開いてはいけない
隼人たちは、不穏な気配を感じていた。
*** 送信***
翌朝、隼人は、朝食の前に、瑞希へ、メッセージを送った。
昨日、蔵で見つけた日記の内容。
写真に写り込んだ、白い輪郭。
拡大して見えた、三つの人影。
そして――ファイル名が、勝手に「六人目.jpg」に変わったこと。
写真データも、添えて、送信する。
既読が、すぐについた。
だが、返信は、なかなか来なかった。
「瑞希姉さん、見てるのかな。」
美優が、心配そうに、スマートフォンを覗き込む。
十分ほど、待った頃だった。
電話が、かかってきた。
***瑞希の悲鳴に近い声***
「もしもし。」
隼人が、応答する。
『――その写真、今すぐ、消さないで!』
瑞希の声は、これまで聞いたことがないほど、切迫していた。
「え……、消さないで、って言ったんですか。」
『そう。消さないで。でも――。』
瑞希は、一度、言葉を切った。
『絶対に、夜、その写真を、開かないで。』
「どういうこと、ですか。」
『理由は、うまく説明できない。』
瑞希の声が、震えていた。
『でも、その写真を見た瞬間、頭の中に、警報みたいなものが、鳴り響いたの。』
「警報……。」
『あの写真は、ただの記録じゃない。』
瑞希は、一つ一つ、言葉を選ぶように、続けた。
『多分――窓なの。』
「窓?」
『こちら側と、向こう側を、繋いでしまう、窓。』
部屋に、緊張が走った。
***六人目という言葉***
「瑞希姉さん、ファイル名のことも、見ましたか。」
隼人が、尋ねる。
『……ええ。』
瑞希の声が、一段と、低くなった。
『「六人目」。』
瑞希は、その言葉を、口にした瞬間、突然、黙り込んだ。
「瑞希姉さん?」
『……ごめんなさい。』
しばらくして、瑞希が、小さく、呟いた。
『昔、一度だけ……似たような話を、聞いたことがあるの。』
「似たような話、って。」
『写真じゃない。でも……数えた人数と、実際にいる人数が、合わなくなる話。』
瑞希の声が、震えていた。
『その時、師匠は、言っていたわ。』
『「向こうが数え始めた時は、こちらも、数えられていると思え」って……。』
隼人は、背筋が、冷たくなるのを感じた。
『それが、何を意味するのか、まだ、分からない。』
瑞希は、低い声で、言った。
『でも、一つだけ、分かることがある。』
電話の向こうで、瑞希が、一度、息を呑む気配がした。
『あちら側は――あなたたち五人を、見つけた。』
隼人は、息を呑んだ。
瑞希の声には、隠しきれない、不安が滲んでいた。
***新しい約束***
『いい、隼人君。』
瑞希は、はっきりとした口調で、続けた。
『写真は、今のまま、健一さんに預けて。データも、それ以上は、開かないこと。』
「分かりました。」
『それと、今夜――今夜だけは、絶対に、五人全員で、同じ部屋にいて。』
「同じ部屋、ですか。」
『一人にならないで。誰も、部屋を離れないこと。』
瑞希の声には、有無を言わせない、強さがあった。
「はい、約束します。」
『私も、明日には、必ず、そちらへ向かうから。』
瑞希は、そう言うと、一度、大きく、息を吸った。
『隼人君。』
「はい。」
『怖い思いを、させてしまって、ごめんなさい。』
「瑞希姉さんのせいじゃないです。」
隼人は、努めて、落ち着いた声で、答えた。
『でも……この島に呼んだのは、私だから。』
瑞希の声には、自分を責めるような、響きがあった。
通話が、切れる。
隼人は、皆に、瑞希との会話を、伝えた。
「今夜は、全員で、一緒にいよう。」
誰も、異論はなかった。
窓の外は、今日も、穏やかな、夏の青空が広がっている。
だが、その空の下、山の稜線だけが、変わらず、暗い影を、落としていた。
その時、隆のスマートフォンが、震えた。
「……誰からだ?」
全員が、画面を、覗き込む。
表示されていた名前は――
『不明』
だった。
隆は、恐る恐る、それを、開いた。
そこには、一枚の写真が、添付されていた。
撮影された場所は――今、自分たちがいる、ペンションの部屋。
撮影時間は――十年前。
そして、写真の中には、五人の姿が、写っていた。
隼人は、一瞬、安心しかけた。
だが――。
「……待って。」
夕子の声が、部屋に、響いた。
「これ……おかしい。」
「何が?」
夕子は、写真の端を、指差した。
「この写真が撮られたのは、十年前よね。」
「そうだな。」
「なのに……。」
夕子の指先が、震えていた。
「どうして、私たちの服装まで、今と、同じなの?」
全員が、息を呑んだ。
写真の中の五人は、確かに、今日、着ているのと、同じ服を着ていた。
誰も、言葉を、発せられなかった。
午後五時――その刻限は、今日もまた、確実に、近づいていた。
***存在しない写真***
翌朝、隼人たちは、健一に、昨夜の写真を見せた。
「これ、見てもらえますか。」
隼人が、スマートフォンの画面を、健一に差し出す。
健一は、写真を見た瞬間、表情を、こわばらせた。
「これは……。」
「この部屋、今、俺たちが泊まってる部屋、ですよね。」
「ああ、間違いない。」
健一は、写真を、じっと見つめたまま、続けた。
「だが、おかしい。」
「何がですか。」
「このペンション、俺が建てたのは、八年前だ。」
部屋に、沈黙が落ちた。
「十年前には……この建物は、まだ、無かった。」
「そんな……。」
美優が、声を、震わせる。
「存在しない場所の、存在しない時間の写真ってこと……?」
誰も、答えられなかった。
***六人目のはずが***
その日の午後、隼人たちは、集落へ、買い出しに出ていた。
昨日、雨戸を早々に閉めていた店の女性が、今日は、店先に、座っていた。
「あら、お兄ちゃんたち。」
女性は、五人を見て、にこりと笑った。
「昨日は、六人だったのに、今日は五人なのね。」
「え……?」
隼人が、思わず、聞き返す。
「六人、ですか。」
「そうよ。昨日、灯台の方で見かけたわ。」
女性は、当然のように、続けた。
「背の高い子が一人、増えてたじゃない。」
五人は、顔を見合わせた。
誰も、そんな人物に、心当たりはなかった。
「すみません、俺たち、ずっと五人なんですけど……。」
隼人が、慎重に、言う。
女性は、きょとんとした顔をした。
「あら、そうだったかしら。」
そう言うと、女性は、少し、首を傾げて、それ以上は、気にする様子もなく、また、店の奥へと戻っていった。
「……今の、何だったんだ。」
秀が、青ざめた顔で、呟いた。
***島民たちの記憶***
集落を歩く間、他にも、何人かの島民に、声を掛けられた。
「灯台で写真、撮らせてもらったよ。六人揃って、いい笑顔だったね。」
と、老人が、懐かしそうに、言う。
「昨日は、賑やかだったなぁ。六人組さんは。」
と、別の店の主人が、笑いながら、言う。
誰もが、当然のように、「六人」だったと、口にした。
そして、誰もが、その六人目について、具体的なことは、何も、覚えていなかった。
「背が高かった」
「静かな子だった」
「あまり、喋らなかった」
その程度の、曖昧な印象しか、残っていなかった。
「……これ、まずいわ。」
夕子が、低い声で、言った。
「島の記憶そのものに、何かが、入り込んでる。」
「記憶に……?」
「私たちの記録は、五人のまま。でも、島の人たちの記憶の中では、もう、六人になってる。」
夕子は、静かに、続けた。
「もし、これが、少しずつ、進んでいるとしたら――。」
その先を、夕子は、言わなかった。
だが、全員が、同じことを、考えていた。
いつか、自分たち自身の記憶も、書き換えられてしまうのではないか、と。
***健一の告白***
夕方、ペンションに戻ると、健一が、深刻な表情で、待っていた。
「実は、一つ、話してないことがある。」
「何ですか。」
「祖母の日記、あの続きを、今日、思い出して、探してみたんだ。」
健一は、一枚の、古びた紙を、テーブルに置いた。
日記帳から、切り離されたと思しき、一ページだった。
「これは……。」
「日記の最後のページだ。今まで、見つけられなかった。」
健一の声は、震えていた。
「祖母は、こう、書き残していた。」
健一は、その紙を、読み上げた。
――迎え火は、数を数える。
――一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。
――五つ揃った時、迎えは、完成する。
――そして、五つ目に選ばれた者だけが、山から、戻ってこられない。
部屋の空気が、凍りついた。
「五つ目……。」
隼人が、掠れた声で、呟く。
「今、俺たちは、五人だ。」
健一は、震える声で、続けた。
「もし、あの写真が、本当に『六人目』を、示しているとしたら……。」
「六人目が現れた時、初めて、五つ目が、選ばれる、ってこと……?」
美優の声が、震えていた。
誰も、それに、答えられなかった。
窓の外、山の稜線の向こうから、太陽が、傾き始めていた。
午後五時――その刻限は、今日もまた、確実に、近づいていた。
そして、今夜もまた、鐘は、鳴るはずだった。
五つ、鳴るのか。
それとも――。
*** 山を見るな***
夕方、健一が、五人の部屋を、訪れた。
「今日は……。」
健一の顔は、これまでで、一番、青ざめていた。
「今日だけは、絶対に、山を見ないでくれ。」
「見ない方が、いいんですか。」
隼人が、尋ねる。
「灯りが見えても、鐘が鳴っても、窓の外を、見るな。」
健一は、カーテンを、きつく、閉め切った。
「頼む。約束してくれ。」
全員が、頷いた。
健一は、それだけ言うと、逃げるように、部屋を、後にした。
***それぞれの夢***
夜、隼人たちは、五人で、同じ部屋に、布団を並べて、横になっていた。
誰も、すぐには、眠れなかった。
だが、いつの間にか、一人、また一人と、うとうとし始めていた。
隼人は、夢を、見た。
夢の中で、隼人は、一人、暗い参道を、歩いていた。
誰かが、後ろから、呼んでいる気がした。
振り返っても、誰もいない。
だが、確かに、自分の名前を、呼ぶ声が、聞こえていた。
――ハヤト。
目を覚ますと、隣で、美優が、うなされていた。
「……美優?」
揺すって起こすと、美優は、はっと、目を開けた。
「……誰かに、手を、引かれる夢を、見た。」
美優の声は、震えていた。
「振りほどこうとしたけど、できなくて……。」
同じ頃、秀もまた、目を覚ましていた。
「俺も、変な夢……見た気がする。」
秀は、珍しく、弱々しい声で、言った。
「誰かが、俺の名前を、呼んでた。」
夕子と隆も、目を覚ましていた。
誰も、それ以上は、口にしなかった。
だが、五人全員が、同じような夢を、見ていたことは、確かだった。
***六人目の場所***
「……写真、もう一度、見てみない?」
隆が、震える声で、提案した。
誰も、反対しなかった。
昨夜の、あの写真を、もう一度、開く。
窓際に、立っていたはずの人影は――。
「……動いてる。」
夕子が、掠れた声で、言った。
その人影は、今度は、部屋の入り口の方に、立っていた。
昨夜とは、明らかに、位置が、違っていた。
「これ、時間が経つごとに、動いてるってこと……?」
美優の声が、震える。
「近づいて……きてる、のか。」
隼人が、呟いた。
誰も、それを、否定できなかった。
***五つ目の音***
時計の針が、午後五時に、近づいていた。
健一の忠告通り、カーテンは、固く、閉め切られている。
誰も、窓の外を、見なかった。
だが、全員が、息を殺して、外の気配を、探っていた。
ゴォーン……。
一つ目の鐘が、遠くから、響いた。
誰も、声を出さなかった。
ゴォーン……。
二つ目。
美優が、隣の隼人の袖を、無意識に、握りしめた。
ゴォーン……。
三つ目。
秀の額に、汗が、伝う。
ゴォーン……。
四つ目。
全員が、息を、止めた。
――ここで、いつもなら、五つ目が、鳴る。
だが。
鳴らなかった。
静寂が、部屋を、満たした。
一秒。
二秒。
三秒。
「……終わった、のか……?」
秀が、掠れた声で、呟いた、その瞬間だった。
ゴォーン……。
五つ目の鐘が、鳴った。
だが、その音は――。
窓の外からではなかった。
この、部屋の中から、聞こえていた。
五人は、同時に、凍りついた。
誰も、動けなかった。
部屋の隅、暗がりに沈んだ、そこに――。
何かが、立っている、気配がした。
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