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外伝Ⅹ 淡い夢のような思い出

 都市パライバトルマリンは、とても栄えた場所である。

 表通りは商店や行き交う人達で賑わっており、とても豊かだ。

 実際、都市に住む多くの人達が満ち足りた人生をそこで送っていた。


 しかし、中には例外もある。

 通りから少し外れると、一気に人気がなくなってしまう。

 別に治安が悪いというわけではないが、ある場所ではスラムと化しているところがある。

 そこでは、没落してしまった冒険者達や見放された孤児たちがギリギリの生活を送っていた。



 6歳の少女カエデも、両親に捨てられスラムで暮らす子供の1人だった。

 彼女は生まれつき目が見えず、物心ついた時から定期的に通院する日々を送っていた。


 しかし、ある日のこと。

 医者からもう残された治療法はないと告げられ、カエデは一生視力を失ったままだと宣告されたのだ。

 それを聞いた彼女の両親は、もうこれ以上面倒は見られないと察したのだろう。

 帰り道、カエデを裏路地に残してどこかに消えてしまったのだ。


「パパ、ママ……?

 どこにいるの? お願い、私の手を握って……」


 捨てられたことに気付かないカエデは、必死に近くにいるはずの両親を探した。

 しかし、当然のように何も返ってこなかった。

 やみくもに歩き回ったせいで、自分がどこにいるのかもわからない。

 もちろん、家の方向もだ。


「ねぇ、なんで答えてくれないの?

 どうして? カエデの目が治らないから?

 カエデが悪い子だから?

 お願いです、いい子にしますから……

 だから、どうか……カエデを捨てないで……うう……」


 カエデは泣きながら、何度も壁にぶつかりながら路地を歩き回った。

 それでも両親の声は聞こえず、自分のすすり泣く声しか聞こえない。

 それから疲れ切って倒れるまで、ずっと歩き回っていた。



 それからカエデは、ただスラムを歩き回る日々を送っていた。

 見つかるはずのない両親を探して、疲れて歩けなくなるまで。

 幸いカエデは目が見えなくても音の反射や壁の感触を頼りに、一人でウロウロすることはできた。

 しかし一番の問題は、食料だった。


「お腹……空いた……

 でもお金持ってない……どうしよ……」


 スラムの人達は、窃盗することでなんとか食いつないでいる人が多かった。

 だがカエデにはその選択肢は思い浮かばず、誰かから施しを貰うこともなかった。

 この場所では孤児がお腹をすかせているのが当たり前で、他人を賄う余裕がなかった。

 だからカエデは、時々飲食店の外にあるゴミ箱から残飯を漁って食べ、空腹を紛らわすことしかできなかった。

 それでも、運が悪ければ何日も食事をできないことはある。


(もう無理……動けない……)


 カエデはとうとう限界を超えて、その場に倒れ込んでしまった。

 お腹が空きすぎて、もう頭も回らず眠くなっていた。

 それでも脳裏に浮かんだのは、両親が作ってくれたご飯の味と匂い。

 またあのご飯が食べたい。

 そう思いながら、カエデは意識を手放した。




 気が付くと、カエデは柔らかい布の上で横になっていた。

 捨てられてから感じることのできなかったこの感触は、ベッドのマットレスだとすぐにわかった。

 そして嗅いだことのない匂いと、とても心地よい温度に包まれている。

 何となく、ここが自分の知っている場所じゃないことはなんとなく分かった。


 その時、遠くからドアが開く音が聞こえた。


「あっ、起きたんだ!

 良かった、ぐっすり眠っていたから起きないんじゃないかと思ったよ」


 明るい、少年の声だった。

 多分年は彼の方が少し上なのか、同年代にしては少し大人びた声色だった。

 彼は軽い足音を立てながらカエデに近づき、彼女の手を握った。


「誰……?」


「ん? あぁごめん、名乗るの忘れてたね。

 僕はルドルフ、この孤児院に住む子供だよ」


「こじ、いん……?」


 カエデは首を傾げた。

 彼女は孤児院を知らなかった。

 名前の響きから、どこかの施設なのかは分かった。

 しかしどうして独りぼっちの自分を連れてきたのか、ルドルフがなぜここにいるのか理解できなかった。

 そのせいで、すごく怖くて体がこわばっていた。


「こら、ルドルフちゃん!

 彼女、怖がっているでしょ?

 心配して中に入ったのでしょうけど、いきなり話しかけたら誰だって怖いわよ」


 気が付くと、扉の方から大人の気配がした。

 口調は女性だが、声が並の男性のように太い。

 足音の大きさも考えると、確実に男の人だった。


「あっ、団長!」


 ルドルフと名乗る少年は、ドタバタと大人の方に走ってしまった。

 どうやらその大人の無許可で部屋に入ってきたらしく、ぐちぐちと怒られていた。

 しかしルドルフは生返事だけして、すぐにその場を立ち去ってしまった。



 残された男性は大きなため息を漏らしたかと思うと、怯えているカエデの方に歩み寄ってきた。


「ごめんなさい、びっくりさせちゃったわよね?

 ルドルフちゃんって遠慮がないけど、本当はみんなを心配できるとってもいい子なの。

 嫌いにならないであげてね」


「え……えっと……その…………」


「あら、これじゃあ私もルドルフちゃんと変わらないわね。

 私はカミル・グッタス、みんなから団長って呼ばれているわ。

 あなたのように困っている子供達を助けるお仕事をしているの」


 カミルはカエデの手を優しく取り、自分の顔に触れさせた。

 彼はカエデの目が見えないことが分かっていたらしく、自分を認識してもらいたいみたいだった。

 そんな彼の手はゴツゴツしているが、とても温かくて触り心地が良かった。


「あの……カエデ、何でここに……?」


「道端で倒れているのを見つけて、ここまで運んできたの。

 ごめんなさい、起きたら知らない場所にいてびっくりしたわよね?

 でもあのままじゃあなたが大変なことになっちゃいそうだったから」


「……?」


 カミルの話では、見つけた時には栄養失調でかなり危ない状態だったらしい。

 だから慌てて施設まで運び、米の伽汁などを与えて目が覚めるまで面倒を見ていたそうだ。

 言われてみれば、倒れるまで感じていた空腹感がかなり和らいでいる。

 ここで初めて、カエデは彼が自分を助けてくれたことを実感した。


「あ……ありがとう、ございます…………」


「お礼なんていいの。

 どうしてもと言うなら、元気な姿をずっと見せてちょうだい。

 ここは行く宛のない子供達の場所だから、しばらくここに居ても大丈夫だから、ね?」


「は、はい……」


 カエデが弱々しくも返事すると、カミルはそっと彼女の頭を撫でた。

 やがて彼はこれから仕事でどこかに行かないといけないらしく、手を離して部屋から出ようとした。

 そして一歩だけ部屋の外に出た時、カエデの呼び止める声で足を止めた。


「あ、あの……」


「ん? どうしたの?」


「カエデがここに居ても……パパとママに、会えますか?」


「……」


 カミルは黙ってしまった。

 どう言えばいいのかわからない様子だった。

 しかし少しだけ間を置いた後、彼は「きっとね」と明るい声を残して立ち去った。

 そうして残されたのは、心が中途半端にポッカリと空いたカエデだけだった。





 孤児院で過ごす毎日は、充実していた。

 一緒に暮らす子供達と話は合うし、とても優しい子ばかりだった。

 最初に出会ったルドルフと調子を合わせるのはとても大変だったが。


 カミルもすごく忙しいのに頻繁に顔を出し、お菓子を配ってくれた。

 時には一緒に遊んではしゃぎ回ることだってある。

 ずっと一人で友達も少なかったカエデには、十分過ぎるほど幸せな時間だった。



 しかしカエデの寂しさは満たされなかった。

 父親と母親に会いたいという気持ちが、消えなかったからだ。


 遊び疲れて横になった時、ふと両親の香りを思い出してしまう。

 彼女が孤児院に来てから1年以上経ち、自分が捨てられたことを理解できるようになっても。

 1回だけでもいい。

 罵られてもいい。

 それでも、会いたくて仕方なかったのだ。



 やがてカエデは一人でいる時間が多くなっていった。

 そうしていつも、悲しそうな顔で物思いにふけるのだ。


 最初カミルは彼女を気遣って、何度も話を聞いたり寄り添ってあげたりしていた。

 自分だけではカエデの寂しさを埋めてあげられないとわかっていても。

 しかし時期が悪く、多忙になってしまい顔を出すこと自体が難しくなってしまった。



 ある日、カエデがいつものように寂しそうに庭で空を眺めていたときのこと。

 偶然通りかかった同年代の女の子が、カエデに近寄ってきた。

 彼女の名前はソフィア。

 とても明るくて、みんなから愛されている子だった。


「カエデー! また何か考えてるの?」


「あ……」


 目が見えなくとも、ソフィアが顔をのぞき込んでいるのが分かった。

 彼女はいつもの気さくなオーラを纏いながら、カエデの隣に座った。


「ねぇ、暇なら一緒に本読もうよ!

 この前、団長がすっごい面白いやつ持ってきてくれたんだ!

 カエデもきっと気にいると思うよ!」


「でも、カエデ……字、読めない……」


「気にしない、気にしない!

 私が声に出して読んであげるから!」


「え……いいの?」


 ソフィアはすぐに力強く「うん!」と返事し、本を地面に置いてパラパラとめくりだした。

 何だか申し訳なかったが、ソフィアはいつもこのような感じだった。

 カエデを気遣い、お礼を言っても軽く流してしまう。

 そんなことをカエデが考えていると、ソフィアは大きな声でゆっくりと物語を読み始めた。



 物語の主人公は、一人の侍だった。

 彼は幼い頃怪物の気まぐれ肉体を取られてしまい、人形に憑依することで何とか生き延びていた。


 大人になった頃、侍は犯人の怪物を探すために旅に出た。

 彼は一本の愛刀を持ち、困っている人達をその手で救ってきた。

 自分に厳しいせいで彼はとても近寄り難い雰囲気をまとっていたが、それでも多くの人に愛されていた。



 結局その日、その侍の結末までは読むことができなかった。

 だが、カエデの心を引くには十分だった。


 自分より辛い状況だというのに、決して下を向かない。

 そして他人を気遣い、友を大事にしていた。

 時には危険を顧みず、仲間の窮地を救った場面もあった。

 そんな侍の姿が、カエデにはとてもかっこよく感じた。


「カエデ……このお侍さんみたいになりたい……」


 気付けば彼女は、自分の気持ちを口に出していた。

 ソフィアが無言で見つめているのを感じ取ると、カエデは恥ずかしくて頬を赤くした。

 こんな弱い自分が、強い侍になれるわけがないと思っていたから。


 しかしソフィアはカエデを馬鹿にすることはなかった。

 逆に彼女は、嬉しそうにこう言った。


「じゃあ練習しようよ!」


「え……?」


 意味が分からずカエデがきょとんとしていると、ソフィアはそのまま続けた。


「このお侍さんになりきってみるの!

 団長が前に言ってたんだけど、『物語の登場人物になるには自分がその登場人物だって思い込む』んだって。

 まずは話し方から真似してみようよ!

 そうすればお侍さんみたいに強くなれるかも!」


「う……できるかな……?」


 ソフィアは強く肯定すると、試しに自己紹介をしてみるようカエデに促した。

 上手くできるかは分からなかったが、ソフィアは引く気配を見せなかった。


 カエデは仕方なく、大きく深呼吸をした。

 そして例の侍の口調を思い出しながら、恐る恐る口を開いた。


「しょ、小生は……カエデと、申す……?」


「うわぁ、かっこいい!

 似合ってるよ! すごく様になってる!」


「えっ……そ、そうかな?」


 カエデは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 だけどなんとなく、その一瞬だけ自分が強くなったような気がした。

 それが心地よくて、カエデはその日以降物語の侍の口調を意識して使うようになった。


 そのおかげか、カエデの表情は日に日に明るくなっていった。

 両親がいなくても寂しさを感じることはなく、その代わりに孤児院の仲間達を大事にするようになった。

 やがて彼女は自分から刀の扱い方を学ぶようになり、本物の強い侍を目指し始めた。

 そんな中、友の成長を喜んでソフィアはカエデにある約束をした。


「もし私がピンチになった時は、必ず助けてね!」


 それは子供の無邪気な約束だった。

 だからその時カエデは二つ返事で頷き、小指を交えてまじないをかけた。




 ……10年以上後、ソフィアが殺されることを予想することなく。


<<某日、worldCの洞窟の奥にて>>

カエデ「どうして……小生らを、裏切った……? カミル……貴様は、人の不幸を見るのが……楽しいのか……? 希望を与え、それを全て壊し……人の嘆く姿を見るのが、嗜好なのか? うっ!?」

(開いた傷から、血が零れ出た。それに伴い激痛が走るも、カエデは壁伝いに立ち上がり、洞窟のさらに奥へと歩を進める)

カエデ「許せぬ……殺してやる……殺してやる……殺してやる…………」

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