存在を、確定させている。」
「確定……?」
「そこに、いる。それだけの、人数、いる。当たり前のことだけど、それは、実は、無意識の、確認作業なの。」
夕子が、静かに、頷いた。
「だから、逆に言えば……。」
「ええ。」
瑞希は、頷いた。
「正しく数えられなかったものは、存在が、曖昧になる。」
***記録されるということ***
「向こうに、記録された、って、どういう意味ですか。」
隼人が、重ねて、尋ねる。
瑞希は、また、しばらく、黙った。
「……この島の『迎え火』は、多分、ただの怪異じゃない。」
「じゃあ、何なんですか。」
「一種の、帳簿のようなもの、だと思う。」
「帳簿……。」
「誰が、島に、来て。誰が、山へ、入って。誰が、戻らなかったか。」
瑞希の声は、低く、静かだった。
「それを、何十年も、記録し続けている、何か。」
「儀式が、途絶えてからも……?」
「ええ。記録する役目だけは、止まらなかったんだと思う。」
瑞希は、深く、息を、吐いた。
「そして、多分――。」
瑞希は、自分の、両手を、じっと、見つめた。
「私の名前も、その帳簿に、書き加えられた……気が、するの。」
「気が、する……?」
隼人が、聞き返す。
「……そういう、気がしただけ。」
瑞希は、静かに、首を振った。
「でも、あの声は、確かに、『ヒトリ、カゾエラレタ』って、言った。」
「それが、誰だったのかは……。」
瑞希は、そこで、言葉を、切った。
「まだ、分からない。誰が、記録されたのか。何が、起きるのか。助かる方法が、あるのか。」
瑞希は、一つ一つ、確かめるように、言った。
「正直に言うわ。私にも、それは、分からない。」
その正直さが、かえって、部屋の空気を、重くした。
***なぜ、瑞希なのか***
「どうして、瑞希姉さんが……。」
美優が、震える声で、尋ねる。
「分からない。」
瑞希は、首を振った。
「でも、心当たりが、ないわけじゃないの。」
「心当たり……?」
「小さい頃、一度だけ、この島に、来たことがある気がする。」
瑞希の表情に、初めて、はっきりとした、動揺が、浮かんだ。
「はっきりとは、思い出せない。でも、あの神社の景色に、見覚えがあるの。」
「じゃあ、瑞希姉さんも、昔、ここで……。」
「多分。」
瑞希は、頷いた。
「私は、一度、数えられて。そして、なぜか、帰ってこられた。」
部屋に、重い、沈黙が、落ちた。
「戻ってこられた人が、いた、ってことですか。」
隼人が、尋ねる。
「そう。健一さんの、祖母の記録にあった、『島の外から来た男』と、同じように。」
瑞希は、静かに、続けた。
「私も、多分、その一人。」
***神社へ***
「瑞希姉さん、それなら――。」
隼人が、身を、乗り出す。
「瑞希姉さんなら、あの神社で、何が、起きているか、分かるかもしれない。」
瑞希は、少し、迷うように、目を、伏せた。
「……行くしか、ないと思う。」
「今から、ですか。」
「まだ、日があるうちに。」
瑞希は、腕時計を、確認した。
「午後五時までに、戻れば、大丈夫なはず。」
健一が、心配そうに、口を、挟んだ。
「瑞希ちゃん、本当に、大丈夫なのか。」
「分からない。」
瑞希は、正直に、答えた。
「でも、このまま、何も、知らないままでいる方が、もっと、危険だと思う。」
瑞希は、立ち上がり、全員を、見渡した。
「行きましょう。神社まで。」
誰も、反対しなかった。
瑞希が、障子を、開ける。
遠く、山の神社の方角にだけ、白い、煙が、ゆっくりと、立ち上っていた。
誰も、火を、焚いているはずは、なかった。
それでも、細い煙は、まるで、誰かが、迎え火を、灯したように、空へ、昇っていた。
ゴォーン……。
山の奥から、鐘が、一度だけ、鳴った。
その音を、聞いた、瞬間。
瑞希の肩が、小さく、震えた。
「……始まった。」
誰に、言うでもなく、瑞希は、小さく、呟いた。
誰も、鐘など、撞いていないはずだった。
窓の外、山の稜線が、変わらず、静かに、その一行を、見下ろしていた。
山は、何も、語らない。
ただ、迎える準備だけを、静かに、続けていた。
購読、ありがとうございました。




