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6-7. worldCの奥

 洞窟は、とても深かった。

 一本道で道に迷うことはなかったが、とにかく暗闇がひたすら続いていた。

 明かりは持って来ているため、進むのに困ることはない。


 だが不気味なくらい魔物と遭遇することすらなく、ただ黙々と歩くだけだった。

 もし一人でここを彷徨うことになれば、すぐに気が狂ってしまうだろう。

 そうエイルが考えてしまうほど、この場所はとても陰鬱だった。




 それでもエイルはそこまで苦痛に感じなかった。

 劇団の人達が、かなりうるさいからだ。


「ねぇエイルぅ、手合わせしようよぉ。

 平和すぎて頭がおかしくなりそうだよぉ」


「え、でもここで余計に体力を使うのはちょっと……

 この後何があるか分からないし」


「えー、やだやだぁ!

 体を動かさないとストレスだよぉ!

 ねぇねぇ、少しだけでいいからぁ——」


「うるさいぞルドルフ!!

 少しは副団長らしく自重したらどうだ!?」


「ううっ……カレアムの鬼! 悪魔! アンポンタン!」


「……あ?」


 そうやって、カレアムとルドルフがしょっちゅう喧嘩していた。

 団員達が呆れて笑っているのを見るに、いつものことのようだ。

 だがきっかけはいつもくだらないことばかりで、まるで子供の喧嘩を見ている気分だった。


 それ以外でも、些細な揉め事やアクシデントはひっきりなしに起こった。

 どれもチームに亀裂が走ったり進行に支障があるわけではないものの、ここまで立て続けに起こるのも珍しい。

 流石、個性あふれる劇団だ。

 

 でもどうしてか、エイルは気を悪くすることはなかった。

 雰囲気が弛んでいたり緊張しているわけではなく、程よく引き締まっているような気がしたからだ。

 仲がいい程喧嘩を良くするというが、終始そのような感じなのだ。

 どんなに言い争ってもすぐに仲直りしてしまい、また喧嘩をする。

 ずっとその繰り返しだった。

 しかも、皆それを理解しているようだった。


「しまらないでしょ?」


「えっ?」


 突然、ジェイドがエイルに声をかけてきた。

 彼女は未だに口喧嘩しているルドルフとカレアムを横目に、苦笑いを作っていた。


「行方不明の仲間を探している最中なのに、全然緊張感ないわよね。

 全く……ピクニックに来たわけじゃないんだから、いい加減にしてほしいわ」


「あ、あはは……」


 エイルはどう反応するべきかわからず、無理して笑うしかなかった。

 ジェイドは構わず、話を続けた。


「でもね、これが私達の強みだと思っているの。

 どんなに重苦しい空気も、くだらないことで吹き飛ばす。

 だから皆暗くならないし、一緒に乗り越えることができる。

 ……まぁ、限度というものがあるけど」


 そう言うと彼女は、ため息をつきながら喧嘩の仲裁に行ってしまった。

 そのおかげか、1分も経たないうちにルドルフとカレアムは落ち着きを取り戻した。

 そしてルドルフの方が渋々謝り、カレアムは集団を先導し始める。

 流石ジェイドというべきか、手際がかなり良い。


(この人達と出会えてよかったかも)


 エイルは心の中で小さく呟きながら、皆の後を追いかけた。




 結局、2日目も洞窟内で野営することになった。

 こんなに奥まで行ってもカエデが見つからないせいで、彼女がもうここを去ったのではと疑いたくなる。

 しかし、カレアムがそれを真っ向から否定した。


「その可能性は限りなく低い。

 確かに俺がカエデの痕跡を見つけたのは約一週間前だから、確実に居るとは断言できない。

 だが彼女は手負いである上に、この世界の環境はかなり厳しい。

 魔物の居ない安全地帯を見つけたからには、そこを拠点とするだろう」


 彼はエイルの夕飯をよそうついでに、そう語ってくれた。

 エイルが差し出された器を受け取ると、カレアム話しながら他人の分を盛り付け始める。


「それにここまで一本道だ、こちらが迷っている可能性はない。

 所々にカエデの下駄の跡を見かけたが、彼女が外に向かおうとした痕跡は一切ない。

 このまま進めば、いずれすれ違うはずだ」


 だがカレアムはその後すぐに口を固く閉ざしてしまった。

 何か気がかりなことがあるようだ。

 にも関わらず彼はそれを言葉に出すことはせず、エイルを追い払おうと手を振った。

 曖昧な推測だから口に出せないのか、あるいは確信はあるものの余計な不安を煽りたくないのか。

 彼の気持ちは分からなかったが、エイルは渋々彼に従うことにした。

 その日エイルは食事を済ませて片付けを手伝った後、すぐに就寝してしまった。






 ——5日目。

 相変わらず暗い洞窟の中を進んでいた。

 カレアムが時々立ち止まってカエデの痕跡を確認しながら、皆をどんどん奥へと連れて行く。

 そんなことが、気が遠くなりそうなほど繰り返されていた。



 流石に明るい劇団でも、空気が重くなっていた。

 普通の洞窟探索で、ここまで長引くことは相当珍しいからだ。

 しかもこの世界のいたるところにいるはずの魔物に一切遭遇しないときた。

 ここが異様なのは誰でもわかる。


 レイラは明らかに震えているし、ジェイドとロバートは少し不安そうに周囲を見回している。

 アインツですら、少し周りを警戒していた。

 

 唯一変わらないのはルドルフのみで、いつものノリでみんなに話しかけてくる。

 だが昨日よりも明らかに返ってくる反応が悪く、自分の道をひたすらに進む彼でも違和感を覚えたらしい。

 それからルドルフは誰かと話すのを諦めつつも、気軽な様子で進んで行った。




 その時、エイルはふと洞窟の奥の方が白く見えるのに気づいた。

 最初気のせいかと思っていたが、歩みを続けていくにつれどんどん大きくなっていく。

 しばらくすると、それが光であることが分かった。


「ん? 出口か?」


 ロバートも気づいたらしく、少し間の抜けた声を上げた。


 嫌な予感がした。

 もし本当に出口なら、カエデはどこに行ったというのだろう?

 ここを既に離れて、どこか別の場所に行ってしまったのだろうか?

 だとしたら、振出しに戻ってしまう。

 せっかくここまで皆できたというのに。



 エイルが不安を抱いていると、ジェイドが急に走り始めた。

 本当に外に通じているのか、確認するためだろう。

 彼女はすぐに光の中に飛び込み、洞窟の先を自分の目で確かめた。


「——え?」


 彼女は微動だにせず、言葉を失っていた。

 そのただならぬ様子に皆も次々と走り始め、先に待ち受けているものを見た。

 エイルも例外ではない。


「……どういう……こと?」


 エイルもそれを見た瞬間、皆と同じように固まってしまった。




 ——氷の洞窟。

 一言でいえば、そうなる。


 壁も、地面も、天井も、全て透明な氷でできていた。

 今まで来た道とは全然違う。

 急に全てが土から氷に変化してしまったのだ。



 だが一番の異様な点はそこではない。

 明るいのだ。

 まるで、外にいるかのように。

 上を見上げると、太陽らしき光の塊が頭上にあった。

 どうしてかとエイルが考えていると、ロバートが独り言を言い始めた。


「……氷が透明で綺麗だ。

 だから不純物で日光が遮られずに、こんな奥まで届いているんだな。

 こんな光景、見たことない。

 すげぇ……天然のアートだ」


 目を凝らすと、四方八方に道らしき白くて太い線が伸びている。

 その中に人がいるのか判別できないが、かなり構造が複雑なのが分かる。

 一人で迷い込んでしまえば、一生出てこれなくなるだろう。



 ふと、エイルは壁に触れるアインツに目が行った。

 彼は複雑な顔をしており、手の感触をじっくりと確かめている。

 カレアムも気になったようで彼に近づき、どうしたのかと聞いた。


「普通、洞窟内の氷は表面が湿っている。

 外気に触れて溶けたり、地熱で温められたりするからな。

 なのに、ここはすごく乾燥している。

 俺の手袋がすぐ張り付く程な」


 そう言いながら、アインツはベリベリと音を立てて黒い手を強引に剥がした。

 カレアムも同じように手袋越しに壁に触れ、すぐに力を込めてそこから手を離した。

 2人によると、乾燥した氷に触るとすぐに手袋内の水分が凍って接着してしまうらしい。

 そしてそれは洞窟内ではあまり起こらないことだそうだ。



 そうしてエイルがカレアムとアインツの会話に耳を傾けていた時だ。

 武器を鞘から抜く、独特な音が聞こえた。


 振り返ると、ルドルフが大剣を構えていた。

 彼は道の奥を睨み、何かに警戒している。

 一体何があったのか聞こうとした矢先、周囲の人達も武器を構え始めた。


「——何か、いる」


 ルドルフがそう言い放った瞬間、前方から何かが迫ってくるのが見えた。


<<カミルの一言メモ>>

……皆、どうしているかしら?

無事にカエデちゃんを見つけられればいいのだけれど。

私は私にできることをしないと。

私達劇団に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげないとね。

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