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6-6. 知られていない洞窟

 天気はそこまで悪くなかった。

 少なくとも、入口付近は。


 晴れているわけではないが、雪がしんしんと儚く地面に降り落ち、音を吸収していた。

 もし子供を連れてきていれば、はしゃぎだして雪遊びをし始めるだろう。

 それくらいに今日は、この銀世界の中ではとても穏やかな天気だった。



 しかしカエデの痕跡が見つかった場所に向かうにつれ、どんどん降雪が激しくなっていった。

 最初は少し風が強くなったかと違和感を覚えるだけだった。

 だが次第に雪はエイル達を叩きつけるようになり、気がつくとまっすぐ立っているのがやっとなほどだった。

 視界も真っ白で、目の前にいる人の背中を追うので精一杯。

 もしこの状態で魔物に襲われでもしたら、一網打尽にされてしまうだろう。

 しかしエイルは皆からはぐれないようにすることだけに集中せざるを得ず、周囲を警戒する余裕などなかった。



 幸いなことに、一行は何事もなく目的地に到着することができた。


「っ!? お————ら!!

 洞窟に——たぞ!!!」


 先頭に立っているらしいカレアムの声が、吹雪の中から聞こえてきた。

 風の音がうるさいせいで一部聞き取ることはできなかったが、エイルの希望に火を灯すには十分だった。

 エイルは残った力を振り絞って、洞窟の中に入るまで必死に仲間の背中を追いかけた。



 洞窟の中は暗かったが、外の天候と比べると遥かに過ごしやすかった。

 皆エイルと同様に吹雪で体力を削がれたらしく、地面に座り込んで休憩を取っていた。

 あの寒さに強いロバートでさえも。

 エイルも緊張の糸が解けたように地面に倒れ込み、大きく息を吐きながらつかの間の休息に入った。


 外は見事なホワイトアウトが起きていて、真っ白だ。

 そのせいで今が何時なのか全く分からない。

 そんな中、白いマントに包まれたカレアムが懐中時計を取り出した。


「……ちょうど太陽が沈む頃か。

 ジェイド、今日はここで野宿した方がよいと思うんだが」


 ジェイドは斧を下ろして皆を一瞥しつつ、周囲の様子を探った。

 幸い魔物の気配はなく、ここは比較的安全なようだ。

 カレアムに向かって首を縦に振った。

 そして劇団の人達は2人の指示の下、テント張りと食事の支度を始めた。



 

 エイルやロバート達を含め、多くの人はテント張りの方に尽力していた。

 やる気がなく読書しているアインツと、何をしでかすか分からずに待機させられているルドルフを除いて。

 一方の炊事を担当しているのはカレアムのみで、寂しく40人分の夕飯を調理していた。


 人数がそこそこいるため、皆でテントの準備をしないと就寝時間に間に合わないというのもある。

 だが一番の原因は、カレアム本人だ。

 彼は部下に食材を取り出すことだけを頼み、それ以外は自分で全部やってしまっているのだ。

 流石に手伝ってあげたいとエイルは考えたが、自分が料理できないことを自覚しているため何も言い出せなかった。

 代わりにロバートが彼に声をかけた。


「カレアム、何か手伝おうか?

 オレ、ある程度料理できるから、指示出ししてくれればなんでもするぞ」


 しかし優しく声をかけられたのに、カレアムは不機嫌そうに手で追い払う仕草をした。


 「余計なお世話だ、どっかに行ってくれ。

 せっかく綺麗にした食材に雑菌をつけたくない」


「……は?」


 流石のロバートも癇に障ったらしく、少しだけ顔が険しくなった。

 そんな彼の袖を引っ張ったのは、レイラだった。


「あの、カレアムさんは……かなりの綺麗好き、なんです……

 掃除とか、洗濯とか……自分でしないと、気が済まないんです……

 ご飯も、その……いつもこうして、1人でやりたがるので……

 ごめんなさい……私が代わりに、謝りますので……」


 どうやら、相当の潔癖症ということらしい。

 ロバートを嫌っているというわけではなく、誰にも食材を触られたくないということらしい。

 レイラの話では、劇団の家事を自分でやらないと満足できないのだとか。

 彼の性格の証拠というべきか、カレアムはいつも白い服と手袋を身に着けている。

 今までのカレアムの言動を思い出すと、エイルは思わずレイラの言ったことに納得してしまった。




 カレアムが作ったのは、カレースープだった。

 人参、ジャガイモ、玉ねぎ、ひよこ豆などいろいろな食材が香ばしい香りのする茶色の液体の中に浮いていた。

 エイルが自分の器に盛られた分を食べてみると、とてもスパイシーで美味しい。

 しかも独特の味で、おそらく彼自身が調合したスパイスを使っているようだった。

 カレアムは潔癖というだけでなく、相当料理にこだわりがあるようだ。


「ごちそうさまでした、すごくおいしかったです」


 エイルが器の片づけを手伝っている最中、カレアムにそう声をかけた。

 すると彼は何も返事せずに、そのまま目を合わせずにどこかに行ってしまった。



 しばらくすると彼は戻ってきて、無理やりあるものをエイルの胸に押し付けた。


「——!? え、クッキー……?」


 真ん中にジャムが乗った、明らかにお手製のものだった。

 それが小袋に何枚か入っており、丁寧に口が閉じられている。

 多分小腹が空いた時のために持ち歩いていたのだろう。


 気が付くとカレアムは、既に張られたテントの中に入ってしまった。

 彼がクッキーを持って現れて消えるまで、わずか数十秒。

 あっという間の出来事だった。

 

(カレアムさんって不器用な人なんだな)


 エイルはくすくす笑いながら、自分のテントの中に入った。

 そして簡単な夜食を済ませた後、寝支度を整え眠りに入った。







 エイルが目覚めたのは、皆が目覚める前だった。

 野宿は何度もしたことがあるが、洞窟では初めてだったので落ち着かなかったのだ。

 そのうえカエデのことが何度も脳裏にちらつき、いつの間にか横になったまま瞑想している状態になっていたのだ。

 幸い疲れはもう取れているものの、もう眠れそうにもない。

 仕方なくエイルは、テントの外に出て外の空気を吸うことにした。


 ……静かだった。

 聞こえてくるのは誰かの寝息と、洞窟の中を通る風の音だけ。

 自分だけがその場所に取り残されような気がして、あまり落ち着かなかった。


「もう起きたの?」


 エイルが思わず振り返ると、壁にジェイドがもたれかかっていた。

 彼女のそばには武器が置かれており、今の時間帯の見張りをしているようだった。

 エイルが声を出そうとすると、彼女は自分の人差し指を自分の口に当てた。

 そしてまるで囁くような小さな声を出した。


「……静かに、誰か起きちゃうわ。

 気分転換したいなら、好きにしなさい。

 ここからあまり離れないようにだけ気を付けて」


 ジェイドはエイルがどうしたいのかなんとなく察しているようだった。

 エイルはお礼を言う代わりに頭を下げると、深呼吸をできる場所を求め歩き出す。

 目指すのは、ジェイドでも視認できる距離の近場——

 洞窟の入口だ。




 外は吹雪がやみ、空は朝焼けでオレンジ色になりつつあった。

 そのおかげか、明かりがなくてもある程度周囲の光景がよく見える。


 ありきたりの、雪景色だ。

 これといった特徴もなく、ただ白くなった木々が周囲に生えている。

 world Cではどこに行っても見る光景だ。

 そのおかげで、自分が具体的にどこにいるのかよくわからなかった。


 息を深く吸ってみると、冷たくて心地いい空気が肺に送られてきた。

 そして暖かい空気を吐き出すと、綺麗な白い煙が口から出てくる。

 それを見るだけでも、なんだか心がすっきりとした。



 そんな中、突然予期もしなかった音が耳の中に入ってきた。


「——ゲホッ、ゲホッ!」


 驚いて振り返ると、洞窟の入口の横にアインツがいた。

 彼がいつからそこにいたのかは分からない。

 確実なのは、エイルが気付きづらい場所に彼がいて、咳込んでいることだ。


「大丈夫?」


 エイルが心配して声をかけると、アインツは首を縦に何度も振った。

 だが彼が落ち着くまで、そこそこの時間を要した。

 よく見ると彼の左手には小さな試験管が握られている。

 そこでエイルはなんとなく察した。

 それでも、アインツは少しかすれた声で説明してくれた。


「……持病の薬を飲んだら、むせただけだ」


 彼の口から、少しだけ赤い液体が零れている。

 一瞬舌を噛んだのかとエイルはぎょっとした。

 しかしその正体は薬だったらしく、アインツ自身なんともない様子。

 彼はハンカチを取り出して、そそくさと口を拭いてしまった。


「毎日むせているの?」


「いや、時々だ。

 味が最悪だからいつも舌につかないよう努力して飲んでいるが、失敗するとこうなる。

 全く、この時間が本当に一番憂鬱だ」


 彼は水筒を取り出し、口を洗うようにごくごくと中身を飲み始めた。

 やがて彼はほっと息をつき、そのまま洞窟の方へと体を向けた。

 まるでここから早く離れたいと言わんばかりに。


「今見たこと、忘れてくれ」


「え——」


 アインツはエイルの返事を待たず、足早に中に入ってしまった。

 その時にはエイルの背後で太陽が顔を出し、空がさらに明るくなってきた。

 同時に、仲間達が目を覚まし始めた。


<<ルドルフの一言メモ>>

カレアムの潔癖症は凄いんだよ!

自分のものが誰かに触られるのは嫌みたいだし、会話を遮られるのもダメなんだって。

本当は劇団の洗濯係とか清掃係も掛け持ちしたいらしいんだけど、さすがに手が回らないから炊事だけ担当しているんだ。

……まぁ、それでも自分の身の回りは自分でやっているけど。

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