6-5. いざ、未踏の地へ
数日後、ストロベリークォーツ劇団は部隊を率いて冒険者ギルドを訪れた。
構成員は約40名、冒険者として活動している団員全員だ。
この規模になると最強生物のノスフェルに挑む際と同じくらいになるため、ギルド内でかなり注目を浴びた。
その中に精鋭として知られているルドルフ、ジェイド、カレアム、レイラがいるのだから尚更だ。
冒険者ではないカミルを除いて、そこには劇団の最高戦力と幹部が揃っていたのだ。
もちろんのこと、たまたまギルドに居合わせた他の冒険者たちの注目の的となった。
そんな劇団のパーティーの中に、エイル達ブルーレースの三人が紛れ込んでいた。
彼らはジェイドがダンジョン潜入の手続きをする間、他愛もない話をしていた。
「ちっ、だから一気に大人数で訪れるより複数のグループに別れて入ったほうが良いと言ったのに。
これじゃあ見世物じゃないか」
「仕方ないよ、アインツ。
だってダンジョン内は危険に満ち溢れているんだもん。
中で集合するほうが危ないよ」
「だからって俺はこうやって注目されて、根拠のない噂を立てられる方がごめんだ、六番。
居心地が悪い」
アインツがため息混じりに愚痴をこぼすと、隣で聞いていたロバートが呆れて顔を引きつらせていた。
「オマエ、天才魔術師ってもてはやされているくせに……
ろくに打ち合わせにも顔を出さないし……」
「それとこれは話が別だ。
俺が天才なのは事実だが、今群衆が話していることは憶測も混じっている。
俺はそれが嫌いなだけだ。
打ち合わせは……俺が居なくとも話はスムーズに進んだから良いじゃないか」
なんの悪びれなく謝りもしない彼の態度に対して、ロバートは頭を掻きむしった。
本人から聞いた話、会議の最中アインツは魔法店の店番をしつつ魔法の鍛錬をしていたらしい。
だからさぼって遊んでいたわけではないが、なんかもやもやする。
だがエイルはその気持ちを言葉にすることはできなかった。
そんな時、ギルドの受付からエイルに向かって走ってくる人の姿が見えた。
見覚えのあるゴスロリ服のエルフの受付嬢……
案の定、リコリスだった。
彼女は勢い良くエイルに抱きつくと、なついた子猫のように顔をスリスリし始めた。
「エイルー! お元気でしたか!?
最近エイルが忙しくて会えなくて……もう寂しくて眠れなくなりそうでしたよ!
今日はどうされたのですか?」
「あはは、リコリスも元気そうでよかったよ。
……今日はね、カエデさんを探しに行こうと思って」
その瞬間、リコリスの顔が少し曇った。
彼女はカエデとエイルとの関係性や、カエデの状況をある程度知っている。
だからこれからいつもより危険な場所に行くことを、すぐに察知したようだった。
エイルは彼女の不安を払拭するために、優しく笑いかけた。
「大丈夫だよ、劇団の人達がいるから。
みんな強いし、頼もしいんだ。
だから絶対に帰ってくるから、ね?」
「……」
リコリスの顔は晴れなかった。
エイルは大慌てで慰めの言葉を頭の中で探ったが、いいものが出てこない。
どうしようかと切羽詰まっていると、リコリスはそっとエイルから離れた。
そして力強く、エイルの両手を握りしめた。
「私、あなたとやりたいことがたくさんあるんです。
一緒にお出かけしたり、お茶したり……エイルに、話せていないことだってあるんです。
だから……約束して下さいませんか?
帰ったら絶対に、私と1日遊びに出かけてくれると」
彼女は先端が少し赤くなった耳を下げて、すぐに泣き出しそうになっていた。
正直、エイルはすごく嬉しかった。
出かけて帰ってくれば、自分の帰りを心待ちにしている人たちがいる。
それは一見当たり前のように見えても、大きな幸せの一つだ。
だからこそ、今帰る場所を自分の手で失ってしまったカエデを助けないと。
彼女の居場所を戻してあげないと。
エイルは無意識に、とても真剣な表情をしていた。
「……うん、約束」
「——! ありがとうございます! エイルぅ!!」
リコリスはいつもの無邪気な雰囲気に戻り、今度はエイルをダンスのように抱きつきながらくるくると回った。
目が回りそうだったが、そこはなんとかエイルはこらえた。
そうしてリコリスのテンションに食らいついていると、ふと視界に馴染みのない男性の姿が映った。
青いタキシード、リコリスと瓜ふたつな顔……
彼女の兄、ハイドのようだった。
「あ…………」
リコリスもすぐに気づき、ゆっくりとエイルから離れた。
二人とも正面を向いて、何も言葉を発しようとしない。
双子の兄妹とは思えないほど場が凍りついていて、エイルは嫌な汗をかいていた。
そんな時、ジェイドが行っていた手続きが終わったらしく、皆ダンジョンの入り口へと向かい始めた。
エイルはしばらく兄妹を見守っていたが、早く来るようにアインツから催促を受けてしまった。
仕方なくエイルはリコリスに簡単な別れの挨拶をして、そそくさとその場を離れた。
大勢の人が居なくなり静かになった場所に残されたのは、リコリスとハイドのみ。
ハイドは一切話し始める素振りを見せないため、リコリスは恐る恐る声を発した。
「あ、あの……」
「貴様、何をやっている?」
言葉を紡ぐ前に、ハイドが突然口を開いた。
思わず驚いてしまったリコリスは、ワンピースの裾を掴んで肩を埋めた。
「貴様の立場、忘れていないだろうな?
我々は秩序を守るアクアマリン騎士団。
この都市の治安を守るという役目を果たすことだけが責務だ。
あのエイル・ハイパーと必要以上につるむな。
貴様は貴様の役目を果たせ」
「……」
彼からは突き刺さりそうな鋭い視線が飛んできている。
まるで心臓を抉り取られるのではないかと錯覚するほど。
リコリスは最初、これも必要なことだと言い訳をしようとした。
しかしハイドからの圧力のせいで、口に出すことができなかった。
代わりに発したのは、たったの二文字。
「…………はい」
それを聞くと、ハイドはどこかに立ち去ってしまった。
***
worldCに入ってすぐ、エイル達は魔物の集団に遭遇した。
彼らの戦い方はこうだ。
まず、防御を得意とするジェイドが先陣を切って敵に突っ込む。
彼女に気を取られている隙に、エイルやカレアムといった前衛を得意とする人達が1匹ずつ狩る。
後方にはレイラやロバートなどの魔法を得意とするメンバーが集結し、前衛の補佐と魔物の殲滅を行う。
そして魔物を殲滅し、勝利を収めるというわけだ。
この戦いでは、ルドルフとアインツは参戦しなかった。
最高戦力を温存しておきたいというのもある。
しかし実際はルドルフが戦うと仲間を巻き込んでしまうことと、アインツにそこまでやる気がないことが原因だ。
そのことは皆理解していたため、誰も文句を言うことはなかった。
(アインツはもっと親身になってほしいけど。
無理に付き合わせちゃってるし、ここまで来てくれたのもルイが駄々をこねてくれたからなんだよなぁ……
これ以上要求しても、無理だよね……?)
エイルでさえ、そのように半ば諦めていた。
だが本当に必要な時は、彼は必ず戦ってくれる。
今までそうであったように。
そのためエイルは逆に、他人の問題に関わりたがらないアインツに心の中で感謝をしていた。
(あれ? そういえば、どうして私への指導に関しては積極的なんだろう?
普通なら「面倒だから」ってそっぽを向かれる筈なんだけど……
ルイがお願いしたから?
でもそれだけでやる気になってくれるのかな?)
そんなことをぼーっとしながら考えていると、ふとロバートの呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやらとっくに戦闘の後始末が終わり、移動するようだった。
エイルが大慌てでみんなのところに向かうと、アインツが少し怖い顔をして近寄ってきた。
「六番、何を考えていた?」
「え、えっと……大したことじゃないよ……」
「ここで上の空になることは命取りだぞ?
通常なら、この世界の入り口は多くの冒険者が出入りする場所だから、魔物に襲われることは滅多にない。
それに周辺の魔物は狩り尽くされているし、奴ら自身この場所が危険だと理解している。
にも関わらず、入ってすぐ戦う羽目になったということは……
偶然の可能性もあるが、この事件の黒幕が何らかの手段を使って魔物をけしかけてきたかもしれない。
気を抜くなよ?」
「え——」
エイルが反応する前に、アインツはパーティー集団に紛れ込んでしまった。
その時たまたま近くにいたカレアムが視界の中に入った。
どうやらアインツの言葉に耳を傾けていたらしく、横目でじっとエイルの方を向いていた。
彼は「やはりか」と言いたそうな顔をしたかと思うと、アインツと同じように皆の後を追ってしまった。
……もし本当にマリーガーネット・ファミリーが動いているのなら、この機会を逃すことはないだろう。
劇団とファミリーで何があったのかはよく知らない。
でも相手の良くない噂などを聞く限り、ろくな連中ではないのは確かだ。
もしかすると、ファミリーの誰かと遭遇するかもしれない。
そして交戦を余儀なくされたり、罠にはめられる可能性だってある。
だから、今回の捜索はただの仲間探しではないのだ。
そのことを、エイルは初めて理解した。
「…………っ」
エイルは唾を飲み込んだ後、仲間達のいる方向へと急いで歩を進めた。
<<ジェイドの一言メモ>>
未踏の地って、以外にもあちこちにあるのよ?
だけど各世界の端にあることが多いから、新米冒険者や経験の浅い人が知らないのも無理はないわ。
知らなくても、よほど冒険心がない限り何も知らずその場所に踏み込むことは滅多にないから。
でもね、興味本位でダンジョンの奥の方まで行かない方がいいわ。




