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新霊体験隊  作者: waku


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11/56

廃病院へ

隼人たちは廃病院へと向かう事になった。

***廃病院へ***


 翌朝、午前九時。

高校の正門前に、新霊体験隊の五人が集まっていた。


夏休み前の朝とはいえ、日差しはすでに強い。

秀は額の汗をぬぐいながら空を見上げた。


「朝から暑いなぁ。」


「今日は一日、力仕事だからね。」

美優は苦笑しながら飲み物の入ったバッグを持ち直した。


隼人は全員が集まったことを確認すると、小さくうなずく。


「よし、行こう。」


 町外れへ向かう道は、住宅街を抜けると急に人通りが少なくなった。

古い街道を十分ほど歩き、小さな坂道を上り切る。


 その先に、一台の軽ワゴンが止まっていた。


「みんな、おはよう。」


 瑞希が笑顔で手を振る。


「おはようございます。」


 部員たちが一斉に頭を下げた。

「今日はよろしくお願いします。」


 瑞希は白いブラウスに黒色のパンツ姿で、肩からは小さな鞄を提げていた。


「土地の管理をされている方から、鍵を預かってきたの。」

鞄から古びた鍵を取り出す。


「私が案内するわ。」


「よろしくお願いします。」


 隼人も礼を返した。


 一行は木々に囲まれた細い道を進んだ。


 視界が開けた瞬間、全員の足が止まる。


 木造二階建ての病院が、静かにたたずんでいた。


 白かったはずの外壁は雨風にさらされて灰色へと変色し、窓枠にはツタが絡みついている。


 玄関の看板には、


 「山崎医院」


 とかろうじて読める文字が残っていた。


 人の気配はない。


 それなのに、不思議と視線を感じる。


「思っていたより……大きいな。」


 隆が建物を見上げる。


 夕子は周囲を静かに見渡した。


「建物の古さ以上に、空気が重いわ。」


「霊的なもの?」


 美優が小声で尋ねる。


「まだ分からない。」


 夕子は首を横に振った。


「でも、あまり居心地のいい場所ではないわね。」


 秀は乾いた笑いを浮かべた。


「今日は何も起きないといいけど。」


 その言葉に、誰も返事をしなかった。


 瑞希は病院をじっと見つめていた。


 やがて静かに口を開く。


「強い悪意は感じない。でも……。」


 一瞬だけ言葉を止める。


「建物の奥から、何かがこちらを見ているような気配がある。」


 一同の表情が引き締まる。


 瑞希は玄関の前まで歩くと、ゆっくりと鍵を差し込んだ。


 ガチャリ。


 錆びついた鍵が重い音を立てる。


 続いて玄関の引き戸を開ける。


 ギィ……。


 長い年月閉ざされていた空気が、ゆっくりと外へ流れ出した。


 ほこりの匂いと、古い木の香りが鼻をつく。


 湿った木材の匂いに、かすかなカビ臭さが混じっていた。


 一歩踏み込むごとに、床板が軋む音が薄暗い廊下の奥へ反響していく。


 中は薄暗く、受付カウンターと待合室の長椅子が当時のまま残されていた。


 時計だけが、十時十二分を指したまま止まっている。


 瑞希は受付の壁時計を見上げた。


「十時十二分で止まったまま……。」


「壊れてるだけじゃない?」


 秀が軽い調子で言う。


「……そうだといいけれど。」


 瑞希はそれ以上何も言わなかった。


 隼人はゆっくりと院内へ目を向けた。


「それじゃあ、始めよう。」


 瑞希は全員を見渡し、穏やかな口調で説明する。


「私は一階から順番に見て回るわ。霊的な異常がないか確認しながら、お祓いも済ませていきます。」


 隼人はうなずいた。


「僕たちは受付と待合室から片付けよう。」


「了解。」


 部員たちは軍手をはめ、それぞれの持ち場へ散っていく。


 こうして、新霊体験隊による廃病院の片付けが始まった。


 まだ、この時は誰も知らなかった。


 この病院が、本当に目を覚ますのは――


 その日の夕方だということを。


***静かな午前***


 受付には、長い年月が積み重なった埃が薄く積もっていた。


 カウンターの上には色あせた診察券入れ。


 壁には何年も前の診療案内。


 待合室の時計は十時十二分を指したまま、時を止めている。


「まずは受付からだな。」


 隼人が声を掛けると、全員がうなずいた。


「美優は書類の整理をお願い。」


「分かった。」


「隆は記録を頼む。」


「了解。」


 隆はカメラを構え、院内の様子を一枚ずつ撮影していく。


 受付、待合室、診察室の入口。


 現場の状況を残すのも、新霊体験隊の大切な仕事だった。


「秀は俺と一緒に棚を運ぼう。」


「了解……でも、この棚、重そうだな。」


 二人は古びた木製の棚を持ち上げる。


 ギシッ。


 床板が鈍い音を立てた。


「床が傷んでる。」


 夕子が静かに言う。


「無理に一度で運ばない方がいいわ。」


「そうだな。」


 隼人は慎重に足元を確認しながら玄関まで運び出した。


 外に置いていくと、荷物は依頼主が後で回収に来る段取りになっている。


「思った以上に荷物があるな。」


 隼人が呟く。


 再び院内へ戻る。


 待合室には古い長椅子が四脚。


 雑誌ラックには十年以上前の週刊誌や健康雑誌がそのまま残されていた。


「これも全部運ぶの?」


 秀がため息をつく。


「全部だ。」


 隼人は笑った。


「今日は筋肉痛だな。」


「勘弁してくれよ。」


 二人のやり取りに、美優が思わず笑う。


 重苦しい空気が少しだけ和らいだ。


 一方、その頃――。


 瑞希は一人、診察室の前に立っていた。


 静かに目を閉じる。


 胸元から小さな霊符を取り出し、低い声で祝詞を唱え始めた。


 院内を風がゆっくりと吹き抜ける。


 カーテンがわずかに揺れた。


 しかし、それだけだった。


「……。」


 瑞希はゆっくり目を開く。


「今は、まだ大丈夫。」


 そう呟くと、隣の処置室へ向かう。


 診察室。


 処置室。


 レントゲン室。


 薬品庫。


 一部屋ずつ丁寧に見て回る。


 どの部屋にも長い年月の静寂だけが残されていた。


 霊的な異変は感じられない。


 それでも。


「何かがおかしい……。」


 瑞希は小さく呟いた。


 建物全体を包む空気が、どこか不自然だった。


 まるで病院そのものが息を潜め、何かを待っているような……そんな感覚だった。


     ◇ ◇ ◇


 時計は正午を少し回っていた。


「ふぅ……。」


 秀が額の汗をぬぐう。


「受付だけでこんなに時間が掛かるとは思わなかった。」


「待合室も終わったぞ。」


 隆が段ボール箱を置く。


「あと残っているのは事務室だな。」


 隼人は腕時計を見る。


「昼休憩にしよう。」


 全員が待合室へ集まった。


 窓を開けると、外から蝉の鳴き声が聞こえてくる。


 さっきまでの重苦しい空気が少しだけ和らいだ。


「瑞希姉さん。」


 隼人が声を掛ける。


「建物の様子は?」


 瑞希はペットボトルの水を一口飲み、静かに答えた。


「一階は一通り見て回ったわ。」


「何かあった?」


「いいえ。」


 首を横に振る。


「今のところ、強い霊障は感じない。」


 一同は少し安心した表情を見せる。


 しかし瑞希は続けた。


「でも、一つだけ気になることがあるの。」


 全員の視線が集まる。


「この病院……息を潜めているみたいなの。」


「息を潜めている?」


 美優が聞き返す。


 瑞希はしばらく黙っていた。


「……変ね。」


 珍しく眉をひそめる。


「ここまで何も感じない場所は、初めてかもしれない。」


「まるで……誰かが、ここにいるものを隠しているみたい。」


 それだけ言って、視線を落とす。


 その言葉に、誰もすぐには口を開かなかった。


 やがて、夕子が静かに手を挙げる。


「瑞希さん。実は私も、同じことを感じていました。」


 全員の視線が夕子に集まった。


「民俗学の本で、こういう場所の話を読んだことがあります。」


 夕子は少し言葉を選ぶように続けた。


「強い気配というのは、むしろ分かりやすいんです。怖くても、正体が見える。」


「でも……。」


「隠されている気配は、正体が分からないから厄介なんです。」


 その一言に、部室で聞いたときとは違う重みがあった。


 瑞希は小さくうなずく。


「夕子さんの言う通りだと思う。」


 病院のどこかで、小さく木が軋む音がした。


 ギシッ――。


 全員が反射的に音のした方を見る。


 だが、そこには誰の姿もなかった。


二階の忠告


 昼食を終えた一行は、それぞれ水分を補給し、再び作業を始めた。


「午後は事務室から片付けよう。」


 隼人の声に全員がうなずく。


 事務室は受付の奥にあり、歴代のカルテ棚や事務机、本棚などが並んでいた。長い年月を経て、書類は茶色く変色し、棚の上には厚く埃が積もっている。


「カルテは依頼主さんに確認してから処分だね。」


 美優が段ボール箱へ丁寧に分けながら言う。


「個人情報もあるから、勝手には捨てられない。」


「さすが美優。」


 隼人は感心したように笑う。


「そういうところまで気が回るのは助かる。」


 一方、隆は部屋全体をカメラで撮影していた。


 机の配置、壁の掲示物、棚に残された薬瓶。


「あとで見返せるように、全部記録しておく。」


「よろしく。」


 夕子は窓を開けようとしたが、建て付けが悪く、少し力を入れてようやく開いた。


 外から吹き込んだ風が、室内の埃をふわりと舞い上げる。


「うわっ!」


 秀が思わず顔をしかめた。


「何年分の埃だよ。」


 その様子に、美優が小さく笑う。


 重苦しかった空気が少しだけ和らいだ。


 それから一時間ほど。


 事務室の机や棚は運び出され、室内は見違えるほど広くなっていた。


「これで事務室も終わりだな。」


 隼人は額の汗を拭う。


 その時だった。


 ピンポーン。


 乾いた電子音が、静かな院内に響いた。


 全員の動きが止まる。


「……今の。」


 秀の声がわずかに震えた。


「ナースコールだ。」


 隆がカメラを構えたまま呟く。


 音は二階の方角から聞こえていた。


「誰か上にいるの?」


 美優が声を潜める。


「いいえ。」


 瑞希は静かに首を横に振った。


「今、二階には誰もいないわ。」


 しばらく誰も動けなかった。


 だが、その後は何も起こらなかった。


 ピンポーン、という音も、二度と鳴らなかった。


「……電気系統の誤作動かもしれない。」


 夕子がそう言ったが、その声には確信が感じられなかった。


「そうだといいけどな。」


 秀が乾いた笑いを浮かべる。


 誰も、それ以上その話を続けなかった。


 勝手口の鍵を開けると、重い扉がゆっくりと外へ開いた。


 ギィ……。


 その先には、荒れ果てた裏庭が広がっていた。


 雑草は人の腰ほどまで伸び、植え込みは形を失っている。


 かつて花壇だった場所には、名前も分からない草木が生い茂り、古びたベンチだけが寂しく残されていた。


「ここも、ずいぶん荒れてるな。」


 秀が辺りを見回す。


「十年以上、人が入っていないそうだからね。」


 夕子は静かに答えた。


 隼人は病院を振り返る。


「結局、今日は何も起きなかったな。」


 少し拍子抜けしたように笑う。


「それが一番いいことじゃない。」


 美優はそう言いながらも、病院の二階を見上げた。


「でも……何だろう。」


「どうした?」


「誰かに見られているような気がするの。」


 全員が二階へ視線を向ける。


 割れた窓ガラスの向こうには、暗い廊下が見えるだけだった。


「気のせい……かな。」


 美優は首を振り、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 その時だった。


「みんな、お疲れさま。」


 瑞希が裏庭へ姿を現した。


 白いブラウスの袖には、うっすらと埃が付いている。


「一階は全部見終わったわ。」


「どうだった?」


 隼人が尋ねる。

瑞希は少し考えてから答えた。


「簡単なお祓いは済ませたけれど、今のところ強い霊障は感じなかった。」


 一同はほっと胸をなで下ろす。


「じゃあ、このまま何事もなく終わりそうですね。」


 隆がそう言った時だった。


 病院の前に、大型トラックが一台止まった。


 依頼されていた搬出業者だった。


 作業員たちは慣れた手つきで家具や棚を荷台へ積み込んでいく。


 一人の年配の作業員が隼人たちへ近づいてきた。


「君たちが片付けてくれた学生さんか。」


「はい。」


 隼人が答える。


 男は病院を見上げ、小さく苦笑した。


「若いっていうのは大したもんだな。」


「え?」


「俺たちじゃ、とても中へ入る気にはなれない。」


 秀が思わず聞き返す。


「そんなに怖いんですか?」


 男は少し黙り込んだ。


 周囲を見回し、誰も聞いていないことを確かめるように声を落とす。


「……これは同業者から聞いた話なんだが。」


 一同は自然と耳を傾けた。


「二階の東側だけは、近づかない方がいい。」


 その一言で、空気が変わった。


 男は続ける。


「昼間なら何もないらしい。」


「でも、午後五時を過ぎると様子が変わるそうだ。」


「様子が変わる?」


 隼人が聞き返す。


「詳しいことは誰も話したがらない。」


 男は苦い表情を浮かべた。


「ただ、そこへ行った作業員は、みんな青い顔で逃げ出したそうだ。」


 男は一瞬、言葉を切った。


「一人だけ聞いた話がある。時計が五時を回った瞬間、無線が全部切れたそうだ。」


「無線が?」


 隆が思わず聞き返す。


「電池切れじゃない。三台とも同時にだ。」


 男はそれ以上語らなかった。


「何を見たんですか?」


 美優が静かに尋ねる。


 男は首を横に振る。


「分からない。」


「聞いても誰一人、教えてくれなかった。」


 そう言うと、男は荷台へ向かって歩き出した。


 だが、数歩進んだところで足を止め、振り返る。


「……時計だけは見ておけ。」


 男は静かに言った。


「五時を回ったら、この病院は別の顔になる。」


 それだけ言い残すと、今度こそ荷台へ乗り込んだ。


 荷物を積み終えたトラックはエンジンをかけ、ゆっくりと病院を後にする。


 その姿を見送りながら、誰も口を開かなかった。


 蝉の鳴き声だけが、夕暮れの空へ響いていた。


 隼人は病院の二階を見上げる。


 東側の窓は、夕日に照らされて赤黒く染まっていた。


 その奥で、ほんの一瞬。


 誰かがカーテンの陰へ隠れたように見えた。


「……今、誰かいた?」


 秀の小さなつぶやきに、誰も答えることができなかった。


 その日の作業は、そこで終わりとなった。


 荷物は明日また搬出業者が引き取りに来る手はずになっている。


 瑞希が玄関の鍵を掛け直し、一行は病院を後にした。


 木々の間の細い道を戻り、ようやく門を出たところで、美優がふと立ち止まった。


「どうした?」


 隼人が振り返る。


「……呼ばれた気がしたの。」


「誰に?」


 美優は首を横に振った。


「分からない。でも……女の人の声だった気がする。」


「え?」


 美優は病院を見上げた。


 二階東側。


 一番奥の窓だけが、夕日を受けて赤く染まっている。


 しかし、そこには誰の姿もない。


「気のせいかな。」


 美優は小さく笑って、荷物を持ち直した。


 だが、夕子だけは、しばらく病院から目を離さなかった。


 病院を離れる五人の背中を、夕日が長く伸ばしていた。


「また明日ね。」


 瑞希が静かに言う。


「はい。」


 誰も振り返らなかった。


 だが、その時――。


 二階東側の病室で、白いカーテンがゆっくりと開いた。


 窓際には、小柄な人影が立っていた。


 長い髪だけが、夕日に赤く染まっている。


 その影は、遠ざかる新霊体験隊を見つめたまま、微動だにしない。


 やがて――


 誰もいないはずの病室の窓ガラスに、もう一人、隣へ並ぶ影が映った。


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