語られない言い伝え
翌朝、隼人たちは、これまでの出来事について、健一に問う事にした。。。どういった事があるのか?謎のままだった。
*** 朝の食卓***
翌朝、五人が食堂に降りると、健一は、すでにテーブルの前に座っていた。
いつもの明るい笑顔は、なりを潜めている。
「……おはよう。」
「おはようございます。」
隼人たちも、静かに席についた。
誰も、朝食に手をつけようとはしなかった。
健一は、しばらく、湯呑みを両手で包み込むように持ったまま、黙っていた。
やがて、ゆっくりと、口を開く。
「昨日、話すって言ったな。」
「はい。」
「約束は、守るよ。」
健一は、大きく息を吸い込んだ。
***迎え火の伝承***
「この島には、昔から、言い伝えがある。」
健一は、静かに、語り始めた。
「――『迎え火』の言い伝えだ。」
「迎え火?」
美優が、聞き返す。
「ああ。毎日、決まった刻に、山の上から、灯りが降りてくる。」
「灯りが……降りてくる?」
隼人が、思わず声を漏らす。
「昨日みんなが見たのは、逆だった。灯りが、山へ上っていった。」
健一は、頷いた。
「それも、言い伝えの一部だ。」
「どういうことですか。」
夕子が、静かに尋ねる。
「島の年寄りたちは、こう言うんだ。」
健一は、少し間を置いた。
「――毎日、誰かが山へ上り、誰かが山から下りてくる、と。」
健一は、湯呑みを見つめた。
「祖母も、そう言っていた。」
「もちろん、子どもの頃は、信じちゃいなかった。」
健一は、小さく、自嘲するように笑った。
「でも、大人になってから、昨日みたいな灯りを見て……笑えなくなった。」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「上って行った人は、どうなるんですか。」
美優の声が、震えている。
「分からない。」
健一は、首を振った。
「誰も、確かめようとはしないんだ。」
「確かめようとしない、って……。」
「昔から、そういう決まりだからだ。」
健一の声には、諦めに近い響きがあった。
「山を見ない。参道に近づかない。鐘が鳴ったら、家に入る。それだけを、島の者は、ずっと守ってきた。」
***知らないという答え***
「健一さんは、その灯りが、何なのか、知ってるんですか。」
隆が、尋ねる。
健一は、少しの間、答えなかった。
「……正直に言うと、俺も、よく分からない。」
「そんな……。」
「俺の親父も、そのまた親父も、同じことを言っていた。『昔からそう言われている』ってな。」
健一は、自嘲するように、小さく笑った。
「島の者でも、本当のことを知ってる人間は、多分、いないんだ。」
「でも、鐘は、誰が鳴らしてるんですか。」
秀が、尋ねる。
これには、健一も、はっきりと首を振った。
「神社の鐘だ。だが、誰かが撞いているところを、見た者はいない。」
「誰も、いないのに、鳴る……?」
美優が、声を落とす。
「そうだ。」
健一は、頷いた。
「それも含めて、島では、『そういうものだ』としか、言われていない。」
隼人は、しばらく、健一の顔を見つめていた。
嘘をついている様子はなかった。
だが、何かを、意図的に避けているようにも見えた。
「健一さん。」
隼人が、静かに切り出す。
「本当に、それだけですか。」
健一の肩が、わずかに、揺れた。
***一つだけの記憶***
「……一つだけ。」
健一は、ぽつりと呟いた。
「俺が子どもの頃、一度だけ、聞いたことがある。」
「何を、ですか。」
「祖母から聞いた話だ。ずっと昔――俺が生まれるより、もっと前。」
健一は、視線を、窓の外――山の方角へ向けた。
「島の外から来た人間が、一人、山へ入ったことがあるらしい。」
「島の外の人……?」
「詳しいことは、俺も知らない。祖母も、多くは語らなかった。」
健一は、湯呑みを、静かにテーブルへ置いた。
「ただ、一つだけ、覚えていることがある。」
「何ですか。」
「その人は、帰ってきたそうだ。」
全員が、息を呑んだ。
「でも……。」
健一は、そこで、言葉を止めた。
「その先は?」
隼人が、続きを促す。
健一は、しばらく黙った後、静かに首を振った。
「それは、俺も聞かされていない。祖母は、そこから先を、決して話そうとしなかった。」
健一は、窓の外へ視線を戻した。
「ただ、一つだけ言えるのは――。」
その声は、低く、重かった。
「その人のことを、島では、今でも誰も、名前を口にしないんだ。」
***決めたこと***
朝食の席は、そのまま、重い沈黙に包まれた。
「今日は、どうする?」
夕子が、静かに、皆に問いかけた。
誰も、すぐには答えなかった。
「俺は……。」
隼人が、ゆっくりと、口を開いた。
「もう少しだけ、この島のことを、知りたい。」
「隼人……。」
「危険なことは、しない。約束する。」
隼人は、健一の方を見た。
「でも、瑞希姉さんにも、相談してみようと思います。」
その名前に、健一の表情が、わずかに動いた。
「瑞希ちゃんに、か。」
「はい。彼女なら、何か、分かるかもしれない。」
健一は、しばらく考えてから、小さく頷いた。
「……そうだな。それが、いいかもしれない。」
隼人は、スマートフォンを取り出した。
瑞希の名前を、画面に呼び出す。
窓の外では、今日もまた、穏やかな朝の光が、島を照らしていた。
だが、山の稜線だけは、朝日を浴びてもなお、黒く沈んで見えた。
あの奥で、昨夜の灯りは、本当に消えたのだろうか。
誰も、その答えを、まだ知らなかった。
***瑞希の記憶***
朝食の後、隼人は、ペンションの裏手に出て、一人、スマートフォンを取り出した。
呼び出し音が、数回鳴る。
『もしもし、隼人君?』
瑞希の、いつもと変わらない声がした。
「瑞希姉さん。今、大丈夫ですか。」
『ええ、大丈夫よ。旅行、楽しんでる?』
その明るい声に、隼人は、一瞬、言葉に詰まった。
「実は……。」
隼人は、順を追って、話し始めた。
港で見た木札のこと。
健一の忠告。
昨日の島民の様子。
夜に見た、山へ向かう灯り。
五つの鐘。
そして、健一が語った、「迎え火」の伝承。
電話の向こうで、瑞希は、黙って聞いていた。
隼人が話し終えても、しばらく、返事がなかった。
「瑞希姉さん?」
『……ごめんなさい、聞いてるわ。』
瑞希の声は、先ほどまでとは、明らかに違っていた。
*** 覚えのある話***
「瑞希姉さん、その言い伝え、何か知ってるんですか。」
隼人が、尋ねる。
電話の向こうで、瑞希が、小さく息を吸う音がした。
『……その話、私、一度だけ、聞いたことがあるかもしれない。』
「本当ですか。」
『昔、修行をしていた時期に、色々な土地の伝承を教わったの。その中に、似たような話があった気がする。』
「どんな話ですか。」
『はっきりとは、思い出せないの。』
瑞希の声には、もどかしさが滲んでいた。
『でも……「迎え火」という言葉に、聞き覚えがある。それも、あまり良い意味ではなかったはず。』
「良くない、っていうのは。」
『……山へ向かう灯りは、迎えに行く者。山から下りてくる灯りは、迎えられて、戻ってくる者。』
瑞希は、慎重に、言葉を選んでいるようだった。
『でも、伝承によっては、「戻ってくる者」が、本当に「元の姿」とは限らない、という話もあるの。』
隼人は、息を呑んだ。
「元の姿とは限らない、って……。」
『ごめんなさい、詳しくは、私も分からない。ただの記憶で、確証はないの。』
***強い警告***
『隼人君、聞いて。』
瑞希の声が、はっきりと、強くなった。
『今夜も、あるいはこれから先も、絶対に、夜、山へは近づかないで。』
「はい。」
『鐘が鳴っても、灯りが見えても、外には出ないこと。分かった?』
「分かりました。」
隼人は、素直に頷いた。
『それと――。』
瑞希は、少し、間を置いた。
『健一さんに、詳しく話を聞いておいてほしいの。特に、その「島の外から来た人間」の話。』
「祖母さんから聞いた、っていう話ですか。」
『ええ。もし、その人が本当に「帰ってきた」のなら――。』
瑞希の声が、わずかに、震えを帯びた。
『その後、どうなったのか。それが、一番重要な手がかりになると思う。』
「分かりました。健一さんに、もう一度聞いてみます。」
『お願い。』
瑞希は、少し、沈黙してから、続けた。
『待って……。』
瑞希の声が、止まった。
「瑞希姉さん?」
『今、鐘って言ったわよね。』
「はい。五つ、鳴りました。」
『……ごめんなさい。思い出せそうなのに、あと少しだけ届かない。』
瑞希は、もどかしそうに、言葉を続けた。
『でも、その鐘だけは、絶対に数えないで。』
「え?」
『理由は、分からない。でも、そんな気がするの。』
「……分かりました。」
隼人は、短く答えた。
だが、昨夜、五人ではっきりと五つの鐘を数えてしまったことは、あえて口にしなかった。
『それと、隼人君。』
「はい。」
『私も、行きたい。』
瑞希は、そう言ってから、少し、言葉を詰まらせた。
『でも、今日と明日は、別の依頼が入っていて、どうしても動けないの。』
「そんな……。」
『最短でも、二日後になると思う。』
瑞希の声には、悔しさが滲んでいた。
『ごめんなさい。すぐに、そっちへ行ってあげられない。』
「いえ、瑞希姉さんのせいじゃないです。」
隼人は、努めて、明るく答えた。
『それまでは、俺たちだけで、できることをやります。』
『……無理は、しないで。』
瑞希の声が、また、揺れた。
『この話、思い出せば思い出すほど、胸がざわつくの。何か、私自身に、関係があるような気がして。』
その言葉に、隼人は、しばらく、何も言えなかった。
「瑞希姉さんに、関係が……?」
『分からない。でも、確かめないといけない気がするの。』
電話の向こうで、瑞希は、小さく、息を吐いた。
『とにかく、無理はしないで。約束よ。』
「はい。約束します。」
通話が、切れる。
だが、画面が暗くなる直前、一瞬だけ、ザーッという雑音が走った。
『……まだ、五つじゃない。』
女とも、男ともつかない、小さな声が、聞こえた気がした。
「……え?」
隼人が、画面を見た時には、すでに、通話は終了していた。
隼人は、しばらく、スマートフォンを握りしめたまま、動けなかった。
***五人で***
部屋に戻ると、隼人は、瑞希との会話を、全員に伝えた。
「瑞希姉さんは、すぐには来られないのか。」
秀が、少し不安そうに言う。
「二日後、って言ってた。」
「二日……。」
美優が、小さく呟く。
「それまでは、俺たちだけで、できることをやろう。」
隼人は、皆を見渡した。
「健一さんに、もう一度、あの『島の外から来た人間』の話を、詳しく聞かせてもらう。」
「私も、行くわ。」
夕子が、頷いた。
「灯りが、本当に『元の姿』とは限らない、っていう話……気になるもの。」
美優が、少し不安そうに、自分の腕をさすった。
「怖いけど……知らないままの方が、もっと怖い気がする。」
「俺は、カメラを回す。」
隆が、静かに言った。
「もし、何かが起きるなら、記録に残しておくべきだ。」
全員が、頷いた。
窓の外では、今日もまた、穏やかな青い海が広がっている。
だが、その景色を見つめる五人の表情には、もう、昨日までの、無邪気な旅行気分は残っていなかった。
新霊体験隊は、瑞希という頼れる案内人がいないまま、この島の謎に、自分たちの足で、踏み込んでいくことになる。
午後五時――その刻限は、今日も、確実に近づいていた。
購読、ありがとうございました。




