汐鳴島へ
汐鳴島についた隼人たちは、ペンション「かもめ荘」に宿泊為、迎えの人物に逢う事になっていた。
*** ペンション「かもめ荘」***
港には、日に焼けた顔の男性が、一人で立っていた。
「あんたたちが、瑞希ちゃんの言ってた子たちかい?」
男性が、人懐こい笑顔で声を掛けてくる。
「はい。白石隼人 高校1年生の新聞部です。」
隼人が、代表して頭を下げた。
「今回は、部の取材も兼ねて、お世話になります。」
「新聞部……。」
男性は、少し意外そうな顔をした。
「取材って、こんな小さな島に、何か面白いネタでもあるのかい?」
「島の魅力を紹介したくて。」
美優が、にっこりと微笑んだ。
「なるほどな。」
男性は、素直に納得したように頷いた。
「俺は、このペンションをやってる、田村健一だ。よろしくな。」
健一は、五人の顔を見渡してから、少し首を傾げた。
「あれ、瑞希ちゃんは?」
「今回は、別の用事があって、来られなくて……。」
美優が、少し申し訳なさそうに答える。
「そうか。」
健一は、意外そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「まあ、いいさ。あんたたちだけでも、大歓迎だ。」
港から歩いてすぐの場所に、白い壁の小さなペンション「かもめ荘」があった。
窓からは、青い海が一望できる。
「わぁ、素敵……!」
美優が、思わず声を上げた。
「今日から三泊、ゆっくりしていってくれ。」
健一は、鍵を渡しながら、明るく言った。
「島には、これといって何もないけどな。海と、山と、あとは――。」
健一は、一瞬だけ、言葉を切った。
「……いや、なんでもない。とにかく、ゆっくりしていってくれ。」
その一瞬の間に、隼人は、微かな違和感を覚えた。
瑞希がいれば、きっと何かを感じ取っただろう。
だが、自分たちだけでは、その違和感が何なのか、確かめようがない。
夏の日差しが、あまりにも眩しかったこともあり、隼人は、それ以上、深くは考えないことにした。
***賑やかな午後***
部屋に荷物を置くと、五人はすぐに水着に着替え、砂浜へと駆け出した。
「うわぁ、海だー!」
秀が、真っ先に海へ飛び込む。
「冷たくて気持ちいい!」
「秀、はしゃぎすぎ。」
夕子が、呆れたように、それでも少し楽しそうに笑いながら追いかけた。
隆は、カメラを――今日はビデオカメラではなく、普通のデジタルカメラを構えていた。
「今日は、これで撮る。」
「珍しいね。」
美優が笑う。
「たまには、普通の思い出も残しておかないと。」
隆は、そう言って、はしゃぐ仲間たちにレンズを向けた。
隼人は、砂浜に座り、その様子を眺めていた。
いつもなら、少し離れた場所に瑞希が座っているはずだった。
だが、今日は、パラソルの下に、誰もいない。
その分だけ、砂浜の景色が、少しだけ物足りなく見えた。
「隼人、何ぼーっとしてるの?」
美優が、水を弾きながら声を掛けてくる。
「いや、何でもない。」
隼人は、首を振って、笑った。
スマートフォンが、ポケットの中で震える。
瑞希からのメッセージだった。
――ちゃんと着いた? 楽しんでね。何かあったら、いつでも連絡して。
その一文だけで、少しだけ、心が軽くなった気がした。
「うん、大丈夫。」
隼人は、そう小さく呟いて、スマートフォンをしまった。
だが、ふと視線を上げた時、島の奥――緑深い山の稜線が、目に入った。
理由もなく、そこから目が離せなくなる。
まるで、何かが、こちらを見返しているような気がした。
***夜の噂話***
夕食の後、五人はペンションのテラスに集まっていた。
波の音が、遠くから、規則正しく響いている。
「健一さんの料理、美味しかったな。」
秀が、満足そうにお腹をさする。
「本当に。」
美優も頷いた。
「明日は、どこに行く?」
「灯台があるらしいわ。」
夕子が、スマートフォンの地図を見せる。
「あとは、山の中に古い神社があるって。」
「神社か。」
隆が呟いた。
「行ってみたいな。写真映えしそうだ。」
その時、テラスの奥から、健一が飲み物を運んできた。
「みんな、楽しんでるかい?」
「はい! とっても。」
美優が答える。
「そういえば、健一さん。」
夕子が、何気ない調子で尋ねた。
「山の神社って、どんな神様が祀られてるんですか?」
その瞬間、健一の表情が、ほんの少しだけ、強張った。
「ああ、あれは……。」
健一は、グラスをテーブルに置きながら、言葉を選ぶように続けた。
「海の神様を祀ってる、古い神社だよ。漁師たちが、昔から大切にしてる場所だ。」
「神社までは、観光客も普通に行くんだけどな。」
健一は、少し声を落とした。
「その奥に、古い参道が続いてるんだ。今は、誰も使ってないはずだが。」
「へえ。」
夕子は、それ以上、深くは追及しなかった。
だが、隼人は、健一の表情に、先ほど港で見せたのと同じ、微かな翳りを感じ取っていた。
健一は、飲み物を置くと、少し早口で続けた。
「ただ、一つだけ、覚えておいてほしいんだが。」
全員が、健一に注目する。
「山道は、夜になると危ないから、あまり近づかない方がいい。」
「危ない、って……崖とかがあるんですか?」
隼人が尋ねる。
健一は、少し考えるように、海の方を見やった。
「港にも、木札があっただろ?」
「あ……。」
隆が、思い出したように顔を上げた。
午後五時以降、山道立入禁止――あの、古びた木札のことだ。
「島では昔から、五時を過ぎたら山へ入るなって言われてるんだ。」
「どうしてですか?」
美優が尋ねる。
健一は、少しの間、黙っていた。
「……理由は、俺もよく知らない。」
それだけ言うと、健一は、いつもの明るい笑顔に戻った。
「今日は、島へ来た初日だ。あまり怖い話はよそう。」
テラスに、静かな空気が流れた。
「今日は、瑞希ちゃんがいないんだったな。」
健一が、ふと呟くように言った。
「瑞希ちゃんは、この島の話を、少し知ってるはずなんだが……。」
「え?」
隼人が、思わず聞き返す。
健一は、少し考えるような顔をしたが、
「いや、こっちの話だ。」
そう言って、話を切り上げた。
その言葉に、隼人は、鞄の中の小さなお守りを、そっと握りしめた。
波の音だけが、規則正しく、暗い海から響き続けていた。
その時――。
島のどこかから、鐘の音が響いた。
ゴォーン……。
ゴォーン……。
ゴォーン……。
ゴォーン……。
ゴォーン……。
五つ目の鐘が、夜の海へ静かに消えていく。
重く、どこか物悲しい音だった。
夕食を終えて、もうすっかり日も落ちた時間だった。
誰も、それが何の鐘なのか、気にも留めなかった。
だが隼人は、ふと、腕時計に目を落とした。
午後五時を、とうに過ぎている。
なぜ、今――。
隼人は、耳を澄ませた。
波の音の向こうから、鐘の余韻だけが、いつまでも消えない気がした。
誰も知らなかった。
島では、本当の「午後五時」は、時計では決まらないことを。
そして、その鐘が鳴った後、山へ入った者は――。
二度と、同じ姿では帰ってこないという言い伝えがあることを。
その疑問は、波の音にかき消され、誰の口にも上らなかった。
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