部屋にいるもの
隼人たちは部屋の中である気配を感じ取った。。。それは、誰なのか・・・
*** 動けない五人***
誰も、声を、出せなかった。
部屋の隅。
暗闇の中に、確かに、何かが、いる。
しかし、見ることが、できない。
健一の言葉が、頭の中に、蘇る。
――『山を見るな』
だが――。
今、問題なのは、山ではない。
同じ部屋の中に、何かが、いる。
「……誰か、いるのか?」
秀が、震える声で、問いかけた。
返事は、なかった。
ただ、畳を踏むような、音がした。
……ギシ。
……ギシ。
ゆっくりと。
こちらへ、近づいてくる。
***明かりを***
「明かり……つけないと……。」
美優が、震える手で、枕元の、リモコンを、探る。
だが、指先が、うまく、動かなかった。
「隆、明かりのスイッチ……。」
隼人が、囁くように、言う。
隆は、震えながらも、壁際の、スイッチへ、手を伸ばした。
カチッ。
部屋に、光が灯る。
部屋の隅には――。
誰も、いなかった。
畳の上にも、足跡一つ、残っていない。
「……いない……?」
秀が、呆然と、呟いた。
だが、その安堵は、長くは続かなかった。
「――あそこ。」
夕子が、震える指で、押し入れの襖を、指差した。
襖の隙間、下の方から――。
白い、何かが、覗いていた。
***見てしまったもの***
誰も、動けなかった。
隼人は、それでも、勇気を、振り絞って、その白いものに、目を、凝らした。
それは――。
髪の毛だった。
長い、黒く濡れたような、髪の毛の先が、襖の隙間から、覗いている。
「……人、なのか。」
隼人の、声が、掠れる。
その時だった。
襖の向こうから、小さな声が、聞こえた。
――カゾエテ。
誰かの、声だった。
男とも、女とも、大人とも、子どもとも、つかない声。
――カゾエテ。ワタシヲ、カゾエテ。
「数え、て……?」
美優が、震える声で、繰り返す。
その瞬間、部屋の電気が、明滅した。
ジジジ、と、嫌な音を立てて。
一瞬の、暗闇。
次に、明かりが戻った時――。
押し入れの、髪の毛は、消えていた。
***気配の正体***
しばらく、誰も、動けなかった。
やがて、隼人が、震える足で、押し入れに、近づき、恐る恐る、襖を、開けた。
中には、布団が、積まれているだけだった。
何も、いなかった。
「……今の、何だったんだ。」
秀が、床に、へたり込む。
「カゾエテ、って……。」
夕子が、低い声で、呟いた。
「私たちに、数えてほしい、ってこと……?」
「何を、ですか。」
隼人が、聞き返す。
「分からない。」
夕子は、首を振った。
「でも、瑞希さんの言葉と、繋がる気がする。」
――向こうが数え始めた時は、こちらも、数えられていると思え。
もし、あの声の主が、逆に「数えてほしい」と、望んでいるのだとしたら。
それは――「敵」なのだろうか。
それとも――。
「……もしかして。」
隼人が、ぽつりと、呟いた。
「あれは、俺たちを、襲おうとしているんじゃなくて。」
全員が、隼人を、見る。
「助けを、求めてるんじゃ……。」
誰も、返事を、しなかった。
その時だった。
部屋の隅から、小さな声が、した。
――ヒトリ……タリナイ。
五人は、一斉に、その声のした方を、振り向いた。
だが、そこには、誰も、いなかった。
一拍、置いて――。
――カゾエテ。
今度は、誰かの、すぐ耳元で、囁かれた。
五人は、同時に、身を、震わせた。
声は、もう、一つの場所からでは、なかった。
右から。
左から。
背後から。
部屋のあらゆる方向から、同時に、聞こえていた。
誰も、すぐには、答えられなかった。
だが、その可能性を、完全には、否定できなかった。
窓の外は、すでに、真っ暗になっている。
誰も、カーテンを、開ける勇気は、なかった。
長い、長い夜が、まだ、始まったばかりだった。
***途絶えた迎え火***
♢朝、無事に♢
気がつくと、窓の外は、白み始めていた。
誰も、一睡もしていなかった。
だが、あの声は、いつの間にか、聞こえなくなっていた。
「……終わった、のか?」
秀が、掠れた声で、呟いた。
誰も、答えられなかった。
朝食の席で、健一は、五人の顔を見るなり、絶句した。
「……無事だったのか。」
「はい。でも……。」
隼人は、昨夜のことを、順を追って、健一に話した。
押し入れの、髪の毛。
「カゾエテ」という声。
「ヒトリ、タリナイ」という言葉。
健一の顔から、みるみる、血の気が引いていった。
「そんなことが……。」
健一は、テーブルに、両手をついた。
「実は、俺も、昨夜、思い出したことがある。」
***途絶えた行事***
「祖母の日記には、まだ、続きがあったんだ。」
健一は、昨日とは、別の、古い紙束を、テーブルに、広げた。
「これは、日記じゃない。島の、記録簿だ。」
黄ばんだ紙には、達筆な字で、年ごとの、島の行事が、記されていた。
「昔は――。」
健一の声が、低くなる。
「毎年、決まった日に、『迎え火の儀式』というものを、行っていたそうだ。」
「儀式……?」
「山の神社で、火を焚いて、鐘を鳴らして、山の方角へ、祈りを捧げる。それだけの、儀式だったらしい。」
「それだけ……?」
「でも、記録には、こうも、書かれている。」
健一は、一つの、年号を指した。
「この年を最後に、儀式は、行われなくなった。」
「なぜですか。」
夕子が、尋ねる。
健一は、しばらく、黙っていた。
「――儀式のたびに、島から、一人、いなくなっていたそうだ。」
部屋に、重い沈黙が、落ちた。
「祖母も、このページだけは、読むな、と言っていた。」
健一は、その紙を、そっと、指でなぞった。
「子どもの頃、一度だけ、祖母が、泣きながら、これを、燃やそうとしていたのを、覚えている。」
「燃やそうと……?」
「でも、燃やせなかった、って言っていた。」
健一は、静かに、首を振った。
「『燃やしたら、もっと、悪いことが起きる気がした』って。」
「毎年、一人。山へ入り、二度と、戻らない。」
健一の声は、震えていた。
「それが、『迎え火』の、本当の意味だったらしい。」
***誰も選ばれなくなった***
「でも、ある年から、島の者たちは、それを、拒んだ。」
健一は、続けた。
「儀式を、やめた。誰も、山へ、送らないことにした。」
「それで……。」
「それで、どうなったか。記録には、こう、書かれている。」
健一は、その一文を、読み上げた。
――迎え火は、今も、待ち続けている。
――誰も選ばれぬまま、火だけが、山で、燃え続けている。
「待ち続けてる……。」
美優が、震える声で、繰り返した。
「じゃあ、あの、『カゾエテ』っていう声は……。」
「儀式が、途絶えて、何十年も、誰も、数えられていない、ってことだと思う。」
夕子が、静かに、分析した。
「向こうは、ずっと、『五つ』を、揃えたいまま、待ち続けている。」
「そこへ、俺たちが、来てしまった……。」
隼人が、掠れた声で、続けた。
「五人。ちょうど、揃った、五人が。」
誰も、それを、否定できなかった。
***瑞希への連絡***
隼人は、震える手で、瑞希に、電話をかけた。
だが、何度かけても、繋がらなかった。
「……瑞希姉さん?」
留守番電話に、切り替わる。
隼人は、これまでのことを、手短に、メッセージとして、吹き込んだ。
「頼む、早く……。」
電話を切った、その直後だった。
スマートフォンが、震える。
だが、瑞希からでは、なかった。
メッセージには、こう、書かれていた。
――ごめんなさい、少し電波が悪くて。今、港へ向かってる。予定より早く、そちらへ行きます。
「……瑞希姉さん、今日、来られるのか。」
秀が、わずかに、安堵の色を、見せた。
だが、隼人の胸には、まだ、重い不安が、残っていた。
あの声は、まだ、待っている。
「五つ」が、揃うのを。
そして、その「五つ」は、すでに、目の前に、揃ってしまっている。
午後五時――その刻限は、今日もまた、確実に、近づいていた。
瑞希の到着が、間に合うかどうか――。
それは、誰にも、分からなかった。
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