離島編 夏休みの誘い
夏休みを迎えた隼人たちは、アルバイト代を受け取った事から旅行に行く事を計画した。
***アルバイト代***
廃病院の一件から、数日が過ぎた。
新霊体験隊の部室は、いつもの穏やかな空気が戻っていた。
「はい、これ。」
瑞希が、五人それぞれに白い封筒を差し出す。
「アルバイト代、ちゃんと依頼主さんから頂いてきたわ。」
隼人が封筒を開けると、思っていたより多い金額が入っていた。
「こんなに……いいんですか?」
「危険な作業だったし、それに――。」
瑞希は、少しだけ微笑んだ。
「あの子を、送り出してくれたお礼も、含まれているのよ。」
その言葉に、誰も、それ以上何も言わなかった。
封筒を受け取った秀が、大きく伸びをする。
「よし、夏休みだ!」
「気が早いわね。」
夕子が苦笑する。
「まだ終業式も終わってないでしょう。」
「分かってるって。でも、せっかくお金が入ったんだし、何か使い道を考えないと。」
秀は、机の上に頬杖をついた。
「なあ、みんなで旅行にでも行かないか?」
その一言に、部室の空気が、少しだけ華やいだ。
***どこへ行く?***
「旅行かぁ。」
美優が、目を輝かせる。
「いいわね。廃病院の後だし、ぱーっと明るい場所に行きたい気分。」
「賛成だ。」
隆も頷いた。
「記録係としても、たまには怪異と関係ない写真を撮りたい。」
夕子は、少し考えるように腕を組んだ。
「どこに行くか、決めないとね。」
「海!」
秀が即答する。
「せっかくの夏なんだから、海だろ。」
「山でも良くない?」
「いや、海だって。」
「涼しい場所の方が――。」
賑やかなやり取りを、隼人は笑いながら聞いていた。
「瑞希姉さんは、どこかおすすめありますか?」
隼人が尋ねると、瑞希は少し考えてから、口を開いた。
「そうね……。」
「実は、知り合いが、南の方の島でペンションをやっているの。」
「島?」
瑞希は、少しだけ声のトーンを落とした。
「汐鳴島、っていう小さな島よ。」
全員の視線が集まる。
「小さな離島よ。観光地として最近少しずつ知られてきた場所。」
瑞希は、スマートフォンで一枚の写真を見せた。
青く透き通った海と、白い砂浜。
緑豊かな山を背にした、小さな集落が写っている。
「わぁ……綺麗。」
美優が、思わず声を上げた。
「ここなら、部屋も安く貸してもらえると思うわ。」
「行きたい!」
秀が真っ先に手を挙げた。
「賛成。」
隆も頷く。
夕子も、写真を見つめながら、小さく頷いた。
「涼しい場所とは言えないけれど……悪くないわね。」
隼人は、全員を見渡した。
「決まりだな。」
「よし!」
部室に、明るい歓声が上がった。
***瑞希は行けない***
「それじゃあ、日程を決めましょうか。」
瑞希が、スケジュール帳を開く。
「瑞希姉さんも、一緒に行くんですよね?」
美優が、当然のように尋ねた。
瑞希は、少し困ったように笑った。
「ごめんなさい。今回は、一緒に行けないの。」
「え?」
全員が、驚いた顔をする。
「その週、どうしても外せない用事があって。」
瑞希は、申し訳なさそうに続けた。
「別の依頼が、前から入っているの。」
「そうなんですか……。」
美優が、少し残念そうに肩を落とす。
「大丈夫よ。」
瑞希は、優しく微笑んだ。
「今回は、ただの旅行だもの。私がいなくても、大丈夫。」
隼人は、少しだけ考えてから、頷いた。
「そうですね。今回は、純粋に休暇です。」
「ただ――。」
瑞希は、鞄から小さな布袋を取り出した。
「これだけは、持って行って。」
中には、五つの小さなお守りが入っていた。
「私が普段使っているものほど、強い力はないけれど、ないよりはましだと思うの。」
「ありがとうございます。」
隼人が、代表して受け取る。
「あくまで、旅行よ。」
瑞希は、念を押すように言った。
「何か変だと感じたら、無理をせず、すぐに引き返すこと。分かった?」
「はい!」
五人が、揃って頷いた。
誰も、まだ知らない。
その島に、静かに語り継がれてきた、もう一つの「約束」があることを――。
そして、今回は、瑞希という頼れる案内人がいない旅になることを。
***出発***
夏休みに入って最初の週末。
新霊体験隊の五人は、朝早くの電車とフェリーを乗り継いで、島へと向かっていた。
フェリーのデッキに出ると、潮風が頬を撫でる。
「気持ちいいなぁ!」
秀が、大きく手を広げた。
「日焼け止め、ちゃんと塗った?」
美優が、呆れたように笑う。
「もちろん。」
夕子は、船の手すりに寄りかかりながら、遠くの島影を見つめていた。
「あれが、目的地?」
「多分ね。」
隆が、地図アプリを確認する。
島影は、青い海の向こうに、緑の帽子をかぶったように浮かんでいた。
フェリーが港に近づくにつれ、白い砂浜と、赤い屋根の家々が見えてくる。
絵葉書のような、美しい景色だった。
「本当に、綺麗な島だな。」
隼人が、鞄の中のお守りに、そっと触れた。
瑞希がいない旅は、少しだけ、心細い気もした。
だが、それ以上に、青い海と空が、その不安を押し流してくれるようだった。
フェリーが、ゆっくりと港へ入っていく。
汽笛が、青い空に響いた。
桟橋を渡って待合所の前を通り過ぎる時、隆がふと足を止めた。
「あれ、何だろう。」
古びた待合所の壁に、色あせた木札が一枚、掛けられていた。
――午後五時以降 山道立入禁止
文字は所々かすれていて、いつ掛けられたものかも分からない。
「へえ、五時か。」
秀が、特に気にする様子もなく通り過ぎる。
「よくある注意書きじゃない? 日が暮れると危ないから、とか。」
「かもね。」
隆も、それ以上は気に留めず、カメラを構え直した。
誰も、その木札の文字を、写真に収めようとはしなかった。
誰も知らなかった。
その「午後五時」が、この島では一日の終わりではなく、もう一つの世界への境目であることを。
新霊体験隊の、束の間の休暇――そのはずの旅が、静かに始まろうとしていた。
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