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5-15. もし私がルイに出会わなかったら

 皆がどんよりと沈黙する中、エイルも何を言えばいいのか分からなかった。

 でもどうしてか、胸の奥がすごく痛くてむず痒い。


(本当に私達……そのまま引き下がっていいのかな?)


 そんな引っ掛かりで、すごく気分が悪かった。




 そこでエイルの頭に浮かんだのは、自分が壊滅させた故郷の村だった。

 あの時の炎の音、熱、絶望感……

 今でも忘れられない。


 そこにぼうっと立っていると、誰かに手を引っ張られた気がした。

 顔を上げると、そこには殺してしまった親友の姿。

 彼女は全身が焼けただれながら、エイルに憎悪の目を向けている。


「お前の、せいで……私達は……!」


 あぁ、これは白昼夢だ。

 アルメリアがそんな汚い言葉を吐いたことなんて、あり得ない。

 もちろん、こんな光景に全く見覚えなんてない。


 今自分は、都市の病院にいるんだ。

 恐らくこれは、自分の罪悪感が生んだ幻なんだ。

 そう、エイルは理解した。



 そんな時、後ろから腕を引っ張られた。

 振り返ると、心配そうにエイルを見るルイの姿があった。

 その時にはすでに、周囲は病室の風景になっていた。

 エイルは彼にどんな顔をすればいいのか分からなかった。


(そっか……私、カエデと自分を重ねていたんだ……)


 もしあの時、ルイに会わなかったらどうなっていたんだろう?

 以前にふと、そんなことを考えたことがある。


 そこでたどり着いた結論は2つ。

 1つは、自暴自棄になって全部を投げ捨ててしまった可能性。

 そしてもう1つは……やり場のない感情に囚われてしまう可能性だ。



 あの時の自分は、後悔と自責の念以外にも激情に駆られていた。

 それは、”怒り”だ。

 不甲斐ない自分への苛立ちというものある。

 だがそれ以上に、ここまで理不尽な世界に対する憎悪がこみあげていたのだ。


 もし、その憎悪に身を委ねていたとしたら……

 今頃自分は、怪物になっていたかもしれない。

 すべてを憎み、壊し、他の大切なものにも刃を向ける。

 そんな存在になっていたらと考えると、恐ろしくて背筋がゾッとする。



 カエデは、そんなもう1つのエイルの可能性を移す鏡のような存在だった。

 彼女は仲間に裏切られたと思い、全てに憎悪を向けている。

 もしこのまま仲間を殺してしまい、引き返せないところまで行ってしまったら……

 彼女にはもう、怪物になる選択肢しか残っていない。


「あ、あの……」


 エイルは勇気を振り絞って声を出した。


「私にもカエデさんを助けるの、手伝わせてくれませんか?」


「……は?」


 その場にいた人達は、思わず口をあんぐりと開けた。

 特にアインツは、あり得ないと言いたげな様子だった。

 彼はエイルにすかさず反論をしようとしたが、エイルはその猶予を与えずに続けた。


「私、昔に取り返しのつかないことをしてしまったんです……

 でもカエデさんは、まだ引き返せる段階にいる。

 だからこそ、彼女を放っておけないんです!

 もしこのまま見捨てて後戻りできなくなったら、私……

 自分の過去から逃げてしまったような気がして、絶対に後悔すると思うんです!」


「……?」


 アインツは何を言っているのか分からない感じだった。

 だが本気で引き下がるつもりはないことは伝わったらしい。

 アインツは眉間にしわを寄せると、何か言いたそうに唇を震わせた。

 そんな彼の肩を叩いたのは、ロバートだった。


「たまにはいいんじゃないか? コイツのワガママに最後まで付き合っても。

 オマエだってさっき譲歩してたじゃないかよ。

 その時点でもう関わらないなんて無理な話だぞ?」


「はぁー……お前達なぁ……」


 アインツは頭を抱えて俯いてしまった。

 ロバートがカミルの方を見ると、彼も困った顔をしていた。


「エイルちゃん、ロバートちゃん……

 気持ちはありがたいけど、相手は騎士団ともやりあえるほどの実力を持っているわ。

 それに私達を出し抜けるほどの頭脳を持っている人達もいる。

 これはパーティー同士の抗争、しかもかなり厄介な部類のね。

 それを分かっていての覚悟かしら?」


 エイルは一瞬押し黙った。

 カミルの警告は、偽りのない事実だ。

 ここから先、下手をするとトップ同士の争いに巻き込まれることになる。

 その事実をかみ砕きながら、エイルは返事をした。


「…………はい」


 アインツはわざと皆に聞こえるように、ため息を漏らした。

 しかし他の人達はい、意外にも穏やかな顔をしていた。

 エイルの身内は、ここまで自分の思いを貫けるようになったのかと感心していた。

 一方の劇団側は、エイルの人柄に対して苦笑気味だった。


「……本気ね?」


「もちろんです」


 カミルは覚悟を確かめるようにエイルの目の奥をじっと観察した。

 エイルはじっとまっすぐ前を見ていて、写っているのはカミルとルドルフの姿だけだ。

 その威勢はただの無鉄砲ではないのが、それだけで十分伝わった。



 カミルはしばらく考え込んだ後、意を決したように顔を上げた。


「それでも……やっぱりあなたをこれ以上巻き込むのは危険だわ。

 アインツちゃんは心配ないけど、はっきり言って2人は弱すぎるわ?

 せめて、ルドルフちゃんとやりあえる力がないとね」


「……」


 ぐうの音も出なかった。

 エイルが冒険者になりたての頃と比べたら、遥かに強くなったのは確かだ。

 でも今の実力で、ルドルフ達が繰り広げた戦いに割って入ることなんざできない。

 今の状態では、ただ威勢がいいだけ。

 ロバートもエイルと一緒に言葉を返さなかった。


「ルドルフちゃん、暇なときにエイルちゃんに稽古をつけてあげて。

 もちろん、怪我が治ってからよ?」


「え?」


 エイルがきょとんとする中、ルドルフは「いいよー」と軽いノリで返事した。

 カミルは話を続ける。


「ロバートちゃんは見た感じ……魔法をメインに扱うタイプかしら?

 だったら近くに優秀な先生がいるから問題ないわね。

 まぁ一応、定期的にウチの優秀な魔術師との手合わせをお願いしようかしら?」


 カミルはそう言いながら、アインツとルイの方を見た。

 アインツは凄く嫌な顔をして、少し後ずさりした。

 ルイは優しい目を見せると、そのまま立ち去ろうとするアインツをの服を掴んだ。


 パナサーはそれ見て、思わず我慢していた笑いを溢した。


「ふふっ、流石兄さん。

 それが一番いいわ。

 特にエイルちゃん達にとっては一石二鳥の提案じゃない?

 断る理由はないでしょ?」


 エイルは目を輝かせた。

 そして「はい!」と返事すると、カミル達は口角を緩ませた。

 ロバートも文句なく、満足そうに耳を動かしていた。


 

 唯一不満を溢したのは、アインツだった。


「おい六番(ゼクス)、勝手に話を進めるな。

 これじゃあ俺の負担が増えるだけだぞ?

 せめて俺の意見くらい――いてて! ルイ、やめろ!」


 ルイはアインツの頬をつまんで、思いっきり引っ張った。

 アインツがいくら抵抗しても、ルイはジト目をしながら止めようとしない。


 限界でとうとうアインツが折れたところで、やっとルイは彼を解放した。

 その時のアインツの頬は、真っ赤に腫れ上がっていて痛そうだった。

 そんな2人のやり取りに、エイルは苦笑するしかなかった。


「コホン! じゃあ私達の期待を裏切らないように頑張ってね、エイルちゃん♡」


「っ! はい、よろしくお願いします!」


 カミルとエイルは固い握手を交わした。


<<ストロベリークォーツ劇団の3つの掟>>

1. 仲間と一緒に苦悩と幸福を分け合うこと。

2. 困っている人には手を差し伸べること。

3. 仲間が間違った道を進んだ場合、全力で止めること。


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