帰ってきた人
隼人たちは、島の謎を探るため、調査を行っていた。
***再び、健一へ***
朝食を終えると、五人は、健一の元へ向かった。
健一は、ペンションの裏手で、漁具の手入れをしていた。
「健一さん。」
隼人が、声を掛ける。
「ん、どうした。」
健一が、顔を上げた。
「昨日の話、もう少し、詳しく聞かせてもらえませんか。」
「昨日の話……。」
「祖母さんから聞いたっていう、島の外から来た人の話です。」
健一の手が、一瞬、止まった。
「……そこまで、知りたいのか。」
「はい。」
隼人は、はっきりと頷いた。
「瑞希姉さんにも、頼まれたんです。その人が、帰ってきた後、どうなったのか。それが、重要な手がかりになるかもしれないって。」
健一は、しばらく、隼人を見つめていた。
やがて、漁具を置き、深く、息を吐いた。
「……分かった。もう一度、話そう。」
***蔵の中***
健一は、五人を、ペンションの裏にある、古い蔵へと案内した。
「ここに、祖母の遺品が、少し残ってるんだ。」
埃っぽい蔵の中には、古い家具や、木箱が積まれていた。
健一は、その中から、一つの木箱を取り出す。
「これは……。」
箱の中には、色あせた写真と、古い日記帳が、収められていた。
「祖母がつけていた、日記だ。」
健一は、その日記帳を、丁寧に開いた。
「この辺りに、確か……。」
ページをめくる手が、止まる。
「あった。」
健一は、その部分を、隼人たちに見せた。
達筆だが、かすれた文字で、こう書かれていた。
――昭和のある年、若い男が一人、島を訪れた。
――男は、島の伝承に強い興味を示し、禁を破って、山へ入った。
――三日後、男は、一人で、山を下りてきた。
「三日……。」
夕子が、小さく呟く。
「普通なら、一晩か二晩で、戻ってこられる距離のはずなんだが。」
健一が、補足するように言った。
***日記の続き***
「その先も、書いてあるんですか。」
美優が、尋ねる。
健一は、頷き、ページをめくった。
――男は、戻ってきた後、以前とは、様子が違っていた。
――口数が少なくなり、いつも、山の方角を、見つめていた。
――島の者たちは、次第に、男を、避けるようになった。
「避けられた……?」
隼人が、聞き返す。
「ああ。祖母は、こう書いている。」
健一は、続きを読み上げた。
「――『あの人は、帰ってきたはずなのに、何かを、山に置いてきたようだった』と。」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「その人は、それから、どうなったんですか。」
隼人が、尋ねる。
健一は、ページをめくり続けた。
だが、途中で、手が止まった。
「……ここで、終わってる。」
「終わってる、って……。」
「日記が、途切れてるんだ。この日以降、何も、書かれていない。」
健一は、日記帳を、静かに閉じた。
「祖母に聞いても、それ以上は、話してくれなかった。」
***写真***
「この写真は……。」
隆が、木箱の中の、古い写真を、手に取った。
白黒の写真には、若い男が一人、神社の鳥居の前で、写っていた。
男の表情は、どこか、不安げだった。
「これが、その人ですか。」
「多分な。」
健一が、頷いた。
「名前は……祖母は、決して、口にしなかった。」
その時だった。
夕子が、写真の隅を、じっと見つめていた。
「……この写真、おかしいわ。」
「え?」
「よく見て。」
夕子が、写真を、皆に見せる。
男の背後、鳥居の奥――暗い参道の入り口に、何か、白いものが、写り込んでいた。
ぼんやりとしていて、はっきりとは分からない。
だが、それは、まるで――。
人の、輪郭のように見えた。
「これ、まさか……。」
美優が、声を、震わせる。
「誰かが、写り込んでる……?」
健一が、写真を、覗き込んだ。
「……こんなもの、今まで、気づかなかった。」
健一の顔から、みるみる、血の気が引いていった。
隼人は、その白い輪郭を、じっと見つめた。
胸の奥が、不自然に、ざわついた。
その瞬間、昨夜、通話が切れる直前に聞こえた、あの声が、頭をよぎった。
――『……まだ、五つじゃない。』
理由は、分からない。
だが、あの声と、この写真の奥に立つ「何か」が、同じもののように、思えてならなかった。
隆は、とっさに、その写真を、スマートフォンで撮影した。
その時は、誰も、気づかなかった。
本当の異変は、写真を拡大した時に、初めて現れることを――。
窓の外、山の方角から、風に乗って、かすかに、鐘の余韻のような音が、聞こえた気がした。
まだ、午後五時には、早い時間だった。
***拡大された影***
その夜、部屋に戻った隆は、パソコンを開いていた。
「隆、まだ起きてるのか?」
秀が、欠伸をしながら、声を掛ける。
「ちょっと、待ってくれ。」
隆は、真剣な表情で、画面を見つめていた。
「今日、健一さんの蔵で見た写真、撮っておいたんだ。」
「え、いつの間に。」
「無意識にな。何か、記録しておかなきゃって、体が勝手に動いた。」
隆は、スマートフォンから、パソコンへ、写真データを転送する。
画面いっぱいに、あの白黒写真が、映し出された。
「これを、拡大してみる。」
隆が、鳥居の奥――白い輪郭が写り込んでいた部分を、少しずつ、拡大していく。
「隆、何やってるんだ?」
隼人と美優、夕子も、部屋に集まってきた。
「あの、白いものを、もっとよく見てみたくて。」
画面が、ゆっくりと、拡大されていく。
粒子が、荒くなり、輪郭が、少しずつ、はっきりとしてきた。
「……あ。」
美優が、小さく、声を漏らした。
*** 拡大された姿***
拡大された画面には、白い輪郭が、より鮮明に、映し出されていた。
それは、大人の男の輪郭では、なかった。
もっと、小さい。
子どもほどの、大きさだった。
「子ども……?」
隼人が、思わず、呟く。
「顔は、見えない。」
夕子が、画面を、じっと見つめた。
「でも、この体勢……。」
その白い輪郭は、まるで、誰かに、手を引かれているような、姿勢をしていた。
だが、その隣には、誰の姿も、写っていない。
まるで、見えない誰かに、手を引かれるようにして、参道の奥へ、連れて行かれているようだった。
「これ……。」
美優の声が、震えていた。
「あの日記に書いてあった、島の外から来た人と、一緒に写ってるってこと……?」
「時期は、合ってる。」
夕子が、冷静に、答えた。
「でも、日記には、男が『一人で』山へ入った、としか書かれていなかった。」
「じゃあ、この子どもは……。」
誰も、その先を、言葉にできなかった。
***もう一つの発見***
「待って。」
隆が、画面を、さらに操作した。
「これ、見てくれ。」
写真の、別の部分――鳥居の柱の陰に、もう一つ、小さな影が、写り込んでいた。
それは、先ほどの白い輪郭よりも、さらに、輪郭が薄い。
目を凝らさなければ、気づかないほどだった。
「これも、人……?」
「多分。」
隆が、頷いた。
「よく見ると、他にも、あるかもしれない。」
全員が、息を呑んで、画面を見つめた。
鳥居の奥、参道の途中、木々の間――。
注意深く探すと、写真の中に、うっすらとした人影が、次々と、浮かび上がってきた。
「一つ。」
隆が、画面を指しながら、呟く。
「二つ……三つ、か。」
夕子の声も、次第に、緊張を帯びていく。
三つ目の影は、木の幹に、半分隠れるようにして、写っていた。
隆は、画面を、さらに拡大しようとした。
「……駄目だ。」
隆は、小さく、首を振った。
「これ以上は、輪郭そのものが、崩れる。」
画面の奥では、黒い粒子だけが、不気味に、揺れていた。
「まだ、他にもいるかもしれない、ってこと?」
美優が、不安そうに、尋ねる。
隆は、答えられなかった。
少なくとも、確認できたのは、三つ。
だが、写真の暗がりの奥には、まだ、何かが、潜んでいるように見えてならなかった。
「瑞希姉さんが言ってた、『まだ、五つじゃない』って……。」
美優が、震える声で、続けた。
「この写真の数と、何か関係が、あるのかな……。」
誰も、はっきりとは、答えられなかった。
だが、隼人には、それが、単なる偶然とは、思えなかった。
***隼人の決意***
「明日、もう一度、健一さんに、この写真を見せよう。」
隼人が、静かに、言った。
「それから、瑞希姉さんにも、この画像を送る。」
「うん。」
夕子が、頷いた。
「私たちだけで判断するのは、危険だわ。」
隆は、写真データを、丁寧に保存した。
「保存した。」
その瞬間だった。
画面に映っていた写真が、一瞬だけ、勝手に拡大された。
誰も、マウスには、触れていない。
「……え?」
隆が、思わず、身を引く。
鳥居の奥、暗がりの中に――。
さっきまで見えなかった、顔のようなものが、一瞬だけ、映った気がした。
次の瞬間には、画面は、元の写真へと、戻っていた。
「今の、見たか……?」
秀の声が、掠れていた。
誰も、答えられなかった。
隆が、パソコンを閉じようとした、その時だった。
「……あれ?」
隆の声に、全員が、画面を覗き込む。
ファイル名が、いつの間にか、変わっていた。
IMG_0875.jpg
だったはずの文字が、
『六人目.jpg』
に、変わっていた。
「誰か、ファイル名、変えたか……?」
「いや、触ってない。」
秀が、首を横に振る。
誰も、答えられなかった。
次の瞬間――。
画面が、一瞬だけ、真っ暗になった。
すぐに、いつもの画面へ戻る。
だが、その一瞬の暗転が、全員の背筋を、冷たくさせた。
窓の外は、すでに、真っ暗になっている。
波の音だけが、規則正しく、聞こえていた。
隼人は、ふと、時計を見た。
午後十時を、少し過ぎていた。
午後五時の刻限は、すでに、過ぎている。
だが、なぜか、安堵する気持ちには、なれなかった。
まるで、この島では、時間そのものが、まだ何かを、待ち続けているような――。
そんな、落ち着かない予感が、隼人の胸から、離れなかった。
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