6-3. 劇団の日常
「ロバート!?」
「……ん? え、エイル!?
オマエ、どうしてこんなところに!?
もしかして、さっきので巻き添え食らってないよな!?」
「うん、大丈夫。
医務室から帰ろうとした時にロバートが吹っ飛んできて、流石にびっくりしたけど……」
エイルの言葉を聞くと、ロバートはホッとしたように肩を下ろした。
そしてモササウルスを遺物の中にしまい、体の節々をほぐすように伸びをした。
体中が埃で汚れ、髪も少しチリチリになっていたが。
一体何があったのか彼に尋ねると、どこから話せばいいのか「あー……」と言って考え込んでしまった。
するとロバートが飛んできた壁の穴の奥から、必死に謝る女性の声が聞こえてきた。
「すみませんすみません……
ここまでするつもり無かったんです、もっと威力を落とすつもりが魔力の量を間違えてしまって……
あぁ私は本当に駄目な子です、どうか私を罰してくださいロバート様、どんな処罰も受け入れますから……」
現れたのは、エイルよりも年下の女の子だった。
黒髪に緑色の瞳、服装は何かの作業着に近い感じだ。
そんな子が身長よりも大きい魔法用の杖を持っているのだから、なんとも言えない異様な光景だった。
ロバートは今日、彼女と魔法の模擬戦を行っていたようだ。
状況から察するに、女の子のほうが攻撃の加減を間違えてこのような状況になっているようだ。
しかしロバートは、彼女を怒ることはしなかった。
「処罰ってなぁ……オレの方から本気で戦ってくれって頼んだんだから、ご愛嬌だろ。
まさか、ここまでの高威力の魔法が飛んでくるとは思わなかったがな」
「ううっ……本当にすみません、すみません……」
女の子はロバートに止められながらも、繰り返し謝り続けていた。
エイルは自己肯定感が低いことを自覚しているが、流石に彼女ほど自分を卑下しない。
あのロバートでさえ、どうすればいいのか困り果てていた。
ジェイドから聞いたところ、彼女の名前はレイラというらしい。
普段は劇団の小道具制作を担当しているらしいが、14歳にして魔法の扱いはトップなのだとか。
だからたまにダンジョンに潜ることがあるみたいだが、毎回気が動転して魔力量を間違えてしまう。
そのせいで、本人に一切悪気はないがルドルフ並の問題児として陰で扱われていると最後に彼女は付け加えていた。
ジェイドがエイルにレイラを紹介し終わっても、当の本人は未だに必死にペコペコと頭を何度も下げていた。
そこでやっとジェイドが彼女に近寄り、頭を優しく撫で始めた。
「レイラ、あまり自分を卑下しないようにいつも言ってるでしょ?
確かにまた加減を間違えたのは良くないけど、あなたなりに精一杯彼に尽くそうとしたのよね?
だったら1回だけ謝ればいいのよ」
「ジェイド姉さん……う、でも…………」
まだ気持ちが収まらないのか、彼女は申し訳なさそうにうつむいてしまった。
ジェイドが時間をかけて宥めることで、レイラはやっと落ち着きを取り戻した。
そのやり取りをずっと見ていたエイルは、改めてこの劇団の人達は個性が豊かなのだと実感させられていた。
ほっこりとしていたエイルのそばに、ロバートが服についた埃を払いながら近付いてきた。
「そういや、オマエも訓練してたのか?
最近よく留守にしてるから、ルイが寂しがってたぞ」
「あ、うん。まだ完璧にとはいかないけど、ルドルフとジェイドさんのおかげで前よりは強くなった……と思う」
「ん? ジェイド?」
ロバートは不可解そうな顔をすると、ゆっくりと首を傾げた。
そこでエイルがレイラと話している彼女を指差すと、彼は「ああ」と納得した。
(そういえばこの頃ルイと全然会話してない……
今日ぶどうタルトを買って、夜ゆっくりと話さないと)
ルイが寂しさを爆発させると、何が起こるか分からない。
過去には壊れた人形みたいに延々と独り言を言っていたり、一日中抱きついて離れなかったことがある。
彼のメンタルのためにも、今日は何がなんでも時間を取らなければ。
「そ、そういえばロバートの方はどうなの?
前のカミル団長との約束だと、アインツに魔法を教わってから模擬戦をするって話だったけど」
「こっちもぼちぼちってところだ。
アインツの見立てだと、オレの問題は魔力量の少なさらしくてな。
ある程度特殊な訓練で潜在的な量を増やせるんだが、それにも限度があってな。
長い経験を積まねぇと無理だと」
「えっ? それって詰んでない……?」
「ああ、大丈夫。
代わりに魔力を効率良く使うコツを教えてもらったから。
今日長時間モササウルスを使ってたが、まだ魔力に余裕があるぜ?
この前まではすぐに枯渇してたんだがな」
そう言うと彼は、いつものようにニコニコしながら右手の親指を立てた。
出会ってからある程度の月日が流れたというのに、彼は本当に変わらない。
(月日、かぁ……)
気が付けば、カエデが失踪してからもう1ヶ月。
彼女が今どこで何をしているのか、そもそも生きているのかすらわからない。
カミルの推測では、彼女はしぶといから必ず生きているとのことだ。
頭の回る彼の言うのだからその可能性は高いだろう。
それでも、エイルの心配を払拭することはできなかった。
劇団は定期的に捜索隊を派遣していた。
だがカミルがカエデを嵌めて仲間を殺したと思いこんでいる間は、姿を表すことはないだろう。
そのせいか、これまで痕跡を見つけることも叶わなかった。
一方カミル本人は、この事件の黒幕探しに奔走していた。
もし彼の憶測どおりマリーガーネット•ファミリーが関わっているとなれば、立派な犯罪になるからだ。
彼は冒険者ギルドとアクアマリン騎士団を何度も訪ね、色々と働きかけていた。
もっとも、まだ確証がないので両者ともに本格的に動くことはできないが。
(何とかしてカエデの誤解を解かないと。
劇団の人と会いたくないだろうし、私がなんとかしなくちゃ。
そのために強くなって、万が一の時でも彼女を止められるようにしないと……!)
エイルは平和な日常を目の当たりにする中、心の中で自分を鼓舞した。
誰にも気付かれず、拳を強く握りしめて。
隣にいたロバートだけがエイルの様子を見てきょとんとしていた。
だがエイルはそれに気付かなかった。
すると、突然どこからか騒がしい声が聞こえてきた。
今までのようなルドルフやレイラの暴走とは毛色が違う、慌ただしい足音と話し声だ。
ジェイドやレイラも、一体何事かと話すのをやめた。
その矢先、壁の奥から何人かがエイル達のいる廊下に現れた。
彼らは早足でどこかに向かっていくのかと思うと、ジェイドを見た途端に彼女に駆け寄った。
「ジェイドさん!
ここにいらっしゃいましたか!」
「どうしたの? そんなに慌てて。
……まさか、誰かが何かやらかしたの?」
ジェイドに話しかけた男は一瞬顔を引きつらせたが、頭を大きく横に振ってそれを否定した。
多分、彼女が団員を宥めたり叱ったりする光景が目に浮かんで、無意識に笑みが溢れかけたのだろう。
しかしその男が言ったことは、日常とは全くかけ離れた重大なことだった。
「——カエデを、見つけました」
<<人物紹介>>
名前:レイラ
性別:女性
年齢:14歳
種族:人間
所属:ストロベリークォーツ劇団 小道具担当
特徴:魔法の才能はぴか一だが、自己肯定感が著しく低い




