5-12. こんなの、嫌だ
雪がさんさんと降りしきる雪原で、突然一部の地面が崩落した。
静寂の中ゴゴゴという低い音が響き渡り、同時に地響きも周辺に広がっていく。
その洞窟の崩落は、近くの木に止まっていた鳥を一斉に羽ばたかせるほどだった。
1分も経たないうちに、再び辺りは静かになった。
雪原の中心は深く窪み、いかにその崩落が凄まじいものだったのかを物語っている。
やがてそこから白い煙が2つ、爆発したかのように空高く舞い上がった。
「――あ゙ぁぁぁぁぁ!!!」
外に出たカエデは、同時に這い出たルドルフに向って全力で突進した。
ルドルフは大剣を前に構え、金属同士が激しくぶつかり合う嫌な音と共にそれを防いだ。
「ふー……! ふー……!」
「――っ」
息を荒らげるカエデと、真顔のルドルフは一旦距離を置く。
そして再び激しくぶつかり合い、周囲の雪を空中に撒き散らした。
その時、崩落現場から大きな氷柱が突如出現した。
それは積もった雪と土を吹き飛ばし、埋まっていた氷のドームを露わにする。
直後安全が確保されたことを確認したアインツは、全ての氷を粉砕し始めた。
「――おい! エイル!」
ロバートの静止をよそに、エイルは大慌てで地面をかけ登った。
足場が悪いせいで時々転びそうになるも、気にせずそのまま這うように地上へ出た。
そして目の前には、見たことのない熾烈な死闘が繰り広げられていた。
(速すぎる……二人が目で追えない…………)
誰もいない中、頻繁に色んな場所で雪煙が上がる。
同時にしのぎを削る音が聞こえるため、信じられない速さでぶつかり合っているのはわかった。
でも、こんなの人間ができる芸当には思えない。
加えてカエデは怪我をしているし、ルドルフは彼女のスキルのせいで力が入らない状態。
その事実が、余計エイルを絶望の淵に追いやった。
「オレの予想だけど、本来ならルドルフの方が1枚上手だと思うぞ」
遅れて登ってきたロバートが、背後から声をかけてきた。
「でもアイツ、かなり純粋な奴だから……
多分あの状態でも、本気を出してない気がする。
カエデを傷つけないためにな。
……負ければ殺されるの分かってて」
「そ、そんな……」
カエデが怒るのはわかる。
あんな揺るぎない証拠を拾ってしまえば、誰だって絶望する。
エイルでも剣を握ることだろう。
でも、ルドルフは犯行に関与していない気がする。
エイルは彼のことをよく知らないが、何となく違和感を感じていた。
もし犯人なら、殺意を向けた人間がいる前で他の人達のことを気に掛けるだろうか?
それに、死んだ仲間のことまで頭が回るだろうか?
だとしたら、今回の事は団長が独断でやったことなのか?
それとも、第三者が……
「考えるのは後だ、ひとまずここを離れるぞ」
「――え?」
エイルは合流したアインツの方を恐る恐る振り返った。
「あいつが洞窟を壊したのは、俺達を遠ざけるためだ。
ここから先は、完全にあいつらの問題だからな。
その配慮を無駄にしないためにも、ここを立ち去った方がいい」
しばらく、エイルはアインツを見ていた。
エイルの目には光がない。
でもアインツはいつもの漆黒の目で、エイルを見返した。
その状態がしばらく続いたが、エイルの方が先に声を漏らした。
「…………嫌だ」
「は?」
「嫌だ! そんなの駄目だよ!
2人を止めないと!!」
アインツとロバートは驚いて口をあんぐりと開けた。
エイルの目に光は戻ったが、代わりに涙が滲んでいる。
ロバートはそれを見て、同情するも無言で俯いてしまった。
アインツに関しては、呆れたように頭を抱えている。
「お前なぁ……自力であの戦いを止められると思っているのか?」
「思ってない。でも、でも……!」
エイルは感情を抑えきれずに、アインツの服を掴んだ。
そして下を向いて、大粒の涙を流し始める。
アインツは呆気にとられたが、エイルの悲痛な叫びで我に返った。
「――このままじゃ、2人とも壊れちゃうよ!!!」
「っ!?」
エイルはそのまま大きな声で泣きじゃくり始めた。
恐らくエイルは、今の惨状を自分の過去と重ねている。
エイルは軽はずみな気持ちのせいで、多くの大切な人を失った。
幸い出会いに恵まれたことで心が壊れずに済み、今は平穏な日常を取り戻しつつある。
だが、確実にエイルの奥底にはまだ後悔が残っている。
あの時もし魔剣を取らなかったらと何度も考えたのか、アインツでさえ分からない。
そして失敗を繰り返さないという決意が、一体どれほどなのかも想像できない。
そんな中、目の前で仲間割れが起きている。
話し合えば平和に収束する可能性があるにも関わらずだ。
もし決着がついてしまい、どちらかが死んでしまえば取り返しがつかなくなる。
その時の気持ちが、エイルには痛いほどわかってしまうのだ。
心優しいエイルは、自分と同じ痛みを誰かに味わってほしくないのだろう。
だが今のエイルに、そんな力はない。
だからただ悔し涙を流すしかなかったのだ。
そう、アインツは理解してしまった。
「ねぇアインツ!!」
エイルは泣きながらアインツの体を必死に揺さぶり始めた。
「アインツって天才なんでしょ!?
なんでもできるんでしょ!?
だったら私の代わりに2人を止めてよ!!
このまま決着がついちゃったら、私……!」
「…………」
エイルは再び大きな声で泣きわめき始めた。
流石のアインツでも、言葉を詰まらせてしまった。
近くにいるロバートも、どうすればいいのか分からず俯いてしまっている。
やがてアインツは苦い顔で空気を飲み込み、そっとエイルの頭に手を乗せた。
「……今回だけだぞ?」
予想外の返事に、エイルは少し落ち着きを取り戻した。
アインツはしゃっくりを上げているエイルを離すと、貸していたコートを取った。
そしてそのまま羽織り、2人に背を向ける。
「六番、自分の身は自分で守ってくれ。
俺はあいつらを止めるのに集中する」
そう言うとアインツは、未だに戦い続けるカエデとルドルフを探し始めた。
未だに2人は早すぎて追いきれないが、地面の雪の動きからある程度察知はできる。
アインツはそれを必死に頭の中で分析し、2人の行動を予測した。
「……この辺りか」
アインツは次に衝突するであろう場所に、魔力を集中させる。
そして刃を交えたその時、2人の間に割って出るように氷柱を出現させた。
「ぐっ――!?」
カエデは予想外の攻撃に、バランスを崩してしまった。
ルドルフも驚いて、一瞬固まってしまっている。
そこにすかさず、アインツは割り込んだ。
「貴様ぁ!!」
カエデが態勢を整え直す前に、アインツは彼女に氷の塊をぶつける。
カエデは咄嗟に防御を取るが、勢いよく後方に吹き飛ばされた。
その光景を、ルドルフは情けない顔で見ていた。
「気が変わった、副団長とやら。
お前達劇団に恩を売ることにした」
「――」
ルドルフは状況を理解するのに時間を要した。
だが少しほっとしたのか、困り気味に笑みを溢した。
アインツは彼に背を向けたまま、立ち上がろうとするカエデに警戒心を見せた。
<<ラトーの一言メモ>>
おやおやぁ?
これはまぁ、遠くからでもはっきりわかるほど派手に戦っていますねぇ。
さてはアインツの旦那とルドルフの旦那が割と本気になっています?
いやぁ、すぐに手を引いてよかったですよぉ。
……さてと、退散退散。




