5-14. 締まらない後処理
カエデの仲間の死体は、いつの間にか消えていた。
カエデが行方をくらます際、重傷を負いながらも運び出したのだろう。
他の可能性も考えられるが、エイルはカエデかやったと無理やり思い込んだ。
だって魔物に食い荒らされたとか、そんなの考えたくもなかったから。
ルドルフはしばらく上の空だった。
しかし遠くで見ていたエイルとロバートが近づくと、はっと我に返り自分の頬を叩いた。
「――いやぁ、ここまで疲れたのは久々だよ!
まさか仲間にボコボコにされるときが来るなんてね!
ま、カエデなら大丈夫でしょ!
あいつ強いから、なんやかんやで死ぬことはないはず!
アハハッ!」
ルドルフは楽しげに笑いだした。
そして物資が少ないことを理由に、帰還を提案する。
そのまま彼はエイル達を連れて、world Cを後にしてしまった。
道中、あまりにも気楽なルドルフにエイルは腹が立った。
ダンジョンを出たあたりで耐えられなくなり、文句を言おうとした。
その時、ロバートに肩を掴まれた。
「アイツって俳優だろ?
多分アレ、演技だと思うぞ。
オレ達が近づくまで、ショックで固まっていたからさ。
アイツなりに、オレ達を気遣ってんじゃないか?」
その話のおかげで、熱が冷めた。
確かに、彼は優しい面を時々見せてくれていた。
聖人なのではと思ってしまいかけたほど。
ロバートが言った「演技」という言葉が、凄くしっくりときてしまった。
ルドルフが出迎えてくれた人達にファンサービスを送る中、エイルは悲しい目で彼を見ていた。
その調子のまま、パナサーとミカル、ルイが待つ病院へと向かった。
4人が建物に入った途端、エントランスにいたルイが駆け寄ってきた。
そして嬉しそうに、エイルを見て抱きしめる。
「……怪我はないか?」
「うん。心配かけてごめん、ルイ」
ルイはエイルの体に顔を擦り付けるように首を振った。
その後顔を上げると、アインツに「ありがとう」と一言だけ口にした。
アインツは一瞬目線が泳いだかと思うと、そっぽを向いてしまった。
「ルドルフちゃん! どうしたの、その怪我!?」
「これは、アハハ……ちょっとドジッちゃった」
慌てて廊下の奥から駆け寄ってきたパナサーに対して、ルドルフは「てへっ☆」と無邪気な子供のように舌を出した。
パナサーは呆れて深く息を吐いたが、すぐに彼の腕を引っ張って医院長室に連れ込んでしまった。
それと入れ替えになるように、今度はトイレに行っていたらしいカミルが奥から出てきた。
「あら、あなたがエイルちゃんかしら?
よかったわ無事で、怪我とかない?」
「え? あ、はい、大したものは……」
知らない女装した男性に声を掛けられて、エイルはあたふたしてしまった。
そこでロバートが耳元で彼がストロベリークォーツ劇団の団長だと教えてくれた。
その瞬間、エイルは大慌てでカミルに頭を下げた。
「す、すみませんっ!
誰とも知らず、とんだご無礼を――!」
「そんなぁ、私はただ組織のトップで貴族や王族というわけじゃないのよ?
それに謝らないといけないのはこっちのほうだわ。
本当にごめんなさい、私の部下がとんでもないことを……
怖かったでしょ? 本当に無事に帰ってきてくれてよかったわ」
カミルは眉間にしわを作りながら、エイルに笑顔を向けてきた。
彼はカエデが一緒にいないことはもう既に分かっているようだ。
一切彼女の名を口にしない。
もしかすると、何があったの大方もう見抜いているのかもしれない。
そう考えると、エイルは彼の好意を只受け取ることしかできないでいた。
その時、アインツはエイルの前に出た。
「これでこちらの目的は達成した。
だがこれから彼女の処分をどうするのか、俺達とどこで折り目をつけるのか……
そこを話し合いたい」
カミルは深く頷いた。
エイルはアインツの冷たい態度に少しイラっとした。
でも、カミルに聞きたいことがあるのは確かだ。
どうしてカエデたちを襲ったのか?
そもそも彼が襲撃したのは事実なのか?
どうしてもそこをはっきりさせたい。
そんな気持ちがエイルの顔に出ていたらしく、カミルはほほ笑んだ。
「そうね、その顔だと何か聞きたいこともありそうね? エイルちゃん。
向こうで何があったのか、ルドルフちゃんも交えて話さないといけないわね。
パナサーと彼がいるところに行きましょ?」
そうしてカミルに連れられるように、エイル達4人は医院長室へと入った。
部屋の中で、ルドルフは治療を受けながら自分の身に起きたことを話した。
しかし彼はあまり説明が上手くないようだ。
「ドカーン」とか「ザクッ」とかの擬音語を多用して、当事者のエイルでも意味不明だった。
そこはアインツとロバートが補足をしてくれ、その度にルドルフは恥ずかしそうに頭を掻いた。
そんな3人の話を聞いていたルイとパナサーは、段々顔色が悪くなっていった。
一方のカミルは、一切表情を崩さなかった。
「……そう、なるほどね」
カミルは被っている帽子をかぶり直すと、徐にアインツとロバートの方を向いた。
「2人は私のこと……疑ってる?」
アインツとロバートは一瞬互いの顔を見合わせた。
そして呆れたように同時に肩を落とした。
「――いや、全く」
「ああ、オレも同感」
エイルは驚いて2人の顔を覗き込んだ。
確かにカミルやルドルフの人格からして、仲間を陥れそうもない気はしていた。
でも、アインツとロバートは強い確信を持っているようだ。
一体、何が彼らをそう思わせているのか?
それを聞こうとした時、ルドルフが真剣な顔をカミルに向けた。
「僕ももちろん、団長を疑っていません。
だってあなたのバッチ……今もその胸についているじゃないですか」
「――えっ!?」
エイルはルドルフが言った、カミルの胸を必死に観察した。
彼が言う通り、右胸に花をモチーフにした精巧な金属のバッチがキラキラと輝いていた。
……しかも、ピンク色に。
「それ、俺達がエイルを探しに行く前にもつけていただろ?
あの鬼人が拾ったものを見た時、犯人はお前じゃないと確信した。
それに予備を持っていたとしても、そんな分かりやすいものをあそこに落とすなんざ相当の阿呆だ。
まるで自分が犯人だと宣言するようなものだし、お前にそんなメリットはないだろ?」
アインツの推理にカミルは頷いた。
「流石、天才魔術師ね。
実はこのバッチを作ってくれた工房に強盗が入ったって話を聞いたことがあるの。
その時に模様の模写を盗んで偽物を作ったのでしょうね。
でも残念なことに、このメッキの技術までは盗めなかった。
だから色までは真似できなかったのでしょう。
……それでも、色を認識できないカエデ相手には十分だった」
「そんな……じゃあ、カエデさんって……」
エイルはその後のことが恐ろしくて言えなかった。
その場に居合わせた他の人達もだ。
しかし、その沈黙がエイルの考えを肯定してしまっている。
……カエデは何者かに嵌められ、劇団の内紛を引き起こす駒にされたのだと。
そんな中、ルドルフが静寂を破った。
しかし、それはいつもの無邪気なテンションではない。
「……団長、犯人って誰だと思う?」
「推測になるけど、私達の内輪揉めで一番得するのは彼ら……
価値観の違いで、よく私達と小競り合いをしたことのあるグループ……
マリーガーネット・ファミリーね」
「嘘、だろ……」
ロバートは無意識に反応していた。
無理もない、相手は犯罪の温床となっている組織だ。
都市の秩序を守るアクアマリン騎士団と揉めていることは知っていた。
でもまさか、ストロベリークォーツ劇団とも仲が悪いとは。
強い劇団を相手に今回のことを引き起こせるなんて、相手はただの集団ではない。
エイルはここで、自分が関わった事件の事の重大さをやっと理解した。
思わず、手が震えてしまうほど。
カミルは劇団のトップとして、アインツを正面に据えた。
「今回のことで、私達は今頭を下げることしかできない。
でも、約束するわ。
これ以上、私達の問題に巻き込まないって。
もしファミリーがあなた達に手を出してきたら、絶対に守るって約束する。
カエデの処分も、それ相応のものにするわ。
……本当に、ごめんなさい」
カミルは深々と頭を下げた。
エイルがそれを止めようとするが、治療を終えたパナサーに前を塞がれた。
そんなことも気にも留めず、アインツは腕を組んだ。
「それで構わない。
今のお前達にはそれしかできないだろうし、俺達もそれ以上のことは望んでいない。
だからもう、頭を上げてくれ。
劇団のトップにそうされると、逆に落ち着かない」
それでも、カミルは頭を上げようとしなかった。
いつの間にかルドルフも、彼の横に立って頭を下げていた。
ルイとロバートは何か言いたげだったが、口を固く閉じていた。
そんな中、エイルは俯きながら拳を強く握りしめた。
(本当に……これでいいのかな?)
≪ハイドからの一言メモ≫
演技というものは、人を変えてしまうものです。
何せ自分を偽る行為ですし、役にのめり込んでしまうと本来の自分を見失ってしまうことがありますから。
私も調査のために他人に成りすますことがありますので、何となく分かるのです。
一度……私が何者なのか自問したこともございます。




