5-10. 取引しましょう?
ラトーはニコニコしながら、大きな岩の上に胡座をかきながら三人に手を振った。
アインツとロバートは驚きを隠せない中、ルドルフは彼に手を振って返した。
「あっ、ラトーさんじゃん!
久しぶりだね!」
「おやおや、ルドルフの旦那ぁ!
相変わらず楽しそうで何よりで」
そう言ってルドルフは彼に駆け寄ってしまった。
ラトーは冒険者であれば誰もが知る有名人だから、ルドルフが知っていても別におかしいことはない。
だが、ここまでラトーと仲良くしているのは初めて見た。
恐らくだが、どこか波長が合うところがあるのかもしれない。
「オマエ……確かオレが授業で潜ったときに魔物の位置を教えた……」
「あれれぇ、ロバートの旦那もいらっしゃるんですかぁ?
イヒヒ、あのとき頂いた魔導具、まだ大切に使わせていただいておりますよぉ?」
「だからって、魔物の巣窟に案内するバカがどこにいる!?」
ラトーは自分を指差した。
ロバートは呆れ返って項垂れるしかなかった。
(そうだ、ラトーはこんな奴だった……)
彼の扱うダンジョンの情報はためになる。
でも信用しすぎればしっぺ返しが来る、奇怪な商人。
それがラトーという人物だ。
アインツはそんな中、ラトーに鋭い眼差しを向けた。
「さっき『手伝う』と言っていたな?
何か知っているのか?」
「――はっ、再会が嬉しいあまり忘れるところでしたぁ!
実はですねぇ、エイルさんが入られるのをこの目で見たんですよねぇ」
「……なんだと?」
ラトーはゴマをすりながら、はいと言って続けた。
そんな彼に、ロバートが食らいついた。
「なんで止めなかったんだ!?」
「えー、だってぇ、エイルさん達の事情なんてアタシにはよくわかりませんしぃ?
ぎくしゃくはしていましたけど、敵対している感じではなかったのでただ遠くから眺めていたんですよぉ」
「……は? どういう事だ?」
エイルは人質にされているはず。
なのに敵対していないのは、おかしい。
抵抗を諦めたのか、それとも――
「そんなことより、どっちに行ったのか教えてくれ」
「えー、アインツの旦那ぁ。
それはちょーっとないんじゃないんですかぁ?」
ラトーは右の掌をアインツに差し出した。
そして営業スマイルで、不気味にこう告げる。
「……お代、頂きますよ?」
ロバートは思わず、彼の胸倉を掴もうとした。
だがそれをアインツに止められる。
ルドルフは少し困った顔をしながら、腕を組んでしまった。
「アタシは商人、冒険者に望むものを提供するのが仕事です。
でしたら、それに見合う対価を要求するのが筋でしょう?
今回はそうですねぇ……何か生活に役立つものはありませんかねぇ?」
「……」
アインツはその場で考え込んでしまった。
ここは、どんな些細な情報でも欲しいところだ。
ラトーは商人である以上、粗悪品や嘘の情報を提供することはない。
……弄ばれることはなくないが。
「ロバート、なにか持っているか?」
「え? ああ……」
アインツに促され、ロバートは渋々自分のカバンを漁った。
そして大きな筒のようなものを取り出し、ラトーに差し出す。
「コイツは、オレが開発した自動着火装置だ。
焚き火を起こそうとする時、まずは紙とか燃えやすいやつに火をつけるところから始まるだろ?
コレはその工程をすっ飛ばして、木に直接火をつけられる代物だ。
燃料は魔物のドロップアイテムだ」
「ふーん……?」
ラトーは装置を受け取って、まじまじと眺めた。
やがてスイッチを見つけたのか、カチッと何かを押すと先端から激しい青い炎が出てきた。
それを見てまたスイッチを押すと、火が消える。
ラトーはしばらくそれを繰り返すと、満足そうに笑いだした。
「ヒヒッ、これはたしかに便利ですねぇ。
ロバートの旦那が開発したということは、非売品ですよね?
だったら取引成立です!
お釣りを返したいくらい大満足ですよぉ!」
ラトーは懐に装置をしまった。
そして立ち上がり、岩から降りて洞窟へ歩き出した。
「こちらですよぉ」
「えっ、案内してくれるの?」
ルドルフは少し驚きながら尋ねると、ラトーは小さく頷いた。
「さっき言いましたでしょう?
『お釣りを返したい』、と。
あまりにも良いものを貰ってしまいましたから、エイルさんを見つけるまで同行しましょう。
もちろん、戦闘にも参加して差し上げますよ?」
ラトーは自分の荷物からランタンを取り出すと、火をつけて歩き出してしまった。
3人は互いに顔を見合わせるも、彼のあとに続いていく。
その際、ロバートもランタンに明かりを灯した。
ラトーは暗闇を躊躇わず、ズカズカと進んでいった。
何回も分かれ道に遭遇したが、この度にラトーはスンスンと匂いを嗅いで道を確認していた。
まるで犬のように。
「ラトーさんって、鼻がいいのかい?」
「えぇ、人の3倍以上は鋭いですよ?
幸いエイルさんの匂いはすでに知っていますからねぇ。
これくらい容易いことですよぉ」
ルドルフはへぇと感心しながら、うんうんと頷いた。
対するアインツとロバートは、暗闇から魔物が飛び出して来ないかと警戒している。
呑気にしているのは、ラトーとルドルフだけだった。
そんな中、ラトーは「おや?」と言ってその場に立ち止まってしまった。
そして何度も息を吸い、匂いを確認する。
「……微かにですが、この先から血生臭い匂いがします」
「――!?」
3人は血相を変えた。
それと同時に、ロバートの耳が他の人には聞こえないほどの小さな音を拾った。
「――戦っている音がする!」
ロバートはランタンを持ったまま、走り出してしまった。
残された3人も、後を追うように駆け始める。
しばらく走っていると、見慣れた青少年が地面に蹲っているのが見えた。
「――エイル!?」
ロバートが大声で呼ぶも、エイルは反応しなかった。
体をガクガクと震わせながら、剣を必死に握っている。
だが体が言うことを聞かないのか、その場から動けない様子だ。
(まさか、ヒートポーションの効果が切れたのか!?)
エイルの近くには、巨大なイモリのような魔物がいる。
光がない環境で暮らしているせいか、不気味なほど真っ白で気持ちが悪い見た目だ。
その上、口からだらだらと涎を垂らしている。
狙いは、エイルだ。
ロバートが咄嗟にモササウルスを出そうとした。
しかしその前に、ルドルフが叫んだ。
「ラトー、お願い!」
ルドルフが走り始めると同時に、ラトーは弓を構えた。
そして魔物がエイルに噛り付く前に、喉元に矢を放つ。
魔物は悲鳴を上げ、悶えながらエイルから遠ざかった。
そのすきに、ルドルフがエイルを回収する。
「やっほー! 君がエイルくんかな?
初めまして! 僕は――って、それどころじゃないか」
ルドルフはエイルが凍えているのを察し、自分が持っていたヒートポーションを飲ませた。
そして死んだ魔物の横を通り過ぎ、アインツ達の元に戻る。
その間、体が温まり始めたエイルに再び声を掛けた。
「ハロー! 生きてる?」
「あ……あなた、は……」
「うん、意識あるから問題なし!
どうやら重度の低体温症になっているみたいだね。
ほら、仲間に温めてもらって」
ルドルフは、アインツにエイルを渡した。
まだエイルの体は震えている。
すかさずロバートは防寒着をエイルに着せ、ランタンを近くに置いた。
アインツも、自分のコートを脱いでその上に被せてあげた。
ルドルフはそれを見て、うんうんと満足そうに頷いた。
そして、一旦カエデの仲間達の亡骸に目をやった。
彼はしばらく固まっていたが、その時だけ笑顔が消えていた。
しかしすぐに目を逸らすと、未だに魔物と争っているカエデに向かって大きな声を発した。
「カエデー! 聞こえるー!?
僕も参戦するよー!?」
カエデの返事が返る前に、ルドルフは暗闇に溶け込んでしまった。
すると戦いの音が一層激しくなり、魔物の悲鳴も強くなった。
そしてあっという間に静寂に変わり、武器をしまう音が2つ聞こえた。
「ふぅ……数、滅茶苦茶多かったなぁ。
その分手ごたえがあったから満足したけど。
カエデ、そんな体で戦っちゃダメだよ?
団長に叱られちゃうじゃん」
「……」
カエデは何も言わない。
代わりに、どんどん息遣いが荒くなっていくのが分かった。
暗くて何も見えないが、彼女が声を出さずに泣いているのがなんとなくわかった。
「あー……よしよし、つらかったね?
君が無事でよかったよ、本当に。
大丈夫、僕がついているから」
「ぅぅ……」
ルドルフは優しい声色で、カエデに寄り添ってあげた。
<<カミルからの一言メモ>>
カエデちゃんは人当たりはかなり強いけど、彼女がとても弱いからなの。
誰かがそばにいないと、いつか壊れてしまいそうで心配で……
だからこそ私達は、彼女にずっと寄り添ってあげたいと思っているわ。




